肩の力抜けよ、と言われてもそんなに簡単にいく筈がない。
もう二十年追いかけ続けて、そしてヒーローにまでなったのだ。上手く行く筈なんてない――なんて思っていたのに、気が軽くなるのが不思議だった。
この目の前のおじさんは魔法使いかなにかだろうか、などと思ってしまい、笑えてしまう。
「おい、こっちこいよ」
よ、指先だけでちょいちょいと呼ばれる。
彼はもうかなり飲んでいるようだが、まだ飲まれてる気配はない。
酒には強いのだろう。嗜む程度の自分とは大違いだ。
彼が妻帯者で子供がいることは知っていた。だが、病で五年前に亡くなっていたのは初めて聞いた事実だ。彼は自分から話そうとしなかったから。
彼だって重いものを背負っている筈なのに、どうしてああでいられるのだろう。
「ねえ、おじさん。奥さんを失った時の事は覚えていますか?」
「当たり前だろう」
そこで、グラスの中身をくっと一気に飲み干した。
そして新しく注ぐ。
「――あんな思いは、二度としたくないものだな」
とだけ、小さく呟いた。彼の中にまだ妻の姿はあるのだと知って、悄然とした。
それも当たり前だと思う。たった五年前の事なのだ。二十年も前の事を引きずっている自分とは違う。まだ生々しい感覚として残っているだろう。
だが、彼は自分の傍に寄って来たかと思うと、肩を抱いて来た。
「お前は飲まないのか?」
「僕は弱いですから。おじさんのペースに合わせると、潰れちゃいますよ」
「そう。是非みたいけどね、バニーの潰れてる姿」
ぞくり、とする。
低めた声に含ませたものに気付いたからだ。
「――後悔しますよ」
「後悔なんざとっくにしてる。一度目、お前を抱いた時点からな」
「なっ」
「もっと優しくしてやれば良かった。ああすれば良かった。こうすれば良かった――ってな」
にかっと笑う顔が憎らしい。心配したのが損だった。
一度だけ、彼とは寝た。あのときも酒の勢いだった。
虎徹の部屋に行き、次々と出されるビールに手を出しているうちに自分はすっかり潰れてしまったのだ。そして、気がつけば必死で抱き合っていた。
思い出せば赤面してしまう。だけど、それからこの人が特別になってしまったのは確かだ。
長い間蝕んでいた孤独と言う病の一部が、ほんの少しだけど消えてしまったからだ。
その代わりに、虎徹というものがそこに居座ってしまった。
「後悔させてあげますよ、また」
そして、口付ける。
自分はまだ酔っていない。
なのに、彼を離したくない気持ちがそうさせていた。
口付けはそれ相応の歓迎を受けた。
舌を舐めあい、酒の味を感じ、そして口腔の酒を掬い取るように自分の口へと導き、飲み込む。
「おいおい、飲みたいんだったら自分のグラス出してこいよ」
「僕にはこれで十分ですよ」
そして、彼のグラスを奪うと自分の口に含んだ。
虎徹は薄く笑って、唇を引き寄せる。そして、酒が残る口内へと唇を差し入れて来た。
「……あっ、ああ。む、り、しないでくださ、い」
「どうしてだ?」
裸にされた肌を、好きに舐められる。時折酒を掛けられて、揮発性の高いそれにびくびくと体が震えた。ここはただの床だ。靴で歩くような場所だ。なのに、横になってなにをしようとしているのだろう。
相手はそもそも怪我人だと言うのに。
でも、誘ったのは自分だった。
「怪我……あっ」
乳首を舐め回される。アルコールの少し冷えた感触と相まって、どうしようもなく感じた。
「大丈夫だよ、この程度。お前は心配しすぎた」
と、下肢をむき出しにされる。粘液に直截アルコールを掛けられて、びくびくとバーナビーは震えた。一気に酒の回ったような酩酊が訪れる。
それを舐め取るように口撫され、バーナビーは一度達してしまった。
「我慢出来ない子でちゅねー」
「こっ、こども扱い、しないで、ください!」
「だって実際そうじゃん。今日の赤ちゃんみたいだぜ、お前。鳴きまくってさ」
薄く笑う彼の顔はそれでも暖かさを兼ね備えていて、心臓に悪い。きゅうとその場所を掴まれたかのように、彼の事だけで頭の中がいっぱいになる。
大好きだ、なんてとても言えない。でも、心の中で思うくらいは自由だろうと何度も繰り返す。
「ほら、今日はほぐすものもあって、便利でいいな」
「なっ、ダメですよ。直腸のアルコール吸収率って……」
「ぐだぐだ煩ぇなあ、知ってるよ、そんなに使わない。お前がでろんでろんに酔うくらいにしといてやるからさ」
「そんなの分かるんですか」
「さあ? やってみてから確かめる」
「殺す気ですか」
直腸のアルコール吸収率は口で飲む以上に迅速に吸収されてしまう。下手をすれば急性アルコール中毒であの世逝きだ。
それでもいいかな、と思わせられるのが危険なところだ。
この人になら、何をされても構わない。なにがあっても構わない。そんな事を考えるくらいに自分はもう夢中になってしまっている。
ぴちゃり、と液体の音。
それを指にまとわせ、後孔へ挿し入れられる。
「ん……っ、く」
くらり、と視界がゆらいだ。
「痛いか?」
「だい、じょうぶ、です」
「そうか」
柔らかな声で答えられ、そしてその指を好きに動き回らせる。
少量だが急速に回ったアルコールで、頭が上手く回らなくなった。これ以上足されたら泥酔だなと思ったが、虎徹にはそれが分かっていないようだった。二本目の指を挿し入れる時にもアルコールを足される。
