翌日起きれば、室内にC.C.がいた。スザクが自分を抱き込むようにして眠っていたので、一拍送れてひどく焦った。
「ふぅん……よかったではないか」
C.C.は愉快げに笑っている。
「ち、ちが……っ」
「何が違う。満ち足りたネコのような顔をしておいて良く言う。これで私は愛人の座から転落だな」
ふふふと笑って、彼女はいつもゼロが座っている席に座り、ふたりをこれ以上あるものかと言う顔をしながら見回した。
「こ、これは……単に、寝る場所がなくて」
「ルルーシュ。私たちは共犯者ではなかったのか? 隠し事か?」
「これはっ、プライベートだ!」
「……なに?」
もぞり、と思わず荒げた声にスザクが起き出した。そして抱きしめる力を強くすると、唇を寄せて来る。
「スザク…っ、スザク!」
抵抗も関係なく、彼は目的を達成してしまった。
慌てて名を呼ぶ唇を捉え、そのまま舌を滑り込ませてくる。
ルルーシュと言えば、そんな場合ではない。だが、舌を噛んでやめさせると言った行為にどうしても躊躇いが生まれてしまう。
よく考えれば体を引き離せば良かったのだけれど、パニックに陥ったルルーシュにはそれがどうしても思いつけなかった。
結果、C.C.の目前で濃厚なキスを交わす事になってしまった。
「……っ、あ」
息苦しくて、途中から訳がわからなくなってしまう。とろとろに自分が解けてしまうような感覚に落ちそうになって、ようやくスザクは解放してくれた。
「おはよう」
「おは……よ、う」
「おはよう」
そこへ割り込む冷静な声。いや、笑いを若干含んでいるか。
C.C.の澄んだ声は、「いい物を見せてもらった」と言って、再び笑ってお邪魔したと出て行ってしまった。
扉が閉まる寸前に「続きなら、どうぞ」と笑っていたのも憎らしい。
「スザク……っ」
「なに?」
まだ寝ぼけまなこのスザクは何が起きたのか良く分かっていない。
「さっきまで、C.C.が」
「え」
「見て……っ」
「見られてたのか。まあ、いいや。これでルルーシュは僕のって分かってもらえるかもしれないし」
「そんな事!」
最初から、彼女は知っている。
スザクに固執しすぎる嫌いのあるルルーシュを、最初から最後まで気に掛けていたのは彼女の方だ。
今更キスのひとつやふたつで……と、考えて、なんだかバカバカしくなった。
見られたからどうだと言うのだ。
もちろん露出狂の気はない。敢えて見せたい訳じゃない。性交のただ中など、絶対に見せたりしないが、もう見られたものは仕方ないと思ってしまった。
「ねえ、それよりルルーシュ」
ぐい、と体を抱きしめ股間を押しつけてくる。
そこは男の生理として、固く張り詰めていた。
昨夜はベッドに入ってからも抱き合った。一度切れた糸は元には戻らないらしい。
スザクはこれまでそうとう我慢していたようで、なかなかルルーシュを手放そうとはしなかった。ルルーシュにとっても初めての行為ではない。快楽も知っている。溺れるように、彼の腕の中に落ちた。
処理をせず、そのまま意識を飛ばすようにして眠った後だ。体はまだ出来上がったままになっている。
それを、スザクはまだ求めているのだ。
C.C.というイレギュラーがあったが、自分もまた欲する気持ちは終わっていない。
熱をからだに直截触れさせられて、ルルーシュもまたその気になった。
「ああ……」
今度は、自分からキスを送る。つたないものだったが、それでもスザクは幸せそうだった。
その間に緩んだままの自分の後孔に、スザクが侵入してきた。
「……ぅん、んんっ」
キスをしたままだ。声はまともに上げられない。
だが、体中に響く快楽は昨日のそれを思い出させて、ルルーシュの全てを震えさせた。
「もう少し、ルルーシュは眠っていてもいいよ。後始末はもう済んだし」
シーツは替えられ、ルルーシュもシャワールームで綺麗に洗われている。そこでもう一度交わりがあったのはご愛敬だ。お互いがお互いに飢えていたのだと、そういう事にしておいて欲しいと思う。
さすがに腰に来たルルーシュは再びベッドに住民になり、スザクはゼロの扮装に衣服を改めていた。
