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緊張と緩和のダンス


 授業の終わった開放感の中、隣の席に座るスザクがちらりと自分の方を見るのを感じた。いつも通り授業中は貴重な睡眠時間だ。チャイムの音で目を覚ましたが、気配くらいは感じ取れる。彼が疑いを抱いているのは、確認するまでもない。
 今、目を覚ましたとばかりに伸びをして、スザクを見て微笑みを浮かべた。
「相変わらずだね、そのサボリ癖」
「退屈な授業をする方が悪い」
 うわ、辛辣。などと言いながら、かつてのような穏和さは装われたものだった。いや、そう感じられるだけかもしれない。
 彼に自分の記憶が戻ったとの情報を与えるミスは一切しでかしていない。それについては、自信もあったしスザクの配下でもあるロロからの情報からも知れた。ロロは、完全に自分の元に落ちているのだ。十分信頼に価する。
「どうするの? 次の授業は移動授業だけど」
「屋上に行く。面倒臭い」
「ダメだよ、サボリばかり。進級できなくなったら……ロロが心配する」
 不意に途中に間が空いた言葉は不自然だった。本当はナナリーと続けたかったのだろう。だが、その名は今の二人には禁句だ。存在しない物の名前。ただ不意に名を出されて動揺しない自信もなかったので、スザクが自分で気付いてくれて良かったと思った。
「大丈夫だよ、その辺の計算はちゃんとしてる」
「そういう事にばかり頭使って」
「説教はシャーリーだけで十分だよ、じゃあな」
 そう告げると、ちょうど読みかけの本を持ってまだ残り時間が十分ある、ざわめいた教室から出て行った。ちらりとそのシャーリーが自分を見た気がしたが、気のせいだろうか。



「やぁっぱり、サボってた!」
「ごめん、ごまかせなくて」
 授業終了のチャイムが鳴って、数分。教室へ戻るか居心地の良いこの場所で切りの良いところまで読んでしまうか迷っているところへ、声が落ちてきた。
「まったく、いつもいつも……どうしてそんなに不真面目な格好ばっかつけちゃって」
 良く言えば体育会系、悪く言えばマジメすぎるきらいのあるシャーリーは、見下ろして怒った顔を作って、怒鳴っていた。実のところを言えば、彼女もルルーシュのサボリはもう黙認しているような節があるのだ。今更何を言っても仕方ない上に、自分の言葉は届かないとがっかりしてしまっている。
 彼女を連れて来たスザクを見て、苦笑を浮かべると仕方ないとばかりに肩をすくめた。
「今日の移動授業は物理の慣性法則だろう? それならきちんと理解しているから大丈夫だ、問題ない」
「もう、いっつもルルはそうなんだから。頭いいからって学校のことバカにしちゃって」
「まあまあ、シャーリー」
「スザクくんは黙ってて」
 ぴしゃり、と言われて苦笑のままスザクは黙り込んだ。
「それより、気のせいじゃなければもうすぐ次の授業が始まる時間だと思うが? 慣性法則が理解出来たのかどうか知らないが、シャーリーは危ないんじゃないのか?」
「うっ……ルルなんてキライ!」
 案の定、彼女には理解出来なかったらしい。理数系を女子に求めるのは可愛そうだともスザクは思うが、ニーナという例外がいるので、それもなかなか難しい。
「ほら、それじゃあみんなで戻ろ。ルルも!」
「はいはい、分かりましたよ」
 章途中のページに栞を挟み、ルルーシュは諦めて立ち上がる。スザクは元より教室に戻る予定だったから、3人で歩き始めた。
「ラウンズ様も思いのままか、すごいな、シャーリー」
「なっ…なに言ってるのよ」
「だってこの場所の口を割らせたのは事実だろう? スザクが自分で言う筈ないし」
 と言ってから、いやしかし、ルルーシュを呼びに行かなきゃなどと簡単に口にそうな姿も思い浮かべられる。天然を侮ってはいけない。ラウンズになろうと、今や憎き敵となろうとも、人格はそう簡単には変わらない。
「確かに。授業が終わったらすごい剣幕で『ルルは?!』って飛んで来たもんね」
 思い出したのか、くすくすと笑って告げる。
「だ、だって! またサボリだと思ったから。教室出る時にはいないから大丈夫だと思ってたのに…」
「休憩時間中に抜け出してたよ、彼」
「……その手があったか」
 ちっ、とらしくなく彼女が舌打ちするのを、思わずルルーシュは笑って見ていた。
 一緒に卒業するのだ、と彼女は息巻いているのだ。
 でもきっとそれは無理だろうと自分は思っていた。記憶が戻った以上、ゼロとしての活動がある。いずれ活発化し、世界と渡り合う事になるだろう。そうなれば学園へ来る事はなくなる。
「ふたりとも何やってるの、早く!」
 表情に出てしまっていただろうか? スザクがじっと自分をみたまま足を止めていた。表情は既に笑いが消えていた。
「ああ、すまない、シャーリー。スザク、ほら行くぞ」
「う、うん…」
 その声はどこか冴えなかった。



