巨大な刃はバーナビーを貫く事が出来なかった。両手で挟まれたそれも、パリンと特大の破砕音を立てて割れる。時間は残り少なくなっている。相手が細かい手をいくつも使って、肉体に触れさせようとしないからだ。
少しくらいの衝撃なら大丈夫だろう、とバーナビーは相手の懐へ飛び込んだ。
あきらかに、相手がひるむ。
その隙を逃すバーナビーではなかった。
強力な蹴りを、外側から一発お見舞いする。
それだけで決着は付いた。
◆ ◆ ◆
騒乱はおさまりつつあった。
首魁が落とされた事を知ったネクスト達に絶望が広がり始めたのだ。
所詮ヒーローには適わないという事実も目の前に存在した。
犯罪者にならずここまで息を潜めるように生きてきたのにとの言葉を吐き出すものもいた。
「全部裁く必要はねえんじゃないか?」
虎徹は、ファイアーエンブレムに告げる。
「そうね。彼等も乗せられたようなものだし」
「でも、こんだけやってポイントゼロはイヤよ、私」
むっとブルーローズが告げる。
まあ、実際この様子はヒーローTVで放映されているだろう。ポイントゼロということはあるまい――自分を除いて。
その事実を告げ、なんとかブルーローズは納得したようだった。
「みんな、ヒーローになっちゃえばいいのに」
「そしたらお前の仕事が減るぞ」
「いいのよ、私はアイドルだから」
思わず笑えば、氷の鉄槌が下された。
「おい! 俺は巻き込まれた一般市民だぞ!」
「何言ってんの、どうせテレビにだってあなたの姿は映ってるわよ。敵のネクストとしてね!」
「おいおいおい、人質だったじゃん、俺!」
「さあね、どう扱われてるかしらね?」
などと、ファイアーエンブレムまでもが面白そうに告げる。
この場に残っていたネクストは、ドラゴンキッドが電撃を降り注いだ事で、決着がついた。
バーナビーの方を見れば、あちらも綺麗に片付いた後のようだった。
「ポイント稼ぎやがって、あんにゃろう……」
今回もポイントゼロの虎徹は、ちぇーっと拗ねた顔をした。
◆ ◆ ◆
全てが片付けば、後は撤収だ。
犯罪者の回収は警察のお仕事。結局、裁く裁かないは自分達には決定権はない。
バーナビーが自分のバイクに向かえば、先にサイドシートに虎徹が座っていた。
その光景が、妙に馴染んでしっくり来ていることに安堵する。
その直後、安堵とはなんだと自問自答したが答えなどなかった。
「今日の迷惑料はいただきますよ」
「え、俺被害者じゃん!」
「そのお陰で、随分振り回されました」
と、エンジンを吹かしながら告げる。
「こっちは怪我人なんだけど」
「でも、かなり元気そうでしたね。じっとしててくださいって言ったのに」
「ありゃ、見てたの?」
「見えました」
そのことにも腹を立てている。彼は決して自分の思い通りにはならないのだ。これだけこちらを振り回していながらも、そのことにさえ気付いていないなんて最悪だ。
「あなたの家は?」
「知ってるだろ」
「一応は」
街と番地だけの無機質な羅列なら知っていた。
そこへ向かう事に決める。
「病院は必要ありませんね?」
「当たり前だろ、俺はヒーローだぞ」
「生身でヒーローもなにもあったもんじゃありませんけどね」
会社へは一度帰投しなければいけなかった。
ヒーロースーツを脱がなければいけないからだ。そこで、きっと虎徹の怪我の手当もしてもらえるだろうとバーナビーは踏んでいた。
そして、その通りとなった。
