「それじゃあ兄さん、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。ロロ」
夜九時。彼は決められたかのようにその時間に居間を後にする。まだ眠るには早い時間だ。宿題や、明日の準備や、それとも機情でのレポートを書いているのかもしれない。彼のプライベートな時間だった。
そして、それはルルーシュにとってもプライベートとなりうる。
十時に、と待ち合わされた相手が来るにはまだ一時間ある。風呂に入ってしまおうと居室に戻り、着替えを手にすると早くもリビングの窓硝子が叩かれた。
ちょうどのぞいたから良かったようなものの、早すぎる来訪だ。気付かなかったらどうするつもりなのだろうか。
「どうした、早いじゃないか」
「ちょっと早く終わっちゃって。時間もったいなかったし」
そう言って顔を出したのは、現在七番目に数えられるラウンズの一人だ。本来暇な時間などないだろうに学生生活に戻り、そして過去をたどるように自分の恋人として過ごしている。内心は探り合いだ。彼は自分の記憶が戻っているのかどうか常に確認しているし、こちらはそうはさせまいと忘れている演技を続ける。
「今から風呂に入る所だったんだ。危うく見逃す所だったぞ」
「でも、そしたら一時間待てばいいだけの話だし」
「この季節にか?」
まもなく春を迎えようとする季節だが、その兆しは一向に見えず、先日など雪まで舞った。今日もひどく冷えている。
「ちょっと寒いかもね」
言って、笑う彼の姿は昔のように見える。自分の演技力には自信があったが、彼も相当のものだと心の中で笑うしかなかった。
「これだけ冷えてるのに……風呂、先に入ってこい」
手を取ればひんやりと冷たい。政庁からまっすぐ車で来たとしても学園内は乗り付け禁止だ。一番奥にあると言っても過言ではないクラブハウスに到着するまでに体は冷えきってしまったのだろう。
「そう? それじゃあ遠慮なく。……あ、ルルーシュも一緒に入る?」
「バカ。まだロロが起きてる時間だ」
「だよね」
言って、笑われた。
「忙しくはないのか?」
「うん、今日のところは。総督も……」
言いかけて彼は自分の顔を伺った。「総督も今日はゆっくりしてらしたし、早くに眠ってるんじゃないかな」
「そうか」
いかにも関係ない人です、と言わんばかりの顔をしながら、心の中では安堵していた。ナナリーの事だ、気にならない訳がない。それを分かってスザクも話題に出しているのだろう。
「じゃあ、着替え頼んでもいい?」
「分かった。ちゃんと湯を張って、入れよ」
「はいはい」
狡猾になった。そう思いながら、自室へ戻る。彼の着替えは常備されているのが常だったから、今もそうされている。白のシャツとジーンズ。すぐに眠る訳ではないので、パジャマでなくても良いだろうとそれとバスタオルを手に浴室へ向かった。
「今日はスザクさん、いないんですね」
「用があるって、出て行った」
政庁の、ナナリーの居室だ。個人的なスペースにアーニャがいるのは、年代が近いせいでブリタニアにいた頃に仲良くなったからに過ぎない。
スザクがここにいることも多いのだが、今日は姿が見当たらなかった。
「せっかく今日はゆっくり出来そうだから、お話でもと思ったのに」
「約束だって」
「なら、仕方ないですね」
小さく息をついて、車椅子を動かしアーニャの元に行く。すると彼女は分かっていたように手を伸ばして、ナナリーの手を取った。
「大丈夫。すぐ、帰ってくる」
「ですよね」
彼女はひどく臆病になっている部分があるのをアーニャは知っていた。最愛の兄が行方不明になっているそうだ。本国でひどく取り乱していた様子も知っている。だから、こうやって親しい人が不意に居なくなると落ち着きを失いがちになる。
「代わりに、いるから」
「ありがとう、アーニャ」
優しげに微笑む表情には、しかしわずかな影があった。
二人とも風呂に入って、居室で一息ついた。
どうせ風呂上がりだから、と思い冷たい紅茶を入れて室内には準備しておいた。自分があがった頃にはぬるくなっていたけれど、それでも喉に心地よかった。
ルルーシュが風呂に入っている時はスザクが部屋に一人になる訳だが、そもそも機情に捜索され済みの部屋だ。それに、今回はゼロの一式をこちらへは持ち込んでいない。もちろん緑髪の少女も寝そべってたりはしないので、安心して放っておくことが出来た。
それとも、もしかしたら機情のやりとりでロロと話でもしていただろうか?