 今日は学校が終われば、黒の騎士団の会合がある。そのことは頭にたたき込んでいるつもりだった。
 だが、放課後が近づいた時間、ノートの端にスザクがさらさらと落書きする、今日寄っていい? と。用があると答えるのは簡単だったけど、何故かそれを戸惑わせた。以前、彼からの誘いを断った事などなかったからかもしれない。それとも、彼が来てくれても演技を続ければ、疑いの視線を少しは緩めるかもしれないとの打算もあった。
 なので、OKとスザクの文字の下に書き込んだ。
 今日の騎士団の会合はそれなりに重要な内容を含んでいたはずだった。大幅に予定が狂うが、首魁が再び捕らえられるなどという事になるよりずっとマシだろう。
 授業を終えると、そのまま帰路に就く。彼が来るなら夕食も食べて行くだろう。ロロがかつてのナナリーと同じ役割ならば、彼はスザクを引き留めねばならないはずだ。そう教育されているだろう。
 すると、食料が足りない。
「おい、買い物に行くぞ」
「あ、僕が来たせい?」
「その通り。でもお前がいるおかげで重いものが買える。助かるさ」
 自室で着替え、ついでにスザクの私服も投げ出してベッドの上に置いてやる。時折止まる彼のために、下着から着替え一式がルルーシュの部屋にあるのは一年前からずっとの事だった。
 既に機能していない監視カメラを、それでも意識しないようにして衣服を改めた。スザクは堂々としたものだ。彼は監視する側なのだから。
 彼がいるなら和食がいいだろうと材料を買い込み、彼を居間へ座らせて会話しながら料理をする。
 まるで一年前のようで、心が緩みそうになる。
 ただいま、と告げて帰って来た弟が来るまでは。
「こんばんは、スザクさん。今日はごはんを?」
「うん。多分泊めてもらうと思うんだ。よろしく」
「こちらこそ」
 にこにこと笑顔で交わされる会話。全く意味のないもの。
 敢えて言えば、ルルーシュに聞かせるために交わされているのだろう。
――それよりも、泊まる、と言っただろうかこの男は。
 そこでふと思い出す。書き換えられた記憶は三つ。皇族であったこと、ナナリーと母さんのこと、ゼロであったことのみだ。二人きりの秘められた関係は、関係ない。
 果たして彼は自分を抱くだろうか?
 それとも、抱かないだろうか。
 自分も抱かれるのだろうか? あの、ひどい裏切りを行った男に対し全てを許す事が出来るのだろうか。
 快楽によって陥落させてくる手もあるかもしれない。あの男は実に上手くルルーシュを抱く。体を開き、快楽を植え付け、そして理性を飛ばさせることなんて簡単なことだ。
 どのような状況によっても自らがゼロであるという自白を行うとは思えないが、そこまでなのかと愕然とする。もう、すでに絶望は彼の手から与えられているというのに。
 まだ傷つく心はあったらしいと、自らの弱さにため息をついた。