「ほんっとうに来る気か?」
「迷惑料って言ってるでしょ」
と、私服に戻ったバーナビーは同じようにズタボロで――しかし、きちんと包帯を巻かれた虎徹をサイドシートに乗せて、彼の家へと向かっていた。
「お前んちと違って狭いし、面白いもんなんてなんもねえぞ」
「それでも構いませんよ」
何故、そんなものを迷惑料に、と思ったのだろうか。
単に彼を困らせたかっただけかもしれない。
それでも、バーナビーは楽しみな気持ちになっている自分に気付いた。
彼は何事に関してもあけすけだ。
だが、プライベートに関しては結局謎な部分が多い。それは自分達の関係性による物が大きく寄与しているのだが、それを崩すいい機会かもしれないとも思っていた。
やがて、小さなアパートメントの密集する地域へ出る。ここにバイクを止めるのはひどく目立つだろうと、少し離れた駐車場を案内された。コインパーキングだ。
「ま、ここくらいはおごるか」
と、虎徹が金を入れて、バイクはホールドされた。
そして、通り過ぎて来たアパートメントの一個の鍵を彼は開けた。
そんなに広くない空間だ。入ってすぐの部屋にエンジのカバーが掛けられたベッドがひとつと、その向こうに飾り棚。そこには、一枚の写真が飾られていた。
「な? なんも面白いもんなんてないだろ?」
言いながら彼はキッチンに向かい、ビールの缶を投げて寄こす。
「ビールを投げないでください」
「あれ? ビール苦手?」
「そうじゃなくて……」
常識として、泡立ってしまうだろう事は想像に難くないのに、彼ときたらこれだ。
どこかずれている。それが面白くもあった。
「ああ、その写真……」
「奥さんと、子供さんですか?」
「そ。娘は今、俺の母親と一緒に暮らしてるけどな」
と、妻については何も語らず娘のかわいさを語り始めた。
「お前も一度見てる筈だぞ? あのかわいさを覚えてないなんてありえないな!」
などと言い始める。
助けた一般市民のひとりだったらしい。そんなもの、数が多すぎてバーナビーはいちいち覚えている筈もなかった。
「で、今日のあれは何? 気紛れ? それとも心配した?」
と、不意に話を変えて来た。
もう酔っているのだろうか? 彼の傍らには空のビール缶がいつの間にか五本も転がっていた。自分も三本目を飲み干そうとしているところだ。ちょうどいいくらいにふわふわしている。
「なにがですか?」
「そっかー、心配したのかー」
ふふーん、と、彼は笑う。
「な………っ、勝手に決めつけないでくださ」
い、と続く筈の言葉が飲み込まれてしまった。彼の唇に、だ。
「親愛の証ー」
「そんな……っ、酔っぱらいが妙な真似しないでください! そんなもんじゃないでしょう?!
「あ、わかっちゃった?」
にやにやと彼は笑う。
破れた服から覗く包帯の姿は痛々しいのに、まだ顔色は元に戻ってなどいないのに、彼はひどく上機嫌なようだった。
「だってさ、そんなに心配で心配でしょうがありませんでした、なんて姿を見せられたら、おじさんちょっと我慢出来ないなあ」
「そんな顔してません!」
「またまた」
と、今度は顎を掴まれ、深い口づけをされた。
床に直截、そのまま押し倒される。
「ちょ……おじさん!」
「だって、我慢出来ないし」
「おじさんが甘え口調で言わないでください!」
強めの調子で言えば、ふう、と彼はため息のようなものを吐き出した。
