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逃げても無駄


「さあ諸君、走りたまえ!!!」
 朝一番からの会長の放送だ。ああ、イベントが始まったんだなと理解するよりなかった。
 ルルーシュはまだクラブハウス内にいて、少し調子を崩したナナリーの側にいた。近頃、スザクが現れた事もあって元気になっていたので久しぶりの事だ。今回のイベント参加は見合わせだなと自分の中で勝手に結論付けて、ナナリーの額の濡れタオルを取り替える。熱がそう高い訳ではない。
 だが、気持ち良いのだと言うので、側に座って、時を見て取り替えてあげている。
 近頃黒の騎士団の騒ぎに乗じて自分も家を空けすぎた。たまにはナナリーと共に時間を過ごすのも良いだろうと思えた。尤も、こんな状態ではなく、元気なナナリーと共にいたかったのだがそれは仕方がない。
「ごめんなさい、お兄様。イベントみたいですのに」
「いいんだよ、ナナリー。どうせ会長がバカやってるんだ。参加する必要性は感じられないしな」
 笑って、柔らかな髪をなでてやった。
 彼女はふんわりと笑う。
「ミレイさん、本当にイベントが大好きですよね」
「さて、今回は何を引き合いに出してるんだか」
 ナナリーが寝込んだとのことでばたばたしていたお陰で、メインのイベント内容は知らないままなのだ。それは、しんどくて寝込んでいたナナリーも同じ。
「さあ。でも、きっと楽しい事ですよ」
「優しいな、ナナリーは」
 苦笑を持って、ルルーシュは返した。毎度のお祭り騒ぎに駆り出され、苦労している身としては決して会長のイベント騒ぎには優しい気持ちになれない。結局巻き込まれ、楽しんでもいるのだけれど。
「そんな事、ないです」
 今日もお兄様を足止めしてしまって…と、申し訳なさそうにつぶやくナナリーが愛おしく、再び髪をなでてやった。
「いいんだよ。俺は参加したい訳じゃいんだから。むしろナナリーに感謝だ」
「ええ? そういう訳にはいきません。後でミレイさんからきっとなにか言いつかってしまいますわ」
 確かにそうだろう。ここで逃げを決め込んだ以上、その責任追及からは逃れられない。
 尤もナナリーが理由であれば、手加減もしてもらえるだろうけれども。
「ナナリーが気にしなくてもいいんだよ。それに、会長だって鬼じゃない。ナナリーの看病くらい俺にもさせてくれるさ」
「そうでしょうか…」
 なにげに酷い事を言っている事に気付かず、彼女は怪訝に首を傾げる。その様すらかわいらしいのだから、ルルーシュにとっては今の時間は愛すべき時間だった。
「甘い!」
 しゅん、と音を立てて扉が開いたのはその直後だった。
「会長?!」
「ミレイさん?!」
 クラブハウス内に居室はあるのだ。彼女のいた放送施設の整った生徒会室からここまではすぐの距離だった。参加者にルルーシュがいないことを、目ざとく見つけてしまったのだろう。
「甘い甘い甘い甘い! ナナリーの看病は私がします、ルルーシュはゲームに参加して」
「イヤですよ、どうしてナナリーを会長に任せなければならないんですか」
「だって景品だもの」
 しれっと言われた言葉に、ああまたかと頭を抱えたい気持ちになるよりなかった。
「それで? 今回のゲームは?」
 ナナリーの額のタオルを変えてやりながら、わざと面倒臭そうに聞いてやる。どうせ愚にもつかないゲームだろうことは彼女を知っている以上、理解している。
「聞いてなかったの? 信じられない!」
「こちらも忙しかったんです。それに、ナナリーが調子を崩してる。もうちょっとテンションを落としてくれませんか、会長」
「あ、ごめん…」
「大丈夫ですよ」
 慌てたミレイと、それににっこり笑顔で返すナナリー。大丈夫じゃないことはルルーシュには分かっているので、是非安易に頷いて欲しくないものだと思った。
「今回のゲームは至極簡単。生徒会メンバーと付き合わせたい人を揃えて生徒会室に連れて行けばいいだけのお話。これだけ美男美女が揃っていながら、誰も恋人ナシは寂しいでしょ?」
「そんなのは余計なお世話っていうんですよ。会長こそ、そろそろリヴァルの気持ちに応えてあげれば?」
「綺麗に整えられたのって、どうも面白くないのよねー。やっぱりイレギュラーがなけりゃ!」
「勝手にやっててください。俺は今回は不参加です。この通り、妹の看病があるので」
「だからそれが甘いの!」
