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疑念


 無頼の中から、戦況を見る。もう今回の決着はついた。
 しょせん雑魚だ。日本を解放すると言いながらも邪魔をする小規模な上に、弱者を虐げるテロ組織の壊滅も、正義の味方となった黒の騎士団の仕事となった。カレンが久しぶりにKMFで暴れられると生き生きしていたが、この程度の敵では満足しないことだろうなと苦笑が浮かんだ。
「よし、決着はついた。帰投する」
 各々の返事が通信で戻って来た時だった。横からの衝撃が来たのは。
『ゼロ!』
 カレンの声。吹っ飛ばされたと言っても良い勢いで地に投げ出された無頼は、計器類を見ると下敷きになった左腕と、突進された右脇に酷い損傷を受けていた。中にいたルルーシュとて無傷とはいかない。したたかに頭を、全身を打ち、くわんと世界がゆがんだ。
 幸いな事に、脱出するまでもない損傷であった。そして加害者である残党はカレンの手で一瞬にして消滅させられる。
『ゼロッ、大丈夫ですか?!』
 焦った声。
「…大丈夫だ、少し打っただけだ」
『ですがっ』
「落ち着け。損傷は酷いが無頼もまだ動く。このまま帰投するぞ」
『は、はい!』
 それでもまだ心配気な雰囲気を滲ませながら、彼女は自分の言葉に素直に答えた。
 頭の痛みは一瞬で済んだが、どうやら計器にぶつけたらしい、左肩がひどく痛む。これは腫れるかもしれないなと思いながら、ぎこちなくもバレないように無頼を操り基地へと向かった。


「おかえりなさい、お兄様」
「ただいま。ナナリー」
 基地で応急手当をし、クラブハウスへ戻ったのはまだ早い時間だった。幸いにも今日の作戦は日中だった。不審を買う時間じゃない。
「あれ? どこかお怪我なさってますか?」
「どうして?」
「歩き方が、少し変です」
 左肩の打撲だけだと思っていたのだが、足首も軽く捻っていた。聡い妹にはしっかりと気付かれてしまう。
「ちょっと、さっき躓いたんだ。大丈夫だから」
「本当に? 無理はしないでください」
「ちゃんと手当はするよ。大丈夫、安心してくれ」
「分かりました……。でも、危ない事はしないでくださいね」
 私にはお兄様しかいないのですから。
 言外に聞こえた言葉をしっかり感じ取り、無事だった右手で彼女の頭をなでてあげた。
「大丈夫だよ、大丈夫だから」
 家族に傷が付くことを彼女は酷く怖がる。それは当然のことだろう。母が目の前で殺され、父からも捨てられたようなものなのだから。だから、自分は彼女のために無事でいなければならないのだ。
「じゃあ、ちょっと手当をしてくるから。安心してナナリーは待っててくれ」
「わかりました。お茶を後でお入れしますね」
「ああ、ありがとう」
 心配気な表情のままの彼女へ、見えないながらも満面の笑みで返し、自室へと向かった。
 部屋に戻ればC.C.がいるだろうからだ。足はともかく、肩の手当は一人ではなかなか難しい。
「おい、C.………」
「おじゃましてます」
「な、スザ…」
 最後まで名を呼ばなくて良かった、と心の底から安堵した。きっとナナリーはルルーシュの怪我というイレギュラーで伝え忘れてしまったのだろう。彼は顔パスだ。当たり前のような顔で、ベッドに腰掛けていた。
「どこへ出かけてたんだい? 随分待ちぼうけくらわされちゃったよ」
「いや、ちょっとな」
「……あれ? 怪我してる?」
「ああ。さっき、こけた。足と肩が悲鳴を上げてるんだ。手当を頼めるか?」
 ヘタに隠すのは良くない。そう思い、素直に手当を頼んだ。この部屋に置いてある応急セットは簡易のものだ、不審を買う事もないだろう。
「もう、君は本当にどんくさいんだから。そこまで怪我して、どんなこけ方したんだい?」
 くすくすと笑いながら、まずは足首を検分される。ねんざだね、と簡単に処理して、湿布と包帯でぐるぐるに巻かれた。
「で、肩? 器用なこけ方したよね、本当に」
 はぁ、とため息をついてシャツを脱いで、と指示された。
 制服と同時にシャツも脱ぐ。自分でも一度見ているが、こちらは結構な重傷だ。スザクに見せるにはマズかったかもしれないと今更のように思い出した。
「どうしたの、これ!」
 広範囲に腫れた赤いあと。脱臼しなかったのが不思議なくらいの痛みだ。
「こんなの、どうやって……取りあえず、冷やすしかないかな。湿布じゃ足りないか。氷、ある?」
「そんなに大げさにしなくていいぞ」
「大げさな怪我なの! 病院に行った方が…」
「だから、そこまでしなくていいって」
「だってこんなに腫れてるし、骨だっていってるかもしれない。見てもらった方がいいよ」
「痛みはそれほどじゃないんだ。だから、骨も大丈夫な筈だ」
 告げても、スザクの表情は歪められたままだ。
「一体どうして、こんな……」
 す、と。ほんの一瞬だけ彼の表情が変わったのは気のせいだろうか。
 無表情に近い顔になって、だが再び元に戻る。
「やっぱり病院に行こう。イヤだって言ってもダメだからね」
「おおげさだ」
「おおげさじゃない」
 そのやりとりを幾度か繰り返した挙げ句、しびれを切らしたスザクは、ルルーシュを抱え上げた。
「お、おい!」
「こうでもしないと君は動かないでしょ」
「だからってどうして、こんな格好なんだ!」
 いわゆる、お姫様だっこ。決して男子がされる格好ではない。
「だって肩に負担がかかるのはマズイんだもの。しょうがないでしょ。頑固な君が悪いんだからね」
「頑固なのはお前だ」
「特派に取りあえず、行くから。あそこの医務室が一番僕が知ってる中で万全だよ」
「保健室でいいじゃないか」
「レントゲンがないでしょ」
「ああいえばこう言う」
「こういえばああ言う」
「ああ、もう!」
 わかったよ、と。
 ルルーシュは諦めて体の力を抜いた。今回ばかりはナナリーへ恨むぞ、と思ったが、所詮妹バカだ、ナナリーを恨めるはずもない。だから目の前の存在へ八つ当たりをした。髪をひっぱったのだ。
「ほんとうに、どうしてこんな怪我を……」
 だがスザクは気にした風もなく、小さくそうつぶやいただけだった。
2011.3.23.
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