良く眠っていた最中に起こされた。
何かと思えば、虎徹だ。
「……全く」
甘えているのか何なのか、彼は自分を抱きしめようともぞもぞと動いている。それに起こされてしまった。
眠る前は普通に抱き合っていたのだから、眠っている合間にほどけてしまったのだろう。
苦笑が浮かぶ。
ようやく落ち着き所が見つかったようで、彼の動きは止まった。
ふわり、と彼の匂いに包まれる。もう慣れきって普段は気付かないのだが、虎徹は香水をどうやら付けているらしい。自分の部屋に泊まる時、その匂いが薄れてしまうのが実を言えば本当は余り好きではなかった。
今日もそうだ。
ベッドは広くて寝心地は良いが、匂いがないと目を閉じて抱かれている最中はまるで別の人に抱かれている気分になってしまう。その度、目を開いてちゃんと彼を確認しなければならない。
だけど、肌にもう染みついてしまっているのだろう。
これだけ至近だと、香りが鼻をくすぐる。
幸せな気分で目を閉じる。
この人の事を、バーナビーは好きだった。
翌日、仕事から解放されたのは深夜を過ぎた時間だった。
粘った銀行強盗犯が人質を連れて逃走したのだ。
もちろん、そこはヒーローの出番である。
だが発生した時刻自体が遅かった。閉行時を狙ったようで、発生時間は午後三時。そこから粘りに粘って、突入案も出たのだが行員全員を人質に取られている状態では手を出せず、結局犯人の要求通りに逃走車を用意したのが午後十時。
そこからがヒーローの出番となった。
いつもながらのありふれた事件――だったのだが、相手がネクストであったことだけが少しばかり皆を手こずらせた。
人質も無事に犯人を逮捕出来たのは、それから四時間も過ぎた後だった。
帰投し、シャワールームで汗を流しながらバーナビーはため息を吐く。さすがに長丁場は少々疲れた。
「おい、そっちシャンプーあるか?」
同じように帰投した虎徹が隣のブースから声を掛けてくる。
「ええ、ありますが」
「悪ぃ、貸してくれ。こっちの切れてやがる」
しょうがないな、と思い持って行ってやることにした。
普段なら取りに来いと言う所だが、今日は疲れているのだ。悪態を吐く元気もない。
「どうぞ」
「あれ? ありがとな」
ブースを開いて中へ手を突っ込むと、驚いた声で感謝を告げられた。
感謝の言葉は、少しだけ嬉しい。
だが、彼の手はシャンプーだけでなく自分の手首までもを掴んでいた。
「おじさん?」
「ちょっとこっち来いよ」
「……なんですか? 僕は疲れているんです」
「なら、余計疲れる事しようぜ」
「バカですか、あなたは。こんな場所で」
「こんな場所だからいいんじゃねえの。な?」
と、ぐいと手を引かれる。そのまま踏ん張りもしていなかった自分はたたらを踏み、中へと入り込んでしまった。
「おじさんも疲れちゃってさー」
と、頭からシャワーを浴びてる虎徹が言う。
「なら、さっさと帰る準備したらどうです?」
「いや。なんつか、バニー分が足りない」
「はあ?」
「バニー成分が不足してる」
と、頭からざあざあ湯が降り注ぐ中で、抱きしめられた。
「お、じさん…っ」
思えば今日の現場は別行動だった。珍しい事だった。
それでこんな事をしようと思っているのだろうか?
