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君の魔法


 時間が来て、君の魔法が解けてしまうのが辛かった。
 灰のように降り積もる疑念が降り注ぐ雨に固められてゆく。重みを増したそれが、心の壁にへばりついて離れなくなってゆく。こんなことを望んでいた訳じゃなかった。必死で否定していた。妄想だと思っていた。だけど、電話の声は平静だった。綺麗な声で、彼は嘘をついた。


 後にブラックリベリオンと呼ばれるトウキョウ租界を舞台とした、黒の騎士団を中心としたテロリスト集団と、ブリタニア帝国のトウキョウ租界部隊との戦闘は、血の惨劇から始まった。心優しき――お飾りの皇女と呼ばれていたユーフェミア・リ・ブリタニアの特区日本政策。夢を見た人間は多かった。虐げられていた元日本人たちも、そこでは威張りちらかすブリタニア人とも対等でいれるのだ。そしてなにより、失われたと思った祖国を取り戻す事が一部とは言え帰ってくるのだ。期待は大きかった。夢も見た。
 ゼロですら姿を現したのだ、これは実現し、平和が訪れるのだと皆が思っていた。
 そこが、血みどろの戦場に化すとは誰も想像すらもしていなかった。
 スザクは、何故倒れていたのか分からなかった。気がついた時には既に時遅しだったのだ。ユーフェミアの姿はどこにもなく、会場内は虐殺された日本人で埋め尽くされていた。自分自身、日本人だと言う事で殺されかけもした。
 だが、そういう場合ではない。殺されている場合ではない。
 忠誠を誓った皇女がいないのだ。彼女は唯一自分を理解してくれた人間だった。ただの主従とは違う。心の底から守りたいと思わせられた人物だった。
 黒の騎士団ははじめから知っていたのか流れ込み、場内は徐々に混戦の様相を示しだす。
――ゼロとの対話。
 やはり、あれが引き金だったのだろう。そうでなければ黒の騎士団の動きが速すぎる。だが、どうやって? あのユフィが日本人を虐殺する命令を下すとはどうしても思えなかった。
 ただ、戦火を逃れ彼女の姿を見つける事だけが、今のスザクに出来る唯一だった。


 ルルーシュは戻れない事をもう知っていた。C.C.に抱きとめられ、感傷とは惜別した。彼女にもうこれ以上罪を重ねさせないためにも殺すしかないと、皮肉にもスザクと同じように彼女の姿を探していた。
 ギアスは、一時的なものでなければ継続されてしまうのだ。その目的が達成されるまで。
 下手をすれば、ユフィは自らの騎士であるスザクすらも殺してしまう可能性がある。二重の喪失には耐えられそうにない。ユーフェミアを殺せと全メンバーに通達し、だが直接手を下したのは自分自身だった。
 そこへ、ランスロット――スザクが現れたのは誤算だったけれども。
 彼はきっと見ていただろう、忠誠を誓った主を殺すゼロの姿を。もとより相容れない存在だった。それが決定的になった。そういう、事。
 不思議と悲しみは感じなかった。スザクに恨まれる事はもういくつもしている。だが、直接的に、最もひどい形で彼を傷つけたのは初めてのはずなのだ。
 だが、悲しみは心に響かない。静穏が心を支配しているのは奇妙な話だが、目の前に訪れた絶好のチャンスを生かすのは今しかないのだと気付いていた。
 全国各地にディートハルトの張ったネット網で特区日本の様子は中継されていた。
 今まで立ち上がる勇気のなかった者たちも怒りに震え、各地点で合流する別部隊の人数は爆発的にふくれあがっている。
 その様子を映し出すモニタを淡々と見ていた。
 トウキョウを落とすなら今しかないと分かっている。分かっていたし、そうするつもりでもある。
 各主要メンバーに指示を与え、自分が笑っている事に気がついた。
 そう、ここは笑っていい場所だ。ようやく念願が叶うのだから。
 目の前に租界を見、コーネリアの部隊と対峙し宣戦布告を行った後に鳴った電話。
 それは、ユーフェミアのものだった。
『ルルーシュ、今は学校?』
 飛び込んで来たのは見知った声だった。ああ、彼は無事だったんだと知れた。ユフィを撃った。致命傷ではあったけど、それでも尚目的を叶えようとするのがギアスの力だ。そうじゃなかった事に安堵した。だが、この電話で、今、自分に掛けてくる意味は?
――空を見ないで欲しい、と彼は言った。
 憎しみに支配され、ただの人殺しをしようとしているから、と。
 これは告解なのだろうか。
 それとも、そうと知っての宣戦布告なのだろうか。
 友達であること、それがゼロであること、全て分かっているのだろうか?
 だとしても自分の取る道はひとつしかなかった。
 それ以外、もう道はなかった。
 最初から決めていたのだ。ナナリーさえいればいいと決めていた。大事なものはそう多くはなかったけれども、それすらも両手からこぼれ落ちる覚悟をしていた。
 だから、ルルーシュは笑んだ。
 望み通りなのだと。幸せの意味など、硝子のように割れてくだけて忘れてしまった。


――俺たちは友達だ、と、彼は告げた。
 そう、七年前からずっと友達だった。心の支えでもあった。
 だが、まもなく魔法が解ける。頬を、涙が一粒だけ伝った。
 降り積もった灰が心の壁を壊して本当の姿を見せてしまう。
 偽物のドレスで踊るシンデレラのように、12時は来てしまう。そこに、救いはない。おとぎ話のような優しさはどこにもない。今まで見ていたのは、きっと、幸せな幻だった。
 覚悟を決めろ。
 そう、もうひとりいた自分の事を理解してくれた人間を。友達を。誰よりも大切だった……


 ルルーシュを、殺す、覚悟を。
2011.3.11.
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