Can you love you?
ゆっくりとした時間が目の前を流れているような気がした。
それはもちろん気のせいで、拘束時間が解かれた後の生徒会室はひどく騒々しいし、人もたくさんいる。現在、めずらしく会長の気まぐれがイベント事を企画していないし、書類作業はもちろんあるけれど、そう急ぎのものはないと聞いていたから、スザクは不思議に思っていた。
一応、部活動とされているけれど、用件がなければ生徒会は集まる必要はない。
なのに最後の授業のチャイムが鳴って、まだほんの15分も過ぎていないのにメンバーはみんなそろっているのだ。まるで決められたかのようにいつもの席に座って、何をするでもなくそこにいる。
珍しく朝から教室にいたルルーシュは静かに席に座って、まるでひとりきりであるかのように本を読んでいた。ちらちらとその横顔を見ていたシャーリーは、それに気付いたリヴァルに肩をつつかれてびくりとした後で頬を膨らませている。
そろそろイベントのない期間に飽き始めたのか、ミレイは思いつきを誰に言うでもなく口にしていくが、相手をしているのはニーナひとりだった。ここできっちりお話し合いの姿勢を見せれば、またとんでもない騒動に巻き込まれるとここにいる誰もが良く知っている。隠すこともせずミレイが大好きなリヴァルですら、シャーリーをからかう事で彼女の言葉を耳に入れないようにしている。
これもまた珍しく登校していたカレンはほんの少し眠そうな顔をして、窓の外を見ていた。
そんな中で、みんなを観察するようにして、ソファに座りスザクはこの空気を居心地良く味わっている。
どんな気紛れかアーサーまでも、この賑やかで、だけど穏やかな空気を満喫しているのか、もちろん端と端だけど自分と同じソファの上でうとうととし始めているようだった。
ゆっくりとした時間。生き死にに関係ない時間。まるで、自分が温かな家庭で大事に育てられた、ただの子供であるかのような時間。
まさかそんな筈がないのに、錯覚しそうになった。
リヴァルにからかわれ、すっかりふてくされたシャーリーは席を立ち、茶葉を選び始めた。お湯を沸かし、どのカップにするか迷っている。
そのまま机につっぷしてしまいそうだったカレンは、居眠りするには多少気が咎めたのだろう。同じく席を立ち、シャーリーと一緒にカップを選び始めた。
ルルーシュは静かに本を読んでいる。
彼の回りだけ、ことさらゆっくりとした時間が流れているように感じる。
「ねえねえ、スザクくん。これちょっと癖があるんだけど、大丈夫かな?」
選んだ茶葉の缶を持って、シャーリーがスザクの元へ来た。封を空けたそこからはまるで薬のような匂いがする。紅茶を飲むという習慣がなかった、そんな風に過ごして来なかった、軍で生活をして来たという事はみんなが知っている。だけどわざわざそんな事を意識させる事もなく、彼女はごく自然に問いかけてくれる。
「結構好み別れちゃうのよね…私は好きなんだけど」
「確かに変わった匂いがするね。でも一度飲んでみたいな」
「そう? じゃあ今日はこれにするね」
彼女の笑顔は人を幸せにする。
「結構、癖が強いぞ? 無理そうだったら諦めていいからな」
「あー。ルル、苦手だったっけ?」
ひとりだけ別の世界にいるようだったルルーシュは、ちゃんと会話を聞いていたらしい。
本から視線を上げ、どうせギブアップするだろうと意地悪な笑みをスザクへ向けている。
「いや、別に苦手じゃないけど…」
「そっかあ。じゃあ、違うのにしようかな」
「苦手な訳じゃないんだ。たまには飲みたくなる風味かな?」
意地悪そうだった笑みはころりと優しい表情に変わって、シャーリーへと向けられた。
「そう?」
彼女の笑みは、本当に人を幸せにさせる。
嬉しそうに、それじゃあ、と封を開けた缶を持って、着々と準備を続けていたカレンの元へ戻って行った。
「君、意地悪だよね」
「何を今更」
ふっとスザクへ向けられた笑みは、対シャーリー用じゃなく、再び何かの含みを込められたものだ。だけど、やけに楽しそうに感じられる。
なんとなく、シャーリーもかわいそうな気分になった。彼は本当に意地悪だ。いつもはさっぱりそんな事分からない顔しているし、実際分かっていないのだろうけど、彼女の気持ちをも知って対応を変えているような気がしてしまう。
「ちょっと、そこ! 紅茶のお話をする暇があるなら、議論に参加なさい!」
シャーリー弄りが出来なくなったリヴァルは、結局ミレイの次回イベント企画会議へ強制参加させられてしまっていた。断片的に聞こえて来たあれこれは、やっぱりとても正気とは思えない単語がちりばめられていて、いずれそれに自分も参加するのかなと思えば余りにも気が乗らない。彼女の楽しい性格は好きだけど、ちょっとだけ引いてしまうのは内緒の話だ。
「イヤですよ、せっかくのんびりしてるんですから、もうしばらく落ち着きましょう」
「だめよ! そんな無駄な時間なんて人生には存在しないんだから! もっと積極的に! 人生を謳歌しなきゃ!」
「会長と俺とは謳歌の仕方が違うんです……な、スザク」
「え、僕?」
「そう、お前」
「えーと……」
ミレイとルルーシュの無言の圧力に、狼狽えてしまう。どちらかと言えばルルーシュに賛成だが、だけど、ミレイのお祭り騒ぎだって結局は楽しめてしまうのだ。
「えーと」
「はっきりしない男は嫌われるわよ?」
はい、と薬の匂いがする紅茶がカレンの手によって差し出された。
「じゃあ、長いものに巻かれます。出来るだけ、簡単そうなものでお願いします、会長」
「スザク!」
「話が分かるわねー、スザクくん! お姉さんそういう物わかりのいい子は大好きよ」
ルルーシュの視線が痛い。だけど、きっと彼だって最終的には折れてしまうのだから、結果は同じだった筈だ。
ちらりと皮肉気な事を告げたカレンが、再び何かを言いたそうにしていたけど、結局何も口にしなかった。苦笑のようなものを浮かべて、他のメンバーへカップを手渡してゆく。
おだやかな時間が流れてる。
ここは、幸せな場所で、勘違いをしてしまいそうになる。自分にはこんな権利はない。
だけど、ここにいる限り優しい時間を過ごしてしまうのは仕方がないのだ、と。
スザクは笑みというには微妙な表情を浮かべて、差し出された紅茶を口にした。
口に含んだ瞬間、表情がこわばってしまいそうになったのは、シャーリーの手前、必死で我慢した。