彼がボロを出していないだろう事はもう信頼しても良いが、なんとなく気分が良くなかった。
「お待たせしたな」
「ゆっくりだったね。寒かったの?」
「いや、浴槽を洗ってた。ロロももう入った後だったからな」
そう、と微笑み、彼はベッドへ誘う。もう? と思いながらもそれしか関係はもうないかとも思った。
ナナリーならともかく、ロロならラジオでもテレビかラジオででも音を打ち消して対策を練っているだろう。なにせ、この情報は機情のデータに残っている。
ロロへ隠す必要もなければ、彼もスザクの来訪が何を意味するのかをもう知っていた。
「がっついてるな」
「そりゃあね」
一週間ばかり、彼は本国へ戻っていた。ナナリーの護衛が最優先だった筈が、皇帝からの命令で内乱を鎮めていたのだ。規模は小さかったが、鎮圧後の処理に手間取った。
「久しぶりだから」
と、手を引っ張りベッドに体を引き倒すと、のしかかるように上側からスザクは口づけてきた。
「パジャマ、必要なかったのに」
「そういう訳にはいかないだろう。ロロもいるんだから」
「そうか。じゃあ、声、気をつけなきゃね」
そんな必要がないことを知っていながらの自然な発言。どこまでも騙されたふりで、今気付いたかのように焦ってみせる。
「今気付いたの? 遅いよ。逃げても無駄だからね」
じたばたとする体を押さえつけ、シャツのボタンを一つ一つ丁寧に解いていかれた。前を広げられ、押し付けられた唇にじん、と広がるものに舌打ちをしたくなる。
彼の事は許していない。だが、体が彼の与える快楽を知っている。
素直に反応する体を憎らしく思うのは、何も今だけじゃない。再会し、繰り返される行為のたび常に思う事だ。
彼があのような裏切りを行わなければ、と何度思っただろう。
いつものように愛欲に溺れて、彼に縋り、喘ぎ、何もかも忘れられれば、と。
だがどれだけ体が反応し、喘ぎ、彼に縋りついても、頭の芯は冷えたままだ。それが悲しかった。
彼の手は丁寧に全てを暴いてゆく。それに素直に従うしかないのだ。
そして、体もそれを望んでいた。
やはり彼は記憶を取り戻していない、とスザクはくったりとベッドに横たわるルルーシュの姿を見て思う。それを安堵しているのか、悔しく思っているのか、自分でも良く分からなかった。
丁寧に、時間をかけて責めた。どこが弱いのかなんて何もかも知っている。そこを一カ所も外さず、指で、舌で、そしてつなげた体の中で、何もかもをとろけさせるほどにじっくりと時間をかけて喘がせた。
シーツには彼の掴みしわが出来、背中も引っ掻かれて大変だ。
焦らし、突く動きの中幾度か「もう思い出した?」と問いかけたが返ってくるのは意味をなさない喘ぎだけで、首を左右に振るだけだった。なにを、と問いかけてくるのはきわどい場所を突く事でやめさせた。そんな言葉は欲しくなかったからだ。
「……やりすぎ、だ。スザク」
「ごめん、がっついちゃった」
本当はまだやりたいんだけど、と言えば、体力がもうないと返された。そりゃあ、そうだ。彼は既に五度も吐精している。だが、と思いいたずら心で手をシーツの中へ入れ、そこをいじる。
「ぁ、だめ、だ。もう無理……スザク…っ」
敏感になった場所はうっすら腫れているようで、ぐるりと円を描くようにするだけで彼は体をくねらせた。
一度静まった熱が、その動きで再燃する。
