夕色
今朝早くまで雨を落としていた黒い雲が、ぐんぐんと早い速度で空を流れてゆく。西の空はもう明るく澄んだ青だ。
長かった雨がやんで、誰もがほっとした気持ちになっていた。湿気るわ体育は館内の地味なトレーニングに変更になるわ、何よりどんよりした空とはっきりしない雨は気持ちを曇らせる。
「あー、やっとやんだか。洗濯しよっと」
リヴァルが生徒会室でほっとしたように呟く。
「何言ってんの、寮の洗濯は乾燥機付きでしょ。サボりの口実にしてただけのくせに」
「あい、そうです。すいませんでした」
素直に認める姿が、笑いを誘う。
「一週間は続いたっけ?」
ミレイが言えば、「10日ですよ」と律儀にルルーシュが訂正を入れた。
この時期、イベントらしきイベントがなかったのは幸いしたが、ニッポンの四季というのは面倒だ。秋の長雨というらしい。
「それでも、降り過ぎだったけどね」
とは、スザクの言。
唯一の日本人もまた、空の色が徐々に青を取り戻して行くのを他のメンバーとともに見ていた。黒が駆逐され、青に染まって行く景色はなにやら壮観だった。
午後、完全に晴れた空は鮮やかな夕色を、下校する生徒達の世界に投げかけた。
「おい、スザク。今日はまたあっちなのか?」
久しぶりに晴れた午後は生徒会もなく、三々五々散って行く中、呼び止められる声がした。ルルーシュだ。
「あ、ううん。帰るだけだけど。今日は」
まさか主任が湿気にダウンしている、なんてことを話す訳にはいかない。そして5日目くらいから、狭いトレーラーに充満した湿気は機械に影響を及ぼすと政庁へ泣きついて環境の整った整備質へランスロットは一時避難させてもらっているのだ。
イレブンへの『区別』がはっきりした、現総督の意向により、スザクは暇を与えられている。おかげで学校にもしっかりと通えている訳だけれども。
「じゃあ、うちへ寄れよ。久しぶりに晴れたんだ、夕食でも食べて行け」
「なに、それ」
ぷっとスザクは吹き出した。理由になっていない。
「晴れた日記念、って事で……じゃあ、お世話になろうかな」
何故笑われたか分かっていないルルーシュへ、仕方ないなとくすくす笑ったまま、スザクは誘いに乗る事にした。彼らの傍にいるのは、とても嬉しい事なので。
ひとりきりの狭い部屋で、味気のない買って来た夕食を食べるより百万倍素晴らしい出来事だ。
僥倖に巡りあえたと、スザクの頬には今度は純粋な笑みが浮かび、ほっとしたようにルルーシュもまた笑んだ。
そのまま並んで、今来た道を逆行していく。クラブハウスは学園内の奥に位置している。
「そういえばあの雨だからって、サボっちゃダメだよ、ルルーシュ。どうせ出るのが面倒になったんでしょ」
この5日、珍しく連続で学校に通えたスザクがルルーシュに会えたのはたった二日だった。その一日が今日な訳だけど。
「あ……ああ。だって雨だろう。濡れるのはイヤだし、ナナリーの具合もあまり良くはないし……」
「ナナリーはきちんと学校に来てました」
「分かってるよ、行きたがったから行かせたが、あんまり賛成じゃなかったんだ」
もごもごとルルーシュは言い訳をする。
確かに、元気になったとは言え心と体にダメージをいまだ抱えるナナリーに取って低気圧はあまり良くないものらしい。以前ルルーシュに説明され、実際に自分でも調べてみて知っていた。
「帰ったらすぐに俺がいる状態にしておきたかったんだ」
少し、言い訳めいた口調で。でも、確かに中等部より高等部の方が終わる時間は遅くなるので、それもしかたないかなと思った。
なにせ、ルルーシュの世界はナナリーを中心に回っている。
「だから、気持ちも多分晴れた今日はお前も来てくれたら喜ぶと思うんだ。疲れもないだろうしな」
「そういう事か」
さっき、晴れたから来ないかとの誘いの意図が良く分かった。
「そういう事ならば、時間の許す限り」
にっこりと微笑む。ナナリーが楽しんでくれて、目の前のルルーシュもそれで喜ぶというのなら、自分にとっても嬉しい事だ。
「君も喜んでくれるなら、尚嬉しいんだけどな」
こっそり、人知れず恋をしている自分は、かすかな期待を込めて呟くよりも少しだけ大きな声で付け足してみた。
「そりゃあ、もちろん嬉しいさ。ありがとう、スザク」
喜んでくれたが、普通だ。分かりやすい秋波を送っているシャーリー相手にもあの通りなのだから、これが普通かと諦めた。
「いいえ、どういたしまして」
笑ったが、苦笑になった。
どうやったらこの思いは伝える事が出来るだろう? 遠回りでは無理だろうか。
雨が降りやんだ記念に、自分もそれでは素直になってみようか? なんて思ってみる。
「ねえ、好きだよ。ルルーシュ」
「? ああ、俺も好きだよ」
やっぱり普通だった。思わず吹き出した、自分の報われなさと、彼の鈍感さに。
「きっとナナリーの方が気付いてるのかもしれないなぁ…」
「なんの事だ?」
「いや、こっちの話」
全く持って、頭ばかりは良いのにそちら方面の能力のみお母さんのお腹の中へ忘れて来たらしいルルーシュ。それより、気配に聡いナナリーの方が何もかもを知っているかもしれない。
けど、きっと。
ナナリーが、「スザクさんはお兄様の事、好きですよ」なんて言っても通じやしないのだろう。
まったく。
空を見上げた。
鮮やかな夕色だ。
となりで少しばかり怪訝そうな顔をしている親友兼片思いの相手は、とてもこの色に映える。
この思いが報われる日が、いつかくるとすればそれはどんな時だろう?