「だってさ、お前の気持ち分かったら、応えない訳にいかないだろ? 俺だってその用意はいつだってあったし」
「え……?」
どう言う事だろう。意味が分かるようで、分からない。組み敷かれるようなこの姿勢をどうしていいのかも分からなかった。
だが、口づけはいやなものではなかった。
再び、虎徹の顔が降りて来る。それを、バーナビーは目を閉じて受け入れた。
「……っん」
唇を重ねるだけでなく、唇を割ってくる深いキスだ。長らくご無沙汰していた感覚だった。しかも相手が同性で相棒ということに、動揺しなければいけないはずなのに、そんな感覚がどこからも沸いてこない。
舌をこねられ、甘い声が思わず漏れそうになったのをなんとか堪えた。
「……結構、防御甘いねバニーちゃん」
「なに……っ」
「俺、好きにしちゃうよ」
などと言う。既に好きにしているくせに。
だが、彼は言った通りに本当に好きに動き始めた。片手だけで自重を支え、片腕でバーナビーの衣服を乱していく。ジップアップのジャケットは簡単に脱がされた。アンダーの下へ手のひらは入っていく。少し冷たい手のひらだった。血が足りていないのだ。
なのにアルコールを飲んで、その上不埒な行いをしようとしている。
しかしバーナビーはキスをせがんだ。
自分から体を起こして、少し高い場所にある彼の唇へ吸い付いたのだ。
彼は驚いた顔をしていた。それに満足して、目を閉じる。そして力を抜けば彼も同じようにして降りて来た。
「ん……っ、は、ぁ」
手のひらが肌をさする。筋肉の付いた体を、ひとつひとつ確認するようにして、動く。
舌をひどい強さで吸われた。痛みすら伴う。
「んっ」
しかし、じんとしたしびれのようなものが体に響いた。
手のひらからもたらされる感覚と相まって、思わず手のひらを軽く握った。
床は絨毯だ。つかめるものはなにもなかった。
急に頼りない気分になる。だが彼は逃してくれる気など更々存在していないようだった。
胸まではだけられ、おまけのように突いている乳首を強くつままれる。
「……たっ……い」
「平気平気」
勝手な事を言って、ぺろりとその場所を舐められる。飴と鞭だ。
こんどはしゃぶりだし、こちらが焦れた感覚を抱くまでそれは続けられた。
「……っ、も…っ」
「我慢出来ない?」
「ちがっ」
「バニーちゃん、素直じゃないからなー」
と言いながら、下もくつろげられた。
既に軽く勃っていることは自分でも知っている。それを見られる事に羞恥を覚える。
腕をクロスさせて、せめてもと自分の顔を隠すと、その腕をぐいと頭の上に押し上げられ、固定されてしまった。
「やめ……っ」
「やーだよ」
そして、腕は押し上げられたまま、じっと顔を見られ、唇にキスをひとつ落とされる。再び乳首に唇は動き、徐々にそれは下へ降りて行った。
「や、やめ、て……くださ…っ」
「だから、ヤダってば」
このまま行けば――と、思っている間に思っていた事が起きた。
「ぅあっ、ん」
勃起を口に含まれる。粘液がこすれる感覚に、ぞわぞわと背中が粟立った。
「悪趣味……です…っ」
「そう? 普通だと思うけど?」
ちら、と虎徹が視線を上げてくる。ばっちし目が合って、慌ててバーナビーは視線をそらした。あの目に見られてはダメになる、と直感的に感じたのだ。
欲情した色。それが自分に向けられている事。
それだけでもういってしまいそうな気がした。
「あー、照れ屋さん」
「もうっ、黙って出来ないんですか!」
