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Haste makes waste 急いては事をし損じる


「へーえ、これがバニーちゃんの部屋か。あっさりしてんなあ」
「なんでついて来てるんですか」
 何度も交わされた会話だ。今日はヒーローの出番がなかった。単純退屈なデスクワークをこなした後、定時で会社を出たのだ。
 飲みにでも行こうやと誘った虎徹のお誘いは空振り。じゃあ、お前んち行くわと勝手に決めて、後をついてきた。
 何度も何故ついてくるのか、邪魔だから帰ってください、と言っても一度は離れて行くのだが、いつの間にか半歩遅れてついて来る。
 何度も同じ事を言い過ぎて、バーナビーも疲れてしまった。どうせ一度はマスコミに公開した部屋だ。虎徹のひとりやふたりに見せたところで減りはしないだろうと諦めた。
 デスクワークのみの仕事に飽き飽きしていたのは、バーナビーとて同じ事だったのだ。
 気は合わないし、どちらかと言えば嫌いなタイプに属していた彼への好意を実感したのはいつのことだろうか。面倒見が良いと言えば言葉はいいが、お節介。正義感は強いけれども空回りも多くてこれが本当にベテラン先輩ヒーローかと問われれば、首を左右に振りたくなる。
 だが、そうだった。思い出した。
 誕生日の日だ。あの日はひとりで過ごす予定だった。それをあからさまに演技臭い振る舞いに取りあえずは乗ってあげて、最終的には本当の犯罪者を逮捕する事が出来た。あのとき、自分へのプレゼントにと手柄を全て寄こしたのだ。
 あのときの表情を覚えている。
 いつものお節介に似ていた。だが、違った。
 彼の心の底からの笑顔が、そこにはあったのだ。
 それに気付いた時点で、彼のお節介がお節介に見えなくなってしまった。
 相変わらずはた迷惑だし、空回りは甚だしい。だが、それをフォローする相棒が自分で良かったと思える瞬間は増えた。
 もちろん口では悪態をつく。
 つけあがらせるつもりはない。
 実際、迷惑を掛けられる事も多いからだ。
 でも――だからだろう、彼を招いてもいいと思ったのは。プライベート空間に入れてもいいくらいには、実際心を開いていたのだ。表には、決して出さないけれど。
「なんでって、案内してくれたからだろ?」
「案内なんてしてませんよ。おじさんが勝手についてきただけです」
「ああっ、傷つく! 相棒に勝手にって言われた!」
 大げさな振る舞いにはあ、と分かりやすくため息をついてやった。
「勝手にでしょう。僕は最初からずっと帰ってください、ついてこないでください、って言ってった筈ですよ? これじゃあストーカーだ」
「でも、こうやって招き入れてくれたじゃねーの」
 ししし、と彼は笑った。
 確かに、そうだ。そう言われてしまえば返す言葉がない。
 鼻で笑って、肩をすくめた。格好を付けているように見えるよう、最大限の注意を払った。気に障る動作のはずだ。
「ここまでついてこられるとは思わなかったからです」
「けっ」
 ずかずかとわざとらしく外股で歩いて、勝手にソファに座る。
 たったひとつしかない椅子だ。自分はどこへ座れと言うのだろう。
「お前は床で結構。後輩くん」
「なんでそんな偉そうなんですか、おじさん」
「かーっ、おじさん呼びはやめろって言ってんだろ。せめて先輩とかってかわいらしく呼べ!」
「生憎、可愛げなど持ち合わせてはいませんので」
 はーとがっくり肩を落とした虎徹は、「そうだよな、知ってるよ」とぶつぶつ呟いていた。
 床に座るのもなんなので、そのままバーナビーはキッチンに向かう。ワインセラーから年代物の白を一本抜いて、冷蔵庫の中を探って簡単なつまみを作った。
 その間に、放っておかれた虎徹は幾度かこちらの様子をばれないようにこっそりと見に来ていた。バレバレだったのだが、気付かないでいてあげることにしてあげた。
