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すきすきすきすき愛してる


「シャーリー、ごめん」
 とりあえず、と思って放課後の生徒会室でスザクは謝った。
「は? 何が?」
「理由は言えないんだけど、とにかくごめん」
 困惑した顔の彼女がスザクの顔を覗き込む。多分自分は情けない顔か、必死の形相か、とにかくあまり良い顔はしていなかったはずだ。
「なんの事かわからないけど、そこまで必死に謝るんだったら、いいよ?」
 さらりと彼女はそう告げる。
 いいはずはないのだ。このやり方はずるかったと思う。だが今更訂正のしようがない。
「もし……」
「もし?」
「この先、殴りたい事があったら殴っていいから」
「はぁ?」
「多分、そんな事になるから」
「そんな暴力的じゃないですぅー、もう。なんかスザクくん、ヘン」
 ぷい、と彼女にそっぽを向かれた。
 それはそうだろう。失礼な事をしているし、訳の分からない事をしている自覚はある。でも、彼女の気持ちを知っているくせに、自分がしようとしている事を考えたら、謝るしかないのだ。
 彼女はルルーシュに恋をしている。
 本人以外、誰もが、それこそ学園中が知っている事実だ。
 友人の立場で今までスザクはそれを見ていたし、微笑ましいなと感じていたし、ルルーシュの鈍感さにいらだちすらしていた。
 時折、心臓のあたりがチリチリとしていたような気がするけれど、些細な事過ぎて覚えてなかったのだ。
 それが、こんな事になるなんて思ってはいなかったから。
 スザクは、ルルーシュに恋情をどうやら抱いている。
 気付いたのは昨日の夜の事だった。最近不審な行動を続けている彼を思い、言動を思い、まさかゼロに傾倒しているのではないかとの不愉快な思いとともに、ぽこりと浮かんだ気持ち。
 それは、自分の思い通りにならない彼への不満だった。
 なんてわがままな、と思いはしたものの、止められない。
 そしてどうしてそんな事を思ってしまうのだろうと考えて、気がついてしまったのだ。
 どうしよう、と思った。
 自分がまさかそんな事を思っていたなんて、自覚すらなかったのだ。
 いや、だからどうしようと焦っている。
 友達同士で意見が合わない事なんてゴマンとある。徹底的に譲れない場所が合わなければ友達になどなれない。だが、その場所が合わないというのにルルーシュは友達で、譲りたくないのだ。
 ひどいわがままだと思った。
 そして、そんなわがままは恋人に恋愛と仕事、どっちが大事なのと問いかける理不尽さを何故か連想させた。
「どうしよう………」
 どうしようもない。
 ルルーシュは友人だ。それに同性で、彼の恋愛対象とはまず絶対になり得ない。
 だが、それも不満だった。
 こんなに好きで、こんなに大事で、こんなに自分のものにしたいと思っていると今気付いてしまったのに、彼はきっとそうじゃない。シャーリーのような可愛い恋心とは違うと思った。
 彼女はもっと優しい恋をしている。
 自分の気持ちはもっとわがままだ。
 明日、会えば何をしでかすか分からないと思った。
 それほど、衝動的でどうしようもない嵐のような感覚に見舞われていた。


 朝、生徒会室に向かうと幸いな事にルルーシュの姿はなかったので、落胆の気持ちと同時にほっとした。そして、シャーリーとのやり取りに至る。
 どうやら今日は近頃多いサボリのようで、せっかく軍務の休暇をもらったと言うのに教室に彼は姿を現してはくれなかった。
 もしかしたらと思い、クラブハウスへ向かったが空振り。
 肩透かしを食ったような気分で、とぼとぼとその日は帰路につく事となった。