「なんだ、やって欲しかったんだ。だから素直じゃないんだよなー、バニーちゃんは」
と、好きな事を言って、反論しようとした口をふさぐように勃起を再び口に含まれる。
育ちきってないそれを根本から先端まで舌で愛撫されながら、吸うようにして動かれてはたまらない。
「ああ……っんっ、は、あっ」
文句を言う口は、喘ぎに支配された。自分ではどうにも出来ないもどかしさを感じながらも、ぬるりとした感覚に身を任せる。
徐々に精液がせり上がってくる感覚がする。このままではいってしまう。
「も……っ、ダメ、です、からっ……ああっ」
先端をぐりぐりと舌先で抉られた。それが急速にバーナビーを追い詰める。
「おじ、さ…っ」
このままでは出してしまう。必死で手を伸ばし、彼の頭をどけようとした。でも、そう簡単に彼は動いてくれない。髪を引っ張っても、それは弱い力にしかならない。もどかしくて、でもいきたくて、自縄自縛にバーナビーは陥った。
「も……本当にっ」
「いけよ」
低い、掠れた声だった。ぞくりとする。そして強く根本から吸われ、吐精を促す。
その動きのままに、バーナビーは自分を解放した。
「は……っ、あ、……っ」
うっすら目を見開くと、快感で視界がぐらぐらした。その中で、こくりと何かを飲み込む虎徹の姿が見える。
「なに……」
思考が鈍磨している。何が、などと。ひとつしか答えはないのに。
それに気付いた瞬間、かぁっと頬が紅潮するのを感じた。
気付いた虎徹はにやりと笑ってみせ、まだ舌に残る白を見せつける。
「この、悪趣味っ!」
「だって出されちゃったし」
「だからって」
「そりゃあ飲むでしょ」
「そんな筈ないでしょう」
「そうかなあ」
彼は確信犯的に笑いながら、焦るバーナビーを見下ろしていた。完全に彼に優位に立たれている。この劣勢を立て直すには仕返しが必要だったが、快楽に染まった自分の体はまだ自由が効きそうになかった。と、言うか、まだこの感覚から抜け出したくなかったのかもしれない。
だから彼が足を持ち上げ、彼の肩に乗せた時も抵抗らしき抵抗はしなかった。
こんな格好、何もかもが見えてどうしようもないと言うのに、羞恥が顔の赤みを更に増させるだけで、口をぱくぱくさせて、何かを言う事すらもできない。
指先が、袋を辿りその先にまで到着する。
やっぱりか、と思わないでもなかった。性交を行う上で、自分だけが気持ちいい終わりなんてある筈がない。
未知の行為に恐れはあったが、相手が虎徹だと言う事に安堵を抱いていた。だがそれに気付き、急に慌てたりもする。信頼出来ない、いい加減なおじさんだと思ってたのに。何故自分はこんなに信頼仕切って彼に体を預けてしまっているのだろうか。
指先でぐるりをなぞられ、くすぐったい感覚がバーナビーを襲う。
「これじゃあ、無理だよなあ」
と、彼はぽつりと呟く。その格好のまま、彼は手を伸ばしベッドサイドに置いてある薄べったい缶を持ちだした。
「な、なに……」
「ワセリン。生傷耐えないからねー、ヒーローなんてやってると」
「なんのためにスーツ着てるんですか」
「いや、それはほら」
何が言いたいのかは分からなかった。
単に、今日渡されただけのものかもしれない。ああ、多分そうだろう。彼の体には浅い物から深い物まで多数の傷が付けられているのだ。包帯を巻かれた場所はともかく、むき出しの腕には赤い筋が一本すっと入っている。その治療のための薬品だろう――それを、一体、何故?
