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Twisted words ひねくれた物言い


 寝物語に聞かせていた話がある。
 あの日の事、その後の事、毎日をどう過ごしていたかの事。
 それらを、全て彼は頭を撫でたり、肌に触れたり、必ずどこかの接触を持って聞いてくれていた。らしくなく余計な口を挟むでもなく、ただひたすら。
 吐き出してしまえて、心が軽くなった部分も合ったかも知れなかった。
 あの、赤ん坊を預かった日。
 あの日にバーナビーは虎徹と寝た。
 正直には、乗っかられた。
 調べていた調査結果を見せたのは気紛れにすぎなかったのに、彼――虎徹は、その後自分を抱きしめて、そしてキスして来たのだ。
 その後はなし崩しになった。
 弱っていたのかもしれない、それとも、彼には既にその時点で落ちていたのかもしれなかった。
 今ではもう認めざるを得ない。彼に心はすっかり持って行かれてしまっている。
 だから、事件の事だって全て話しているし、今の気持ちまで言ってしまう。
 こんなパーソナルスペースにまで踏み行ってくる人もいなかったし、踏み入らせた事もなかったから、何もかもが新鮮だったが、それによって心が少しずつ和らいで行くのも知った。
 多分、今の自分はこの人がいないとダメになる。



 その日も、彼に甘やかされていた。
 ゆっくりと指の一本一本までを舐められ、ぞくぞくとした感覚に耐える。
 漏れ出しそうになる声はまだ早すぎて、無駄にこの人を喜ばすのが嫌で奥歯を噛んで耐えていた。自分はまったく天の邪鬼に出来ている。もう好きで、好き過ぎてどうしようもないのに、そんな事をしてしまうのだから。
 虎徹は自分を鳴かせるのがひどく好きだ。だから素直に甘い声を上げてしまえばいいのに、それをぐっと我慢する。
「バニー、あんま奥歯噛んでるとする切れるぞ」
「う、るっさいです…っ」
 指の付け根までを差し出された舌で舐められて、思わず言葉がとぎれた。
 声に甘い響きが紛れてしまうのは仕方ない。
 もうお互いに服を脱ぎ、一度達してしまった後なのだ。今更我慢とか、聞いて呆れてしまう。
 さんざんに嬌声を上げてしまった後だった。
「もう……しつこい、ですよっ」
 彼のものはまだ内に入ったままだった。それが萎えずにあるのだから、自分の内側がひくりひくりと彼を求めていることにも気付いているだろう。
 視角からの卑猥な眺めと、その状況に再び息が上がり始める。
 まるで性器のように丁寧に舐める仕草が至近で行われては、たまらない。
「もう耐えきれない、って感じだな」
 にやり、と彼は笑う。
 性的なニュアンスを含ませたそれに、じわじわと上がり始めていた熱が一気に上がった。
「……っく」
 内側が感じ始める。動きもしていないのに、そこに虎徹のものがあるというだけで、感じてしまってたまらない。
「…んぁっ」
 それを、ずるりと動かされた。
「こっちも我慢、限界かなあ」
「あ…っ、ああっ」
 耐えていたのも、肝心の場所を抉られなかったから出来た事。
 こうやって甘い声を耳元で囁かれ、ずるりずるりと引き抜かれて行くと、耐えられない気持ち良さが体を襲う。我慢なんて出来る筈がなかった。
「そうやって、鳴いてて欲しいしな」
 笑いの気配。息が耳をくすぐる。
「や、め……っ」
「いやーだよっと」
 そして、一気にギリギリの場所まで引き抜かれた。
「や……ああっ」
 ひくんっと体が跳ねた。段差が感じる場所を通り過ぎ、勃ちあがったものが固さを増すのが分かる。
「いい反応」
 虎徹の声が弾んだ。それと同時に、抜き挿しする動きが始まる。
「やっああっ、あっ、あっ」
 もう我慢なんて欠片も頭の隅にもなかった。
 虎徹の熱を感じ、時折落ちる汗の感覚が肌に落ちて来るのにすら感じてしまう。
 汗にまみれた髪を掻き上げられる。
「や……、さわら、ないで」
「どーしてだ?」
「わかって、くせに…っ」
 全身が性感帯になってしまった気がする。
 どこを触られてもびくびくと体が跳ねる。
 突き上げる動きが、少し緩やかになった。焦らす気なのだろうか。そうすると長くこの快楽を味わえるという喜びと同時に、いつまでも苛み続けられるのだという恐怖とが同時に襲ってくる。
「ああ……もっ、おじさ、ん」
 自分の後孔が卑しくも動きを求め、ひくひく動いている事が分かる。
「そんなに締めるなよ、バニー」
「そんな、耳元ばっかで、喋らない、で、くださ…っ」
「だって可愛いんだもん、しょうがねえだろ?」
 と言って、耳朶をぺろりと舐められた。
「ああっ」
 唾液の音が至近で聞こえる。
 そのまま舌が耳朶をなぞり、耳の中へ入ってくる。音が聞こえなくなる。いや、唾液の音だけになる。
「や…っあ、ああっ、あっ」
 自分から、耐えきれなくなって腰を動かした。
 もどかしい動きしか出来ないけれども、ちまちまと与えられる快楽で気が狂いそうになる。
 思わず、シーツを握っていた腕を虎徹の背中に回した。そして、爪を立てる。
「……って、バニー」
「だっ、て…っ、ズルい……」
「何が?」
「おじさん、ばっか、余裕で…」
「しょうがないだろ、俺のが年上だもん」
「そんなの関係無い、です!」
 自分ばかりが夢中にさせられているような気がしてしまい、悔しくなる。
 背中を抱きしめたお陰で、随分自分で動くのがスムーズになった。
 このままいかせてやるとばかりに、大きく動くと彼はされるがままになっていた。
「すげ……やらし、きもちいいけど」
 耳朶を相変わらずねぶりながら、欲情にまみれた声で虎徹が言う。息が上がり始めていた。
「んっ……はっ、あ、……っおじ、さっ」
 とん、と背中を殴った。
 これ以上焦らされてはたまらない。
 その瞬間に彼のスイッチは入ったようだった。
 急に突き上げる動きが大きく、激しくなる。
「あああっ、あっ、ああッ!」
 後は彼の背中にしがみつくので精一杯だった。
 もうどこが感じてるか分からない程にむちゃくちゃにされる。
 声も出ているのか出ていないのか分からない。ただ、熱さと快楽のど真ん中に突き落とされて、そのまま意識を手放したくなる衝動を堪えた瞬間に吐精した。
「まだ早いぜ、バニー」
「やっ、ああっ」
 いったばかりの感覚は鋭すぎる。その生身の神経を抉られるかのような感覚がずっと続く。
 結局、そのままバーナビーは意識を投げ出してしまった。
 意識が途絶える直前に、内側へ熱を感じたような気がしないでもなかった。



