top ◎  about   text
文字サイズ変更:


Wrong step 間違えた手順


 後背から内を穿つ。
「……っんッ」
 跳ねた声が上がり、彼もまた感じているのだと知って、虎徹は嬉しくなった。
 そのまま同じ動きを繰り返せば、押さえる事に必死になっていた声が、徐々にほどけてゆく。
 到底あのお高く止まったバーナビーとは思えない姿に、虎徹は興奮を隠せない。
「や、…ああっ、あ」
 繰り返す動きの中で、彼の感じるポイントと言うものが分かってきた。どこもやわやわとした中で、少しだけ固さを帯びた場所。そこを通り抜けるのは虎徹とて気持ちの良い事なので、わざとそこを集中的に狙い動く。
「やあっ、あああっ、あっ、あっ」
 声のボリュームが大きくなる。掴んでいるシーツはくしゃくしゃだ。
 よつんばいになった姿勢だったバーナビーは既にとっくに自重を支えきれず、前半分がベッドにのめり込んでいた。尻だけを高く掲げた格好は、ひどく淫らでそそる。
「バニー、気持ちいいか?」
「ああっ、あ、んっ」
 繰り返す動きの中で尋ねてみたが、返答などない。快楽に支配された彼の頭にまで自分の声は響かないのだろう。
 とても初めての行為とは思えなかったが、挿入するまでの面倒な手間を思い返せば、彼は間違いなく処女だっただろう。それ以前の愛撫にしたってたどたどしい受け方しか出来なかった事を思えば、セックス自体初めての行為だったのかもしれない。
 こんなおじさんが初めての相手で、しかもケツ掘られる側で悪いなあと思いはしたが、到底虎徹はもうやめれる状態ではなかった。
 いや、最初からやめる気になどなれなかった。
 不慣れながらも必死で意地を張るバーナビーが可愛すぎたのもあったし、欲を十分にそそられたからだ。
 一度吐精した彼の性器は再び固さを取り戻している。だが一度も触れなくとも、この分ではいってしまいそうだった。
 汗がぽたぽたと流れ落ちる。
――ああ、おじさん格好悪ぃやね。
 こんな年下の、しかも男に夢中になって腰を振っている。
 喘ぎ声一つで性感を刺激される。
「も……や…ぁ、あ」
「いくか?」
「ちが……っ、も、そこ……っ」
 もがくようにして、シーツをくしゃくしゃにした。
 感じすぎて辛いのだろう。自分を突っぱねようと手を伸ばした彼は無理な姿勢で振り返ったも同然で、真っ赤に染まった顔がようやく見られた。彼も汗だくで、そして勘違いでなければ涙すら流している。
 当然手は届く事がなかったので、腰を持っていた自分の手を差し伸べてやった。
 それはぎゅう、と思いも寄らない強さで握られた。
「おじ、さ……っ」
「いいか?」
 こく、と一度だけ頷く。
 ああ、勿体ないなと思って一度性器を引き抜くと、彼の体を反転させた。
 いきなりの動きで驚いたようなバーナビーは、しかし一瞬の間しか空けず再び挿入されて表情を歪める。
「ん……んあ、ああっ」
 当然、抵抗もなにもなくずるりと飲み込まれて行った性器はさっきよりも手酷い歓迎を受けた。
 うねるように内側が収縮する。そして、きゅうと絞り込まれた入り口。
「……くっ」
 持って行かれそうになったのを、思わず動きを止める事で耐え、そして再び動き始める。
 ああ、多分自分も彼と同じように情欲にまみれた顔をしているのだろう。自分がその顔を見て興奮したのと同じように、彼も興奮したのだろう。それが顕著に体に現れたのだ。
「おじさ…っ、手…っ」
「ああ」
 片手を、差し出す。
 きゅうと恋人握りをしたそれが片手だけでは勿体なくて、腰を支えるもう一方の手も解いて彼の手を握った。前傾になり、彼の腰を高く上げさせ、両手を握りしめたまま抜き差しを繰り返す。
「ああっ、あ。あああっ」
「すげ……っ」
 もういきたくてしょうがなかった。ひくひくと精液が上がってくる感覚がする。
 だが、まだバーナビーはいく気配がない。
 まあ、一度で済む筈がないだろう――そう思い、虎徹は遠慮なく最奥まで突き刺すと欲望のままに快楽を解き放った。
「あ………あああ……」
「は、はぁ……は」
 脳髄を焼くような快感に支配されるが、性器自体に萎える気配はなかった。
 今一度、彼の感じる場所を狙って動き始める。まだ快楽が残る体には、たまらない感覚だった。
 バーナビーは悲鳴のような嬌声を上げた。



