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long long time ago


 これは、ずっとずっと、未来のお話。


 私の心をとらえて話さない絵がある。
 それは、悪逆皇帝と歴史が名付けた一人の男……いや、青年の姿だ。彼の姿をラフに鉛筆でスケッチされたもので、銘はない。手に入れた経由はこのさい意味をなさない。ただ、自分が彼の短い治世を研究している研究者である事だけが意味を持つのだろう。
 彼の表情は、伝え聞いていたそれよりずいぶん柔らかな表情に見えた。悪逆皇帝と呼ばれるには少しばかり役者不足にも見える。気を抜いた瞬間の表情なのだろうか? だが映像にも残されている彼の正式な衣装を身にまとっていた。
 その表情が、自分の心をとらえてはなさないのだ。
――本当に彼は悪逆皇帝だったのか?
 自らの研究テーマは、それだ。
 短すぎる治世がそれをそうとは断言出来なくもあるが、実際彼の行った政治は無理を通し、力で全てをねじ伏せるやり方だった。だが、それだけでない面もある。
 当時ブリタニアが敷いていたエリア制度と貴族階級の撤廃。これだけを見れば、彼の行った事は決して悪ではない。エリア制度は要するに植民地の事であるのだから、もとよりの文化を取り戻せるようになったエリア制度下の人民に取っては喜ばしい事だっただろう。そして貴族制度。既得権益に縋り付く彼らの存在は、一般民衆に取って邪魔でしかなかった。
 果たして彼らは悪だったのだろうか?
 彼、第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとその右腕と知られたナイト・オブ・ゼロ、枢木スザク。残された資料は少なく、主に彼らを敵と認識した者のものが多いため、その実情は知れない。
 だが、思うのだ。
 この、絵。
 この柔らかな表情を浮かべる青年が、本当に悪だったのかと自分へ問いかける。





「何をしてるんだ?」
 カレンとの戦闘で負傷を余儀なくされたスザクは、ベッドの住民だ。一日のほとんどを眠りに費やし、最先端の治療を受けて尚、まだ起き上がる事が出来ない。
 彼女は本当に強かったと、何故手を組めなかったのだろうと思いながら感嘆の念をも感じながらスザクはベッドでスケッチブックを広げていた。
「いや……まだ、何も出来ないから」
「お前には寝てても出来る仕事があるだろう。ゼロを継ぐためのお勉強が山積みだ」
 ぽすん、と頭に軽く乗せられたのは今日の新聞だ。まだ目を通していなかった。もう時刻は夕刻だと言うのに。
「どうやら俺は世界の敵になったようだぞ」
「そりゃあ、なにより」
 絶対的権力を手に入れたルルーシュを直接的に非難出来るものはどこにもいない。ただ、文面の端々にニュアンスが感じられるのだそうだ。スザクには良く分からないのだけれど。そう言えば、簡単に民衆に知られるようならば、処罰の対象になるだろうと彼は笑ってベッドの端に腰掛けた。
 ルルーシュが憎しみの対象になること。ユーフェミアが起こした事件などかすんでしまう程、強い憎しみを民衆に植え付ける事。それは、一ヶ月の話し合いで決まった事だ。
 だけど、時折スザクは複雑な気持ちを抱いてしまう。
 目の前で笑う青年は、わだかまりも消え、あの7年前の少年がそのまま大人になったような屈託のなさで接してくる。自分の大好きだった彼が目の前にいる。
 最初に再会出来たのがこの彼であったなら、と思う事は何度も繰り返しすり切れてしまった妄想だ。そうじゃなかったからこそ、今、この時間がある。
 そしてそれは、ひどく伸びやかに見えるルルーシュも同じ事を考えているのではないかと思わせるに十分だった。
 7年前の続き。車の後部座席から振り向いて必死に自分を見ていた彼がそのままでいてくれたら――自分が、父を殺していなければ。
 もしかしたら、得られていたかもしれない幸福。回り道などせずに最短距離で出会えた筈の姿。
 でも、そうじゃないからこその、今。
「絵?」
 覗き込まれて、慌ててスザクはスケッチブックを閉じた。
「俺?」
「………………他に、やる事が見当たらなかったし」
「へえ………お前の目には、ずいぶん俺は優しく見えるらしい」
 ほんの一瞬だろうと焼き付けられた画像は、ルルーシュの中で息づいてしまったらしい。気恥ずかしさに動揺する。
 そう。
 彼は、優しいのだ。
 悪人だった。裏切り者だった。誰よりもひどい人間だった。
 だが、誰かのためにしか動かない人間だった。
 最初はナナリーと自分のための行動だったのだろう。だが、それはいつしか駒であったはずの黒の騎士団のためであり、生徒会のメンバーであり、そして自分のために彼は動いた。
 彼に取って居心地の良い世界のためと言えばそれまでだが、だが、彼は自分すらも駒として扱い、世界を守ろうとした。
 あのCの世界で自分は思い知ったのだ。
 彼は、彼すらも駒として扱っていると。そしてこのゼロレクイエム。これも、そう。
「絵は、上手くないんだ……」
「そうか? 上手く描けてるとおもうが」
 皇帝服を身にまとったルルーシュ。表情は、まだ半端にしか描けていない。優しい人間なのだと認める事にまだ躊躇している自分が居る事を知っているからだ。
 このまま、この絵は完成することはないのだろうなと思ってもいた。





