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It's a wonderful world

 いったい何をしてるんだろう、自分は。
 それは、平和過ぎる学園に来るたび、カレンが思う事だ。
 物静かで病弱で、思いやりに満ちたお嬢様という設定はさすがに自分でもやり過ぎたと思っている。本来の自分と被るところがなにひとつない。だけど、間違ってもテロ活動に従事しているイメージへ繋がらないよう、出来るだけ遠ざけたくて出来上がってしまった像なのだ。
 こんな学校へ来る必要は感じられないし、酷い時間の浪費だと思う。生活の場であるシュタットフェルトに関してもそうだ。どっちもどうでもいい。いつだって捨てて構わないカレン・シュタットフェルトの為に、しかしカレンはテロ活動を行う紅月カレンから一番遠い像を作り上げた。イコールにならないように、ばれないように。
 矛盾してるなあ、と退屈な授業を右から左へ聞き流す。歴史の授業は、大嫌いだ。
 ブリタニアという国を愛せないのは、自分の出自にも関係しているし、それ以前の幸せな日々がたくさん踏みにじられたからだ。略奪者を愛せる人間が、いったいどこにいるだろう?
 なのに自分は、カレン・シュタットフェルトが失われないように無茶な演技を続けている。
 中古のナイトメア一台しかなかったちっぽけな自分のテロ組織は、黒の騎士団なんて大げさな名前になって夢にまで描いたキョウトからの絶大な支援を得た。眠い顔でブリタニアを賛美する歴史教師の戯れ言なんて聞いている暇はないくらいに、日々忙しい。
 大きな窓の外は、良く晴れている。窓際に座る生徒らも自分と同じ退屈顔で冷たくなり始めた空気をほんのり和らげてくれる陽光の下へ出て行きたがっているようだ。
 頬杖をつきかけて、慌ててカレンお嬢様はそんな事しないと思い出した。
 同じ姿勢で机に広げられたノートを見ているようにも、外を見ているようにも見えるクラスメイトの姿が目に入る。
――あれ、寝てるわね。
 ルルーシュ・ランペルージ。病弱設定の自分と同じくらい、何故か学校に来ないクラスメイト。
 一体何をしているのだろう、と思う。
 授業を聞いているかのような姿は、芸術的なまでに装われた居眠りだと、同じクラスメイトで生徒会、彼の悪友らしいリヴァルからこっそり教えてもらった。確かに寝ているようには見えない。
  生徒会副会長で成績は優秀、人当たりも良く男子のくせに抜群に綺麗な容姿と物腰は、果たして自分の虚像の写し鏡のようだ。まさかそんな人間が普通にいる筈がない。
 学校を休んで、ほぼ全ての授業を居眠りして過ごすくらいに彼はなにをやっているのだろう。
 何を腹に抱えているのだろう。
 本当はどんな人間なのだろう?
……だけど、生徒会室で溺愛を隠そうともしない妹へ接する姿を思い出して、むくりと沸いた好奇心がばかばかしくなった。
 作り物でしかないカレン・シュタットフェルトだけど、それにどれだけ良く似ていようと作り物でない事もあり得る。
 優しくて人当たりが良くて眉目秀麗。だけどお高く止まった優等生ではなく、悪い遊びもちょっと嗜んでます――なんて、完璧だ。
 すばらしい。
 さっぱり自分は価値を感じないけれど、カレン・シュタットフェルトが学園で人気があるように、ブリタニアという国はそういう綺麗なものが理想的で大好きなのかもしれない。そうなろうとする人もいるだろう。
 ああ、バカバカしい。
 大きなあくびをして、机につっぷしたい。
  ここ数日大きな作戦が続き、昨日一昨日は、ほぼ徹夜だった。大きな結果を感じているけれども、この眠さはどうしようもない。
 目の下にくまが出来たり肌が荒れたりしたら、病弱お嬢様としてはどう言い訳をすべきだろう? ああ、病気が悪化してるのかもしれないと勝手に思ってくれるかなあと右から左へ聞き流した教師の言葉が呪文に成りはて、落ちたがってる目蓋へ追い打ちをかけるのを必死で阻止しなくてはならなかった。
 優等生なお嬢様は、授業中居眠りなんかしない。



 3日ぶりに教室へ姿を現した悪友は、今日も窓際で居眠り中だ。
 リヴァルは後15秒で鳴る筈のチャイムの音を待ちわびていた。教師が入ってくるのとほぼ同時に教室へ駆け込んだ彼とは会話する事も出来なかったのだ。ほんの一瞬重なった視線で「お前、なにやってたんだよ」と問うたけど、苦笑の色しか見せてくれなかった。なんとなく疲れてそうに見えた。