そう思えば、悪い気持ちはしない。――だが、場所が問題だ。
こんな場所でさかられては困る。
しかし抱きしめられて気付いた事だが、腿の辺りにごりごりとしたものが既に当たっているのだ。
彼は既に完全に勃起していた。
「おじさん、帰ってからにしましょう」
「待てねぇ」
そして、ぐいと彼の方を向かされ、キスされる。
最初から唇を割った深いキスだった。
「……っん」
この人の事が、好きだ。
だからついつい甘くなる。こんな場所でこんな事をしていていい筈がないのに、抵抗する気持ちが起きない。
いや、むしろその気になってしまう。
くるりと体を反転させると、そのまま頭を抱えるようにしてバーナビーも彼を抱きしめ、口付けを深いものにした。
シャワーの温度が邪魔だと思う。水――ああ、水の、匂い。でもこれは好きだなと思った。
彼の普段つけている香水に似ている。
彼に全てをくるまれている気がして、幸せな気分になった。
なんてお手軽なんだろう、なんて思いが脳裏を過ぎる。しかしそんな余裕があるのはそこまでだった。
キスはますます深くなり、呼吸がおぼつかない。彼の手は不埒に肌をはい回り、多分ボディソープを足したのだろう、するすると撫でるものだからくすぐったさと快感が混じりあってたまらない気分になった。
「……っん、んんっ」
ぎゅう、と自分が感じている事を示すように、彼を抱きしめる。
その分からだが密着してしまい、彼の動きには制限が掛かってしまうのだが、そうなると今度は背中へ手は回された。
うなじ、首筋、肩胛骨、そして背骨の一個一個を辿るようにして、じっくりと手のひらが降りて来る。
「……ん、あっ」
ようやく口付けが解かれた。
「暑ぃな」
と、虎徹は告げるとシャワーのコックを捻り、閉じた。
途端に静かになるブース内。
彼の手の動く音――おそらく、ボディソープの音がぴちゃり、と音を立てるのが耳に悪かった。
「おじ、さ……っ」
「すまね、我慢出来ねぇや」
そしてそのまま、すっかり勃ち上がった場所には触れてくれず、後孔へと指が持って行かれた。
ぬるりとした感覚そのままに、つるんと指が飲み込まれる。
「ん、はっ」
「……辛いか?」
首を左右に振る事で、否定の意志を示した。湯でのぼせたのか、バーナビーの方も早くと望んでしまっている。こんな場所だから余計にだ。
早く事を済ませてしまわないと、誰かが覗きに来かねない。
その背徳感にぞくぞくした。
悪い、遊びを覚えた。
そんな気がする。
指は好きに内側をなぞり、肝心な部分を避けて柔らかくほぐして行こうとしている。だがその動きにすら感じる。
やがてもう一方の手が尻を割り、指が差し込まれて来た。
「あ……っ」
押し広げられるように動く指。
バーナビーの腕はずるずるといつの間にか力を失い、彼の肩に回っている。
背中に軽く爪を立てると、バーナビーの立たされている状況が分かったのか、指の動きは執拗になった。
「……っ、ん、あ、…っん」
声は極力抑えなければならないと分かっている。シャワールームだ、響いてしまう。すぐ隣は開発室だし、誰かに聞かれでもすれば覗きに来る可能性だってあった。
だが、彼の指がそうはさせてくれない。
「どうした?」
「……意地悪、です」
分かっていて、聞いてくる。彼はセックスの時に、口が悪くなる。いや――口が悪いのとはきっと違う。意地悪になるのだ。普段言い負かされている反動だろうか? こちらの言いにくい言葉ばかりを要求してくる。
「んじゃ、やめるか?」
ほら、今だってそうだ。
こんなとこまで来てやめれる筈がないのに、そんな事を言う。
かくいう虎徹のものだって血が集まり腹に突くまで勃起していると言うのに、彼こそやめられっこないだろう。それとも大人だから平気とでも生意気な事を言うのだろうか?
「ぃ、や……です」
何とか答えたその瞬間、指先が鋭い感覚を生む場所を抉った。
「……っ!」
ぐっと奥歯を噛みしめてなんとか声を耐える。
だがその後も虎徹は容赦なかった。
「…っ、ん、んんっ!」
「柔らかくなってきた」
耳元で囁かれ、まるでのぼせたように目眩がする。
「じゃ、はや、く…っ」
「やーらしいなあ、バニーちゃんは」
と、言いながらも彼の声にも余裕はなかった。
片足をぐいと持ち上げられ、肘にかけられる。まさか正対したまま挿入する気なのだろうか?
「おじさ……」
「待ってろ」
自分のものを彼は手で探り、バーナビーの後孔へと導いていた。
熱い感触にぞくりと体中に甘いしびれが走る。これから来る衝動と快感を既にからだが覚えているからだ。
「……っあ」
先端が入ってくる。
そして、じっくり時間を掛けて――こちらが焦れる程に時間を掛けて、ゆっくり押し入って来る。
「や……っあ、も、はや、く」
思わず虎徹の体を抱きしめ、引き寄せた。
焦れた感じがたまらなかった。
「おい、バニー」
掠れた声が、自分を呼ぶ。ぞくぞくとした感覚が全身に走る。そのまま、自分の方から彼にキスをした。
「…んっ、ふ…っ」