「この筆致はどの画家とも一致しません。おそらくは、傍付きの者に描かせたか、偶然描かれたかのどちらかでしょう」
 今のこの世界に置いて、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの存在は微妙なものとなっている。もちろん悪逆皇帝として認識されているのがほとんどだ。だが、一部にとっては歴史の変革を急速に促した者として是として受け入れられている。
 自分も、その一派であった。
 偶然発見したその一枚の絵は、それを裏付けるような温和な雰囲気が漂っている。
「しかし、主観により描かれたものである可能性は高い」
「それは反論しません。しかし、主観としてでも温和な人物であったと捕らえるものが周囲にいたと言うだけでも、新たな発見ではありませんか?」
「うーむ………」
「絵としての完成度も低い。画家に無理に描かせたものではなく、主観によるルルーシュの人柄を表す一端として見て良いと私は思います」
 学会の後の小さな会合だった。学会ではまだルルーシュの起こした変革による害悪と善とがせめぎあっている様相だ。もう、長い時間が過ぎているのに彼についての資料は驚く程少ないのだ。だから、『彼』というものについての理解が未だできないでいる。
「その考えは悪くないね。確かに画家に描かせたものではないと私も思う。ルルーシュが憎まれるだけの人間でなかった事は、ニーナ・アインシュタインのメモにも残っている」
 数少ない資料のひとつだ。
 フレイヤを開発した科学者、ニーナはその後中和システムを作り上げる際にわずかなメモ書きを残している。『後は、あの二人に任せるしかない』との言葉とともに、『ルルーシュなら信じられる』との言葉だ。
 残存する情報ではニーナはユーフェミアの狂信者と言っても良い存在だった。
 今となっては暗黙の了解となっているルルーシュ=初代ゼロの、あのユーフェミアの殺害者を認める発言をしていることからも、ルルーシュが憎まれるだけの存在であった訳ではないと見れる。
「私は、それを描いたのは枢木スザクではないかと思っているのです」
「枢木スザク?」
「彼に絵心があったとの資料は?」
「いいえ、ありません。しかし、当時一番親密にしていたのは彼だったはずです。そのような表情をかいま見せたのも彼にだからこそだと……思うのですが」
「それは妄想の域を出ないね、さすがに賛同出来ない」
「……でしょうね。私も推論の域を出てはません」