「会長、静かに」
「あ、ごめん。せっかくの機会よ? ルルちゃんだって彼女欲しいでしょ? お膳立てしてあげてるんだから、素直に乗っておきなさいよ。大人気なんだから。あ、もちろん付き合わせたい人でもOKだし、付き合いたい本人でもOKなんだけど、この企画」
 頭の出来もよろしければ、身分もそこそこ。なにより美貌の持ち主であるこの彼女はどうしてこんなに欠けているのだろうと思わされる瞬間だ。お祭り騒ぎは確かに楽しくあるが、こういうのはまったくもって困惑するしかない。
 ナナリーも準生徒会委員として対象にするつもりだったんだけど、残念といいながら、こちらのにらみつけるような視線はさらりと無視した。
「ねえ、ここにルルーシュ………あ、いた!」
 お祭り騒ぎに惑わされた一員だろうか、それとも警護の役目を果たしてくれる一人だろうか。
 今日は朝から来ていたらしいスザクが飛び込んできた。
「ナナリーが寝込んでる、静かに」
 あ、ごめん。と、既にそんな状況でもなくなってきた室内で、スザクは息を落ち着かせる。
「ナナリー、少し騒がしくなりそうだ。しばらくひとりでも大丈夫そうか?」
「ええ。ごめんなさい、お兄様を困らせてしまって」
「困ってなどないよ、むしろ困らせてるのはそっちの面子だ」
 まあ、と笑ったナナリーの表情は花のようだった。
 今一度額のタオルを取り替え、二人を促して部屋の外へ出る事にした。



「まったく。ナナリーの調子が悪いと言っているだろう! イベントになど興味はない、騒々しくするのはやめてくれ!」
 不満を一気にぶちまける。
 彼に取っては彼女が一番で唯一なのだ。そりゃあ、怒りたくもなるだろう。
「ごめん、ごめんってルルーシュ」
「ごめんね、ルルちゃん。でもゲームには参加してもらうから」
 しおらしく謝った後で、しっかり付け加えるのが彼女らしい。
「俺は、ナナリーの看病で忙しいんです。遊びなら後にしてください」
「それじゃあ、ルルーシュはまだ誰にも捕まってないんだね?」
 ん? とルルーシュ、ミレイ、共にスザクの言葉に首を傾げた。
「それじゃあ、会長さん。僕がルルーシュと一緒に出頭しますから。それでOKにしてください」
「え、男子同士? ……うん、それもありか。ヨシ!」
 しばし迷ったようだが、面白い事なら何でもOKの彼女的には大丈夫だったらしい。
 それじゃあ一度生徒会室へ、と言われ、二人で部屋へと向かった。
「すまないな、スザク。手を貸してもらったみたいで」
「え?」
 追い回されない為の処置だろうと思っていた。だが、スザクの表情はびっくりして目をまん丸にしている。
「え、どうした?」
「僕、そういう意味でルルーシュ探してたんだけど」
「そういう?」
「シャーリーや他の女子に負けないように、頑張ったつもりなんだけど」
「え?」
 きょとんとするのは今度はこちらの方だった。何を言っているんだ、こいつは?
「丁度良かったよ、クラブハウスにいてくれて。みんな、学園内を探してるだろうからね」
「え?」
 思わず足を止めてしまった。そこは、生徒会室の真ん前で、既に扉を開いてミレイが中に入った後だった。
「ダメだよ、逃げたって。はいはい、早く入って」
 背中を押されて、室内へ入れられる。イベント用の名簿には既に何組かの名前が記載されていた。
 そこへ、スザクが自分の名前を書き込もうとしている。
「ちょ、ちょっと待てスザク!!!!!」
「なに?」
「そういう意味ってなんだ」
「そういう意味だよ」
「だから、それがなんだ!」
「ちょっと待ってね、先に済ませちゃうから」
 あああ、と止める間もなく彼はさらさらと名簿に自分と彼の名前を書き込んでしまった。
「さあ、これで公認だよ。逃げても無駄だからね」
 にっこり笑ったスザクに、どう応えて良いのかルルーシュはパニックになった頭で思わず微笑み返し、公式だけでなく事実上も公認となってしまう事となった。
 嬉しそうに頬へキスを与えられ、側にいたミレイがびっくりした顔をする。
 ルルーシュは凍り付いたままだ。
「じゃあ、そう言うことなので。よろしくお願いします」
 ミレイへスザクが嬉しそうに笑いながら言うと、「う、うん…」と、彼女の戸惑いながらも肯定の返事が返って来ただけだった。
2011.3.29.
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