ワセリンを手に取り、虎徹は指でねちねちと捏ね始めた。やがて、柔らかく溶け始める。
「よし、いいな」
と、威勢良く言うと同時に、その二本の指はむき出しにされたバーナビーの後孔へ向けられた。
「あ……なに……っ」
「ちゃあんと、ほぐしてやるから」
「ほぐ……っ、う、あ」
指が、入ってくる。一本の、これは多分人差し指だ。
ぬるりとした感触をまとい、痛みはなかったがひどい違和感に苛まれた。そこは出す場所であって入れる場所ではない。
でも――と、思考の片隅がこれから行われるであろう行為について、考える。
入ってくるのだ、虎徹が。
その準備をされている。しかも、多分、これ以上もなく丁寧に。
「すげえ、締まる……気持ちよさそ……」
上がる声が、わずかに掠れている。ぞくんと体が震え、その場所を余計に締めてしまった。
「こらこらバニー、これじゃあ指も動かせない」
「でも、だって……」
「でももだっても禁止」
「勝手だ、あなたは…っ」
体内で指が動かされる。指先を曲げられ、奥を広げられる感覚が生々しく感じられる。
「ああっ、あ」
「そうそ、バニーは甘い声で鳴いてればいいんだよ」
違和感はぬぐい去られない。なのに、ぞくぞくとした感じが全身を粟立たさせる。
虎徹の声も甘い掠れたものになっていた。欲情を隠し切れていない声だった。それも自分を追い立てていく。
既に一度解放されたと言うのに、バーナビーのものは再び淡く勃ち始めていた。こんなに違和感が激しいというのに。
「それ…い、や、…で、す」
「イヤでも、痛い目すんのお前だぞ」
「それでも……っんっ」
狭い場所をかいくぐり、もう一本の指が追加された。違和感は増す。だが、ぞくぞくとした感覚も増した。
全身に震えが走るようだ。
ぐちゃ、ぐちゃ、と音が聴覚を犯し始めた。
「は…、あ、ああっ」
荒い虎徹の息が、自分の吐き出す息に混じった、紛れもない甘い声に被さる。
既に体内に虎徹を受け入れているかの錯覚を覚えた。いや、確かに指は受け入れている。だが、虎徹自身を埋め込まれたかの感じがする。
そう思えば、きゅうとまた同じ場所が締まる。
「狭いって」
「だって」
「だっては禁止だっつったろ」
「や…っ、だって、もう…」
こくん、と荒い呼吸が飲み込まれる音がした。
目を見開くと、薄い涙の膜の向こうにこれ以上もなく真剣な顔をした虎徹がいる。
「ふ……あ、ああ」
勝手に声が出た。何もされていないのに。
そして、体内で指が再び動かされた。探るように内側をなぞり始める。
気持ち悪いのに、気持ちがいい。倒錯した感覚に達するような気分になった。
「やっあああっ」
びくっと体が跳ねた。
「みっけ」
欲情まみれの声が聞こえたが、意味がつかめない。
そこを執拗に撫でられて、気が狂いそうになった。
強い、なんと言えばいいのか分からない鋭い感覚。ただ怖いと思った。
「あー、いっちゃったか」
自分が吐精した事にも気付かないほど、必死で声を上げていた。悲鳴のような声だった。
「もう、いいな」
ぐちゅ、と音がして指が抜かれる。その喪失感に安堵していい筈なのに、バーナビーはそれを惜しんだ。
「や、だ……っまだ」
「今から、だよ」
そして、虎徹が前をくつろげて固く勃起したものを見せつける。
荒い息を吐き、その息の中に甘い声が紛れた。挿入もされていないのに、さっきの鋭い感覚がよみがえる。あれは、間違いなく快感だった。
信じられない思いだった。
あんな場所で感じる事が出来るなど、嘘のようだった。
だが事実なのだ。
そこを、あの固い物で擦られる事を想像するだけでぞくぞくした。
「はや…く…っ」
「淫乱だったんだなあ、バニー」
「ちがっ」
「違わないだろ? な? 早く欲しいんだもんな」
「おじさん…っ!」
それは言われた事に対する抵抗の言葉だったのか、先をせがむ言葉だったのかはバーナビー自身も分からなかった。だが、ワセリンにまみれた場所に、確実に虎徹はそれを突き立てて来た。
ひどく狭い場所に、むりやり押し込まれる。
痛みはなかった訳ではない。でも、それでもそれを上回る感覚。
虎徹が内側にいると言う喜びのようなものに支配される。
