Even better the end result is bad 3 更に良い事に最終的な結果が悪い


 到着したのは、高層ビルの頂上だ。
 しかも困った事に、平らな屋上なら良かったものの、鉛筆状に尖った形をしたその途中だ。
 そこに投げ出され、ようやく意識を取り戻しましたよと言う顔をした。
「何もんだ、てめぇ……」
 いつでも能力が発揮できるように、準備はしておく。
 ただ、制限時間が自分には存在する。それを忘れてはならなかった。この得体の知れない相手に無策で立ち向かうのはいくら自分でも躊躇する。
「お前達の敵だよ」
「それくらい知ってるっつーの」
 挑発はしない方がいいと分かってるのに、反射的に口を突いてでて来てしまった。だが、相手は面白そうに笑っているだけだ。
「レジスタンス、赤の男――知ってるな?」
「もちろん。全世界指名手配中」
「その中心人物だと言えば?」
「!」
 その本人がこの男だと言うのだろうか。確かに赤いジャケットを着ている。本人は赤を好んで着用するなんていう噂は流れていたが、どうせ名前にちなんだ噂だとばかり思っていた。
「で、ネクストって訳ですか」
「そういう事だ。最強のな」
 言葉が終わると同時に、氷の刃が自分へと伸びてくる。
「え」
 驚いて身動きが取れなかった。眉間の直前まで伸びたそれは、虎鉄を傷つける事なく炎に包まれて消えた。
「ちょ……なに、今の。反則!」
「最強だと告げただろう?」
「最強って、なに? 今のどういう事?! ブルーローズとファイアーエンブレムの能力じゃねえか」
「そうだな」
 男は涼やかに笑ってみせた。
 そして、斜面状になっている傍らの天井の一部を稲妻で突き破る。
「ドラゴンキッド……」
 そして、空を飛んだ。あれはスカイハイの能力だとでも言うのだろうか。そんなバカな。
「聞いてねえぞ、そんな能力」
「だろうな。ネクスト自体が突然変異だ。その中でも私は究極に異端らしい――さあ、早く君の能力をもらおうとしようかな、ワイルドタイガー」
「いやなこった」
 反射的に能力を発動しなくて良かった、と思った。
 確実に奪い取られていただろう。それに、今の能力を見れば今まで見てきた仲間のものより数倍強く見えた。もしも、だ。もしもの仮説が当たっていれば、自分に勝ち目はない。
「早く来いよ、バニーちゃん」
 さすがに焦りが生まれてきた。
 ここまでピンチを感じるのはヒーローを始めてから始めての事だ。ネクスト相手もかなりの数をこなしてきたが、能力の扱いについてはヒーローを上回る者はいない。それを、この相手は完全に凌駕している。こちらに勝ち目はない。
 悔しいが認めざるを得ない現実だ。
 だが――虎徹は諦めた訳ではない。
 自分はヒーローだとの自負がある。無茶をするな動くなと言われてきたここ数日だったが、こんな時に無茶をしなくてどうすると言うのだ?
 明らかに一般市民に害を為すテロリスト。
 それを砕くのは、ヒーローのお仕事だ。
 能力を発動した。
 全身が淡い青の光に包まれた事を感じる。
 さて、どのようにして彼は自分の能力を引き抜くというのだろうか。
 通常の百倍にまで倍加されたパンチを繰り出せば、相手は氷の刃で対抗してくる。
 パリン、と涼やかな破砕音で砕け散る。その欠片をくぐり、相手の肉体にまで接しようとする。
 その瞬間、脳裏にヤバイとの警告が鳴り響いた。
 勘に従い慌てて手を引く。
「ほう……知ってるのかね?」
「汚ぇぞ、それじゃあてめぇやっつけれねぇじゃないか!」
 本体に触れれば、多分能力は持って行かれる。そんな予感がした。そしてそれは的中だったらしい。
 逃げに徹するしかないようだ。
 自分の能力まで分け与えてしまえば、今度こそ対するヒーローがいない最強の存在になってしまう。バーナビーと自分は同じ能力の持ち主だ。どちらが接触しても同じ結果になる。
「早く来いよ、バニーちゃん。俺逃げてぇよ」
 あるべからず言葉を口にする。
 ただ、今この相手に対する有効な手段はなにひとつないのだ。そのような状態では何も出来ない。
 バーナビーの冷静な頭が必要だと思われた。
 結構これでも、彼の事を虎徹は信頼してるのだ。



