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かげぼうし


「あれ、珍しいね。コーヒー?」
「たまにはな」
 放課後の生徒会室だった。同じクラスにいたのに遅れて登場してきた彼は、一緒に向かう途中、女子に呼び止められていたのだ。告白だろう。
 以前、近寄るのも恐れられていた頃とは随分違う。ラウンズという肩書きはやはり大きい。
「お前もそうするか?」
「手間が掛からないほうにするよ」
「どっちでも出来るよー」
 シャーリーが話を聞いていたのか、声を掛けてくれる。
「それじゃあ、真似してみようかな。コーヒー。砂糖とミルクもアリで」
「え? 使うんだ。意外」
「おこちゃま味覚なんだよ、こいつ」
「酷い言い方だな」
 紅茶では確かに砂糖もミルクも使わない。でも、コーヒーはダメだ。
 確かにお子様味覚なのかもしれない。好物はハンバーグだし。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
 少しだけルルーシュの言葉に吹き出したシャーリーは笑いながら、準備し始める。
「あ、いいよ。僕自分で出来るから」
「いいのいいの、甘えれる時は甘えなさい?」
 何故か会長が答える。テーブルの上に座って足を組んでいるものだから、際どい場所が見えそうで目に悪い。リヴァルなんて気が気じゃないだろう。それとも、喜んでるか?
 ちらりと彼を見ると、案の定の彼ははらはらした顔でミレイの足を見ていた。
「会長、お行儀が悪いですよ。ここにも子供がひとりですか?」
「子供じゃなわよー、子供じゃないから、こういう事も出来ちゃうの」
 と、足を組み替える。
「わわっ、会長!」
 分かってやってるのだからタチが悪い。
「会長、あんまりみんなを驚かせないでください」
 マグカップを片手に、シャーリーがやってきた。来ながら、苦言を呈す。
「いいじゃない、いいじゃない。若さの特権よ! 見せなきゃ!」
「それじゃあ露出狂ですよ」
 ひとり黙々と書類の処理をしていたルルーシュがぼそりと言った。
「露出狂?! ひどいわルルちゃん!」
 ううっ、と泣き崩れる演技をする。見てて飽きない人だなーとスザクは思う。
 あのパフォーマー気質はひとりぼっちででも常に発揮される。エネルギーが有り余ってるなぁとしか思えない。
「ほら、会長の分です。ちゃんと椅子に座って飲んでください!」
「ええ、いいじゃない。シャーリーも一緒に座って飲みましょうよ」
「い、いやですよ!」
 かっと頬を赤く染め、どもりながら反論する。可愛い姿だ。これがまともな女子の反応だろう。
「こんどのイベント、これにしよっかなー。授業in机の上に座り会」
「ノートが取れませんよ」
 ルルーシュが冷静に突っ込んだ。その間に書類の束は半分くらいに減っているのだからサスガだ。
「えー。面白いと思うんだけどなあ」
「そう思うのは会長だけですよ。うちの女子の制服は丈が短いんだし、男子は普通だ。面白みもない上に危険です」
 いいながら書類に目を通し、署名をしていく。
「確かに…男子は面白くないわね。男子にもスカートはいてもらおうかしら」
「話がずれてる、ずれてます!」
 既に自分の席に座っていたシャーリーが今度は突っ込んだ。 
「だってー、面白いイベント最近開催していんだもの! 幼稚園の日、復活しちゃう?」
「却下」
「却下」
「却下」
「えーと、なに、それ?」
「聞くなスザク」
 綺麗に唱和された却下の言葉。どうしようもないお祭りなんだろうなとは思ったが、ここまで綺麗に否定されると気に掛かる。
「あのね、スザクくん」
「会長も言わなくて結構です! スザクが加わっても多数決で却下ですから」
「ちぇーっ、なによお」
「それより早く仕事してください。俺はもう終わりますよ」
「え、うそ」
 ルルーシュの持つ書類の束は、残すを数枚になっていた。
「やだ、早くしなきゃ。あ、それともルルちゃんに……」
「いやですよ、遊んでた罰です。きちんとやり遂げてください」
「ルルちゃんが厳しいー」
 泣き真似をしながら、隣のリヴァルの肩に頭を寄せる。
 罪だなーと思った。
 リヴァルはドキドキして手が止まってしまっていた。