 そしてその日、夢を見た。
 到底人に言うことはできない夢だった。
 そして、どうしようもなにも、どうしたいかをはっきり悟ったスザクはルルーシュから距離を取る事を考えた。だって、ダメだろう。
 キスをしたい、抱きしめたい、そして、抱きたい。
 これは友達に抱いていい感情じゃない。
 そんな事は分かっていたけど、甘く鳴く声を、シーツに浮かぶしわを、切羽詰まりせがむ声を思い出すだけでいてもたってもいられない気分になる。なんて夢を見てしまったんだと思うと同時に、良い夢を見てしまったと思ってしまうのも止められない。
 自制が、どうも期待できない。
 自分はこんなに衝動的で瞬発力だけの人間だったのかと呆れていると、特派でのテスト実験で最高点をはじきだしていた。
「すごいわ、スザクくん。どうしたの? なにかいい事あった?」
 セシルが怪しげなドリンクを差し出してくれるのを、いつもなら警戒するというのにその日は素直に受け取って、一気に喉に流し込む。この際味などどうでも良かった。喉がからからに乾いていたのだ。
「あの、セシルさん?」
「なに?」
「僕って、衝動的で瞬発力だけの人間でしょうか」
 思わず、問いかけてしまう。
「は?」
「そうだね、確かにスザクくんは衝動的で瞬発力抜群だねえ」
 答えたのは、今のテストの点に気を良くしたロイドの方で、すっぱり肯定されてしまった事に自分で落胆を感じてしまった。彼はきっと、ほめたつもりなのだろうが。
「えっと、確かにそうだけど、スザクくんは……えーっと」
「いいですよ、セシルさん」
 表情を見てか、なんとかフォローしようとしてくれた彼女に申し訳ない気持ちになって、謝る。
 ただのわがままとか、暴走とか、そういうものなのだ。きっと。
 時間をおけば多分大丈夫になる。
「しばらくこちらに詰めたいんですが、大丈夫ですか?」
「どうしたの? 学校は?」
「えっと……ちょっと」
「駄目よ、喧嘩でもしたんでしょう? そういう時は、すぐに謝らなきゃ」
「いえ、そういう訳じゃないんです。ただ……」
「ただ?」
 サボリは許さないわよ、と姉のような表情でセシルはスザクを見る。
「気まずい事があって……だから、時間をおきたいんです」
「それは喧嘩じゃなくて?」
「もちろんです」
 急いでうなずく。もちろん、真摯な表情でだ。
 実際、真摯にならざるを得ない。無理矢理ルルーシュに対し、キスや……体をつなげる事を、今の自分はしてしまいかねないのだから。
「いいよ〜、やっちゃいたいテスト、いっぱいあるし。ちょうど換装パーツも出来上がる頃だしね」
「ありがとうございます」
「こっちこそ助かるよ、そのかわり」
「そのかわり?」
「24時間体制でよろしく」
 にっこり笑ったロイドの顔は、既に見慣れたものなのでため息をつく事はやめた。


 24時間体制は本当に24時間体制で、あの後1時間後に届けられた換装パーツを取り付け、微調整を行い、テストまで終了したのは丸二日後の事だった。
 体力には自信のある方だったが、さすがにめまいがしそうになっていた。
 自分は、まだいい。微調整の時間などに短時間ではあるが仮眠を取れていたのだから。だが他の特派メンバーは、「はい、しゅーりょー!」とのロイドのかけ声とともに、全員屍のようにそれぞれの机に突っ伏していた。
 何故彼だけはあんなに元気なのかは良く分からない。
 見るからにひょろりとし、およそ体力とは縁のなさそうなタイプに見えるのに。
「スザクくん、ちゃんとシャワー浴びて部屋に戻ってちょうだい。ここで招集でもかかれば事だから」
「…ありがとうございます、セシルさん」
 操縦席の中でファクトスフィア越しに見える彼らと同じ姿をしていたスザクは、セシルに揺り起こされる。さすがの強行軍は、スザクの雑念など吹き飛ばしてしまったようだった。
 自分の我がままに付き合わされてしまった他のメンバーには申し訳なかったが、密かにスザクはロイドに感謝の念を送った。
 スザクが望まなくとも、時折起きる事態ではあったけれども。
 そのままロッカールームへ足を運び、汗まみれになっていたパイロットスーツを脱ぐ。さすがに汗臭くて辟易し、ランドリーボックスへ投げ入れると、シャワールームで汗を流した。熱いくらいの湯を頭から浴び、そして最後は真水で気持ちを引き締める。疲れが取れた気がしたが、やはり眠気はそうそう簡単に去ってはくれず、特派メンバーに挨拶をし部屋に戻ると、すぐにベッドへと倒れ込んだ。泥のような眠りだった。