 学園の敷地内、寮生活だから自分も同じだけれど、もっと至近のクラブハウスに住んでいながら近頃のルルーシュは酷い。週の半分も教室の自分の席に座っていない。
 まあ、元から学校から引っ張り出してあれこれの悪い遊びに付き合わせていたのは自分だし、今更咎める立場でもないけれど、賭チェスのかなり良い話が舞い込んでも食いつかないし、一体何をしているのだろうとやっぱり思わざるをえない。
 最初っから悪い場所で出会っている以上、彼が更に悪い遊びを覚えている可能性も――と、心配したりするのだけれども、そんな自分へリヴァルは苦笑を浮かべる。
 負けず嫌いだし貴族挑発するし、我が身顧みないし危なかったしいところもあるけれど、彼は自分が心配するような人間じゃないからだ。自分よりずっと頭がいいし、危機回避能力も高い。自分が助けられた事は何度もあるけど、自分が助けた事なんて数える程しかないのだ。
 でも、悪い遊びを共にしてた友達としては、それ以上の深みにはまらないよう忠告してやることも必要だよな――と自分に言い訳をした。
 リヴァルは、ルルーシュが大好きだ。
 恥ずかしいからもちろん言わない。高校生の男友達に対しては、普通そういったものを表に出せない。
  でも誰にでもいい顔をする彼が、自分へはほんの少しかもしれないが気を許しているかもしれないそぶりを見せるのだから、ちょっとばかりの優越感と満足感を刺激される。
 度を超した妹への愛情を見たら、自分への感情なんて取るにたらないちっぽけな事だとも思うし、編入してきたイレブン――日本人の幼なじみへ対する態度なんか見てたら、あれ、俺たち友達だったっけ? なんて拗ねてしまいそうになるくらい何もかも違うけど、まあ男友達相手の焼き餅なんて寒すぎて自覚してられない。
 最初からそういう距離の友人だ。そしてそれが気持ちいい。
 待ちかまえたチャイムの音と同時に、席を立つ。窓辺のルルーシュは我関せずで眠り続けている。授業が終わった開放感に緩む空気もまるで関係ナシだ。
「おい、ルルーシュ!」
「――久しぶりだな、リヴァル」
 目が覚めたばっかりだろうに、寝てなんていませんでしたよと取り繕う普通の声に思わず吹き出したら、彼は怪訝そうな顔をする。何に対して笑ったか知れば、プライドの高いルルーシュの事だ、一瞬にして不機嫌顔へ変わってしまうだろう。だから、肩をすくめて流す。
「おいおい、分かってんならもうちょい学校来いよ、なにやってんだ」
「ちょっと面白い遊びを見つけたんだ――ああ、そういえば生徒会は? 仕事たまってるか?」
 高校に入ってから、2年。友達になって1年ちょい。
 誰にでもいい顔をするくせに、難しい友達の気質は十分に理解している。
 だから、面白い遊びについても追求しない。
「っかー、分かってて言ってんだろ! 今日はちゃんと来いよ、お前の分やらされんのは俺なんだからな。頼むぜ」
「悪かった」
 誰もが騙されそうな綺麗な笑みに、ごまかされておいてやるくらいの度量も持ち合わせてる。
「そう思うならあんま悪いことばっかするのやめとけよ。それと、明日ちょっといい話があるからたまには乗ってくれよ、付き合い悪いぜ?」
「…すまない、リヴァル」
 一瞬虚を突かれたような顔をして、ルルーシュは申し訳なさそうに笑った。
 やっぱり断られたか。予想通りだ。
 だけど、そっけなくとりつく島もない訳じゃないから、自分は満足してしまうのだ。



 久しぶりにルルーシュがいる、と言う事実に緊張してしまっている自分をシャーリーはもてあました。
 久しぶりと言ってもたった3日ぶりだ。その前が土曜と日曜で、金曜日は半日来ただけで、その前の木曜日もそう言えば生徒会でしか見なかったけれど――と、思わず遡って確認した事実に愕然とした。
「ルル、一体なにやってたのよ!」
 学生だというのにあんまりだ。体調でも崩したのかもしれないと心配したけど、毎日のように生徒会室へ訪れるナナリーが「今日もお兄さまはお出かけです」と寂しそうに言っていたので、心配するだけ無駄だった。
  不満だったり、怒りだったり、今日は来てくれたとの安堵だったりが入り交じり、緊張は放り投げられた。
「おはよう、シャーリー。元気だな」
「お、おは…おはよう…」