「だ、だめ……ですっ」
「大丈夫大丈夫。ほら、まだバニーちゃん正気だし」
「でもっ」
「泥酔してるお前が見たいんだよ」
「この……反則おじさんが」
「口悪ぃぞ、お前」
くちゅ、と音を立ててその間にも指が挿し込まれていた。
くわんと視界がまた揺らぐ。
酔いのせいだろうか、筋肉が弛緩して痛みも違和感も感じなかった。ただ、虎徹の指先が時折わざとだろう、ひどく感じるところに触れるので、体がそのたびひくひくと跳ねる。
「あ……っ、ああっ、あ、」
「いいか?」
「いい、です」
「そっか」
にかっと笑われ、毒気が抜かれる。しているのはこんな行為だと言うのに、まるで子供のような表情をするのだから、困る。
指二本をまるでピストン運動するかのように動かされ、バーナビーもどんどん追い詰められて行った。
「ああっ、あ、あああっ」
「声、気を付けろよ。一応ドラゴンキッドとお子様が別の部屋で寝てるんだから」
「わかっ、ます……なら、おじさんが…っ」
「無理だろう、そんなの」
「ひどい……あっ」
広げた二本の指が、ピストン運動する。そのまま達しそうになる寸前に、動きを止められた。
ぱしゃぱしゃと液体の音がする。
「うわ、マジでこれクるわ」
とか、馬鹿な事を言っているのは虎徹だ。自分の勃起した性器にアルコールを振りかけている。性器とて先端は粘膜だ。経口摂取よりアルコールの吸収率は良い。
「やべ……手加減、出来なさそう……」
そして、抜き出した二本の指の代わりに、ひやりとしたアルコール気化熱と一緒に熱い塊が押しつけられる。
「………はぁ、あ」
ぞくぞくとした。この人はいま、自分しか見ていない。自分しか感じていない。
それが交接の為だとしても、それでも良かった。
「いくぞ」
「ん………あ、あああ、あ……ンッ」
ずるずると飲み込まれてゆく。それが新たにアルコールを足して、世界はぐるぐると回り始めた。
広げられた足の事など忘れてしまう。ひどく恥ずかしい格好をしていることや、近くの部屋に同僚とも呼べる少女が寝泊まりしている事さえも脳裏からかき消されていった。
「ああっ、あっ」
「すげ、いい……っ」
「はぁ……あ」
根本まで入れられ、その繋がった部分に新たにアルコールを掛けられた。
「おじさ、も、む、り」
「でも、すげえいい」
「ん……」
そして彼は動き始める。
スムーズな動きに我を忘れた。
奔放に声は漏れだし、快楽を一つ残さず拾い取る。
手を伸ばして、触れた場所が素肌でない事で、ようやく虎徹が怪我をしていたことを思い出すくらいだ。
「ああっ、ああっ、あ、あ、ンッ、く、ふ……っ」
突かれるままに声が出て、必死で彼にしがみつく。それが怪我に良くないことだと分かっているのに、自分を止める事が出来ない。抱きしめて離したくなくなる。
「ああ、おじさんっ、も………いきた……っ」
「いいぜ、いけよ」
「ああ、う、ん……っん――ッ」
ぐう、と彼にしがみついた。間の腹に、白濁が飛び散る。
それでも虎徹の動きは止まらなかった。彼はまだいってない。
「ちょっと、いそぐぞ」
「ぇ?」
彼が言った途端、動きが速くなった。とん、とん、と最奥までを突かれるペースが速くなる。
「や、ああっ、あん、ああ、あっ」
「も、すぐ……いく、から」
「ああっ、あ、あああっ」
生身の精神を擦られる感触。それが手酷い快楽を生む。一度吐精した場所が屹立するのはすぐの事だった。
自分のからだは既に虎徹から離れ、床にだらしなく転がっている。
頼りなさが怖くて、手をぎゅうと握りしめた。それだけじゃ足りない。
彼の手は自分の腰を握っている。その上に、自分の手もかぶせる。
「いきたいか?」
こくこくと頷く。理性など欠片も残ってなかった。
「じゃあ、いこうぜ」
と、彼は弱い場所ばかりを突き始める。
「や、ああっ、ああああっ」
虎徹の手を握りしめる。その温度で気を紛らわせる。強すぎる快感は、時に恐怖さえ呼ぶ。
突き上げる動きが激しくなり、そしてやがて、最奥まで到達したかと思うと、そこに熱い温度が吐き出された。
反射のようにして、バーナビーももう一度吐き出す。
くたり、と手の力が抜けて床に落ちた。
部屋は惨憺たる有様だろう。
分かってはいたけど、今すぐには起き上がれそうになかった。
ふらふらになりながら、虎徹がこぼした酒を拭き取る。倒れたボトルはこの際もうどうでも良かった。自分も着衣し、自分が乱してしまった虎徹の包帯を巻き直す。
「――まだ、ひどいですね」
「そうか? 体力だけは自信あるんだが」
「だからって、無茶ばかりしないでください」
巻き終えたそこに、額を寄せる。そして、口付けをひとつだけ落とした。
「僕は、シャワーに入って来ます」
「ああ。俺は飲んでる」
「まだ飲む気ですか?」
「悪いか?」
「――別に、構いませんが」
「じゃあ、早く行っといで。待っててやるから」
そう送られれば、手早く始末をしてしまわなければならない気になる。
吐き出されたものを掻きだし、頭からシャワーを浴びた。
だが、髪を綺麗に整える余裕などありはしない。
いつも通りの服装に戻って帰ってみれば、虎徹は既に床に転がって寝ていた。
「もう、仕方ないですね」
向かい合う、離れた場所でバーナビーは虎徹の残した酒を飲む。
自分も酷く酔っている。
もう、眠かった。