 目を見開いて驚いた顔をしたのをひっそり笑って、だが知らんぷりを通す。
 ワインを片手に、スモークサーモンとチーズの皿を持って行けば、彼は尊大に座ったままだった。
「おお、後輩らしく準備がいいじゃないか」
 思わず吹き出しそうになるのを堪える。
 彼は彼なりに先輩風を吹かせたいのだ。それに付き合ってあげることにした。
「どうぞ。その代わり、テーブルはありませんよ。飲みたかったら床でどうぞ」
 しょうがないなあ、と言った風情で彼は床に座り込む。あぐらをかくのが妙に似合っていた。さすがはおじさん。
「焼酎じゃなくてすいませんね」
「ワインなんか飲んですいませんね」
 目を見合わせて、思わず互いに笑った。
 グラスの縁を合わせて、「プロージット」と言えば、「なんだそりゃ」と返しながらも彼はグラスに口をつけた。
「ドイツ語ですよ。乾杯って意味」
「へえ、俺相手に乾杯してくれる訳だ。何に?」
「さあ。相棒に、ですか?」
「お! お前もようやく素直になったか」
「……冗談ですよ」
 身を乗り出して浮かれた顔をしたので、冷たく言い放ってやった。
 がっくりと身を崩す姿が面白い。
 これほど、オーバーアクションで反応してくれると、こちらもやりがいがあると言うものだ。
「おまえさー、俺で遊んでんだろ」
「そんな事ありませんよ」
 空になったワイングラスに、新しく注ぎ足す。自分の分にも追加してしまえば、残りは半分程度になった。
「これじゃあ、全然足りねぇぞ?」
「ありますよ、他にも。焼酎ですか? さすがにそれは置いてませんけど」
「なんで俺が焼酎だって決めつけんだよ。ワイン好きだって! 赤の方がいいけど」
「ああ、ポリフェノール」
「……よっぽど俺をとしより扱いしたいらしいな」
 うりゃ、と、つまみの皿を乗り越えて、虎徹はバーナビーの横へと移動してきた。そしてそのまま頭をホールドされる。
「ちょっ、おじさん!」
「お前、ちょっとは社会勉強しやがれ」
「これのどこが社会勉強なんですか……っていうか、こぼれます!」
 グラスの中身がぐらぐら揺れている。頭もぐらぐら揺らされ、酔いが回ってしまいそうだった。
「赤出しますから!」
「よっし、分かったならいい」
 たったグラス一杯で酔ったのだろうか。彼の言動はひどく子供っぽい。が、普段から子供染みた言動を取る相手だったと思い出した。
「赤、持ってきますから」
 と、グラスに残った白を一口で飲み干して、立ち上がった。その瞬間足下がぐらついたのは、虎徹が頭を揺らしたからに違いない。



 気がつけば、ボトルは五本も空いていた。お互いべろべろだ。つまみなど途中でなくなってしまったので、酒ばかりを飲んでいたのだ。
 虎徹はと言えば、お前ちょっとは先輩として敬えよだの、ブルーローズちゃんのケツがいいなどと好き勝手言っていたが、急にこてんと横になった。それも、バーナビーの膝の上にだ。
 こちらも散々酔っていたバーナビーは、それを普通に受け入れていた。
 手が伸びて来る。
 何か勘違いしてるなーと思いながらも、その手も受け入れた。
 顔を引き寄せられ、酒臭い息が漂う。そして、唇が重なった。
 ぬるり、と粘膜の感触が気持ちいい。酒に濡れた唇を摺り合わせて、こちらから舌をねじ込んだ。 それはすぐに歓迎されるように彼の舌に迎え入れられる。絡め合い、時折強いくらいに吸われ、じわりと快楽が滲み出た。
 ひどい間違いを犯している気がする。
 だけど、この誘惑には抗いがたい。
 身をかがめ、更に口づけを深くする。今度は虎徹の舌がバーナビーの口腔へと侵入してきた。口蓋を舐められて、体が震える。この姿勢はきついと感じ始める。それは、虎徹も同じだったようで、一度座り直したかと思うと自分に覆い被さり、そのまま床へと倒れ込んだ。
「なに……っ」
「期待してんだろ?」
「なにを…っ」
「なにをって、ナニを」
