光と影
昼食をとろう、とルルーシュに連れられたのは、屋上だった。
実のところ、今日は急に学校へ来れる事になったので昼食の準備がない。それを告げるいとまもなく、手を引かれて、彼にしては強引な方法で本来なら開かないはずの扉をあけたのだ。
もう夏が近く、日差しは強い。
じりじりと肌を焼く感覚はスザクに取って気持ちの良いものだけど、ブリタニア人としても色白の部類に入るルルーシュに取ってはどうなのだろうか? 真夏の日差しではないからいいようなものの、火ぶくれでも起こしてしまうんじゃないかととっさに思ってしまった。
さすがにこの日差しの強さは予想していなかったのか、ルルーシュは手でひさしをつくり、屋上唯一の建造物…階段フロアの影へ駆け込む。
「ひどいな、これは。まだ6月じゃないか」
「なんだよ、ルルーシュが連れてきたんじゃないか。窓から十分分かってたはずだよ?」
「ここまでだとは思ってなかったんだ」
防弾、UV加工されたガラス越しでは、苛烈な日差しもどこか緩んで室内へ入り込む。自分はそれを理解しているけど、まさかルルーシュが気付かないとは思いもよらなかった。
「それに、言う機会なかったけど、僕お弁当とか持ってないよ?」
「ああ、それは大丈夫なんだ」
日差しを憎むようにくっきりとした影の先を睨んでいた視線は、ほころんでスザクに向けられる。
「俺の弁当だ。今日はナナリーが弁当の日だったからな、一緒に作ってきたんだ」
ぐい、と差し出されたのはさっきまで彼が抱えていた包みだ。食の細いルルーシュの分としては、若干大きめに感じられる。
「どうせだからと思って、生徒会室でもつまめるようにしてきた」
まるでスザクの思考を読んだように、言った。
「いいの? 生徒会メンバーのなんでしょ?」
「いいんだ。スザクが食べてくれるなら、その方が嬉しい」
密かに道ならぬ思いを抱いているスザクとしては、その言葉は空へ舞い上がらんがばかりの言葉だった。だけど、その後に続く言葉でしっかり地面に縫い止められる。
「どうせ軍では栄養面しか考慮されてない食事しか食べてないだろうし、それに……」
「それに?」
「あの、奇怪なものも、食べさせられているんだろう? あれは技術部の情報漏洩には当たらなかったのか?」
軍隊に対する沈んだ調子、そしてそこに属する罪悪感。
だが、そんなものを払拭させられる言葉が更に続いて、スザクは首を傾げた。
「なんのこと?」
奇怪な食べ物と言われてまず真っ先に思い浮かぶのは、ありがたくも迷惑な上司であるセシル・クルーミー少尉の差し入れだ。
「ああ、あれか!」
少し前に、チョコレートをいくつかもらった事がある。幸いにもスザクが口にしたものがラズベリージャムという至って普通のものだったので、残りをそのまま生徒会室へ持ってきたのだ。
たまには普通の味覚も持っているんだなと関心したのもつかの間、生徒会室は阿鼻叫喚と化した。
何が入っていたのかは今でもはっきり分からない。とりあえず予想されているのはドリアンと卵焼き、くさや(どこで手に入れたのだろう?)、佃煮の4種だ。くさや(と思われる)に当たったルルーシュは、その強烈なにおいに化学兵器を開発しているのではないかと騒いだのだ。
「あれは、あの時も言ったけど、上司の趣味。ちょっとと言うか……えーと……相当と言うか、味覚の変わった人なんだ」
「そうか。……まあ、今更ブリタニアが生物兵器など必要はしないだろうな。ナイトメア・フレームがある限り」
落ちた沈黙。
彼はブリタニアのその兵器を憎んでいる。兵器が生み出す、世界をだ。
だが彼も元とは言え皇子だった。たとえ十歳までだったとしても彼も騎乗経験はあったのではないだろうか。
「そういえば、ルルーシュ。去年の文化祭!」
突然飛んだ話についていけない顔をして、ルルーシュはスザクを見る。
「君がガニメデでピザを作ったんだよね。君もナイトメアには乗れるんだ」
「ああ……母がああいう人だったからな。一応、最低限の事はさせられたんだ」
どうにも空気が盛り上がらない。
ダメだ、とスザクは思い直して、本来の目的へ戻る事にした。
「それじゃあお弁当、いただいていいの?」
「あ、ああ」
本心ではしまったと思っていた。せっかく楽しそうだったルルーシュの顔を曇らせてしまったのだ。このお弁当を広げるのだって、いつかにあった同じときのような楽しさはない。
軍をやめようか?
考えたとたんに却下する。それでは本末転倒だ。自分が何のために生きているのか分からない。
二人を守るために、ブリタニアを内側から変えて行くための軍属なのだ。
だが、時折よぎる思いがある。
黒の騎士団ーーことさら、ゼロには傾倒しているように見える節のあるルルーシュの事を思えば、彼を不快にさせる軍属の身など捨ててしまって、騎士団へ手を貸す事もひとつの手ではないか、――と。
もちろんスザクの本意ではない。ゼロは許せない。ああいう正義は存在しない。
ただ、ルルーシュのためにと思ってしまうのだ。
「どうした? 気に入ったおかずはなかったか?」
つい考え事をしていた自分は、広げ終わった事に気付いていなかった。
重箱につめられた料理は和洋折衷、スザクがもし来たときのためと、スザクのおかげで和食のおいしさを知った生徒会員のためのものだろう。
「うわ、いいの、これ?」
「見るからに多すぎる。俺一人では無理だ」
「確かに」
憮然とした顔に、ようやくくすりとスザクは笑いを頬に乗せる事が出来た。
いつものルルーシュの顔だ。
「おいしそうだ。いただきます」
箸も用意されている。
それを手に取ると、微笑む気配が横から伝わってきて、やはり――と、思ってしまうのだ。
スザクの正義はそれでは決してありえないのだけれど。
強い日差しと、それが生むくっきりとした涼しい影。
今、彼はどこに立っている?