  向けられた笑顔に思わず毒気が抜かれて、動揺してしまう。何もかも見透かしてたえきれず吹き出したリヴァルを、気持ちを持ち直そうと一度大きく呼吸してから軽く睨んだ。だって、あんまりだ。学校でしか会えないのに、せっかく同じクラスで同じ生徒会なのに、一週間で全部足しても普通の一日分の時間しか自分は彼の姿を見れていないのだ。
「――っ、そうじゃなくて! なにやってたの? 今日もさっさと帰る気じゃないでしょ……う、ね」
 更に言いつのろうとした途中に、チャイムの音が被さった。
 休憩時間はわずか10分。短すぎる。
 いや、自分がらしくもなく緊張なんかするから時間を無駄にしたのだ。
 それ以前に、いくら…好きだからと言っても、そこにいるだけで緊張させられるほど姿を見せないルルーシュがやっぱり、悪い。
「ざーんねん、シャーリー」
「後で。別に、何もやってた訳じゃないよ」
「そんな言葉で…」
 そんな大好きな笑顔でごまかされるもんですか!と決意して握った手のひらは、「シャーリー・フェネット、早く着席しなさい」の先生の声で強引にゆるめられてしまった。
「は、はい!」
 いつの間にか他のクラスメイトはシャーリーを見捨てて席に着いている。心配二割、好奇心八割な視線に晒されていて、顔が熱くなるのを自覚する。
「すいません!」
 バタバタと席に向かう背中に、小さなルルーシュの声が「悪かった」と告げてくるから、本当に酷い。
 ルルーシュは、ひどい。
 別に恋人でも家族でもないのだ。彼が何をやっていようと、自分は口出し出来る立場ではない。これじゃあただの口うるさいクラスメイトだ。なのに、彼は自分を受け入れてくれている――遠巻きにしているクラスメイトよりずっと近い場所の友達として。
  本当はもっと近い場所に行きたいけど、そんな勇気も出せない自分が情けない。
 始まってしまった授業はまったく頭に入って来なくて、ルルーシュと違って自分はちゃんと聞いていなくちゃテストで酷い点を取ってしまうのに、それよりもっと大事な事で頭がいっぱいだった。彼の笑みが自分へ向けられるうれしさと幸せ、ちょっとばかりの期待。そして、不安と後悔。
 可愛く優しい笑顔でおはようって言って、どうして学校に来なかったの、と尋ねられれば良かった。
――いなくて、寂しいって言えれば良かった。
  彼が大好きな妹のようにふんわり優しくてあったかくて、とても可愛い存在になりたいのに、やっぱり上手く行かない。そんな自分を彼は疎ましく思ってないだろうか、と心に不安がよぎるけれども、彼は自分をうぬぼれかもしれないけどある程度の特別扱いをしてくれている。どうだろう? これは幸せな事なんだろうか。ルルーシュを好きな女の子はシャーリーが知っているだけで片手どころか両手でも足りない。そんな彼女らより自分はきっと近くにいるけど、単にクラスメイトで同じ生徒会に所属しているからこその気安さかもしれないし、もっと言えばそんな対象じゃないからこそのこの距離かもしれない。むくむくとわき上がる不安と、きっと彼が好きになるだろう像と自分があまりにかけ離れている事の絶望に押しつぶされそうになった。久しぶりにルルーシュがそこにいるのに、泣きたい気持ちになる。
 ちらりとノートを見るふりで、視線だけ横に流して窓際の彼を見る。つやつやとした髪が良く晴れた外のお日様を受けて綺麗に流れている。早速居眠りの姿勢だ。もう寝てしまっているのかもしれない。
 小さく、ため息。
 ぐちゃぐちゃになってしまったシャーリーの気持ちなんか知らず、いつも通りの彼が憎らしい。
 だけど――…やっぱり、嬉しい。
 そんな姿を見れる事、大好きだなあと思ってしまうこと。
 彼の側に、いれること。
 もう一度ため息を落としたら、幸せだなあと少しだけ落ち着いて思えるようになった。






「会長…本気ですか?」
「本気も本気、大本気! だってあんたも来ない、スザクも来ない、カレンもいないじゃ仕事はたまる一方なの」
  ルルーシュの席に積み上げられた書類は、高さ50cmを越える。部の予算編成は終わったし、近い学園行事もないのだから一週間程度さぼったところで大した仕事量ではなかった筈なのに、これでは自分が休んでいた間、誰も仕事をしていなかった――としても多すぎだ。
 しかも、ルルーシュの席以外にはこれみよがしにどうやら新調したらしい見覚えのないティカップと茶菓子が置かれている。
「すいません、会長…」
「あ、ごめんごめん。いいのよカレンは」
