もういいかい
「もういいかい」
スザクは自室で小さく独り言を言う。
懐かしいフレーズだ。かくれんぼ。
しかし相手はゲームが始まっている事を知っているのかどうかすら、わからない。
かくいう自分ですら、始まってしまっているのか分からないのだ。
だから、応えはない。ひとりぼっちさまよった言葉はひらりと空気に溶けて消える。
学園で顔を合わせた彼は、昔通りだった。いや、それ以上の振る舞い。もし彼が皇子などではなく、素直に育ったらきっとそうだったんだろうと思わされる砕けた様子は、さすがのスザクも目を見張った。彼はそうやって上手く隠れているのだろうか? また、以前のように? しかし彼は隠れる必要があるかどうかすらも分からないままなのだ。
分からなくて、混乱する。そもそも自分の勘違いだったのだろうかなんて甘い事を考えそうになるけれども、そんなはずはなかった。彼自身が声明を出したバベルタワーの崩壊、あのやり口は模倣ではなくオリジナルだ。ルルーシュでしかありえない。だが、皇帝のギアスも絶対のはずで、だから混乱する。ゼロは新しく産まれてしまったのだろうか…?
「こぉら、手を休めない! 頑張って早く屋上ガーデン作り上げちゃうんだからね!」
ぽこん、と軽い衝撃が頭に来て、いつも通りの会長がそこにいた。
記憶を改ざんされても、彼らは彼らのままだった、それに安心していた。
「すいません」
「どうせ、やらしい事でも考えてたんじゃないのぉ?」
と、ヤジを飛ばすのはリヴァル。「バカ!」と即刻打ち消すのがルルーシュ。とてもいつも通りだ。ただここに彼の妹がいなくて、ニーナがいなくて、代わりにいないはずのルルーシュの弟がいたとしても。
「だってスザクの顔、どっかにやついてたんだもん」
「え、そうなの?!」
「スザク………?」
「なになに〜? そうならそうと言ってよ、何考えてたの?」
「会長、それにみんなー! 話がそれてます、ガーデンはどうしたんですか、ガーデンは!」
「まあまあ、良いではないか。こっちの方が面白そうよ、昨日の事でも思い出してた? それとも………」
「ちがいますよ!!!」
思わず大声で否定してしまった。昨晩、探られれば確かにやましい点はある。だがそんな事を考えていた訳でもないのに、あんな事を考えてにやついていた?
「違うようで結構」
どこか視線をさまよわせて、ルルーシュが告げる。昨晩のやましい相手は彼だからだ。彼自身、ほじられていい話題ではない。
「それよりせっかくの体力が有り余ってるんだから、そこの有機肥料、3袋シャーリーのところへ持って行ってやれ」
「はいはい」
「ええー、理由はなんだったの?」
「ひみつ、です」
昨晩、さんざん『君は体力がないんだから』と揶揄った仕返しのように有機肥料を持たされ、興味津々な他の面々をひとまず、スルーすることにした。
いずれにせよ、説明出来る事ではないのだ。それにごまかしたりするのはどうせ下手なのだから、このままにしておいた方がいい。
それにしても。
――もう、いいかい。
早く、問いたいのだろうか、彼に。
さんざ監視カメラ付きのカメラの前で昨夜乱れ、もう理性がはっきりしないまで追い込んだのに、彼は何もヒントらしきものすらスザクには与えなかった。
もし知っていたのならば監視カメラの前でなどしたがらないだろうし、あそこまでくってりと身も心も預けていたスザクへ、嘘を言う筈が
――いや。以前だってそうだったのだ。
彼は最後まで嘘を貫き通した。
だから、早く問いたいのかもしれない。
「もういいかい?」
ちいさな声で、つぶやく。
「ん? なんか言ったか、スザク?」
「ううん、なんでもないよ」
ゲームはもう始まっているんだろうか。はじまっていないのだろうか?