深夜二時を過ぎて掛かった緊急招集に、困ったなと虎徹は思う。
いつも大体迎えが来るのだが、今日に限ってはバーナビーと顔を合わせたくなかったのだ。
帰り際、ひどい喧嘩をした。いつも通りにバーナビーに説教されている途中でついカチンと来たこっちが大人気なかったのだが、そこから職場中に響く大声での言い争いになってしまった。
まったくなんて失態だと思うのだが、今は合わせる顔がない。
自分は自分の持論を告げていたに過ぎないのだが、頭が冷めてみれば正論を言っていたのはやはりバーナビーの方だったのだ。
あー、格好悪い、と思いながら服を着替える。それでも彼は律儀に迎えに来るだろうからだ。
仕事は仕事と割り切れるのが、彼の偉いところだ。
だが、同時にそれはもろくもある。
ルナティックの現れた後、ウロボロスの件の後、復讐のためにヒーローを選んだ彼の心は多分一度、ぽきりと折れた。
それをどうやったのか知らないが、なんとか立ち直ったのだ。
またいつぽきりと行くかも知れたもんじゃない。彼の心は多分両親の殺された四歳の時のまま、氷付けになっているのだ。
だからあんなに辛辣で冷静でいられる。
虎徹に嫌われる事も厭わないし、社会には平等の顔をした無関心の笑顔を向ける。
それはなんて悲しい事だろうと思ったのだ。
つい、それを口にしてしまった。
それが彼を逆上させてしまったのだ。
大人気なかった。なさすぎた。
ネクタイを整え、髪の毛を整えている最中に、玄関ベルが鳴った。
バーナビーが到着したのだ。
彼はいつも通りの顔をしていた。
要するに無関心。
一言も発しないあたり、以前より関係は悪化した。喧嘩を引きずっているだけならいいのだけれども、そうとも限らない。見限ればきっと、誰よりも冷静に切り離せるのがきっとバーナビーの本質だろうからだ。
そう思えば、焦燥に駆られる。
自分はまだ切り捨てられたくなかったからだ。むしろ、関心を抱いて欲しい。
相棒とは言え距離のありすぎるふたりの間を縮めたかったのだ。
「おい、バニー」
返事はない。
「さっきのはすまなかった。俺が悪かった」
やはり返事はない。まっすぐ前を向き、義務的に自分を乗せただけだ。
「触れちゃいけない場所ってのは誰にでもある。そこに踏み込んだ俺が悪かった。でもな……バニー」
聞いているのも分からないけれども、言っておかなければいけないことがある。
「それでも俺は、踏み込みたかったよ。お前の中に。相棒って枠じゃない。人間としてお前の内側に入りたいと思った」
「………っ」
初めて反応らしきものがあった。だがそれは些細なもので、すぐに押し込められてしまう。
惜しい、と思ったが虎徹は諦めなかった。
「お前が孤独なのは自分で選択した結果かもしれないけどな、それを周りで見てる人間に取っては、結構辛いよ」
「大きなお世話です」
明確な反応があった。
やはり聞いていたのだ。少しばかりほっとして頬が緩みそうになるのを引き締めた。
真面目な話をしているのだ、冗談と取られる分けにはいけない。
「世話も焼きたくなるよ、こっちは大人なんだ」
「僕ももう大人です」
「いいや、違うね。お前は四歳の時で時間が止まってる。心のな」
「………っ」
顔を見れば、唇を噛んでいた。
「おいおい、そんな事したら傷になるぞ」
「何も知らないくせに」
「ああ、知らないさ。お前が何も話さないからな」
「反則です」
「反則だって使うさ。どんな手だって使う。なりふりなんか構ってられない」
「何故? ただの相棒でしょう?! 仕事で上手くやれば問題ないじゃないですか」
「おじさんはその辺り不器用でね。ちゃんと相手の気持ち分かってないと、やりにくいの。お仕事も。相棒なんだったら尚更ちゃんと知った上でお付き合いしたい。OK?」
「なにが……」
会話の途中で会社に着いてしまった。
残念だった。もう少しで何かを引き出せそうだったのに。
地下駐車場へ止めてくると言うバーナビーは自分を地上に残して、ひとりで行ってしまった。
その後ろ姿を見て、切ない気分になる。
「おじさんはそんな姿、見たい訳じゃないんだけどなあ……」
何故かひどく傷つけてしまったままになった気がするのだ。
だがもう会社に着いてしまった。第三者がいつでも傍にいるだろう、会話の続きが出来る事は、もうない。
それに深夜だからこそあそこまで自分も言えたのかもしれなかった。
本音だった。だからこそ、なかなか言えなかった事だ。
「大人ってのは面倒臭いもんだね」
と、帽子を取って指先でくるくる回しながら、オフィスへと向かった。