 しおらしい声で不在を詫びた彼女の席にも、ミレイ手作りらしきシンプルな焼き菓子が置いてあった。カレンの儚げな声も姿も全て作り物だと知っているルルーシュは、反射的に批難の視線を投げつけそうになったが寸前に思いとどまれた。彼女が紅月カレンであること、昨日も一昨日も自らが立てた作戦通りに誰よりも元気に跳ね回り、嬉々として破壊行為に勤しんでいた事を知るのはこの場にいるルルーシュ・ランペルージではない。
「……これは?」
 けっして観念した訳ではないが、一枚手に取った書類に目を走らせながらミレイを見る。彼女はしれっとした顔でルルーシュの目を見返した。
「生徒会主催第58回クラブ対抗お前の大事なものを寄こせリレーの決算書」
「それはもう処理した筈です」
「うん、処理はね。整理はしてない」
「……これは?」
「生徒会主催リベンジ!シルクハットでお掃除選手権の企画書」
「それも処理した筈です」
「うん、でも事後処理はまだ」
  作った書類を申請した事は覚えている。毎度毎度ミレイの思いつきで企画されるバカバカしくも何故か全生徒が乗る行事は、結局些末な事務仕事で生徒会全員が苦労を負わされている。抜群の記憶力と事務処理能力を持ったルルーシュはこの学園の生徒になって以降強制的に参加させられた全ての行事を記憶しているし、全てに携わってきた。ありがたくもないが、自分の有能さはここで確信を得たと言ってもいい。彼女の思いつきが形になるのはほぼ自分の手腕あってこそだと自負している。おかげで、黒の騎士団運営も些末な事まできっちり掌握出来ている自信が出来たのは――感謝してもいいかもしれない。しかし。
「事後処理? どれも問題なく終了した筈ですが?」
 企画立案運営、予算運営と経理処理。孫娘のわがままとかなり甘くとも、金が動く以上学園運営の理事長以下経営陣へはきちんと報告義務が課せられている。それらもすべてクリアしてきた。
 どうやら全て終わった行事の書類らしい束の上に手をついて、どういうつもりかをミレイへ問うた。
 軍の仕事で欠席しているスザク以外の生徒会メンバーは、別に決められた訳じゃないがなんとなく定位置になっている自分の席で紅茶を飲んでいる。
「各々の処理は終わってるわよ、もちろん。でも、一年通して何をやってどう関連つけて盛り上がったか、とか。これとこれの相性がいいので今後は続けてやった方がいいとか、逆にこれはダメ、これとこれの相性さいっあく! とか。連続性があるんだから出しといた方が良くない?」
 にやあ、と笑ったミレイはその後上品に赤い小花柄のカップを手に取り、若干冷めただろう紅茶を飲んだ。
  嫌がらせだとは分かっていたが、嫌がらせだ。 ひとつおおきく、しっかり見せつけるように呼吸をしてから笑みを浮かべる彼女を見据える。
「それは普段から会長のおっしゃる、モラトリアムに反するのではないのですか?」
 企画を分析、結果を反映させた次への展開は企業では当然のことだろう。お祭り騒ぎが続けばいいわ、今はだって学生だもの、楽しまなくちゃ! ――そんなことを常々口にして無理難題を押しつける彼女のやり口とは違う。違和感を感じる。
  もちろん、自分をおもちゃにしたがっている姿は常と一ミリたりとも変わらないのだが。
「だって他に手がないもの」
 カップを置いて、彼女は笑みの色を変えた。
「ルルーシュの言う通り、今は仕事少ないし。だからってあんたが学校来なくてもいい訳じゃないし。こんだけの量あったら一日二日じゃムリでしょ?」
「――どういう事ですか?」
 はあ、とミレイはため息をつく。
 なんとなく緩んだ空気を感じてか、ニーナが席を立った。それを追ってシャーリーも続く。簡易キッチンへ立った彼女らはお湯を沸かし始める。リヴァルはしょうがないなとなんだか気の抜けるような笑みを浮かべながら焼き菓子を口へ運んだ。
「どういう事だ?」
 答えようとしないミレイに見切りをつけ、リヴァルへ視線を移す。
「どういうもこういうも…」
「ルル、フィナンシェとスコーン、どっちがいい?」
「スコーンは黒すぐりのジャムとホイップクリームのセットね」
 言いながら自分も同じ物を口に運び、ミレイの浮かべる笑みはどこか儚い。
  どうにも居心地が悪かった。
  彼女らは全員グルだ。すました顔して紅茶を飲むカレンですら知っていたと見える。最初に殊勝な顔をしたのすら、予定通りの行動だったのだ。 気付かなかった自分を責めたくなったが、不思議と不安感は感じていなかった。
