トウキョウ租界から神根島までそう距離がある訳ではない。
移動時間はほぼ説明で終わった。母親が生きている事はまだ告げていない、現実の再現を行うのだ、知らない方がいいだろう。
ただ、アーニャはまだ租界で意識を失っている。彼女が来る事は可能だろうか?
そして、再度洞窟だ。
何度ここへ来た事になるのだろう。もう回数も分からない。繰り返した回数以上にここへは来ている。既にスザクにとっては馴染んだ場所となっていた。
「C.C.、頼む」
ここの扉を開けれるのは、コード保持者のみ。
彼女は扉に手を当てると、まずはルルーシュを送り込んだ。追って、自分も。C.C.は最後にやってきた。
果たして、マリアンヌはそこにいた。
現実と全く違わず、物事は進んで行く。
母の裏切りを知ったルルーシュの姿は悲痛だった。ナナリーの事を訴えかける言葉は、悲しくもあった。それを理解出来ないこの夫婦を心の底から愚かだと思った。
この心が分からないなんて、どうにかしている。
そして、ルルーシュは集合無意識にギアスを掛ける。明日を求めて。
皇帝らはその存在を否定され、かき消えて行く。最後までルルーシュを許そうとせず、首を絞めようと伸ばしたその手までもが同じだった。
「――俺は、なんのために………」
ぽつりと、言葉が落ちる。ルルーシュは母親が暗殺された犯人を見つけるがために動いていた。もちろん、ナナリーの安全に暮らせる世界を作る目的もあった。
彼は、抜け殻のようにそこに立っていた。
小さな声で、自分はC.C.に尋ねる。ルルーシュにコードが委譲されているかいないかの確認を。
だが彼女は首を左右に振るだけだった。安心した。
これで彼は、普通に生きる事が出来るのだ。
静かに、洞窟を出た。
もうここへ来る事はないだろうとの確信が、何故かあった。
物事は終わりに近づいているのだ。
後はルルーシュが――いや、ゼロが世界を掌握する。超合衆国が世界をまとめ、唯一の軍隊として黒の騎士団だけが残る。
現実と同じ世界だ。
トウキョウ租界に戻れば、既に決戦は決着がついていた。
シュナイゼルはゼロに仕えるギアスを掛けられているだろう。もはや敵対する行動を取らせるはずがない。
その日、ルルーシュとスザクは学園に戻った。
残務処理は山のように残っている。だが、ルルーシュはそれを望んだ。
急ぐ事でないのもまた、事実だったからだ。既にブリタニアは壊された。敵は、もういないのだ。
「スザク………」
伸ばされる手。それに、スザクは素直に従った。
自分を求めてくる手だ。抱きしめて、口づけを落とす。
もう偽る必要はない。優しく、優しく、とろけるように優しく彼を抱きしめる。
「ずっとこうしたかった」
「覚えてる、お前が優しく抱いてくれた夜の事を。あれが本当だったんだな」
記憶を取り戻す前の事を彼は言っている。
覚えていてくれたのだ。涙がこぼれそうになった。
「うん。君と敵対するのは、正直つらかった。ごめんね、ルルーシュ。君に嘘をついた。それも、たくさん」
「それは俺もだ」
再び口づけ合う。やさしい口づけは、やがて深いものになり、ルルーシュは自発的にベッドに横たわった。引っ張られるようにして、スザクはそのからだへ乗っかる。
「いいの? 疲れてるでしょ?」
「いいんだ。お前が欲しい。お前が俺の元にいてくれるのが嬉しい。だから、疲れてなんかいない――いいんだ」
疲れていない筈はなかった。戦闘を行い体力を消費し、皇帝と対峙し精神力を摩耗させている。でも、だからこそ自分が求められているのかもしれない。
それは幸せな事だった。
彼の癒しとして、生きる事を許された気がした。
衣服は制服に改められている。詰め襟のボタンを外し、前をはだけさせるとシャツ越しに尖りを口に含んだ。手は髪を優しくなでる。いつまでも触れていたかった。
