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「ルルーシュ、君が好きだよ」

 学園に編入して来た後、スザクは二人きりになった瞬間を狙ってそんな言葉を告げた。
 柔らかな笑みを浮かべた表情は、再会後から変わらず柔和なものだからルルーシュとしては本心を上手く探りきれないでいる。彼が自分を好きだ、というのは知っている。七年前、出会いの瞬間にこそ国と国の緊迫を感じていた幼さで互いを個人として認識できず、言うなれば日本人が侵略者になろうとしているブリタニアを憎む感情をそのまま彼はルルーシュへと向けていた。しかし例え皇帝の血を引く縁者であろうと、当時の国のトップの息子であろうと、目の前にいるのがただの自分に似た子供であった事に気づいた瞬間から、徐々にではあるが芽生えた小さな好意は互いに狭かった世界を大きく広げる第一歩の存在となれた。そこにいるのは憎むべきブリタニアではなく、また自分たちをきっと利用するであろう日本ではないと気付けたのだ。ただ、権力者の息子であるがゆえに孤独だった子供と、捨てられた事でかたくなになった少年でしかなかった。
 自分たちは、相対するひとりの人間でしかない。いろいろな外付けの情報をそぎとってしまえばそうだったのだ。そして、ふたりは余りに世界に対して無力な子供でしかなかった。
 彼のことは、ルルーシュも好きだった。七年前離ればなれになったその後も心に残る、大事な友達だったのだ。
 首相の息子で合ったが故に辿った過酷な日々を過ごしたスザクにとっても、当時の温かな記憶はきっと今の自分と変わらなく大事で愛おしいものであっただろう。だから、改めて告げることなくルルーシュはスザクが好きだったし、再会時のスザクの反応からそれは自分とそう変わらないものであろうと理解出来、胸のまんなかがじんわり暖かくなるような幸せを感じていた。
 わざわざ改めて言うことではないのだ。
 なのに、スザクは何度もその言葉を告げる。
 柔らかな――まるで、まぶしいものを見るかのように自分へ向けて告げられる言葉は、面はゆい気持ちにならないでもなかったけども、ルルーシュには嬉しい言葉だった。
 だから、「ああ、俺も好きだよ」なんて、結局は彼の本心など探る事も無駄に思え、高校生の男子同士で交わすにはいささか滑稽なやりとりが幾度も繰り返されることになっていたのだ。

 彼が何を思ってそんな言葉を告げていたのかは分からない。
 そして、素直に返したつもりだった自分の言葉は、重大な隠し事をしている事で生じる罪悪感を感じつつも間違いなく、それでもきっと真実だった。
 
 そんな些細なやりとりは、ルルーシュの答えの後、気恥ずかしいような、満ち足りたような互いの笑み終了するのが常だった。
 それに何の意味が存在するのかなんて気付くこともなく、好きの先になにがあるのかなんて気付く事もなく時に生徒会室で、人気のなくなった教室で、夕食に招いたルルーシュの住まうクラブハウスで幾度も繰り返されていた。
 きっと、敢えて言うなら、温かな気持ちの確認。
 無理だと思っていた、再会出来た自分たちは幸せなのだと認識するのが、失った、決して優しいものばかりではなかった日々の中で幸せだったと名付けれる甘く心が満たされるそれを心へ染みこませるためのような行為だったのだと思う。

 君が好きだよ――告げられる言葉はいつも同じで、だからどこからその意味合いが変わってしまったのか、ルルーシュには分からない。

「――好き、だったんだよ」

 少し疲れた、喜びも幸せも悲しみも憤りも複雑に混じった言葉が告げられたのにも、ルルーシュにはしばらく気付けなかった。当初純粋な好意が過去形であったこと、そう思っていたかったのだと、そう言う意味だったと気付いた時には、全て手遅れだったからだ。
 スザクが好きだと告げた、きっと彼の中で特別だった自分は既に存在しなかった。
 素直に彼が好きだと告げたのは、七年前の自分の事だった。
 今の、仮面を被り演じ続けた自分の表層へ向けられた言葉だとはっきり気付けたのは、無様にも彼に銃口を向けられた時だったからだ。時折感じた罪悪感。彼を騙していた事。それらを、いつしか彼は見透かしていたのだと、その時にようやく気がついた。

 彼の事が好きだった。
 だが、彼と同じに自分が好きだよと返していたスザクのかたちも、きっと彼と同じ七年前の姿だったのに違いない。好意を向けられたからこそ返した好意ではないと、絶対に違うと言い切れる。スザクだからルルーシュは好きだと告げた。だけど。
 自分たちは、きっと再会してからずっと互いを見ていなかったのだ。
 大事に抱えていた思い出と、それを元にした虚像を愛していた。もうあの頃の自分たちではなくなってしまったのに、もしかしたらそれに気付いていたかもしれないのに、かたくなに自分たちはそれを見ようとしなかったのだ。

 決して幸せな境遇ではなかった。辛いことも、今より幼かった自分に取っては怖いこともたくさんあった。
 だが、一年にも満たない甘美な記憶は互いがずっと取り戻したい場所だったのだ。その輪郭だけは互いが再会したことで、そこにあるかのように錯覚した。だから自分たちは勘違いをしてしまった。
 それはとても悲しい事だったけれども、きっとどこかで気付いていた違和感を出来るだけ見ないようにしてしまった自分たちへの罰だったのだ。



「君は変わったね」
 と、いつかにスザクはルルーシュへ告げた。同じ言葉をルルーシュも告げた。
 それこそが真実で、思えば最初から互いの変質は理解していたのに、なぜ変わってしまったのかと追求出来なかった時点で崩壊は目に見えていたのだ。

「好きだよ、ルルーシュ」
「ああ、俺も好きだよ」

 高校生で、男同士で、する会話ではない。
 銃口を向け合ってする言葉でもない。
 全てに気付いた、スザクの苦渋と憎しみが入り交じった表情へ、言葉だけはいつも通りに返しながらも表情は選ぶことが出来なかった。ゼロとして腹を括った時に決めた、いつかは断罪されるだろうと思っていた時に、そうするしかあるまいと思っていた笑みを向けるしかなかった。

 ああ、好きだったよ。
 お前のことが、好きだった。
 七年前、あの頃と同じように二人ならば何でも出来ると信じていたあの頃を愛していた。
 きっと、いつかあの頃が取り戻せると、もうすっかり変質してしまったそれぞれを真正面から受け止めなかった罰を受けるには、分かっていたのに手を打てなかったルルーシュには、ただ笑みのようなものを浮かべるしかなかった。
 悲しみも絶望も、それでも取り戻せると期待していた自分への自己憐憫と自己嫌悪。
 その笑みが、ずっと気付いていたズレをようやく修復出来るとの安堵だったとはその時には気付けなかった。

――お前が、好きだったよ。今のお前も、好きでありたかったよ。
――お前に好きに、なって欲しかったよ。

2009.5.3.
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