「なんだスザク、絵を描いてるのか?」
「わっ、C.C.! 驚かせないでよ」
「お前には他にやらなきゃ行けない事が山のようにあるだろうが」
「たまには息抜きさせてよ」
 ようやく、ベッドから1時間程度なら起きだせるようになった頃だった。完成する事はないだろうとしばらく放っておいたスケッチブックを取り出したのだ。
 どうにも曖昧な表情を、今なら描けると思って引っ張りだした。
 ルルーシュは皇帝業を忙しくこなしている。その合間にスザクの元へやって来、世界情勢を説明するとともに彼が消えてなくなった後の事を伝授していくのだ。
 彼は、優しい。
 そう、思った。
 そして、悲しいとも。
 自分に絵の才能はあるとは思わなかったけれども、この絵だけは完成させておこうと思ったのだ。この後、多分100年は悪逆皇帝として伝えられなければならない彼の本当の姿を留めておきたかった。
「ふぅん、お前にはあいつはそう見えるのか」
「………うん」
 隠したところで今更だと、開き直ってページを開く。そして鉛筆で淡く微笑むルルーシュの表情を丹念に描き込んで行く。
 こんな顔じゃなかった。こんな瞳じゃない。そう思い、幾度も消しゴムで消し、自分の思い描く姿を紙の上へ描き込んで行く。
「随分、惚れ込んでいるようだな」
「ほ……ほれ?!」
「その顔。自覚していないだろうが、まるで乙女のようだぞ」
 描いている自分の表情を指差し、C.C.が笑った。どんな顔をしているのか分からない自分は動揺を隠せない。
 確かに、自分はルルーシュに恋をしている。
 いや、恋をしていた。
 再会したその後、ゼロである疑惑を打ち消してねじ伏せて、そんな筈がないと思い込んでしまう程に。ナイト・オブ・ラウンズになった後も彼を殺すのは自分だと望んだように。そして再び裏切られたとき、世界が終わってしまったかのような気分になったように。
 だが、一ヶ月を経て自分の思いはそうじゃないと思う事にしたのだ。
 彼はもっとぎりぎりの世界を歩いていた。恋だの愛だの入り込む隙間のない苦しい世界で生きていたのだ。自分もそのつもりだった。だが、彼のそれとは違うとも思った。彼にはナナリーがいたから、自らの命を投げ出せば終わると言う訳にはいかなかったのだ。
 だが………。
 その気持ちは、どうやら消えていなかったらしい。
 誰よりも人の機微を読むのが上手いC.C.に指摘されて観念した。伊達に数百年生きていないのだから。
「…………そう、なのかな」
「そうだ。お前は、思いを告げなくていいのか?」
 言われた言葉にはっとした。
 告げて、どうすると言うのだろう。
 どうせ自分が殺してしまうのに。
「残酷だね」
「そうさ、私はC.C.だからな」
 はははと笑って彼女は部屋を後にする。
 手元に残ったスケッチブックに、涙が落ちそうになった。
 そう。
 どうせ、殺してしまうのだ。この手で。





 小さな会合が終わり、残された自分はその絵を前にじっと座ったままだった。
 穏やかな表情をしている。だが、それは見ようによっては泣きそうな顔にも見えた。これを描いた人物は、いったいどのような感情を抱いて彼を描いたのだろう?
 彼が決して悪ではなかったと伝えたかったのかもしれない。
 皇帝服を着てからの彼はとにかくも性急に物事を進めた。
 伊達にルルーシュ研究の第一人者を名乗っている訳ではない。彼の行った政策施策その結果と欠陥。それらを俯瞰して全て見ている。
 貴族までに留まった悪政は本当にそこで終わりだったのかどうか。民衆への圧政は行われる事になっていたのだろうか? それら草稿は未だ発見されていない。
 反逆者は一族郎党まで皆殺しにし、なんらかの力で――ギアス、と呼ばれているがそのような非現実な力を認めてしまえば歴史学者など勤まらない――人の意思を奪い奴隷のように兵隊を作り上げたルルーシュは、確かに悪だ。
 だが。
 結果、もたらされたのはエリア制度の弊害をなくし、貴族制度の悪害を失わせた。一般民衆に取っては歓迎すべき自体だったはずだ。
 この絵がいけないのだろうか?
 彼は、悪人ではなかったとそう思ってしまうのは、私だけではない。
 だか、妙な肩入れをしてしまっている。
 この絵を透かして見えてしまいそうになる好意までもが、自分の心をかき乱す。