溢れ出す愛おしさを止める事が出来ない。
「スザク、じれったい」
笑い含みに言われ、スザクも笑った。そしてシャツのボタンも解く。
そのまま、上半身を裸にした。真っ白な肌はスザクの愛したものだ。そこへキスマークを落として行く。小さな刺激に、ルルーシュはそのたび体を震わせた。
反応があるたびに、何故か自分の中で弾けて行くものがある。そこには快楽のエキスが詰まっている。施しているだけなのに、スザクは早くも切羽詰まってくる。ルルーシュはまだ余裕があると言うのに、だ。
「ルルーシュ、ここ」
投げ出されていた手を自らのものに導いた。
すっかり立ち上がったそれに、ルルーシュは少しばかり驚いた顔をする。だが、くしゃりと笑い、そのままスザクの前をくつろげた。
「苦しそうだな」
「うん、苦しいね」
「珍しいこともあるもんだ」
「君に触れられるだけで、もうこんなだ。嬉しいんだ」
そして、生で触られる。
「…っ」
思わず息を呑んだ。
そのまま達したいような気持ちになる。それがバレたか、ルルーシュの手は作為を持って動き出した。
「待って、先に……いっちゃう、から」
「たまにはそれもいいんじゃないか?」
上半身に唇を落とし、髪を撫でていた手で彼の耳朶を探る。ここが弱い事も知っている。ルルーシュも息を呑んだ。だが、そのことで余計に切羽詰まるのは自分の方だ。
「……ルルーシュ、ルルーシュ……っ」
自分の動きがおろそかになっていくのが分かった。ルルーシュの与える快楽に、そのまま没頭したくなる。それが悔しく、スザクもルルーシュの下肢を暴いた。
「君だって、こんなになってるくせに」
「当たり前だ、お前がそんな顔をしていたら…」
そこに、手を這わした。ルルーシュと同じリズムで動く。自分の方が先に達してしまうだろう。それは仕方ないかと思われた。お預けの時間が長過ぎたのだ。
「……っ、ルルー、シュッ」
びくん、と体を震わせ彼の手に白濁を吐き出す。
無性にキスがしたくなり、唇を重ね合った。貪るように舌を絡め、口腔内をまさぐる。
「……っ、ぅ……っん」
自分の手の動きもはやくなる。むずがるように、ルルーシュも下肢をゆらめかせる。
「は……っ、あ……ああっ」
口づけを解けば、甘い声が漏れ出した。
体の中心を貫くような快感が自分にも走る。
「あっ、あああっ」
手の動きだけで、ルルーシュも達した。
互いの荒い息がしばらく空間を支配する。べたべたの手のまま、ルルーシュはしがみつくように抱きついてきた。
「お前は、本当に俺の元へ来てくれるんだな?」
「今更、なに言ってるの?」
「怖くなっただけだ」
かわいいことを言う。返事の代わりに、自分も強く抱きしめた。
「絶対に離さない。君の事がずっと好きだ。ずっと、ずっと大好きだったよ、ルルーシュ」
自然に唇が引き寄せられる。ふれあうだけの、柔らかなキスだった。
誓約のように感じられた。
優しく後孔をほぐす。痛みの欠片も与えたくなかった。
最初は舌でほぐしていたが、それをどうにもルルーシュがいやがるので、途中でいつも用いていた軟膏を手に取った。
溶けた軟膏は液体の音がする。その音と合わせて、ルルーシュの鳴き声もする。
やがて挿入した指は二本、三本と増え、突くような動きをすれば彼はひどく乱れた。
「ああっ、ああ、スザ、ク、あっ、あ、んっ、く」
動きと合わせて漏れ出す声。記憶が戻る前のような、素直な声。
ゆっくりと三本の指を抜き出すと、スザクは自分の熱を挿入した。自分だってもう限界だった。
思わず勢いがつき、突き入れる形になると、ルルーシュは不随意に震えて達してしまう。引きずられるようにスザクも吐精した。
だが、一度程度で終われる筈もない。自分はもっとルルーシュを求めている。疲れは承知の上だった、それでもルルーシュも手を伸ばして来た。