 案の定、彼はルルーシュを抱いた。丁寧に丁寧に、まるで始めてであるかのように扱うので余計に感じて自分で自分の体を持て余してしまう程だった。だが、ゼロであるとのヒントすら与えなかった。
 これで、少しは疑いが晴れればいいのだがと屈辱的ですらあった性行為に対して思う。
 シャツだけを羽織ったスザクは、朝早い時間だと言うのに鳴った携帯で会話をしていた。ナンバーズであった彼も、ラウンズとなってようやく携帯を持つことが出来るようになったのだ。彼の番号は、ルルーシュの携帯にもメモリしてあった。
 何の話をしているのかまでは分からない。彼の言葉はうんとかああなどのあいづちばかりだからだ。ここが自分の部屋だから、気にして単語を出さないのだろう。
 変わってしまったことに、感傷を抱くつもりはない。
 丁寧に、丁寧に、スザクはルルーシュを抱いた。
 シャツのボタンを外すところから始め、胸を、腹を、へそを、全てを舌で舐め腰骨を甘噛みされて声が出た。既に反応している場所を言葉で揶揄され、くすくすと甘い声で笑い、そこすらも舌で舐め、。しゃぶる。ラウンズ様のしていいことではないだろうと言ってやれば、ここではただの枢木スザクだよと、君の幼なじみだよと返して来た。そして、君の恋人だーーと。
 恋人を一年も放ったらかしにしてどうすると言ってやれば、ごめんねとしか帰ってこなかった。その後は、激しく勃ち上がったものをしゃぶられ、指で根本や袋をいじられ、そして先端をえぐられて会話にならなかったのだ。ただ、甘い声しか声帯を震わせはしなかった。
 丁寧にほぐされた場所にもゆっくりと挿入され、細かく動き馴染ませる動きをし、また会話が出来なくなる程に奔放に突き上げられた。甘い場所は変わっていない。彼の記憶にも違いはない。絶頂に達するまではすぐの事だった。
「ごめん、ルルーシュ。朝からもめごとで」
 昨日の代償で、ルルーシュはベッドに横たわったままだ。
「いや…構わない。出なくていいのか?」
「ああ。そっちで片を付けさせた」
 見たことのない表情をする事になったな、と思った。微笑んでいるのに冷たさを感じさせる表情を浮かべながら、彼は部屋の端からルルーシュのベッドまで戻って来る。ずしり、とベッドの一部が沈む。
「無茶させちゃったね、ごめん」
「いや、寂しかったのは俺もだ…いいんだ」
 でもこのままじゃあ、今日は欠席決定だと二人で笑った。



 放課後、シャーリーを筆頭に生徒会メンバーが押し寄せてきた。
 同じクラブハウス内にいるのだから、体調を崩しての欠席と最もらしい理由をつけて休んだルルーシュの様子を見に来るのは当然のことだろう。
「サボリかと思ったけど、本当に調子悪かったのね」
 少しだけ、しゅんとした顔のシャーリー。彼女らが来た時もまだベッドに横になったままだったからだ。腰がなによりも痛んだ。
「大丈夫よ、シャーリーがそんなにしょんぼりしなくても。ルルちゃんは日ごろが日ごろなんだから!」
 ぱしん、と落ち込みかけたシャーリーの背を叩いて、ミレイが笑う。
「まあ、今日一日ゆっくり寝る事ね。明日の休みはサボリとみなします、これ生徒会長命令ね」
 ふふふ、と笑って、一応万一本当に病気の時のために、と持ち込んだ見舞いのプリンを置いて帰って行った。
「あ、スザクは」
 メンバーに、彼の姿だけがなかった。
「ああ、仕事みたいよ? 午後から見掛けなかったから」
「そっか……」
 思ったより落胆の声が出てしまった。

 体を重ねてしまったことで、情を思い出してしまったのは自分自身だったようだ。もしかするとスザクもそうで、午後から学校を出たのかもしれなかった。現在の彼の仕事は全く読めないので、どう取れば良いか分からない時も良くある。

「どうせ、またふたりではいれないのにな……」
 その言葉を聞いていたのは、たった一人残ったロロだけった。
 それも、意味までは分からなかっただろうが。
2011.3.19.
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