 派手に屋上が破壊されているのは遠目からでも分かっていた。
「早く! 急いであげて!」
「これ以上は無理ですよ!」
 バーナビーも焦る気持ちはある。虎徹は多分能力を使っている。そして、戦っている。だが本格的な戦闘になっていないように感じていた。多分逃げを打っているのだろう。彼の本能的な勘は時折素晴らしいものがある。
 能力を吸い取るという相手の力に気付いたのかもしれない。
 今回は引くのが一番の手だと思われた。
 対策を練る時間が必要だ、今は無理だ。
 アクセルを捻り、スピードを上げる。法定速度などとっくに無視だ。ヒーロースーツがこういう時に役に立つ。何か事件が起きているのだと、道を空けてもらえる。
 ようやくウエストビルディングに到着したのは、セントラルパークを抜けてから三十分も過ぎようとする時間だった。
 彼は無事だろうか。
 無事に違いない、と祈るような気持ちになる。
 これでも相棒なのだ、何かあっては困る――いや、相棒でなくとも、既に付き合いが長い。面倒で手の掛かる年長だと思っていたのに、それだけでない気持ちが存在していた。
 バーナビーは能力を発動する。地上五十階。ジャンプひとつできっと登る事が出来るだろう。ファイアーエンブレムには申し訳ないが内階段かエレベーターを使ってもらうことにする。負荷があれば到達出来ない高さだからだ。
 とん、と軽く地面を蹴ると、体は軽く宙へ浮いた。
 重力をまるで無視した動きと、空気抵抗を極力抑えた体勢。途中のフロアに手を掛けて、更に勢いを付けた。
「バニーちゃーん!」
 果たしてそこは、惨憺たる有様だった。
 いち早く自分を発見した虎徹――ワイルドタイガーは能力切れを起こしているようで、急いで駆け寄ってくる。
「何やってたんですか! 人質なんかになって!」
「だってよー」
「だってじゃありません、心配掛けて!」
「あ、心配してくれた?」
「当たり前です!」
 あり得ない程に、バーナビーは自分が激高していることを感じた。
 周囲はがれきの山だ。ヒーロースーツがあったとは言え、良く無事でいたものだ。
 それにこの高さだ。能力切れを起こした状態で落ちれば命はない。
「こっちに回って……能力は?」
「取られてない……って、え? 知ってんの?」
「ファイアーエンブレムと一緒に来ましたからね」
「ああ」
 納得したらしい彼を背後に庇う。
 追って、ファイアーエンブレムも姿を現した。
「お前達が何人揃っても、俺には適わないと思い知った筈だろう」
 と、ファイアーエンブレムの顔を見つけると男は高笑いした。
「ええ、だから――」
 バーナビーはワイルドタイガーとファイアーエンブレムを同時に抱きかかえる。
「逃げます」
 ふわり、と宙を舞った。
 そのまま急降下していく。
「うわっ、うわわわ」
「静かにしてくださいよ、今更でしょう」
「俺、能力切れ起こしてんだもん!」
「だから僕が守ってあげるんですよ! ファイアーエンブレムを見習って………あ」
 彼は、あまりの恐怖にか失神していた。



「今回取り逃がしたことは、仕方がない……全ヒーローが適わなかった訳だからな」
 それでも苦い顔でロイズが告げる。
 ここで捕らえる事が出来ていれば、得たポイントは計り知れなかった。だが、あれを相手にどうこうするのは現時点では無理そうだった。
「それにしても、相手の能力を吸収するネクスト、ね」
「ええ」
 そんなものがあるものか、と言った顔をしているが、事実なのだからしょうがない。
 自分達の能力だけは奪われていないことは、幸いだった。
「斉藤にスーツを強化をさせよう。対策を練らなければな」
「そーですね」
 触れるだけでアウトなんて反則過ぎると虎徹は嘆息する。
 それに気付いたバーナビーはちらりとこちらを見た。視線が合うと、彼は慌てたように視線を再びそらして行く。
「なんだ?」
「いいえ、何もありません」
「何もないって顔じゃねえだろ?」
「個人的な理由です。プライベートです。関わらないでください」
「って、俺の顔見てプライベートも何もあったもんじゃねーだろ。なんだよ、気になるじゃんか」
「だから、関わらないでください!」
「君たち! ここは喧嘩の場所じゃない」
「はあい」
「すいません」
 そろって返事をする。
「分かったなら、各自自分の席に戻るように――後で斉藤から連絡が入れば協力してくれ」
「了解しました」
 唱和し、ロイズの元を去った。



 まさか、とバーナビーは思う。
 あれほど腹が立った理由を、彼の明晰な頭脳は既に解答を弾きだしていたのだ。
 彼が失われるかもしれないと言う状況に血の気が引いたのだ。それが逆方向に向いて、腹立ちとなった。まさか彼相手に無事で良かったと抱きしめる訳にはいかないからだ。
 自分を見つけて喜んで駆け寄って来た姿が嬉しかったなどと思っていたとは断じて認めたくない。
 まさか、と思う。
 まさか、まさかだ。
 あんだけはた迷惑で年上とも思えないようなおやじが、気になってしょうがないなどと――……認めたくない。
 今までの苛立ちの全ての原因が、それに起因するようで困惑するしかなかった。



終わり
2011.5.13.
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