 なのに、夢をみた。
 よりリアルな夢で、目が覚めたときのスザクの絶望感はよりひどくなっていた。
 朝から眠り続けて、今はもう夕方だ。学校に誰かがいるのは間違いないが、どうしようかと思案した。欲望だけが成長していく自分は、正直醜い。
 好き勝手にルルーシュを蹂躙する夢は、正しくない。
 だからと言って、もう二度と会わないなんて事はできないのだ。物理的にも、感情的にも。
 ならば。
 もういっそ、保証されたのだからいいのではないかと思った。
 もちろん実際に何かをするつもりはない。ただ、ルルーシュがいれば告げるべきだと思った。そこでこっぴどく振られても軽蔑されても構わない。むしろそうなってくれればいい。
 友人でいたかったけれども、そんな期待を抱く方が厚かましい。
 ひとつうなずいて、スザクは制服に着替えた。
 大学からアッシュフォードの生徒会室まで。ほんの30分もあればたどり着ける距離だ。


「え、今日もルルーシュいないの?」
「そうなのよ。昨日はいたんだけどねー、残念ね、スザクくん」
「………そうですか」
 空振った気持ちのやり場はどうすればいいのか、この場合分からない。
 ちょうど、生徒会室には会長ひとりが残っていた。
「会長、相談してもいいですか」
「高いわよ」
「いいですよ」
 もう投げやりだった。これでも軍では高給取りの身になっている。彼女がいくら吹っかけてきても……いや、払えない可能性があるからそこは分割でとリアルに考えつつ、口を開く。
「僕、ルルーシュが好きなんです」
「知ってるわよ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「うん」
「…………うん?」
「好きなんでしょ? 愛してるんでしょ? キスなんかもしちゃったりしたいんでしょ?」
「え」
 思わず凍り付いた。そんなに自分は分かりやすかっただろうか。
 シャーリー並みに周囲にだだ漏れだったのだろうか?
「安心して、気付いてるのは私くらいなもんだから。あ、もしかしたらナナちゃんも気付いてるかもね」
「ナナリーが?!」
「あの子敏感なのよ。理由は分からない訳じゃないでしょ?」
「あ………はあ……」
 耳と感覚だけがたよりの彼女は、声のトーン、言葉の運び、それだけで心の機微までも察した所でおかしくはなかった。盲点だった。
「で?」
「で…………」
 もういいや、と思った。彼女にまでばれているのなら洗いざらい話して楽になってしまおうと思った。
「好きなんです。そうです、会長の言うようにキスもしたいし抱きしめたいし、それ以上だってしたい。でも、こんなの間違ってますよね」
「さあ。間違ってるかどうかなんて当人同士の問題だから、私には分からないわ」
 さらりと言ってくれる。こちらの悩みなど彼女の面白いネタのひとつなのかもしれないが、それでもいいと選んだのは自分自身だ。
「もうおかしくなりそうなんですよ。無理矢理しちゃいそうだ」
「へえ、じゃあ、しちゃえば?」
「無茶言わないでください!」
「ルルちゃんも男だもん。本当にイヤだったら抵抗するでしょ」
「いや、体力じゃ僕が勝っちゃいそうだし……」
「そっかあ………ね、どうする? ルルちゃん。これから逃げ回ってみる?」
 え、と慌てて頭を上げた。室内を見回す。どこにも彼の姿などない。
「ルルーシュは、どこに?」
「ここに」
 にっこり笑った彼女は、携帯電話を差し出した。
「い。いつ、から……」
「えっとねえ、『好きなんです』から」
「最初じゃないですか!」
「だってここ最近のスザクくん、おかしかったんだもん。それにシャーリーに急に謝ったりするし、そこへ相談でしょ? ミレイさんにはお見通しなのよ」
 弾んだ声で告げられても、困る。
