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I'll wooed 口説いてやる


 まだ湿っている髪を掻き上げながら、吐息をつく。
――目に悪い。
 さっきまでの情事を思い返してしまう。今日はもうおしまい、と区切ったのだからこちらも意識を切り替えなければならないのに、虎徹はバーナビーを見て、再び劣情が刺激されるのを感じる。
 さっきまでさんざん交わったところだ。
 彼の声は軽く掠れていて、あまりにも鳴かせすぎたせいだとわかっている。
 だが、日ごろ憎たらしい言葉しか出てこない口が、素直に求めて来たり、こちらの動きひとつで甘い声を上げるものだから、ついつい執拗に、そして意地悪になってしまったのも確かだ。
 何度抱いても飽きないなあ……などと虎徹は思う。
 毎晩のように抱いている。しかもそのたびの回数が多い。お互い体力だけはあるので、付き合えてしまうのもまた問題なのだろう。
 もう今日だって時刻は朝までを数えた方が早かった。
 寝不足のヒーローもあったもんじゃなかったけど、以前より充実しているのは確かだった。
 相棒がどんな憎まれ口を叩こうと、本音をもう知っている。それは可愛い睦言にも近い。
「なににやけてるんですか? 早くおじさんもシャワー入ってください。シーツ、替えますから」
「あ、おう。ありがとうな」
「そう思うならやっといてくださいよ…」
 ぶつぶつと文句をいいながら、散々な態になっているシーツを剥がしはじめる。腰には来ているだろう、動きは少しぎこちない。
「待てよ、俺がやるから。シャワーなんてすぐだから、バニーはソファーで座ってろ」
「早く寝たいんですよ」
「俺もそうだよ。だからシーツ替えてやる」
「………」
 無言で見つめられる。そこで、言葉に秘められていた意味を知った。
 ああ、そうか。自分と一緒じゃないと寝たくなかったのか、と。
 思わず頬が緩む。かわいすぎて、どうしていいのか分からなくなりそうだ。
 取りあえず至近にあった唇に軽くキスをして、「ほら、行ってきな」とソファへ追いやった。シャワーはバーナビーと違って体表を軽く流すだけでも大丈夫だった。そう時間は掛からないだろう。
 慣れた手つきでシーツを替えて、
「先に横になってろよ」
 と、彼に告げる。
「すぐ戻ってくるからな」
 とにっかり笑って言えば、「先に寝てますから」とすげない言葉が返って来た。
 だがそれが本当ではないことは知っている。
 少しだけ尖らせた唇が、早くしてこいと促しているのが分かっている。
 ああ、なんてかわいいんだろうなあと年下の恋人をみながら、虎徹は再び頬を緩ませきった。



 虎徹は近頃、この年下の恋人に夢中だった。憎まれ口ばかり叩く生意気な新人だったのに、いつからか態度が軟化してきたのだ。そして、いつの日かに、突然キスをされた。
 正直なところ、驚いた。
 彼にそういう気があるとは思っていなかったからだ。
 元々そっちの人間なのか? と尋ねた事はあったけれど、尋ねなくとも初めて体を合わせた時に彼は完全に処女だと知れた。もちろん、尋ねた時は否定された。
 なんと言われたのかは、内緒だけれども、彼があまりに必死になっている様子を見て、ほだされたのは確かだった。非常に分かりにくい遠回りな口説き方ではあったけれども、場慣れしてない、すれた感のない雰囲気で既にやられてたのかもしれない。
 だから家にも招いたし、彼の家にも訪れた。
 そして酒の勢いを借りて、事に及んだのがおよそ二ヶ月前。それからほぼ毎日がどちらかがどちらかの家に泊まっている。いっそ同居でもした方が早いんじゃねぇの? と思わないでもなかったが、バーナビーの家賃をまさか自分が折半してでも払えるとは思えなかったし、自分の家では狭すぎた。
 だから、今の調子でいるのが一番いいのだろう。
「おじさん、早く!」
 朝になって、準備を整えたバーナビーが先に準備を終え、悠長にコーヒーを飲んでいた自分を促す。ああ、早くしないと遅刻の時間だ。
「ああ、すまんすまん」
 コップの中身を全て飲み干し、立ち上がる。
 そして部屋を出る前に、口付けを交わした。
 昨晩の事を思い出してうっかり深いキスに及びたくなったが、時間がない。
 勿体ないことをしてしまったと思いながら、コート掛けに引っかけてある帽子を取ると、先に玄関を出た彼に追いついた。
 彼の車で通勤するのが既に日常になっている。
 その状況が幸せだと感じているのを、果たして運転に神経を凝らしている彼は知っているだろうか?
