top ◎  about   text
文字サイズ変更:


ひるひなか


 彼と口付けを交わす関係になったのは、つい最近の事だ。
 場所はどこでも構わない、人さえいない場所であれば、ルルーシュと自分は唇を合わせている。
 本当は先に進みたい気持ちだってあったけれども、まだ奥手のルルーシュには唇を重ねるだけの甘いキスしか無理なようだった。
 きっと彼は自分しか知らない。その事に優越感を抱いている自分は、多分少し醜い。
 だけど彼が腕を回し自分を抱きしめるようにする仕草や、口付ける時の伏せた睫が震えている様は、なんともそそるものでスザクとしては彼を自分の腕の中に留めておこうと躍起になっているのだ。
 ルルーシュはとても、もてる。
 生徒会だけでも既にシャーリーという敵がいる。他にまで知人を広げれば、彼を好きな人間は片手でも両手でも足りないくらいだった。
 なのに同性でもある自分を選んでくれたことに、ひどく感謝している。
 単に、彼自身が鈍すぎて直球を投げたのが自分しかいなかったせいかもしれないけれども、全てを委ねてくれるのは自分ひとりだ。
 心が満たされる。
 彼がいれば、幸せになれる。
 昼休みの屋上で、ふたりきりの昼ご飯を食べた。
 今日はルルーシュも珍しく弁当ナシだったので、二人で休憩時間に購買へパンを買いに走っていた。手を繋いで走りたい、と言えば「バカか」と冷たい言葉が返って来たけど、今こうやってパンをかじりながらもルルーシュの片手は自分に預けられている。
 なんて幸せなのだろう。
「ねえ、ルルーシュ。今度の休み、どっか行かない?」
「お前には軍があるだろう?」
「そっちも休みの日。さすがに鬼じゃないから、何か起きない限り休日は休日として与えられてるからさ――本当は、お泊まりとか行きたいんだけど」
「泊まりか……」
 と、反芻した後に、ルルーシュの頬がぼっと染まった。
 ああ、彼は奥手な割に無知と言う訳ではないのだな、と知れた。
 期待していることを理解したのだろう。だが、スザクはまだそこまでルルーシュに強いるつもりはなかった。なにせ、合わせるだけの口付けが精一杯の相手だ。そこから一足飛びに体の関係に持ち込むには、ルルーシュの越えなければならないハードルは高すぎるだろう。
「大丈夫だよ、何もしない」
「………」
 黙りのまま、ルルーシュはパンをかじる。
 あれ? と思った。彼は少し機嫌を損ねているらしい。
 その証拠に、預けられていた手は去り、パックのコーヒー牛乳を掴んでいる。
 単にタイミングの問題と言えばそうかもしれなかったけれども、彼の表情を見ていると、どうにもそんな気がしてならないのだ。
「あの……ルルーシュ?」
「なんだ」
「気のせいだったらごめん。怒ってる?」
「気のせいだ」
 すっぱり切り捨てられた。ああ、これは本当に怒っているなと確信する。
 どこが悪かったのだろう。泊まりの旅行を求めたのが悪かったのだろうか、それとも――と、まさかだが、よもやと思う。
 彼に手を出さない、と言った事が気に障ったのだろうか。
 だとすれば、自分の気回しは余計な事だったのだろうか。
 重ねるだけの子供のようなキスにも彼は焦れているのかもしれない。
 ふ、と笑みが浮かんだ。そして、
「ルルーシュ」
 と呼ぶ。
「なんだ」
 と不機嫌を隠そうとしない声音で再びパンをかじると、自分の方をようやっと見た。
 自分が笑顔でいる事に、若干驚いたらしい。目が見開かれる。
「ごめんね」
 柔らかな声音で告げて、手が触れあえる程には近い距離にあった彼を抱きしめた。


 季節はもうすぐ夏で、こんな事をすればひどく暑苦しい。
 なのにルルーシュは抱き心地が良くて、手放す気になどなれない。
 唇を重ねる。
 反射的に彼の目は伏せられる。
 そう、ならば期待に応えようと思った。
 舌で唇をノックする。初めての事に、ルルーシュは少し驚いたのだろう。腕の中の体が震える。
 だけど遠慮なく唇をこじ開けて、まだパンの味の残る口内へと舌を差し込んだ。
「………っ」
 驚いたように、至近の目が見開かれた。
 笑みの形で、自分は彼を優しく見続ける。
 舌で舌を絡め取り、そしてその側面を尖らせた舌で舐める。そして、歯列と口蓋を舐めれば、至近の瞼は再びびくりと震えた後、ゆっくりと降りて行った。
 その後もひとしきりルルーシュの口内を堪能し、パンの味なんて分からなくなった頃に彼を解放する。
「――ねえ、お泊まりしたら、こんなんじゃ済まないかもしれないよ」
 口付けて、好きにして、くったりとなってしまったルルーシュを抱きしめてみて、良く分かった。
 自分は相当我慢していたことに。
 なにもしないよ、なんて言ったけれどもそんなのは無理だ。
 このキスを知ってしまえば、この先なんてもっと欲しくなる。
「スザク……お前……」
「なに?」
「どこでこんな事、覚えた」
 わずかに涙のにじむ目で見られ、ぞくっとする。だが問われているのは、そんな問題では済まない。
「えーと……」
「言いたくないなら、いい」
 そして、ルルーシュはぎゅっと自分にしがみついてきた。
「今、お前が俺だけを好きなら、それでいいんだ」
「もちろんだよ、ルルーシュ」
 どうしてもっと早くに出会わなかったんだろう。そうしたら、余計な寄り道なんかせずに済んだのに。
 彼を初めての相手として迎えたかった。きっとお互い何も知らないままで大変な事になっただろうと思うが、それはそれで後になれば楽しい記憶になったに違いない。
「今も、これからも、ずっとルルーシュだけだよ」
「………そうか」
 くったりとした体が甘えてくる。
 そんな午後の空気は、たゆんとたるんだ甘さに充ち満ちていた。
2011.6.27.
↑gotop