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もういいよ


――もういいよ

 との、彼の言葉で振り向いた。
 ゲームは始まる前からとっくに始まっていたのだと気付かされた瞬間だった。
 もういいかい、なんて尋ねる事など必要ないくらいにずっとずっと、自分はまた騙されていたのだ。


 掛かって来た電話と交わした会話。
 そのまま携帯を折り、水面へ投げ捨てたくなった。彼がやはりゼロであった事を自分は最初から分かっていたのにやっぱり騙されていたのは、何故だろう。カレンへリフレインを用いてまで結果だけを探そうとしていたのに、結果は本当は手に入れていたのに、何をしていたんだろうと空を仰ぐしかなく、青い青い空は自分をあざ笑っているかのように見えて目を閉じた。
 考えてみれば、彼の痕跡はどこにでもあったのだ。
 ルルーシュは再び学園に姿を見せなくなった。自分も離れてしまったのだから確認出来なかったのは仕方のないことだったけれども、それは中華連邦でゼロに出会ったそれまでの間だったのだ。
 どさくさにまぎれて始まってしまったゲームはもう遅いよと肩を叩かれた気がして体中がばらばらになってしまうほどの感覚を覚えた。
 ナナリーは自分が守るだろう。彼に言われなくとも、妹同然に思っている彼女のことだ。ゼロが、C.C.が捕獲されればナナリーは皇帝が利用する。それは避けなければならないと自分でも思っていた事なのだ。
 だが、あの詭弁しか用いない、そしてギアスを用いて彼のための鳥かごを無為にした彼が自分からゼロだと認めたのだ。


――許せないことなんてないよ。
 シャーリーの言葉が脳裏をよぎる。
 でも、許さない事もこの世には存在する。
 許せない訳じゃない。ただ、許さないのだ。傷だらけになった自分の中の世界は色あせたままで、だけど対面した彼は同じ色の心象風景を抱いていた。


 愛はあったのかもしれない。
 もう、失ってしまったけれど。
 でも、失ったものがもう手に入らないとは誰が決めた?

 許せないことなんてないと言う言葉から始まった対話は短い一ヶ月という時間の中で徐々に暴かれて行った。
 ユフィの事。
 シャーリーの事。
 彼の母である、あの、目の前で見たマリアンヌ皇妃のこと。
 ナナリーの事。
 C.C.の事。
 そして、ゼロの事。
 隠し事はしないとの約束の上で始めた対話は、それでも彼は嘘をつこうとしていた。いや、嘘とは認識していないのだろう。本当にユフィを殺したのはゼロであるルルーシュだったし、その口実である虐殺を命じたのも彼だ。
 彼などやはり見つけられないのだと、あきらめを感じた時に手を差し伸べたのは以外にもC.C.だった。
 彼女が与えた非現実な力、ギアス。
 それは暴走を起こすものだとのこと。
 それがよりにもよって、彼女の手を取った直後の言葉遊びの最中に起こってしまったと言う事。
 違う、と言う彼の声は掠れている。
 全ての責任は彼のものだと淡い声が告げる。
 亡くした筈の愛色の欠片にかすかな色がともる。失ったものが見つからないと誰が決めたのだ?
 悔いた声がつぶやく声が嘘だと誰が告げれるのだ?
 

 本当を隠していたのは彼だけではなかったのだと、自分も認めなければならなかった。
 父を殺した事。それが必要だったのだとのことは後付けの理由にしかすぎない。用意された綺麗事を本当だと信じてすがって生きてきたのは、一体誰だ?
 ブリタニアに身を投じ、中から変えて行かなければならないとの力学を用いるようになったのは何が原因だった?
 もし、自分にギアスと言う力があったなら………?


「もう、いいんだ。あれは俺が命じた、俺のせいなんだ………」
 掠れた声こそが真実を語る。
 彼はそう、頭がいいから現実の処理を先にしてしまう。感情を置き去りにして先に物事を進めてしまう。だから彼自身はいつだって行方不明だ。
 だから、見つからない。
 自分が見つけてあげなければならなかったのに。
「許す事が出来ないのは、俺が、許さないからだけないんだ」
 もういいよ。
――もういいかい? と尋ねていたのは彼のほうだったのかもしれない。
「だから俺は――許さないよ」
「ああ、それでいい」
「枢木!」
「C.C.、それで、いいんだ」
 弱々しい笑みでルルーシュは微笑む。
 強くもなく静かな口調は毒を吐くあの恨みではなかった。
 許す事はきっとしてはいけないのだ。彼のために。そして、ユフィのために。
 自分に課せられた、これは枷だ。
 もう分かった。いいよ、と言う事は簡単だ。
 だけど、嘘の合間をくぐってもなにも彼の希望にそぐわない事に気付いてしまっていた。告げれる言葉は、ただひとつだ。
「ゲームを終わらせよう。お前の始めたゲームだ」
 本当は、隠し続けていた涙が見えている。
 本当は、掠れて消えてしまった言葉が無数に聞こえている。
 本当は、見失ってしまった彼の心も、見つけてしまっている。
 だけど、自分は許してはいけないのだ。
 彼のために。


2011.2.9.
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