恋心
振り返ったら、シャーリーがいた。今日は水泳部に先に顔を出すから、と言っていたので一瞬驚いたが、彼女の方も同様だったらしい。
「あ、あのね、忘れ物しちゃって」
「そうか。なら、一緒に来れば良かったのに」
教室は同じなのだ。背後を歩いていたと言うことは、出た時間もほとんど変わらなかっただろう。
声のひとつでも掛けてくれればいいのにと思ったが、シャーリーの顔がほんのり赤らんでいることに気付いて首を傾げた。
「どうかしたのか?」
「う、ううん、ううん!」
「顔が…」
「一緒にっ、来れば、良かったね」
言葉を無理に遮るように、真っ赤な顔のまま彼女は告げた。そうだな、と返す他にルルーシュは出来なかった。生徒会室は目の前だ。そのまま並んで部屋へ入った。
「あれ、お二人さんおそろい?」
「ひゅー」
先に到着していた会長とリヴァルが声を掛けて来る。何か分からない声を掛けたリヴァルへシャーリーはずかずか歩み寄り、ぽかりと頭を殴りながら、「たまたまそこで一緒になったの」と言い訳めいた言い方で二人に説明していた。
奥の席に座っていたスザクはなにやら難解な顔で自分を見ている。
それに気付きつつも何か分からないので、そのままほぼ固定になっている自分の席へ腰掛けた。
「シャーリーと一緒だったんだ」
「ああ、そこで一緒になった」
自動的に、スザクの隣の席となる。
「ふぅん」
含みを持たせた返事は、妙にイライラさせられた。
「なんだ。みんなして。言いたいことがあるのなら、はっきり言え」
「別になにもないよ。そう感じるんだったら、君にそう思うところがあるんじゃないの?」
と、突き放した言い方でスザクは目の前の書類へ向かった。
一体なんだと言うのだと言う気持ちで、自分も書類へ向かう。
目の前に座ったシャーリーの顔はまだ心持ち赤いままだ。
「シャーリー、熱でもあるんじゃないのか? 今日の水泳部は…」
「大丈夫だから! 気のせい、気のせいよ。この書類だけ片付けて、すぐに行くね」
「そうか? 無理は禁物だぞ」
「ありがとう、ルル」
そして、にっこりと微笑んだ。横で会長が見ていられないという顔をしていたことにはルルーシュは気付かない。もちろん、シャーリーもだ。
なにやら妙な空気のまま、今日の生徒会はほぼいつも通りの時間に終わった。
「なんだったんだ、一体」
「気付いてないの? 君って本当に…」
「本当に、ってなんだ」
若干むっとして、横を歩くスザクへ向く。
「僕の口からは言えません。それに、僕も言う気ないから」
今日は夕食を食べに、ルルーシュの部屋へスザクが訪れる事になっている。それを羨ましそうにリヴァル当たりは見ていたけれど、彼には寮の食事があるからごちそうしたくとも無理がある。
「なんなんだ。本当に」
「君が鈍感なのがいけないんだよ」
ぷい、と彼は顔を背けた。
もちろん、気は良くない。もう帰れと言ってやりたいところだが、今日訪れる約束は昨日からしていたので、食材の仕込みは終わっているのだ。もちろん、ルルーシュとナナリーが食べきれる量じゃない。
「お前達が遠回しすぎるのがいけないんだ。言いたいことがあるならはっきり言えばいいだろう」
「じゃあはっきり言わせてもらうけどね、鈍感すぎるよ、君は。あれじゃあシャーリーも僕もかわいそうだ」
「かわいそう?」
「生殺し状態だよ」
「生殺し? 何故そうなる」
「ああ、もうっ」
もう、ルルーシュの部屋は目の前だ。人影はもちろんどこにもいない。
スザクはルルーシュの襟元をぐいと引っ張ると、強引に唇だけを触れあわせるキスをした。
「そういう事!」
「す……スザク」
「これで分からないなんて言ったら、怒るからね」
実際のところ、ふたりはこんな可愛いキスで収まらない関係にある。今日も泊まっていくだろうし、そうなればただでは済まないとの予測もしている。でも、だからってどうして生殺しだの鈍感だのという話になるのだ? ルルーシュは本当に分かっていなかった。
「……わかった」
でも、ここで分からないなどと言えばここまで怒っているスザクは帰ってしまいそうな気がして、嘘をついた。
いぶかしそうな顔をして彼は自分を見ていたけれども、特大のため息をひとつついて、苦笑を浮かべてしまった。
「しょうがないよね、だからルルーシュなんだもん」
「なにがだ?」
「鈍感だってこと。それがセットじゃなければルルーシュじゃない」
「――なにげに、酷い事を言われてる気がするんだが?」
「酷い事言ってるんだよ。酷い事されたんだからね」
「いつ」
「シャーリーと一緒に来たでしょう、今日。シャーリーなんて頬染めて。何かあったかと勘ぐるじゃない」
「何もないが」
「当たり前だろう!」
「ああ、もう。訳の分からない事ばかり。もう今日はお前、帰ってもいいぞ」
「イ・ヤ・で・す」
いちおんづつ区切るように、目をしっかり見られて言われた。
「帰ったら、今日はルルーシュともう居られないじゃないか」
「当たり前の事、何言ってるんだ」
「僕はルルーシュといつでも一緒にいたいの。シャーリーに隣を取られるのはいやなの」
「なにを…一緒にと言ってもお前には軍隊があるだろ」
「物の例えって知ってる?」
部屋に入り、むっとした顔のままスザクは口づけてきた。まるでマーキングのようだ。
「ここでしか、こんな事は出来ないんだし。他の人に君は僕のだって言う訳にはいかないんだから。せめて自覚してよね。君は僕の。僕は君の。分かってる?」
「………ああ」
あまりにもど真ん中の言葉に赤面していると、そこでようやく溜飲を下げたようだった。
少し表情を和らげたスザクが、今度は優しいキスを落とす。
「本当はこのまま抱いてしまいたいけど…」
「今から、夕食の準備だ」
「そうだよね」
肩を落として、心の底からがっかりしましたと言う顔をした。
さっきまでと違って、やけに分かりやすくなってしまった。吹っ切ったからだろうか。
「じゃあ、夕食の後に」
「…分かった」
頬が熱い。きっと、赤面してしまっているだろう。
カバンを置いて服を着替えると、スザクも置きっぱなしにしてある私服へと着替え始めた。
じっと見られでもしていたら、手も上手く動かせないところだ。たまに彼は着替え風景をじっと見る癖があるのだ。
「それじゃあ、今夜は期待してろよ。昨日から準備してあったものだ」
「うん。いろいろ、期待してるから」
いろいろ、にニュアンスをたくさん込められて、さらに頬に血が上るのを感じた。
それにしても、シャーリーと一緒にいた事の何が悪かったのだろう?