カーテンを引き、ルルーシュの姿は見えないようにする。これでゼロの執務室の完成だ。
「僕は仕事をするけど、君はまだ休んでていいからね。起きれそうになったら、声を掛けて」
「……ずるい」
「え?」
「お前ばっかり、ズルイ」
ルルーシュの口からは、思わず恨みがましい声が漏れていた。
「だって、仕方ないじゃないか。前だってそうだったし……」
受け身であるルルーシュの方がセックスで受けるダメージは大きい。ダメージ、と言うのは言い過ぎだろうか。負担が増すのだ。だから昔もいつだってスザクは終わった後も元気なのに、ルルーシュはベッドの住民というのが常だった。
それと同じ事が繰り返されているだけなのだが、ルルーシュは今になってズルイと言う。
「俺だって、仕事がしたい。書類を寄こせ。寝てても出来る」
「……本当は、無理しちゃったから。休んでて欲しいんだけど」
「無理を受け入れたのは俺だ。俺だって欲しかったんだ。だから、特別扱いなどするな」
気恥ずかしいことを、きっと言っている。ルルーシュは自覚していたが、さらりと言い捨てた。そしてスザクの渡してくれる書類を受け取る。
「休んでいた期間は、すごく楽だったよ。幸せだったしな……だが俺はどうも、ワーカーホリックのようだ。何かしていないと、ダメになる」
「ルルーシュらしいや」
笑って、スザクは書類を追加した。先ほど渡した書類程度、ルルーシュには簡単過ぎるだろうからだ。
「経理って僕、苦手なんだよね……ほとんどシュナイゼルにしてもらってたんだけど」
「これからは俺が担当しよう。チェックも、それ以前も」
「え、いいの?」
「第二補佐官なんだろ? それくらいの仕事があってもおかしくない筈だ」
「そうだね」
渡されたのは、数字の羅列。確かにこの量の経理を処理するのはひとりではむつかしいだろう。だが、ルルーシュには以前これを傍らにしながら黒の騎士団を運営すると言った事までこなしていた。
軽い仕事だ。
ざっと目を通して、途中ペンを要求し、無駄な箇所と逆に少なすぎる場所をチェックしていく。
そうしている間に、既に睦言を交わしていた空気は少しずつ薄れていった。
シュナイゼルが顔を出し、今後の経理はルルーシュが担当する事を告げれば、ゼロの言葉だ。彼は簡単に頷いた。彼はゼロの補佐を中心にしていく事になる。
きっとそれにもそのうちルルーシュが口を出して行く事になるだろうが、それにはまだ早いとの感覚もあった。まだゆったり過ごしていた一年のブランクが存在する。それを埋めてからでなければ、世界情勢など操れない。
世界はおおむね平和になったようだった。
だが、ゼロを担ぎ出そうとする動きがあるように、各地にはまだ数々の小さな不満が残っている。
幸せな世界とは、どういうものだろうかとルルーシュは思案する。
誰もが搾取されない世界。誰もが虐げられない世界。誰もが奪われない世界。
自分の知る、優しさなどその程度だ。
ナナリーや超合衆国がそれらを担い、作り上げようとしているが、どういったヴィジョンを持って動いているのかは良く知らない。
そのうち、きちんと会話をした方がいいだろうと思われた。
自分の責任だと言うのなら、全うしなければならない。
簡単に世界などという大きなものは自由に動いてくれない。
ゼロレクイエムにように、強力で暴力的なものならともかく、穏やかで優しいものなら、じんわりと浸透していくしかないのだ。
きっと時間は掛かるだろう。その全てを見れるまで自分は生きていれるのかどうかも疑問な程だ。
胸の中心は、時折うずく。
だが、その痛みこそが自分を駆り立てるものになった。
スザクを愛している。全てを委ね、殺されても良いと思えた程に愛していた。その気持ちは変わっていない。
裏切りを憎みもしたが、果たして自分が逆の立場だとすれば、どうだったかを考えればきっとそんな道は選ばなかっただろうと思えてしまうのだから仕方ない。
あのとき、ルルーシュはスザクに殺されて全てを終えられると言う甘美な夢に浸っていただけだったのだ。
夢は終わった。
こうやって、現実が、始まる。
終わり