「政庁に行くのか?」
「うん、これからちょっと」
「そうか、忙しそうだな」
 ルルーシュの声は少し沈む。生徒会が終わった時間で、三々五々散った後、最後まで残って自分達も出た。部屋のロックをし、夕焼け色に染まった廊下を歩く。
「まあね。本当は学校だって無理言って行かせてもらってるんだし」
「そこまで無理しなくとも。ただでさえ疲れてるだろうに」
「いいんだ。僕の大事だった人の遺言だから」
「遺言? 亡くなったのか、その人は」
 ちらり、とスザクが振り返った。目はほんのわずか、自分でなければ気付かれない程度に鋭くなっていた。
「ああ、死んだんだ。殺された」
「酷い――恋人、だったのか?」
 それには彼は首を左右に振った。
「それじゃあ浮気になっちゃうよ。君と付き合ってただもん。その後で出会った人だよ」
「そんな人がいたのか」
 ほんの少し、気を悪くした声音だった。この調子なら、記憶は取り戻していないのだろう。
「俺は、聞いてない」
「ごめん。偶然出会って、死んでしまった人だったから」
「偶然? なのに大事な人なんだな。俺を差し置いて」
「違うよ、そういう訳じゃなくて」
 どうやら怒らせてしまったらしい。心持ち歩調が早くなる。
「大事なのはルルーシュひとりだよ、ホントだよ」
「でも大事な人からの遺言なんだろう? ひとりじゃないじゃないか」
 さらに歩調が早くなる。小走りになりながら、ついて行くしかなかった。
「ラウンズ様はお仕事があるんじゃないか? ここで追いかけっこしてる場合じゃないだろう」
「それより、君の誤解を解く方が大事だ」
「そんなヤツにラウンズを任せられるか」
「もう、そんなに怒らないでよ。それにその人はもう死んでるんだ」
 駆け足になって彼の前に回ると、正面から両肩を掴んで歩みを止めさせた。
「僕にとって大事なのは、君ひとりだよ」
「今は、という事だろ」
「今も昔も!」
 そして、キスをする。夕方だが人気が全くない訳ではない。だから一瞬の事に留めておいた。
「お前っ、なんて場所で…っ」
「こういう意味で大事なのは、君ひとりだよ。分かった?」
「………分かった」
 夕方の色に紛れていながらも、ルルーシュの頬は紅潮していた。それにやたら素直になった。
 キスの効果は絶大だったようだ。
「それにしても、いいのかお前。遅くなるんじゃないのか?」
「ああ……ラウンズになってから、多少の時間の余裕は出来たんだ。少しくらいなら緊急時でない今、大丈夫」
「そうか。じゃあ、上がって行け」
 既に彼の住まいは目の前だった。



 ロロはまだ戻ってないようだった。リビングに入らず、そのままルルーシュの部屋へ直行する。
 誰もいない場所になって、ルルーシュはスザクに抱きついて来た。
 それにスザクも応える。
「本当はお前がラウンズだなんて、怖いんだ」
 ルルーシュが小さな声で言う。
「常に最前線。いつ命を落とすか分からない」
「大丈夫だよ、そこまで僕は弱くない」
「でも、何があるか分からないのが戦場だろう? お願いだから、無理はするな」
 返答の代わりに、スザクは口づけを額に落とした。
 そして、唇にも。
「――案外僕も、信頼されてないんだね。大丈夫だから。僕が留守の時は安心して待ってて」
「……ああ、そうしたいよ」
 まだ納得しきってない声音だった。抱きしめてくる腕の力がきゅっと強くなる。
 応えるように、こちらも強く抱きしめた。綺麗な髪が頬をくすぐる。
 記憶は戻っていないだろう。このデータは機情に残ってしまうが、この程度なら構わないかと開き直る事にした。



 スザクが帰って行ってしまった部屋で、ルルーシュはベッドに腰掛ける。
 カメラの位置は把握済みだ。うつむいて、見えないようにしてわずかに笑んだ。
 彼は騙されているだろう。まだ記憶が戻ったとは思っていまい。そうでなくては、あんな優しい声音はでまい。
 だが、少しだけ鼻の奥がつんとする。涙が出そうになる前兆だ。
 どうしてこんな事になってしまったのだろう、と思えば悲しくなってきた。
 帰り道、歩いている時の陰が、まるで手をつないでいるように見えていた。きっとスザクは気付いていないだろう。
 そんな風な未来が作れれば良かったのに、と――自分を皇帝に売ったスザクを恨みたいのに、恨みきれない心があった。
2011.04.14.
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