からまわり
いつだって、上手くいかないなぁとスザクは心の中でひとりごちる。
今日はルルーシュと上手くいかなかった。軍人をやめろ、やめないの話から、昔の話まで持ち出して、いつもお前は俺の言う事を聞かないんだとまで言われてしまった。
確かにそうかもしれない。
子供の頃、危ないからやめろと言われても木に上ってたし、本家の息子が土蔵へかくまわれる皇子皇女の元へ足しげく通うのは外聞が良くないと言っても無視してた。
軍に関してもそうだ。
彼は一環して、再開した直後からやめろと言っている。
あんなにあっさり味方を撃ち殺そうとした軍など…と。自分の当時所属していた隊はとても人道的とは言えない隊だった。汚い事も平気でやった。同じ日本人であるテロリストを掃討と言う名目で殺害したこともある。
だが、今は違う。技術部と言う名目で、本当は戦場へかり出される機会も多いのだけれども、それは機密に属するからあくまで技術部だとルルーシュや他の友達にも貫いた。それでも尚、ルルーシュは軍をやめろと言う。安心はしたようだけれども、それでも、だ。
彼が自分を心配してくれている事は痛い程分かる。それに、憎いブリタニアに属する事への嫌悪も。だが、内側から変えて行くには無力な自分にはこれしかなかったのだ。
肩を落とし、悄然とした面持ちで特派へ戻れば、セシルが飛んで来た。
「なにかあったの?」
「いえ、特には…」
「そんな顔じゃないわよ?」
彼女は優しいお姉さんのように接してくれる。だからだろう。思わず、口をついてしまった。
「友人に、軍をやめろと言われてるんです」
「ダメ、ダーメだよお、スザク君がいなきゃ、僕のランスロットはどうなるんだい?!」
どうやら聞いていたらしいロイドがランスロットの影から姿を現し、誰よりも早く言葉を紡いだ。
「ロイドさんは黙っててください! デリケートな問題なんですから、これは」
「でも、ぜぇーったい、ダメだからね!」
「はい、分かってます」
今更軍を抜ける気はない。デバイサーとは言え、実験機とは言えどもKMFに乗れる立場になったのだ。この立ち位置も逃すつもりはなかった。
「そのお友達は、危険だからって?」
「ええ。技術部だって言ってあるんですが、その……………ブリタニアの事を、あまり良く思ってなくて」
言ってから、しまったと思った。ブリタニア人でありながらブリタニアの批判をするのは、主義者と呼ばれひとくくりに犯罪者扱いされる。
「そう。まあ、こんなやり方取ってるんだものね。微妙な年頃の少年には、つらいかも」
だが、セシルは苦笑してそう告げるだけだった。
「やめるつもりはないんです。でも、どうしても彼とは喧嘩になってしまって」
「つらいわね。お互い、譲れないものだから」
ええ、と答えスザクも苦笑らしきものを表情へ浮かべた。
スザクとひどい喧嘩をした。
殴り合いにこそ発展しなかったものの、頑固さにしびれを切らして手が出なかったのは奇跡のようだ。
ブリタニアは属する価値のある国じゃない。それは子供である自分たちを人質代わりに送りつけたあの頃から知っていた筈なのに、どうしてそれが分からないのだろう。忘れてしまったのだろうか? まさか、と自分で反論する。
「どうかなさいました? お兄様」
「いや……スザクとちょっと、喧嘩になってな」
「あら」
午後のお茶の時間だ。彼はもう軍へ行ってしまっている。
「いけませんわ、早く仲直りしないと」
「そうだね、ナナリー。でも、難しい問題なんだ。俺もスザクも、譲れないものがあって、それで揉めてる」
「どういう事?」
「あいつは軍にいるだろう? でも俺は軍をやめさせたい。その平行線なのさ」
苦笑して、カップに注がれた茶を飲んだ。もう冷めている。
「それは……難しいですね。スザクさんも何か意思を持って軍にいらしてるようですし」
「ああ。でも、俺たちからすればあんな所に仕えている事すら、許しがたい」
「………そう、ですね」
何かを思い出したのだろう。彼女の声は少し沈んだ。
「すまない、ナナリー。せっかくお前が入れてくれたお茶なのに」
「構わないですよ。お兄様とスザクさん、早く仲直りが出来ればいいですね」
「ああ、全くだ。軍なんてやめてしまえばいいんだ」
「そうしてくれると、私も安心です。技術部とは言え、危険には変わりないですもの」
彼女は見えないながら、手を伸ばしクッキーをひとつ掴んで口元に運ぶ。
この平和が見えないのだろうか、彼は。
たとえ見せかけであったとしても、ここへ彼は入って来てくれない。軍という異質なものへ身を寄せる。一緒にお茶をして、過ごしてくれれば良いものを。
「お兄様のクッキー、とても美味しく焼けてます」
「ああ。ありがとう」
険しくなってしまった気配を読んでしまったのだろう。彼女はにこやかに別の話題にすり替えた。彼女がいるからこそ、平和を望んではダメなのだろうか。ブリタニアを崩壊させるために彼が手を貸してくれれば話は早いのだ。なのに、彼はそのブリタニアへ忠誠を誓う。憎らしくて仕方なかった。
「それで? お前はどの面下げてここにいるんだ?」
夕食も終わり、もう寝るばかりの時間だった。ナナリーは既にとっくに眠っている。窓ガラスに小石を投げられ、気付かされた存在。
スザクが自分の部屋には所在無げに立っていた。
「……謝るよ、昼間の喧嘩の事」
「どこを? 謝って済むような喧嘩じゃなかっただろう」
ルルーシュはデスク前の椅子に腰掛けたまま。謝る、謝らないでは済まない喧嘩だった。だからこじれているのだ。
「まさか軍を辞めてきたって訳じゃないだろう?」
「それは………」
「そうでない限り、俺たちは平行線だ。意味がない」
「君が思うほど、ブリタニア人は悪い人ばかりじゃないよ」
「そんな事は知っている。俺が憎んでいるのは、あの皇帝と国是だ」
「……………そう」
それならば本当に平行線だ。思い切って皇帝暗殺でも試みない限り、お互いの距離は縮まらない。
だがそのやり方はルールに反する。自縄自縛だ。
「お前のことは、こんなにも好きなのに」
「ルルーシュ」
立ち上がり、スザクの元へ歩み寄る彼の表情は険しく見えてもどこか柔らかい。
自分に対する愛情を知っている。だから、こうやって喧嘩になってしまうのだ。どうでも良い人間なら、放っておくだろう。彼の性格ならば。
近寄って来たルルーシュを、抱きしめた。
するりと彼も両手を自分の背中へ回す。
「ブリタニアさえ、なければ………」
呟いた言葉は、聞かなかった事にしようとスザクは思った。