  自分は彼らに隠し事している。それはきっと彼らにとって酷い裏切りで、こんな回りくどい事をされればバレてしまったかもしれないと心配に思わなければいけなかったかもしれないのに、そんな気配は感じなかった。切迫したものがないからかもしれない。だけど、知ってもこんな柔らかな空気の中で許してしまうのではないかと――ひどく、甘えた期待を、知らずしていた事を初めてルルーシュは自覚して舌打ちをしたい気分になった。
  それはあまりに、ひどすぎる。甘えが過ぎる。
「こういうやり方は私も好きじゃなかったんだけど、要するにみんなあんたに学校に来て欲しいの。だからおじいさまにお仕事もらってきたのよ。らしくなくて当然」
 投げやりに言った彼女に呆然としていると、横から暖かな紅茶を差し出される。みんなと同じ、赤い小花柄のカップ。澄んだ琥珀の底に小さな赤い花がみっつ沈んでいた。きっと会長のセンスだ。可愛すぎないのに華やかなそれは、非常に彼女が好みそうだった。
「ミレイちゃんも、みんなも――私も、不安だったのよ。ナナリーも」
 ニーナが柔らかな声で、聞かせるつもりではないような口調で告げる。
 たった3日学校へ来なかっただけだった。
 だが、その3日の間、なにがあった?
 スザクがここにいないのは、軍の仕事があるからだ。編入以前から軍属だった彼は、その理由で学校を休む事は珍しくない。だが彼がいま休んでいる事は、今までで一番みんなが納得していた。
 実態の見えない軍のお仕事をしているのではない、身近で起こった大規模なテロのため、軍に所属する以上忙しくて当然だ。
  自分が起こしたものだ。ここにいるカレンと、彼女に与えられた新しいKMFを用いて派手な破壊活動を行った。ブリタニアを――ここにいるみんなが属する国を脅かし、みんなの住む場所を混沌の入り口へ導いている。
 それらをもたらしたのがルルーシュであることを知らない彼らは、姿を消した自分を心配しただろう。
 決して、疑いではなく真実の心配をした。不安を与えていた。
 分かっていたことだ。
 ナナリーすら不安にさせて、自分がするのは国を壊す行為。大事な彼女を守るために、ここにいるみんなは諦めたのではなかったか? 決して害するつもりはないけれど、彼らの基盤、祖国を奪う覚悟はしたはずだ。
 暖かな紅茶。選ばなかったルルーシュへは黒すぐりのジャムと柔らかな溶けそうなホイップクリームを添えられたスコーンが差し出されていた。
 温かく柔らかく甘く優しい、世界。
「ごめん」
 思わず落ちた言葉に後悔する。詫びの言葉など、贖罪を、許しを求める言葉など吐く権利など覚悟の上で捨てたのに。
「分かったならいいのよ! でもそれ、本気も本気、大本気でルルーシュのお仕事だからよろしくね」
「私っ、手伝うから! あの、分類くらいなら私でも出来ると思うし…」
「ルルーシュがどうしても! っていうなら手伝ってやってもいいけど?」
 三人三様な言葉と姿。だけどリヴァルとミレイはにやにやと笑っている。我関せずの顔をして、カレンは誰も見ていないのをいいことに、お嬢様の仮面を忘れて焼き菓子をぱくぱく食べきって物足りなさそうにしているし、ニーナはPCに向かいながらこちらを気にしている。本当にいつもの、いつも通りのここは生徒会室だった。
 こぼれてしまった言葉は、取り消せないまま。これからの事も許されたいなんて思っていないのに、甘すぎる自分が望んだかのような暖かで幸せな空間だ。
「手伝ったら、早く終わっちゃうんじゃないの? せっかく準備したのに」
  苦笑じみたニーナの言葉に、はっとした彼らの表情はきっとルルーシュにとって、それでも大事なものだった。いつか自分の手で失われると分かっているのに、心の深い場所を揺らして、泣きたくなった気持ちをごまかせば、きっとみんなが見飽きただろう作り物めいた笑顔しか選べなかった。視界の端で、呆れたようにカレンが笑う。
 ごめんではなくありがとうと言えば良かったのかもしれない。
  彼女と一緒だ。この国は壊したい。だけど、ここを壊したい訳では決してなかった。作り物の姿はナナリーのためでなく、自分自身がこの場所に居たいがためのものだ。
2008.11.8.
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