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それは、儚げな


「おはよう」
 早朝、昨日持ちかえった書類を置くために生徒会室に行けば、久しぶりの顔があった。
「おはよう、どうしたんだ? こんな所で。もうすぐ授業だぞ」
「うん。授業は出れそうにないから……誰かに会えないかなって」
「俺も気まぐれに来ただけだ、誰にも会えなかったかもしれないのに」
 そう告げればスザクは綺麗な顔で微笑んだ。
「でも、会えたし」
 と、嬉しそうに言う。
「まあ、そうだな」
 自分も悪い気持ちではない。朝イチに目にする顔が彼だと言う事実は心に少しの弾みをつける。
「軍か?」
「そう。今日から遠征に出るから、しばらく来れなくなっちゃうんだ」
「そうか……」
 心持ち声音が沈む。その理由が自分たちの立てた作戦であって、そしてそのせいで彼に会えなくなる日々が続く事になる事に対してだ。
 彼が黒の騎士団に入ってくれれば良かった。そうすればきっと彼には顔を隠さず接し、一番近い場所で共に戦ってもらっただろう。
 だがそれは、儚い夢に過ぎない。
 彼は自分の手を振り払った。
「そんなに危険な訳じゃないんだよ、ほら、僕、技術部だから。同行するって形なだけだし」
「そうだな」
 だが、ルルーシュはもう知っていた。彼が白兜のパイロットであることを。
 そして、それは確かに技術部の管理するテスト機であることも。
 実戦に最初から投入される事は少ない。だから危険ではないのかと言えば、その逆だ。彼は形勢を逆転させるため、ブリタニア側がピンチになった時に投入される事が多いのだ。危険はより増す。
「気をつけろよ」
 チャイムが鳴っている。自分はもう教室へ向かわなければならなかった。
 本当はサボったところで構わないのだが、肝心のスザクが出る準備をしはじめた。
 ただ一人の生徒会室に残ったところで意味はない。それに、明日から自分も長期の休みに入る。今日くらいはまともに授業に出た方がいいだろう。
「それじゃあ。一週間くらいで戻れると思うんだけど」
「ああ。気をつけるんだぞ、本当に」
「大げさだな」
 スザクは笑う。
 ルルーシュの告げた言葉は本音だった。だが戦場で会えば話はまた別だ。たとえ乗っているのがスザクだと知っていても、白兜相手に手を抜く事なんて出来ない。目的をはき違えてはいけない。
 だから、気を付けて欲しいのだ。
 せめて自分の命だけは守って欲しいと祈ってしまう。
 その度にこちらは面倒をしょいこむのだと分かっているのに、それでも尚彼を諦める事なんて出来なかった。
「チャイム、鳴り終わっちゃったよ」
「予鈴だから大丈夫だ」
「教室に着いた頃には本鈴も鳴り終わってるよ」
 彼は笑う。
 そして、「会えたのが君で良かった」と、授業に向かわせるのを更に遅らせる真似をする。
 抱きしめて、キスをして、そして再び抱き合って。
 離れがたく思うのは仕方ない。
 これから後の一週間は敵味方に分かれてしまう。彼にその自覚がなくとも、ルルーシュは知ってしまっているのだ。
「じゃあね、ルルーシュはちゃんと学校行きなよ?」
「ああ」
 手を振って、彼は先に出て行ってしまった。
 ひとりきり残されたスザクの居ない空間は、酷く空虚に感じた。
 儚い想いを抱いている。
 スザクの事が好きだ。大好きだ。友情という垣根をうっかり越えて、愛情なんて持ってしまったほどに。
 なのに、彼は敵なのだ。
 まるでロミオとジュリエットだなと苦笑する。
 あのお話の最後はどうだっただろう? 確か悲劇だったはずだ。
 ああ――、そうだ。ジュリエットの仮死を誤解したロミオが毒をあおり、目を覚ましたジュリエットが後を追った。
 そんな事になりたくはない。
 だが、スザクが万一死んでしまったら自分はどうするのだろうか。
 空虚な想いを抱いたまま、しかしそれでも夢は存在する。それに向けて走り続ける。毒はあおらない。
 ただ、生きて行くはずだ。


 そんな生き方など、したくなかった。
 だから敵なのに、祈らずにはいられないのだ。
 どうか、死なないでくれ――と。
2011.4.24.
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