「なんだ、まだ起きてたのか?」
「……ルルーシュこそ。遅すぎるよ、こんな時間まで仕事してたのかい?」
 深夜を遠に過ぎていた。部屋の灯りは煌々と灯されたままで、絵に集中していたスザクは時間の事など忘れていたのだが、時計を見て驚いた。
「ちょうど良かった。起きてたのなら、伝えておきたいことがある」
 衣服を緩めながら、ルルーシュはスザクをちらりと見て、その手元にあるスケッチブックに視線を写した。
「まだ描いてるのか?」
「うん、この絵だけは完成させたくて」
「そういうタイプじゃなかっただろう、お前は」
「そうなんだけど………うーん。なんでだろう?」
 スザク自身も不思議ではあった。どうしてこの絵にだけ執着してしまうのか。学園に通っていた頃、美術の授業は苦手だったと言うのに。
「まあいい、EUがおおまかに肯定の意を伝えて来た。軍備に対してのみまだ首を縦にふらないが、まあ時間の問題だろう」
「ってことは……」
「ゼロレクイエムは、終局に向かいつつあるってことだよ」
 既にスザクの体力はほぼ回復していた。ベッドに寝そべるのは極秘に手配した主治医による厳命のためだが、時間を見ては落ちてしまった体力を回復させるために筋トレを再開させている。ゼロレクイエムの完遂だって夢ではないだろう。
「ルルーシュッ」
「なんだ?」
 脱いだ服をハンガーにかけた彼は、温和な笑みを浮かべている。そう、今自分が描いていた絵と同じように。
「本当に………やるのか?」
「今更。何のために俺は悪逆皇帝をしてたと思ってるんだ?」
 そう、その通りだ。
 だから、きっと間違っている。
 今すぐその手を引いて誰にも見つからないどこかへ逃げ出したいと思う心は。
 だから、代わりに手を引いた。遠くではなく、ベッドの上へと引っぱり込むように。
「どうした?」
「どうした? じゃないよ。君には危機感が足りないね」
 上着を脱ぎ捨て、薄着になった彼の衣服は脱がすに容易い。こんなことで彼が自分のものになるとは、思わないけど。決して思わないけれど。
「抱きたい」
「………本気で言ってるのか?」
「ああ」
 びくり、と体の下でこわばった体を、気遣う。優しく素直な髪を撫でる。
「好きだよ、なんて今更すぎて言えないけど」
「――……」
 彼は、泣きそうな顔をした。泣く一歩前の微笑みだ。
「いいよ」
「ルルーシュ」
「スザクが望むなら、構わない」
「君が望まないなら、無理強いはしない」
「俺の欲しかった言葉を、お前はくれた。だから、いいんだ」
「え?」
「今更じゃない。いつだってよかった。好きだって聴きたかった」
「……………遅くなって、ごめん」
「いや、いいんだ。死んだ後じゃなければ」
 それは、目前に死を迎えた者の言葉だった。その可能性も多いにあったのだと自らの心臓がきりりと痛んだ。言えずに終えてしまう、生涯最後の恋だったかもしれないのだ。
 目の前の唇に、口づけた。
 男の唇なのに、とても甘く、柔らかな感触がした。