抱き合うようにして、挿入したままの体を動かす。途中、座って膝の上に彼の体を乗せると、またそれだけで彼は吐精した。
「っふか、い…スザク…っ」
「でも、きっといいから」
彼の腰を持ち、そのまま上下させる。頭の中が真っ白に染められてゆく。
気持ちよすぎて、それがルルーシュからもたらされるものだという事に、そのルルーシュが全幅の信頼を自分においていることに、幸福を感じた。
「ああっ、あ、んあっ、あっ、あ」
「いくよ、ルルーシュ」
「え……あ、あああっ、ああっ、あ、んっ、ああっ」
早いテンポで彼のからだを上下させる。声は隣室にまで響くだろう。だが、それでも構わなかった。
きっともう、自分たちはここには戻らない。
黒の騎士団として、世界を統治する組織の一員として過ごすことになる。
シャーリーは恨むだろうか。
会長は、リヴァルは、どうだろうか。
彼らはゼロレクイエムの後、しばらく自分を憎んだ。
全てを理解しながらも尚、ルルーシュを消し去った自分を許せなかった。
また憎まれても構わなかった。
ここにいる存在だけで、自分はもう生きていけるのだ。
ルルーシュは悲鳴のような声を上げて、白濁を飛ばした。
自分も深い場所へ注ぎ込む。
その夜は、抱き合って眠った。
まるで子供の頃のように、手をつないだ。
ずっと離れないようにと思った。
「お前は私との契約を果たしたようだな」
残務処理に追われる黒の騎士団本部で、C.C.は時間を作り自分を連れ出していた。
もちろん当初、自分は騎士団に受け入れられなかった。
だが裏切りを働いた事、それが第二次トウキョウ決戦の幕引きに大きく貢献した事をゼロの口から告げられれば、徐々にではあるが、受け入れられはじめた。
自分は日本人で、日本人がほとんどを占める黒の騎士団とは馴染みが良かったのも確かだ。
そして、傀儡としたシュナイゼルによってエリア制度の廃止を伝えられる。
日本は日本と言う名と尊厳を取り戻した。
「多分、そうみたいだね」
「残念だ、お前にコードを譲る事は出来なさそうだ」
笑いながら、彼女は言う。もちろんそんな事は考えていないくせに、言って、笑う。
「残念だね。僕は君を殺せそうにない。恩人なんだ、無理に決まってるだろう?」
「甘いな、枢木。それでも私はきっとお前に私を殺させる事は可能だぞ」
「どうやって?」
「なに。ルルーシュを殺せばいい」
「出来ないくせに」
そう笑い飛ばしてやった。
彼女にとってもルルーシュは特別な存在だ。
こんなイレギュラーなギアスを生み出す程に。
「それに、そんな世界を僕は受け入れない。また彼が生きる世界を作るために時間を飛ぶよ」
「それもそうだな――やっかいなギアスだ」
「君が与えたんだよ、C.C.。それも突然に」
「でも、必要だったんだろう? 私も、お前も」
「――……多分、そうだね。ルルーシュのいない世界はつらいだけだった。ただ彼の残した世界を一日でも長く平穏に保つため、生きていただけだった」
こんな幸せは、感じられなかった。
「ありがとう、C.C.」
微笑みながら告げれば、彼女は笑う。
「ギアスを与えて、礼を言われたのはこれで二度目だ。案外私はコード保持者として向いているのかもしれないな」
「そうだね」
「おい、何をしてるんだ、C.C.、スザク。こっちでお前達のサボった分、書類と雑務が山積みになっている!」
ゼロが呼ぶ。
ああ、と答えて、自分は戻った。C.C.はその場に残った。あの調子だと、後できっと叱られるだろう。もっとも叱られたところで彼女は応えもしないだろうが。
それを思えば笑えて来た。
今、自分は笑っている。
顔をさらしたまま、素直な気持ちで笑えている。
もう、時間を飛ぶ事はない。
彼と共に生きていく未来が、きっとここにはある。
終わり