 先に好きになったのは確かにバーナビーの方だろう。だが、今じゃあずるいと思ってしまう。
 いつでも彼は自分ばかりが好きだと勘違いしているが、何度訂正しても納得などしやしない。
 こんなに夢中なのに、分かってもらえないのが悔しくも感じてしまうのだが、ちょっとした優越感をくすぐられるのも少しだけ、ある。でもどろどろに甘えさせたい自分としては、そういった彼の「巻き込んでしまった」と思いこんでいる姿がちょっとばかり悔しいのだ。
 甘いキスをしても、どれだけ執拗に体を抱いても、彼が自分のものになった気はするのに、自分が彼のものになった気がしない。
「むー」
 サイドシートでうなれば、ちらりとバーナビーの視線がこちらを意識したのが分かった。
「お前さ、俺があんまお前の事好きじゃないとか勘違いしてるだろ」
「え?」
 途端慌てたようで、ハンドルがぶれる。
「うおっと、安全運転!」
「分かってますよ! おじさんが妙な事を言い出すから!」
 既に安定した走行に戻ってから、怒ったようにバーナビーが言い出す。
「それ、勘違いだからな」
「……どうでしょうね」
 また信じてくれない。いい加減、こちらも拗ねそうだ。
「だれが好きでもないヤツの尻舐めるっつうんだよ」
「ちょっ、おじさん! そんな言い方……っ」
「やりたいだけならどんだけでも方法あるっつの。それ以前にもっとお手軽で遊べる女の子なんかいるだろ。それでもお前を選んで抱いてるのはなんでか、一回胸に手ぇ当てて考えてみろ」
「……手頃、じゃ、ないですか?」
「バカか。手間なんか掛かってしょうがねぇよ。特にお前、いき過ぎたら泣くからな、手加減しねぇとなんねぇし」
「な……、泣いてないんかいませんよ!」
「いーや、泣いてる。いっつも」
「いつもって事は、結局手加減してないって事じゃないですか」
「いや、俺も我慢したいんだけど、どうしてもな……だってバニーちゃん魅力的だし?」
「魅力的なんかじゃありません」
「お前ね、どうしてそんなに自分を下に見るの? いつもは不遜なくらい偉そうなのに」
 そう。この件に関してだけ、彼のプライドは異様に低くなる。
「そうやっていつまでも認めてくれないと、おじさん拗ねるよ」
「……いい大人が、拗ねないでください」
 呆れたように告げられた。
「でもよ、だってバニーちゃんがいつまでも信じないから悪いんだぜ? 俺がこんなにお前の事好きだ、って繰り返してるのに」
「それは僕が好きだから、勘違いしてるだけですって何度言えば分かってくれるんですか」
「勘違いだけで毎晩抱けるかよ」
「男は快楽に弱い生き物なんです」
「快楽だけに走るならもっと手頃なおねえちゃん相手にするよ!」
「な……っ」
「挿れるにも一苦労なお前をそんな理由で抱くかよ、いい加減、認めろ」
 ぶすっとした声で告げれば、バーナビーは少しばかり視線を下に向けた。
「………でも、そんな筈がないじゃないですか。あなたが僕を好きになる要素なんてどこにも」
「ある。ありすぎて困る。まずその生意気な物言いな。そんでもって顔も好みだし眼鏡も似合ってるよなー、しかもアレの時にあんあん鳴くのもたまんねぇ」
「ちょっ、やめてください! 運転、出来なくなります……っ」
「いいや、やめねぇ」
 きっぱり言ってやる。この通勤時間中に思い知らせてやる。
「ピンクに染まって行くからだも好きだし、挿れた時にびくびくするのも好きだ。お前の中は狭いのにすげー気持ち良くて、絞り込むのもうねるの………」
「ああああああああああ! やめてください!!!!!」
 大声で遮断された。
 横を向けば、顔を真っ赤にしたバーナビーがいる。
「なに朝から言ってるんですか、やめてください!!!」
「だって、お前の好きなとこ羅列してるんだもん。外せねぇな」
「体だけですか!」
「いや?」
 そしてにやりと笑う。彼の視界に入っているかどうかは分からないけど。
「セックスの時だけ、お前やたらと従順なんだよなー。「はい」「はい」って答えられるの、すげえそそる」
「………っ!」
「突いたらすげえ甘い声で鳴くし」
 キキーッ、と、急ブレーキが掛けられた。
 そして道端へ徐行する。
「降りてください」
