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All's well that ends well 終わりよければ全てよし


 鳥の鳴き声がして、目が覚めた。海鳥だ。
 この街にそんな場所があったかとバーナビーは思いながらも意識朦朧としながらなんとか目を覚ます。
「はい、バニー」
 ひらひら、と手を振ってにこやかに笑う虎徹が立っていた。
 何が起きたのか、良く分からなかった。



 体を動かせばやけに重く、自分のものでないような感じがした。
 そうだった。先の戦闘で負傷を負ったのだと思い出す。それすらもひどく曖昧な記憶で、自分の事が良く分からない。
「頸椎骨折。――良く生きてたなぁ、お前」
 虎徹は断りもなしにベッドの端に座り、感心したような顔をする。
 緊急手術が行われ、今はようやく麻酔が解けたばかりなのだそうだ。だからなのかとこの頭の重さに納得する。
「あの高さからまっさかさまで首折っただけってのもすげーけど、首折って生きてるお前の命根性の汚さにも感心するわ」
「――なんですか、嫌味でも言いに?」
「まさか」
 両手をホールドアップの形にし、虎徹は驚いた顔をした。
「褒めてんだぜ、俺。ヒーロースーツのお陰だとしても、お前が生きてるってのがすげえって」
「どうにもそう聞こえないんですが。どちらかと言えば死ねば良かったのにと聞こえます」
「おいおい、お前ひねくれすぎだろ」
「そう感じさせるおじさんの方が悪いんです」
 体が重い。会話するにも一苦労だ。
 力を抜いて、枕に再び頭をぽすんと預けた。
「――んー、俺、そんなに口悪かったっけかなあ」
 困った顔で頬を掻く彼は、正直面白い。もちろん口にした程の事は考えていない。単なる八つ当たりと、こうやって困らせたくあるだけだ。
 彼の困った顔が、実のところバーナビーはなかなかに気に入っていた。
 自分の事でその顔をするのならば尚更だ。
「麻酔、まだ抜けきってないんです……」
「ああ、そうだよなっ。ごめん、悪かった。俺……」
「傍にいてもらっててもいいですか?」
 俺、出て行くよと言いそうな雰囲気を先読みして、バーナビーは告げた。
「へ?」
「ひとりでベッドで横になってるのは退屈でしょう。たまにはおじさんの相手でもしてあげますから、なにか話していてくださいよ。その方が気が紛れる」
「いや、話すったってもな……改めてそう振られると」
「なんだ。何もないんですね」
「いや! 俺は俺なりの充実した人生過ごしてるぜ」
「じゃあ、その充実した人生でも語ってくださいよ」
「こういうのは人に喋るべきものではなくてだな……その……。なんかお前、おかしくね?」
「そうですか? 麻酔のせいかもしれませんね」
 ああ、と彼は頷いた。
 そんな訳がある筈ない。
 単に自分がおもしろがっているだけだった。