 ニュアンスを含まされ、頬が紅潮するのを感じた。決して自分は奥手な方ではない。
 だが、同性相手にこんな事をするのも、迫られるのも、始めてだ。
 それに嫌悪感を持っていない事にも驚く。
 もっとも、酔いがかなりの後押しをしているだろうことは間違いなかったが、ベースに彼への好意があることがもっとも強い理由だっただろう。
 再び唇を奪われ、衣服を乱され始めた。



「は……っ、ああっ、あ」
 ひくん、と体が跳ねた。一糸まとわぬ姿にされ、電灯は煌々とともっている。なにもかも見える場所で、膝を立たされ足を大きく広げさせられていた。
 何故そんな事が出来るのだ、と最初驚いたが、虎徹はバーナビーのものを口撫している。
 唾液の音と、先走りの音が混じり合ってぴちゃぴちゃとひどく聴覚を侵した。
 もちろん聴覚だけではない。直截の刺激は粘膜を通じて腰の深い場所から快楽を欠片も残さず集めていく。
「も……い、く…いきます、から……っ」
「失格」
 もごもごとしながらも、彼は確かにそう言った。
「なに…っ」
 ちろりと出した舌で先端をぐりぐりとされ、腰が跳ねた。今にももう弾けそうなのに、根本を押さえられてどうしようも出来ない。
「なにが、しっかく…っう、あっああっ」
「えっちしてる最中に、敬語はねーだろ」
 ちろちろと先端を舐めながら、にやけた顔で言われた。
 顔に血が昇る。もっとも、既に解放を切望している状態では今更ちょっとやそっとの血が昇ったところで顔色は変わらないだろう。
「で、も……先輩って、敬えって……言うくせに」
「それとこれは、別」
 しゅ、と根本を押さえていた手がしごく動きに変わった。
「ああっ、あ、あ、ああっ」
「ま、しゃーねーか。、一度行け。どうせお前は若いんだしな」
「や……――っあああ」
 びくん、びくん、と体が弾けた。
 白濁は虎徹の手に吐き出される。
 思わず息が止まってしまう程の強い快楽だった。
 ゆっくり呼吸を吐き出すと、そのたびに快楽が体を蝕んでいくのを感じる。
 ひどく、良かった。
 自分でするより、他の誰かにしてもらうよりも、ずっと。
 もしかして自分はそういう意味でこの彼に対し好意を持っていたのだろうか――? 答えは出なかった。こんなのは偶発的な事故に過ぎない。酔っぱらってさえいなければ、起こるはずもない出来事だ。
「良く出たねー、濃いし」
「やめっ、舐めるな…っ」
「うえ、青臭ぇ」
「当たり前でしょう!」
 羞恥に、彼の手のひらをひっつかんでシーツになすりつけた。
「あーあ。せっかく使うつもりだったのに」
「な、なにに……」
「それは秘密」
 にやっと笑う。
「まあ、でもどうにかなるか」
 ちらりと彼の視線はつまみの皿に向かった。
 何があると言うのだろう? 最初に出したものだけでは当然足りず、その後にトマトにオリーブオイルを掛けたものや、乾き物を出した。
 彼が見ているのは、皿だ。食べ尽くされて空っぽになった皿――いや。中には、オリーブオイルが残っている。
「使えっかな」
 と、虎徹はその皿に手を伸ばして指で表面をすくい取った。
「お、いけそう」
 嬉しそうな顔をする。そして――自分の片足を肩へと担ぎ上げた。
「ちょ……こんな…」
「見えないと困るでしょ、いろいろ」
「いろいろ…?」
「痛い目はしたくねーだろ?」
 こくり、と頷くに留める。何をするのかその時は分からなかったが、すぐに知る事になった。
 オイルまみれの指先は、排泄にしか用いない後孔へとゆっくり沈められて行ったからだ。
「痛いか?」
 首を左右に振る。ただ、違和感が気持ち悪い。
 だけどそれを言い出す気にはなれなくて、黙って耐えていた。耐えきれない気持ち悪さでもないのだ。ただ、何故と思うばかりで。
「なら、良かった」
 と、虎徹はにっこりと笑った。こんな事をしているのに、陽性の眩しい笑顔だ。