無理だと言う事は分かっている。だが、こんなもの、壊してしまってもいいんじゃないかと冷ややかな言葉が心に落ちて来た。
つぷりと指を沈み込ませ、中をかき混ぜる。スザクも三度吐精しているので、中はぐちゃぐちゃだ。そのかわり、柔らかく指を絞り込むように動いてくる。
「壊しちゃっても、いいよね」
どうせ。
どうせ、殺されてしまう命なんだから。
スザクはシーツの中に入り、再びルルーシュの腰を高く掲げさせた。
「や、やめ、もう無理…っ」
「大丈夫」
「大丈夫、じゃ、な……っ、あ、あああっ」
ぐぐ、と軽く力を込めただけで熱塊は彼の体へ沈み込んで行く。柔らかな収縮と、反して絞り込む様な入口の動きにすぐに我を忘れてしまった。
「あっ、ああ、ぅ、ふぁ、あっ」
掠れた声が、スザクの動きに合わせて漏れ出す。涙でぐちゃぐちゃになった顔が可哀想などと思うのは間違っている。彼は裏切り者で、死んでしまう者で、壊れてしまうものなのだから。
それから、再度吐精するまでの間、手加減なくスザクはルルーシュを堪能した。途中でルルーシュは意識を飛ばしてしまったようだった。
「おはよう、ルルーシュ」
朝になって、目を覚ませば泣き腫らした目をしたルルーシュが憎らしげにこちらを見ただけだった。もちろん承知の上だ。無茶をした記憶はある。
「今日はロロがご飯を作ってくれるって。さっき言いに来たよ」
「さっき?!」
がばっと起き上がり、その瞬間腰のだるさにうめいて再びルルーシュはベッドに沈み込む。
「部屋に入れたのか?」
「入口だけだけど」
「み、見せたのか…部屋の中を」
「さあ、見てないと思うけど。僕が入口に立ってたから」
「そうか」
あからさまにほっとした顔をしているけど、それは嘘だった。やりすぎですよとの苦言も付け加えられ、ベッド上に居るスザクと会話を交わしたのだから。
「今日も政庁なんだ。学園には行けない、残念なんだけど」
「構わない。仕事なんだろう? 頑張ってこいよ」
だが、今後こんな無茶は絶対にするなと言い、今日は休むとまで言い切った。
それはそうだろう。彼は今日、立てるかどうかも危うい。元々体力のない彼が六回もだなんて、新記録達成だ。
「じゃあ、僕はロロのご飯もらってくるから。君はどうする? 持ってこようか?」
「出来れば、頼む」
「分かったよ」
這うように動きながら自分の体を確認しているルルーシュは、きっとシャワーを浴びたいのだろうなぁと察せられた。だが、そこまでたどり着くのは到底無理だ。
「スザク。濡れタオルも頼む」
「分かってるよ」
笑って、部屋を出た。
彼は政庁にいてもらわなければならない。そして、ナナリーの傍で……。裏切った人間だが、ナナリーに対してだけは信頼出来るのが不思議だった。
それが彼への最後の砦なのかもしれないな、ともルルーシュは思った。
「おかえりなさい、スザクさん。お泊まりだったんですか?」
「ええ、友人のところへ。すいません、戻ったばかりだったと言うのに」
「いいえ、アーニャが代わりにいてくれましたから」
微笑む彼女の表情は、花のように可憐で愛らしかった。
彼女だけは守ってみせよう、と。
スザクは、心に誓う。皇帝の差し出した条件を覚えている。ルルーシュが記憶を取り戻したとき。その時は、ナナリーは彼に使われてしまう。そうならないように彼を見張っているのだとは、詭弁だろうか。
それとも、愛情なのだろうか。