 服を乱すのは簡単だった。薄手のシャツをはだけ、幾度も見た筈の白い肌に煽られやたら跡を残す事に必死になった。
 淡いピンクの乳首に舌を絡めると、彼は驚いたように体を跳ねさせたあと、押さえ込むスザクの下で体をくねらせた。「くすぐったい」と、彼は言った。それは性感帯だからだよと教えてあげると、なんとも言えない表情を浮かべた後でそっぽを向かれてしまった。こみ上げてくる笑いを押さえ、本当に性感帯にしてしまおうと執拗に胸の飾りをいじりだす。唾液で濡らした指でくるくると円を描くように撫で、もう一方は舌で舐め、時折甘噛みする。最初、本当にくすぐったさから逃げ出そうとしていた体が上気し始め、聞こえる呼吸が短く発情したものになったことに満足した。
 なにより、足で押さえつけた性器がわずかながらも硬くなっている事がその証拠だ。
「いやらしいことを、してるね。僕たち」
「……い、いうなッ」
 ぐり、と性器を太ももで押さえつけると、ひくんと彼の体が揺らいだ。
「ほら」
 その証拠とばかり、胸元をさまよっていた手のひらを股間へ伸ばす。芯を持ったものは衣服に包まれたままでは苦しそうで、なによりルルーシュの好む衣装は体にフィットしたものが多いので、余計に苦しそうで、だからとにかく服を脱がす事を先にする事にした。
 さらされた、下肢。
 淡く勃起した性器。
 それだけで、鼓動が跳ねる。
 自分はベッドに横たわっていたからラフな服装ではあったけれども、なにひとつ乱さず、彼だけをひどい目に遭わせているという感覚が嗜虐心を煽って跳ねた鼓動が早く脈うつのを感じた。
「ス……ザク……」
 じっと視姦しているも同然だった。彼の中心はしっかり芯を持ち、心持ち苦しげに雫をこぼしている。すがるような声と視線はすっかり彼の体に心を持って行かれた自分へと向けられている。
「ごめん、見惚れちゃった」
「バカッ」
「バカはないと思うんだ、こんなシーンで」
「だって……このまままじゃ、恥ずかしいだろ」
「十分綺麗だよ、僕、君をおかずに抜けそう」
「…………ッ、バカ!」
「また!」
「生身を前にして、何を言ってるんだ。お、俺だって、十分に覚悟を決めてるんだ、早く……して、くれ……」
 その言葉にこくりと息を飲んだ。
 そう、ルルーシュだってこんな行為に慣れている訳じゃない。いや、むしろ女性経験だってないだろう。それを、自分に許しているのだ。こんな中途半端な状態じゃあいけない。
「ごめんね、ルルーシュ」
 さらりと素直な髪を撫で、その先端に口づける。そのまま、顔を傾け唇を吸い、舌を絡め合う。
 立ち上がった場所には手を添え、先走りで濡れた音を立てながら優しく手淫した。強すぎる刺激はきっとルルーシュを怖がらせる。そう思ったのだ。
 自分もそうしながら、衣服を脱ぐ。驚く程に屹立した性器に、自分もひどく緊張しているだけでしっかり興奮しているのだということが分かった。
「ふ………ぅ、ん、あ、ああ」
 くちゃくちゃと音を立てる手淫と、うっすら目を開けて見たスザクの裸体に、ルルーシュはあえかな音をたてる。頬も、耳も、首も、ピンクに染まって目に悪い。発情の色もあらわなルルーシュはなまじそういう方面に疎い印象があったせいか、スザクに取ってどうしようもなく煽られる存在だった。
「どうしよう、先に行きたいよね。でも、僕も我慢出来ないんだ」
 そして、指先に先走りの液体をとり、ルルーシュの体を大きく折り曲げる。
「なっ……」
「ごめんね、こうしないと苦しいから」
 そして、ぬるりとした液体で後孔のぐるりをなでた。
「……っ、っ!」
「ここを、使うんだ。さすがにこれだけじゃあ足りないけどね」
 そして、スザクは唇をそこへ触れさせる。最初意味の分かっていなかったルルーシュだったが、舌を使われてようやく気付くと、激しい抵抗に合った。
「柔らかくしないと、ひどい目に遭うのは君だよ?」
「だからって、そんなっ!」
「だってここにはローションもないだろうし、しょうがないよ。大丈夫、ルルーシュはどこも綺麗だから」
 口をぱくぱくさせている、きっと文句を言いたいだろう彼を無視して、スザクは行為を進める。やがて唾液でどろどろになった場所に指を一本埋め込んだ。丁寧な愛撫が功を奏したか、抵抗無く飲み込まれて行く。
「なに…を…!」
「僕のを迎える、準備を。だって、抱かれてくれるんでしょう?」
「…………………こんな、ことなら」
「前言撤回禁止、ね」
 くすくすと笑って、指を動かす。柔らかな内壁を撫で、違和感に顔をしかめるルルーシュの頬に口づけ、更にもう一本。そして手触りの違う場所を見つける。
「ひぅっ、あっ、だ、めだ、そこ…ッ!」
「見つけた」
 彼の抵抗の声など聞こえないふりで、そこを集中的に責めた。見てる間に後孔はほころんで行く。きゅうきゅうと締め付ける動きとともに。
「………ねえ、もう僕も限界なんだけど」
 強烈すぎる快感のせいだろう、ぽろりと涙を落としたルルーシュへ、一応のお伺いを立てておく。きっと聞こえていないのは承知の上で、スザクは屹立したものを抜き去った指の代わりにあてがった。
「あ……………………」
 ずぶ、とのみこまれる先端。太い場所は苦しそうで、実際スザクも苦しくはあったのだけれども勢いで飲み込ませ、ぴったりと体をくっつけた。
「はぁ、あ、あ、ああ」
「ふ…ぅ、熱い、君の中……っ」
 本当は今すぐにでも射精してしまいたかった。だが、せっかくの繋がりを一瞬で終わらせるのはもったいないと小刻みに動き始める。きっと初めての体にもその方がいいと思ってのことだ。
 最初は小さな、しかし徐々に奔放になっていくルルーシュの声はひどく性感を刺激した。声だけでいってしまいそうになる。
 忙しい政務の後の、しかもこんな時間だ。一度きりが精一杯だろうと、スザクは精一杯の時間長引くように自分をひどく律しなくてはならなかった。