 ああ、この顔は好きだなあと思った瞬間、「ぁああっ」ととんでもない箇所から出たような高い声と体に響く快楽が頭のてっぺんから足の先までを貫いた。
「お、発見」
 何が起きたのかはわからなかった。ただ、虎徹の指がもたらしている。
 内側にひどく感じる場所があるのだと気付いたのは、幾度も同じ場所をさすられ、悲鳴めいた嬌声を上げ疲れた時だった。それくらい場所が分からない程、全身に快楽が走るのだ。今すぐにでも吐き出したい気持ちになったが、それには足りない微妙な感覚。ただ、鋭すぎて怖くもあった。
「おじ、さん……っ!」
「おじさんってね……まあそうだけど、色気ねーなあ」
「や、ああっ、ああっ」
 指を増やされ、何かを言っているのは聞こえるのだけれども意味が上手くつかめなかった。こんな無防備なのは始めてで、困惑すらする。
「あああっ、も……いきた……っ」
「だーめ」
 そして一気に指を抜き去られた。喪失感に、淡い声が漏れる。
「俺も気持ちよくしてね」
 と、またも陽性の笑顔を向けられ、それだけで射精しそうになった。
 ぐぐ、と押し入ってくるのは先ほどまでの指とは比べものにならない質量と熱さ。
「あ――……っ」
 思わずこもってしまう力を、虎徹はゆるやかに髪を撫で、額を撫で、なだめてくれる。
 そして、腰が密着する。全て入ってしまったのだ。
「すげえ……きもちい……」
「ああ……っ」
 始めての感覚に、バーナビーはぞわぞわと背筋にふるえが走るのを止められなかった。
 虎鉄の声も少しばかり掠れて聞こえるのが扇情的だ。
 自分で感じているのだと思うと、ひどい幸福感に苛まれる。
「いいか、動くぞ」
 こくり、と頷くしか出来なかった。
 後は、良く覚えていない。
 こっぴどい快楽がこの世にあるのを知った事と、虎徹の熱。汗。匂い。
 声帯が壊れそうな感覚と、頭の中が空っぽになる感覚。
 そして体の中を行き来する感覚が全てで、いつの間にか意識を手放してしまっていた。



「お。おはようさん」
 気がついたのはまだ夜の時間帯だった。
 起き上がろうとして、腰がひどく痛む事に気付く。そして一気に記憶が再生された。
 ぼっと火が付いたように頬に血が昇るのを感じた。
 虎鉄はそんな様子を見ながら、ミネラルウォーターを飲んでいる。そのボトルをひょいと渡された。
「二日酔いはマズイだろ? ヒーローが」
「……ですね」
 だが、明日――いや、もう今日だろう――の自分がまともに立てるのかどうかも怪しい。
 セックスを、してしまった。
 それも同性同士でだ。
 相手は相棒、逃げる事は出来ない。
 真正面から向き合うしかないのだろうか。酔った勢いってことにしてくれないだろうか。
「お前がさ」
 だが虎徹は放っておいてくれない。
「つめたーい、頑丈な壁張ってんのはなんでだろって思ってたんだけど――」
 言葉の先がない。気になって、バーナビーは虎徹を見た。虎徹の視線は写真立てにそそがれている。
「そういう事だったんだな」
「……っ、また、そういうおせっかいを」
「そうか? 俺はもう踏み込んでいい権利を得たと思ってんだけど?」
 にやりと彼は笑った。
 確信犯的な笑いだった。
 こちらの気持ちなど、全てお見通しとのニュアンスが深々と感じられた。
「そんなものは与えてませんよ!」
「いいや、しっかり受け取ったからな、バニーちゃん」
 そして彼は立ち上がり、自分の元へ来る。
 まだ立ち上がれない自分の傍らに座り込むと、頬にちゅっとキスされた。
「な、なななななな」
「所有権の証明ね」
「なにをやってるんですか! 子供じゃないんだから!」
「子供じゃないからやるんじゃん、ばっかだなー、お前」
 にやにやと笑われ、そしてそのまま浴室へと連れて行かれた。
 
 完敗とは、こう言う事を言うのだろう、きっと。
2011.5.14.
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