ぴちゃぴちゃと唾液の音。ぬるりとした性器はそのまま自分の体の中に収められて、最奥と突かれた際の悲鳴はキスの合間に飲み込まれてしまった。
「……はっ、あ」
「くそ……バニーのペースじゃねぇか」
何故か虎徹が怒っている。彼は彼で、自分が主導権を持って始めたものだから、そのまま行きたかったのだろう。でも仕方がない。今日の虎徹は焦らしすぎだ。疲れが後押しして、バーナビーの理性も四散しかかっている。本能のままに彼を求めていた。
そう思えば、彼にはまだ余裕があったと言う事だろう。
そのことに今度はこちらが悔しくなった。
余裕なんて欠片もない。めいっぱい彼が欲しくてたまらない。
感じる場所を通っていった彼の性器が、再び同じ場所をすりあげてくれないかと期待している。
「僕のペース、じゃ、不満、でも?」
「いいや」
それから、彼はにやりと笑った。
「じゃあ、今日はバニーちゃん主導な」
「え?」
「腰振ってくれよ、バニー」
耳元で甘く囁かれるだけで、腰がぐずぐずに溶けそうになった。
思わず言われるままに、腰を動かしてしまう自分がいる。
彼を強く抱きしめたまま、ゆっくりと熱を抜いて行く。その最中に感じる場所を段差が抉り、思わず甘い声が上がり体が跳ねた。
「そこ、イイもんな、バニーちゃんは」
「やめ……っ、それ、反則で、す」
耳元でわざと吐息を掛けるようにしてする話し方。耳朶をくすぐられ、たまらない気持ちになる。
「そか、悪ぃ悪ぃ」
そして、ぱくりと耳朶をそのまま食まれた。
「あっ」
不意の動きに、腰の動きも反射的に大きくなる。
そのまま突き入れる動きになり、彼も同時に耳元で息をのんだのが分かった。
「も…なにも、しないでください」
「なんで」
「僕に主導権、譲ったんでしょう」
そして、腰を打ち付ける。深い部分まで突き入れられ、中がきゅうと絞られるような感覚がした。
そのまま抜き、感じる場所に合わせて小刻みに動き始める。
「…ぁ、は、……は、ぁあ」
「……は」
虎徹の息も上がって来た。
そのうち我慢出来なくなったのか、彼の片手はバーナビーの背中から腰に移動し、深く打ち付けて来た。
「や…っあっ」
予想出来ない動きには、声も対処出来ない。
「ああっ、…っ、あ、ああっ」
「バニーちゃん、声」
「わかっ、ま……あっ、ん」
弱い場所も最奥も狙われ、大きなストロークで、なのに早いペースで動かれては声のコントロールなんて無理な話だ。
そのまま、彼の背中に回した手をぎりぎりと立てた。爪の後がついてしまうだろう。それか、傷になってしまっているかもしれない。
いや、いっそ傷になっていてくれてもいい――と、思った。
自分の痕跡をひとつでも多く残したい。
彼はもう、最後の追い込みに入ったようだった。自分も限界に近い。
「……っ、んっ、んんっ、あ、ああっ」
「は、はあ……は」
「や、ああ、あああああっ」
きゅう、と彼を締め付けるのが分かった。白濁が飛ぶ。
頭の中まで真っ白になるような感覚がまるで泡のように弾けながら全身を覆ってゆく。
ぱちぱちと弾けて、目も開けていられない。虎徹にしがみつくのだけで精一杯になっていた。
そして内側に出されたそれにも、ひどく感じてしまう。虎徹の熱が、内側でとろけている。
「おい、バニー?」
思わず、意識が遠のきかけた。少しのぼせたせいもあったかもしれない。
虎徹の慌てたような声に何故かほっとして、体中の力を抜いた。
気がつけば、脱衣所で抱きしめられながら体を拭われていた。
至近に彼の体があるせいか、匂いから覚醒した。
「――おじさん」
「お、目が覚めたか?」
「……すいません」
彼が殆どを支えていた体重を自力で取り戻し、しかし若干のたたらを踏む。慌てたように虎徹の手が添えられたが、それに頼る事なくなんとか自力で立つ事が出来た。
「こんな場所でとか……おじさん、無茶過ぎます」
「そうか? お前も途中からノリノリだったくせに」
「それはっ……そう、ですけど」
だってそうせざるを得ないじゃないか。あそこまで引き返す事なんて出来やしない。
「でも、おじさんのせいです」
「ひでぇなあ」
と言いながらも、彼は笑っていた。そしてバーナビーの水気を拭って行く。
もう大丈夫なのだが、それが妙に心地よかったので止めようとは思えなかった。思えば、甘えていたのかもしれない。
「ありがとう、ございました」
「いいえ、大きなお子様だこと」
笑いながら、虎徹が言う。娘の事でも思い出したのだろうか? ――まさか。今の今まで、あんな事をしておきながら。
彼の体は殆ど乾いてしまっていた。それをぞんざいに拭うと、タオルをランドリーボックスへと入れた。
「さて、帰るとするか」
「疲れましたしね」
「それは、どっちに?」
「………秘密ですっ」
更衣室へ戻る。そして、彼がそこで首元に香水を付けるのを見た。
くん、と空気中に漂う匂いをかぐ。
彼の、匂いだ。
着替え終わったらもう一度抱きしめてみよう、とバーナビーは、思った。
その匂いに包まれれば疲れすらもきっと吹き飛ばされるだろう。