「無茶、しすぎです……歳のくせに」
「おじさん、体力だけはあるからね」
 自分の上に乗っかったままの虎徹はまた悪い人のような笑みを浮かべる。この正義の塊のような人がそんな笑みを浮かべるのを知ったのはこんな関係を持つようになってからだ。魅力的なそれに、自分はすっかり参っている。
 情けない、と思う。
 コントロール出来ない感情に振り回されている。
 彼が好きで好きでたまらない。
「重いです」
「そうだろうねー」
 などと、彼はにやにや笑ったままだ。幸いにも、もう肝心の場所は抜かれている。
 これ以上は今晩、ないようだった。それにほっとする気持ちもあれば、残念な気がする。どれだけ貪欲なのかと自分に呆れてしまう瞬間だ。
 よっと声を掛け、彼は自分の体を浮かせた。
 途端に重さがなくなる。
 そのまま彼は自分の横に横たわり、自分を抱きしめてきた。
 一瞬のそれが寂しかったなんて、嘘だ。
 どこまで振り回されるつもりなんだと自分に突っ込みを入れたくなる。
「あー……今日もすげえ良かった」
「なんですか、それ。おじさん臭すぎます、やめてください」
「だってバニーが良すぎるんだもん、しょうがねえじゃん」
「………っ」
「あ、照れた?」
「違います!」
 くるっと彼に背中を向けた。途端にうなじに口付けを落とされる。
「ちょ……まっ、て」
「なに? まだ足りない?」
「足りてます!」
「なんだ、足りなかったのかー、それは悪ぃ事したな」
 と、抱きしめたままだった手が不埒な動きを始める。それを慌てて押しとどめて、息を吐いた。
「もう、いつまでも引きずり過ぎです!」
「なんだよ。いつまでも引っ張っててーよ、俺は」
「…っんっ」
 またうなじに吸い付かれる。強く吸われたそこは、ちりと痛みが走り、そのまま跡になってしまっただろう。
「でも、バニーちゃんがそこまで嫌がるなら、これでオシマイ」
「………」
 この人は、本当に、ずるい。
 ずかずかと土足で踏み行って来たかと思うと自分の中を荒らすだけ荒らして、全てをひっくり返した挙げ句に作り替えてしまった。
 くるり、と再び姿勢を変える。真正面から彼の顔を見る。
「なんだ、可愛くない顔しちゃって」
 こつん、と額を合わされる。そりゃあそうだろう。今の自分は仏頂面だ。
「おじさん」
「なんだ?」
「――……いえ」
 固い声で呼んでも、ちっとも堪えた風な声では返事しない。
 この姿勢ではしょうがないだろうか。でも、もう悔しくてたまらない。
「重くなりましたよね、中年太りですか?」
「なっ」
「ちょっと僕、体が痛いです」
「俺が? 中年太り???」
 慌てて自分の体を彼は確認していた。
 もちろん嘘だ。彼は職業柄のせいか無駄な贅肉など一片もついていない。綺麗な、綺麗な体だった。
 ただ、自分より随分年上なのを気にしているから、言ってやっただけだ。
 彼が香水を付け始めたのも知っている。若い自分に合わせてくれているのだろうと思えば、思わず頬が緩みそうになる。
「そんな太ってないよな? な?」
「さあ。でも重かったです」
「バニーがひ弱になったんじゃないのか?」
「一緒にトレーニングしてるでしょう。ひ弱になる機会がどこにあるって言うんですか。ちょっとはビール控えたらどうですか、おじさん」
 今も床に転がっているビールの缶。
 彼はこよなくそれを愛しているようだった。
「………そっかなあ、そうか、我慢するかなあ…」
 などと、本気で言い始めた。声音がもう変わってしまっている。
 それが楽しくて嬉しくて、どうしようもないなんて事を、言ってやるつもりはバニーにはなかった。
 たまには自分の言動でうろうろすればいい。
 いつも自分ばかり翻弄されていて、悔しいばかりではないか。
「そうしてください」
 冷ややかに言って、最後に唇を軽く合わせた。
 たとえ中年太りしたところで、嫌いにはなれないなあ、なんて思いながら。
2011.6.5.
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