「は…っ、せま……っ」
「あ、ああっ」
「痛いかも、だけど……ちょおっと、我慢してくれ、よ」
ぐ、と力が込められた。
痛みはさっきとは比べようもないほど、格段にひどくなった。
だけど、それを通り過ぎるとするりと内側に勢いよく彼の全てが入ってくる。
「は……は…っ」
「あ……ああ……」
彼の息と、自分の息が重なり合う。
痛い程の充足がそこにあった。
何故だろうと思う。彼をそういう意味で好きだったのだろうか。
だが思考はすぐに四散する。
今日、何故ここに来たかったのか。
何故、あんなに心配したのか。
何故、目の前が真っ赤に染まる程の怒りに燃えたのか。
全部彼が動く度に散って砕けていく。
意味など必要ないのだ。
「ああっ、あっあああっ」
感じた場所を彼が行き来する。もうどこが感じていたのかすらも分からないくらいに、内側全部が痺れるように感じた。
「ああっ、ああっ、あああああっ」
薄く目を見開き、ひどく悪い視界の中、眼鏡のフレームに切り取られた場所に虎徹がいる。
目が合うと、彼はにやりと悪い笑みを浮かべる。
無意識に手を伸ばしていた。その手を、虎徹はつかみ取る。
指と指とを絡め合うように繋ぐと、もう一方の手も掴まれ、同じように繋ぐ。
そして、床に縫い止められた。
「ああっ、も……っ、い…く……いき、ま…すっ」
「いいぜ、いけよ」
前傾姿勢になった彼の腹筋に、勃起がこすられるようになった。彼がいけと言った瞬間に白濁が飛んだ。
「あああっ、は、ああっ」
だが、行為はまだ終わらない。虎徹の動きは止まらない。
「や……いやだ、おじさ…っ、も…っ」
いった直後の鋭敏な、神経を生身で触られているような感覚が、怖くなった。
じたばたともがくように必死になって言葉でも訴えているのに、彼は動きをやめてくれない。
「いやだ…っ、こわ……こわい、や…っ、おじさん…っ!」
「大丈夫だって」
手を解き、髪を撫でられる。
汗にまみれた前髪が、額に張り付いてるのを掻き上げられ、そこにキスされた。
それにすら、感じてしまう。
「だいじょ、ぶ、じゃ……な…っ」
「もうちょい、だから…っ」
虎徹の動きが速くなった。突き上げるような動きに変わる。最奥までの長いストロークが、バーナビーにはやはり怖くもあった。だが、再びせり上がってくる熱。
「大丈夫、だって」
「ああっ、あ、あああっ」
どくん、と内側で弾けた感覚がした。
それと同時に、非常に短い合間しか置かず、バーナビーも吐精していた。
翌朝、だろう多分。
カーテンの隙間から陽光らしきものが覗いている。
それを眼鏡ナシのぼやけた視界で見ながら、バーナビーは呆然としていた。
傍らには虎徹が良く寝ている。うつぶせの姿勢で、包帯まみれの体のまま、多分全裸でだ。
自分も何も身につけてはいなかった。
「なんで、こんな事に……」
呟きながらも、充足している事に気付く。
求めていたからだ、自分が。
相棒未満だったものが、あっさりそのハードルを越え、それ以上になってしまった。
だけどそれに満足している自分がいた。ずっと求めていたぬくもりを感じている。
ひとりじゃない、と感じていた。
錯覚かもしれない。だけど長年蝕んできた病のような寂寞感が抜け落ちているのだ。
「まあ、これもパートナーと言いますし」
相棒も、パートナー。同性の恋人も、パートナー。同じ言葉だった。
それともまだそれを考えるのは早いのだろうか。
単に体だけの関係なのだろうか。
そう思えば、急速に怖くなってきた。
傍らの存在にぎゅうとしがみつくように、だきつく。そして目を伏せる。
まだ夢を見ていたい。この人が、自分の唯一になってくれるという、夢を。
その向こうに家族写真が飾られていたとしても。
「起きたのか……?」
抱きついたのが悪かったのだろうか。彼はもぞもぞと動いて、バーナビーを抱き返しながら、そう問うて来た。
「はい……今………」
「そっか」
と言いながら、彼はにこやかに笑う。ぼやけた視界でも分かる笑顔だった。
「おはよう、マイバニー」
「……洒落のつもりですか? 格好悪いですよ、おじさん」
終わり