 いや、いっそ良かったのだろうか。本人に好きだと告げるつもりでいたのだから。
「はい」
 と、ミレイはスザクへ携帯を手渡した。
「後はお二人で、どうぞ〜」
 手をひらひら振って、彼女は部屋を出て行く。一体あの人は何者なのだろうと思ってしまいそうになるが、受け取ったままの携帯から呼びかけてくる声に、慌てて返事した。
「…………って、ことなんだけど」
『………………………どうしたらいいんだ、俺は』
「どうしたらいいんだろう、僕も」
 どよんと沈んだ空気に、声も沈む。
 確かに好きだと言うつもりではいたけれども、そこまで言うつもりじゃなかった事もあるのだ。
「逃げてみる?」
『お前から逃げられるものか、体力バカ』
「自慢の頭脳があるじゃないか。先回りして逃げ場所確保すればいいじゃない」
『逃げてほしいのか、お前は』
「そうじゃ………ない、けど」
 勢い込んで言ったはいいが、何をしでかすか分からない現状、逃げてもらった方がいいのかもしれないとも思ってしまう。
「聞いてたんでしょ? 何されてもいいわけ?」
『……………………』
「なに、その沈黙!」
『考える時間くらい、俺にもよこせ!』
 その言葉に、ドキリとした。
 と言うことならば、考える余地があると言うことなのだ。
「今、どこにいるの?」
『言わない。言ったら来るだろう?』
「分かった、クラブハウスだね」
『待て、違うから!』
「図星突かれると焦るのは、君の悪い癖だよ」
 いいながら、既にスザクは歩き出していた。
『ま、待てって。考える時間をよこしてくれ』
「考える余地があるって事は、いいってことだよ」
『無茶苦茶だ!』
「今から行くから」
 ぷち、と電源を切った。
 これで、スザクの行動はルルーシュには分からなくなる。同時にルルーシュの行動も不明となったが、ここが既にクラブハウス内だ。走って2分もかからない場所に彼はいる。彼は確かに頭脳明晰だけど、突発的な事態に弱い事は子供の頃から変わってない。逃げる事もできずうろたえているはずだ。
 鍵もかかってない部屋に入れば、ルルーシュはベッドの奥、クローゼットとの間に立ちすくんでいた。
「早すぎだ……」
「だってそこにいたんだもん」
 息一つ乱さず全力疾走をした自分の現在のタイムは、多分1分もかかっていなかっただろう。
「好きだ。キスをしたいし、抱きしめたいし、それ以上もしたい。聞いてたよね?」
「……………」
「おかしくなりそうなんだ。どうにかして、ルルーシュ」
「……っ、お前、卑怯だぞ」
「卑怯になるくらい、好きなんだ」
「………」
 口を開いては、告げる言葉が見つからずうろたえているルルーシュへ、スザクは足を一歩進める。
 そして、助走も付けずにベッドを飛び越え、ルルーシュの目前へと移動した。
「っ、スザク!」
「大丈夫。無茶はしないよ」
 こわばる体を抱きしめる。体温を感じ、じんわり心が満たされていくのと同時に、悔しさも心にわき上がる。無理矢理ではやはり、駄目なのだ。
 好きだけれども、好きだけではだめだ。好かれたい。お互いに、好きでいたいのだ。
「まだ、時間はあるはずだから」
 ゆるりと抱きしめる腕を緩めて、至近の彼を見る。そして、唇にちょんと触れるだけのキスをした。
「っ、っ!」
「僕を、好きになって。出来るだけ、待ってるから」
「この、バカ!」
 思いっきり、至近距離から胸を殴られる。
「準備させろって言っただろうが!」
「え? 考えさせろじゃなかったの?」
「〜〜〜〜〜〜っ、察しろ、この鈍感!」
 ぐい、と襟元を掴まれる。唇に押し付けられたのは、さっきの感触と同じものだった。


2010.7.3.
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