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ひどいおとこ


 おっとりとした風情でやさしげな顔をしているくせに、こいつはとんでもない男だと知ったのは割りとすぐのことだった。
 学園に転入して来たときには、驚いた。
 彼が生きていたと言う事実に感謝し、そして、こんな場違いな場所にいると言う事実にだ。
 だが、純粋に嬉しかった。
 幼い時間をともに過ごしただけで、ずっと消息も知れなかったのだ。同じ日本……エリア11にいながら、自分とナナリーの事で精一杯になってしまっていた。
 あれだけ大事だと思っていたスザクの行く末を確かめる事もせず、する術すらも持っていなかったのだ。
 緊張にこわばった顔で、だけど自分を見つけて驚いた顔は忘れられない。きっと自分も同じ顔をしていただろう。
 それから、わずか一週間も過ぎない間に彼のひととなりはどうにも昔のガキ大将の面影はなりを潜め、優しげな、人を慮る性格になってしまったんだと知ってしまった。何がそう、彼を変えてしまったのかは分からない。だが、自分の事を僕と呼び、ルルーシュの事を君と呼ぶ姿はまるで昔と正反対で、すこしばかり面白かったのは本当だ。
 自分は彼をお前と呼び、自分の事を俺と言っていたのだから。
 そして、それから更にわずかすぎた後だ。
 生徒会員として学園にも受け入れられ、ナナリーを喜ばせ、だがブリタニアの軍人として過ごしている苦い事実を目隠しして、自分は裏工作に走っていた時に、彼は面白い事を言った。
 いや、面白いなどと言ってはいけないのかもしれない。
「君が好きだよ」
 夕刻の生徒会室は各々の仕事を終わらせ、既に自分たち二人しかいなかった。
 窓から入る朱色の光が部屋の中をあかく染め、間もなく迫りくる闇の気配をかけらも感じさせないで、物悲しいような華やかなような、不思議な部屋と生徒会室の姿を変えていた。
 なにを、と半分笑って振り返ったルルーシュは、いつの間にか定席になっていた席に座るスザクの表情を見て、動きを止めてしまった。
 持っていた書類を離れた机の上に置き、彼の真意を計ろうとする。
「君が、すきだよ」
 しっかりと目を見据えられ再び告げられた言葉の意味は、いくらその手の事に鈍感だという自覚のあるルルーシュですら理解せざるを得なかった。
「どういう……」
「分かってるくせに」
 問いかけの言葉は思わずかすれた声になってしまった。それに、あっさりと中断されてしまう。
「君の姿が好きだ、声が好きだ、髪が好きだ、指先が好きだ」
 動けずにいるルルーシュへ、彼は言葉を重ねる。
「真面目なくせに不真面目なスタイルを取る事が好きだ、好き嫌いが激しい所も好きだ、そして」
 す、と椅子を引き、スザクが立ち上がる。
「僕の事を好きな、君が、僕は、好きだよ」
 柔らかな笑顔だった。
 何かを言わなければと開きかけた唇が、中途半端に開いたままでルルーシュの動きは凍り付いてしまった。
 まさか。
 まさか、知られていたなんて。
――そんなはずはないのに。
 パニックになった心情など知らず、スザクは笑顔のまま、ルルーシュの次の動きを待っている。言葉を待つ。
「知ってるよ、君の事ならなんだって。だって、好きだから」
「なにも、………そうだ、なにも、知らないはずだ。お前にだって知らない事がある、違う!」
 動揺した心のまま、ルルーシュの唇は言葉を紡いだ。彼は、ルルーシュがゼロだと言う事を知らない。だから、彼を好きな事だって知らないはずだ。隠し通してきたはずなのだ。
「そうかな? 結構君、素直だもの。かわったね」
 笑みの色を濃くして、緩く首を傾ける。微笑ましいものを見るようにして。
「そんな………」
「そんなこと、ない? 僕のうぬぼれだったのかな」
 全くそんな事思っていない顔で、彼は続ける。ひどい男だと思った。
「こんなタイミングをずっと待ってたんだ。知ってたよ、もうずいぶん前から」
「ずいぶんったって、お前が学園に来たのは……」
「七年前から」
 すっぱり言い切られ、更にルルーシュは動揺した。
「子供の頃と今とは違う」
「うん、違うね。もっと深くなった」
「深く…」
 そう。子供の頃、友人として愛したスザクへ、今のルルーシュは男女のような恋情を抱いている。
 呆然として、自分勝手なヤツだと思っていたのに、天然で他の人の機微など知らないような顔をしてきたくせに、何故と立ちすくんでいると、しびれを切らしたかスザクはゆっくりと席からはなれた。
「ま、待て。違う、違うから!」
「往生際が悪いのはかわらないかな」
 笑顔は濃いまま。
 近寄ってくる彼に動揺し、思わず後ずさり部屋を出た方がいいのではないかと思いながらも思考だけが空回りからだが付いてこないまま、スザクが目の前にくるのを許してしまった。
「違うんだ、好きだ、確かに。でも……」
「本当に…。でも、そこも好きだよ」
 苦笑を浮かべ、それでもまだ言う。
 そして、伸ばされた手は頬に添えられ、何かを言わなければと慌てる唇を塞いでしまった。
「………!」
 目を見開いて、至近のぼやけた姿を見る。
 緑の目は今は閉じられ、ふわふわとしたくせ毛が額をくすぐる感覚ばかりが鋭敏になる。
 重ねられただけの唇が一度離れ、その至近距離のまま彼が目を開き、優しいとしか形容できない笑みを浮かべた後、再び唇は重ね合わされた。
 すきだよ、と音に出さず告げられ、ようやくドキリと心臓が弾んだ。
 ぶらさがっていただけの手のひらをぎゅっと握り、動揺ではなく緊張に体がつつまれる。
 唇にぬるりとした感覚が触れたかと思うと、割られ口腔内へ彼の舌がもぐりこんできた。
 がちがちに緊張してしまったルルーシュはもうどうしていいのか分からなかった。
 好きだ、と、告げるべきなのだろうかなどと頭の中は混乱し、今更な事を考え深い口づけを受け入れてしまっている事にまで意識が回っていなかった。
 ぞわりとした感覚が不意に背筋を走り、きっと震えてしまったのだろう。
 スザクは口づけを解いて、これ以上はないという力で抱きしめられる。
「………ぁ、あ、あの、スザク」
「いいよ、言わないでも」
 同じような身長だったんだなと初めて気付いた。肩に頭が乗せられ、くすぐったさと心地よい重さがルルーシュの緊張を解いてゆく。
 ぶらさがっていた両手をまわせばいいのだと気付いたのは、彼が優しく言ってくれた後だった。
 彼の背に手を回し、同じように彼の方に頭を乗せる。
 誰かが来たらどうしようなんて考える暇もなかった。
 スザクはズルイ男だ、とばかり幸せな心地で考えていた。
 彼が決めつけたままの心は、いつ正してやればいいのだろう。
 好きなだけじゃ足りない。うっかり溢れ出してしまうほど、満ち満ちていることをこんな状態じゃあもう言えなくなってしまった。
 好きを超える言葉なんて、愛してるなんて言葉を告げるのは、まだまだ先にしてやると密かに心に誓うしかなかった。

 七年前から愛してる。たった一人の自分の片割れ。

 もっとひどい男だったと知るのは、もう少しだけ先のお話。


2010.7.1.
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