「枢木スザク」
 つぶやいたのはまるで自分の声ではないようだった。
 あの当時、一番ルルーシュ皇帝の傍に仕えていたのは彼だ。そして、二代目ゼロが彼であったという推論も一部では成り立っている。戦死した彼が何故? とは思うが、奇策を用いるのが得意だったルルーシュの側近だったのだ。なんらかの理由――ゼロを継がせるために身を隠させたというのが彼ら一派の要点だった。実を言えば、彼らの一派と自分の属する一派とは非常に近しい関係にある。なんなれば、ゼロが枢木スザクならば、盟友であったはずのルルーシュを殺害させたのはその本人の奇策であったとも考えられるからだ。
 もちろんそれは一派の一部であって、意見の相違から殺害に至ったとの考えもある。ただ、そういう考えもあるというだけだ。
 そこで、この絵だ。
 これが枢木スザクの手によるものならば、前者の意見の比重が非常に重くなる。
 彼らは信頼関係にあった。そして、憎しみを一所に集めてゼロという英雄を作った。
――なんという、劇場型の演出であろう。
 あのルルーシュという希代の演出家が描いた脚本でなければ一笑に伏してしまうだろう。だが、自分はあの人間を本当の悪として認める事が出来ないでいる。
 この仮説を信じたく思っている。
 たとえ、ごく少数派の意見であろうとも。