 手から糸を出し、自由自在に移動するネクストが現れたのは昨晩早くの事だ。
 糸で人を縛り人質としてとらえ、振り回す。
 愉快犯的な犯行に、もちろんヒーロー達の出番がないはずがなかった。
 招集は掛けられ、皆は一斉に動き出す。
 自分達の能力よりも、火や氷と言うものの方が相手の能力に強いと分かったのはすぐの事だった。糸には弾力性があり、力任せではちぎれそうになかったからだ。
 百倍のパワーを出そうとも、そう簡単にちぎれない。人質のひとりを救出するのが精一杯で、自分の無力感にひしがれそうになったとき、バーナビーは足を取られた。
 言葉の通りに、足を糸で引っ張られたのだ。
 気付いた虎徹はハンドレッドパワーをまだ残していて急ぎ駆けつけようとしたのだが、長い糸が振り回す範囲は異様に広い。それに引きちぎるだけでも相当の力を必要とするのだ。彼が追い、やっとたどり着けたのは地上百メートルは下らないビルの壁面だった。
 そこへ現れたのが、ブルーローズだ。彼女の氷で糸を固め、それを虎徹が拳で割る。
 そこで、ようやっとバーナビーは解放された。あり得ない失態に絶望しそうになったが、それよりも先に危惧すべきは徐々に迫ってくる地上であり、既にハンドレッドパワーの切れた虎徹が走り込んで来たが間に合わないだろうとの事実だった。
 スカイハイは空中で人質の救助に当たっている。氷の道を造り滑り込んで来ようとするブルーローズですらも多分間に合わないだろうと思われた。重力に引かれる強さは思いの他に強い。
 衝撃は、意識になかった。
 しかしここが病院であると言う事は、激突を免れなかったのだろう。
「すまない」
 ひとしきり虎徹で遊んだ後、彼は突然に真面目な顔をして、頭を下げた。
「間に合わなかった――こんな目にお前を合わせるつもりはなかった。すまなかった」
 反則だ、とバーナビーは思った。
 これは自分の不注意と実力の及ばなさが招いた現実なのだ。例え相棒と言えど、彼に落ち度はない。むしろギリギリのところで救ってもらった礼を言うべきはこちらの方なのだ。
 だけどバーナビーは素直になれなかった。
 素直になるどころか、思い出した事実に忸怩たる思いを抱くだけで、彼が感じていただろう罪悪感めいたものにすら気付きすらしなかった。
 きっと彼が同じように捕らわれたとすれば、自分も救出に向かうだろう。その挙げ句失敗したとしたら――……今と同じように、謝れるだろうか。
 もっとしっかりしてくださいよ、おじさん――くらいの事を言いそうな気がした。
 このおじさんは中途半端でいい加減に見えて、反則なのだ。
 こうやって時折真面目になる。そしてこちらの虚を突いてくる。
「構いません、今回の事は自分の失態です」
「いや、それでも相棒である限り、俺はお前を守るべきだった。間に合わなかった俺の失態だ」
 その言葉に、少しだけ引っかかりを覚えた。
「相棒じゃなかったら、助けてくれたりはしなかったんですか?」
 感情より先に口が動いていた。引っかかったのはそこだったのかと後で気付いたくらいだ。
「いや、そんな訳ないだろ! 同じヒーロー同士なんだ、助け合って……」
「じゃあ、ヒーローじゃなかったら」
「一般市民なら助けるに決まってるだろうが!」
「じゃあ、僕が犯罪者ならどうしました?」
「それは……」
 これじゃあ、子供の駄々のようだと自分でも思った。だけど口が勝手に動く。
「それでも、俺は助ける!」
「それは、僕だからですか?」
 ああ、何を言っているのだろうと絶望した。
 虎徹はきょとんとした顔をしている。大失態だ。
 何を言っているのだろう、これじゃあ自分だから彼が助けたがったとの言葉を聞きたいだけに思われる――いや、実際思っているのだろう。
 思考が鈍磨している。おかげで、理性が働いていない。全て麻酔のせいだろう。
 思わぬ本音がこぼれ出て、自分でも慌てた。
「わ、忘れてくださ……」
「ああ、お前だったらいつでも助けるさ。何であろうともな」
 一瞬呆然としていたくせに、さらりと彼はそう言ってのけた。
「僕が犯罪者だったとしても、ですよ? 相棒でもヒーローでもなんでもなくて!」
「それでも助ける」
「何故!」
「うーん、なんでだろうなあ。おじさんには分からないけど……多分」
「……多分?」
 ああ、もうなんて事になっているんだろうと内面は無茶苦茶になっていると言うのに、唇は先の言葉を促す。そして聞きたがっている自分が存在している事も自覚する。
「バニーはバニーだから、だな」
「は? どういう意味ですか」
 だが、返ってきた言葉は自分の求めていたものではなかったらしい。
 がっかりしている自分に気付く。
「えっとだな、あのな、そういうのはあけすけに言うものじゃなくて……えーと」
 また、虎徹は困った顔をした。
 彼の困った顔は好きな筈なのに、何故か胸騒ぎがしてよく見てられない。
「あけすけに」
 あけすけに言わないこと。それって何だ?
 急に、心臓がどくんと跳ねた気がした。
「あけすけに言えない、理由ですか?」
「そ……そうだ……」
 困った顔の虎徹は帽子を被り直したりなんだりと忙しい。
 いい年をしたおじさんのくせに、仕草のひとつひとつがかわいらしく見えるなんて自分の目はどうにかしている。
「要するに、僕だから助けたいって事ですよね。それは僕が好きってことですか?」
「ばっ、だからあけすけに言う事じゃないって言ったろ!」
 ボッと虎徹の顔が赤くなった。なんだこの少女みたいな人はと逆にバーナビーが冷静になった。
 じわじわと心の端っこから蝕むようにして浸食してくる感情を取りあえず取り合わないようにしながら、虎徹をただじっと見る。
 見られている事に耐えられなくなったか、彼は帽子を深く深く被り直した。
「見えないですよ、おじさん」
「何が」
「僕の好きな人の、顔です」
「――お前っ、だからそういうのは……って、え?!」
 帽子をばさっと脱いだ後の顔は、なかなかの見物だった。
2011.5.16.
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