「え?」
「朝からセクハラされてはたまりません。降りてください」
「ええっ、そんな殺生な事言うなよ。今からメトロに乗り換えたら間違いなく俺、遅刻じゃん!」
「自業自得です」
 顔真っ赤にしながら、すごみすら効かせてバーナビーは虎徹をにらみつけてくる。
「え、そんなに恥ずかしかった?」
「当たり前でしょう!」
「――わ、わかった。もう言わない。言わないからね。だから送って」
「イヤです。同じ空間にいたくない」
「ひでぇ! そこまで言うか」
「だって………思い出す、じゃないですか!」
「へ?」
「昨日の事とかそんなの……言われたら」
 顔をますます真っ赤にしながら、か細い声でバーナビーは言う。
 視線はまっすぐ下だ。こちらなどちらりも見ない。
「なんだ、昨日のえっちなバニーちゃんの事思い出してたの?」
 そりゃあ、昨日はすごかった。いや毎回すごいが、昨日は途中で上に乗っかってくるくらい、すごかった。ピンクの体がますます濃い色に染まりながら、自分の欲望を求める姿が素直すぎて、危うくこちらが暴発するところだったのだ。
「ちちちがいます! 思い出したんじゃなくて! ああ、もう。あなたには羞恥心ってものがないんですか? 今から仕事なんですよ?」
「ああ、うん。知ってるよ。でもせっかくの時間だからバニーちゃん口説いておこうと思って」
「逆効果ですね、残念ですが」
「そうか?」
 首筋まで真っ赤になっている彼を見ると、そうとも思えない。
 くつくつと笑い、虎徹はバーナビーを引き寄せる。
 そして耳元で、
「好きだよ、バニーちゃん」
 と、告げて、そのままそこへキスをした。
 途端フリーズした彼は、そこからようやく動きを取り戻したものの、手がうろうろとさまよってハンドルを上手く掴めないでいる。
 そんな様子が微笑ましい。
 あー、こんな可愛い生き物、どうして放っておいたんだろうと自分で自分がもったいなくなった。
「ほら、運転変わるよ。こっち来い」
「な、ななななんんで」
 ひざをぽんぽん、と叩くと動揺そのままの声が返って来て、吹き出してしまう。
「だってこっち来ねぇと交代出来ないだろ」
「おじさんの膝に移動しても、運転は出来ないと思います」
「まあいいからいいから。ちょっとおいで」
「………」
 大いに逡巡してから、彼は結局自分の言葉の通りにした。
 膝の上に乗らせて、ぎゅっと抱きしめる。
「おじさん! 時間ないんですよ!」
「あー、大丈夫大丈夫。ちょっとくらい遅刻したところで、怒られるのは俺だから。バニーには不利にならないようにしとくよ」
「そんな訳には…」
「いいだろ、ほら。こっち向け」
 くい、と頭を抱きかかえた。
 膝の上に乗っているから、彼の方が随分背が高い。天井ギリギリだ。
 それを自分の元へ引き寄せ、唇を重ね合わせた。
「……っ!」
 最初から貪るようなキスにした。そう言えば、おはようのキスすらもしていないのだ、今日は。
 その分も合わせて、十分に堪能した。
「ぷはっ」
「……どうだ、バニー。これでもお前の片思いー、とか言うんじゃねぇよな?」
「それはどうだか知りませんが、おじさんが相当の常識ナシだと言う事は分かりました」
「え、なんで?」
「こんな場所でキスしたら、外から丸見えじゃないですか!」
「ああ、みんな忙しいから大丈夫大丈夫」
 確かに車線を走っていた時よりも、人通りは近い。だが出勤時間直前のため、皆がほぼ駆け足で歩いている状態だ。
「そんな、無責任な……」
 はあ、と彼はため息を落とす。そのままバーナビーを自分のシートに座らせると、虎徹は一度車から降りて、運転席へと移動した。
 そして車を発進させた。
 まあ今日は遅刻だけど、まだ時間がある。
 さて次はどうやって口説こうかと思ったけれども、隣のシートでは先ほどのキスでとろんとなってしまった彼がいて、なんだ十分効いてるのか? と思いもした。
 バーナビーは思い知ればいい。この歳のおじさんを恋愛に引きずり込むという勇気ある決断をさせた自分の価値を。
2011.6.9.
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