 スザクは、ベッドでの生活を終えた。
 医者からのお墨付きで完治したのだ。
 それは、スザクですら思ってもいないほど早い時間だった。
 たった2ヶ月しか過ぎていない。
 ルルーシュの命の経過には、短すぎる。
 こっそり時間を縫って描いていたルルーシュの絵は、完成していた。何故か笑っているようで、泣いているような顔になってしまった。
 あれから、幾度かルルーシュとスザクは肌を合わせた。お互いが信頼出来る関係だと今度こそ思えるようになった。7年前を完全に取り戻せた。
 ナナリーこそいないものの、スザクの心境は幸せである筈だった。なのに。
 これは、終わりへのカウントダウンなのだ。
 ルルーシュからもたらされる世界情勢は細やかで、その先までも見据えたものになった。彼の中でもカウントダウンは始まっている。
 彼はおよそ政治向きでないスザクのために、あらゆるパターンの予測を立て、データ化したものを渡している。実際に政治を取り仕切るのはギアスに掛けられたシュナイゼルとナナリー、そして超合衆国のカグヤ達になるのだろうが、象徴としてのゼロより少しは役に立てる存在になりたいと思い、今までになく勉強をした。
 目の前にある何かから逃げるように。
 お互いに。
 肌を重ねる回数も増えた。
 怖いものから目をそらすように。
 だけど、その時は来てしまうのだ。

 あらかじめ、決められていた事だったのだから。





「あの絵を描いたのは、枢木スザクだと思います」
 ある日、一本の通信が届いた。同じ学者仲間で、枢木スザクを第二のゼロとして研究している人物だった。
「もう一度、見せていただけませんか? 彼の学生生活を送っていた頃のノートに図式が描いてあります。それと筆致を照合する事は可能ではないでしょうか?」
「ああ! そんなものがあったのですか」
「我々はもっと情報を共有すべきですね」
 言って、壮年を過ぎた相手は笑った。その場で会う日取りを決め、手元にある一枚の絵を広げて今一度見る。
 心の中に、得体の知れない安堵感のようなものが広がるのを感じる。
 この絵を描いた人物は、ルルーシュを愛していただろう。そう思える。
 なぜなら、自分もきっとルルーシュを愛しているからだ。
 研究材料と言うだけでは終われない魅力に取り付かれている。きっと過酷だった幼少時代、そして行方をくらませていた少年時代、と同時にランペルージと姓を変えて現れ、ゼロとして過ごした青年時代。
 形だけは追える。だが、その心中は闇の中だ。頭の良かった人物であることだけは分かっているが、どのような事を考え、あのような結末を迎えたのかは誰も知る事は出来ない。
 それを知りたいと思うのは、取り付かれているからだろうか。
 それとも、純粋な研究者の生業だろうか。
 それは、誰にも――自分にも分からない。
 ただこの一枚の絵だけが心をつかんでやまない。





「本当にやるんだね」
「ああ」
 願いとはギアスに似ている。彼はそう言った。ならば、そのギアスを掛けられた自分は彼の願いを叶えるべきなんだろう。
 心がきりきりと痛んでも。全て、このために物事はすすめてきたのだ。
 今更、やり直しがきかないことも分かっている。
 今、スザクが感じている事は感傷に過ぎない。そうに決まってる。
 そうでなければ、ゼロレクイエムを完遂させなければ、ルルーシュは一生憎まれ悪の象徴として生き続けなくてはいけないのだから。
 そんなのは、間違っている。
 誰よりもこの世界を愛し、優しさで満たしたいと思っているのが彼なのだから。
 
 完成したあの絵は、彼に似ていた。
 いつも笑っているようで、泣いていた。
 彼は頭が良すぎるから、自分の感情なんて把握せずに表だけを取り繕って笑顔で。笑顔で。笑顔で。全てをやり過ごして、本当は泣いている事に気付かずに生きて来たのだ。
 きっと、今も。


2011.3.4.
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