 彼とこのようなことになったきっかけは、およそ一ヶ月前に遡る。
 その日は平和で、ジムで体を動かしていた。他のヒーローもちらほら顔が見える中、バーナビーは隣のプレス機で負荷を上げたダンベルを上下させていた。
 綺麗に筋肉の乗った体だ。シャツの上からでも、その筋肉は分かる。むき出しになり、今まさに鍛えられている場所は動きと共に収縮を繰り返していた。
 何故か非常に卑猥なものを見た気になってしまい、虎徹は目を反らした。
 プレス機からも離れ、窓際に設置されているランニングマシンへと移動する。
「おう、どうだ? 調子は」
 ちょうどアントニオ――ロックバイソンが隣のマシンで走り出した所だった。いや、だからこそ自分はその台を選んだのだろうと思う。彼とは旧友だ。結婚式にまで招待して、今も付き合いがある友人と言えば彼くらいしか存在しない。
 何故か彼の元へ逃げて来た気になった。
「まあまあかな」
「そうか? あんま無理すんなよ?」
 しっかりと彼も鍛え上げた体を隠す事なく、ぴったりとしたシャツを着て走り始める。
 その姿は非常に見慣れたもので、特に何も思う事がなかったので虎徹も時速を設定して軽く走り始めた。
 ヒーローは体が資本だ。基本的に企業に在籍し、そこでの仕事も存在はしていたが、こうやって公にジムへ抜け出す事は許されている。窓の外はまだ鮮やかに青い空が広がっており、本来ならデスクワークをしていなければいけない時間だった。
 それに少々後ろめたさを感じるのは、たまっている書類が多いせいだ。
 だが、こちらも立派なお仕事のひとつである。いくら百倍のパワーが出せる能力を持っていたとしても基礎がマイナスでは意味がない。しっかり体は鍛えておくべきだった。
 そう思えば、バーナビーの体は理想的なのかもしれない。厚い胸板となめらかに付いた筋肉。もちろん自分も負けているとは思っていないが、元来着痩せするタイプなのでそうは見えないところが悔しい。
 時速を少し上げて、更に負荷を増した。
「おいおい、オーバーペースじゃねぇか?」
「いや、これくらいで丁度いい」
 とは言いながらも、ちょっとばかりキツいのは確かだった。
 それに着痩せはどれだけ鍛えようともしょうがない。
 はあ、と息をついて時速を若干元に戻した。
「だろ? 速すぎるって」
「そう言うてめぇも速いだろうが」
「おれはこれ、好きだからな。慣れてんだよ」
 負けた気分になり、少し悔しくなる。だけど、まあ地道に鍛えていくしかない。そもそも根本的に体は出来上がっているのだから、これ以上は年齢的にも無理はしない方がいいのだろう、きっと。
 そう思えば自分の年齢にぞっとする。別に若い方が良いと言う訳ではない。それにまだ無理の利かない年齢でもない。だけど、ああ、歳を取ったなと思ってしまうのだ。
 だからかもしれない、バーナビーの美しい筋肉が淫らなものに見えてしまったのは。
 あれは、今の自分にはないものだ。
 性別さえ関係ないような美しいものだった。劣情を抱いたのは、きっと勘違いだったに違いない。
「あれ、結構揃ってるのね」
 と、そこへブルーローズがトレーニングウェア姿でやってきた。
 彼女こそ、若い。
 まだ女子高生だった筈だ。このジムで体をかなり鍛えているが、見える場所はそれほど筋肉が付いているように見えない。あの年頃の女の子だ、それなりに気を使いながら鍛えているのだろう。
 自分がヒーローであると言う事は、決められた事ではないけれども基本的に秘密にするのが暗黙の了解となっている。きっと普通の女子高生生活を送っているだろう彼女が、目に見えて筋肉が付いたりでもすれば異質に感じられてしまうだろう。
 年頃の女の子は大変だな、と思いながら、まだプレス機に乗っているバーナビーをちらりと見た。
 白い腕が、上下していた。
 その日は日が暮れるまでトレーニングを続け、幸いにも出動要請もなく、会社で言うなら定時の時間を迎えた。
 シャワールームに向かい、汗でずぶ濡れになっているシャツを脱ぐとそのままシャワーブースへ向かう。同じようにしてバーナビーもシャツを脱いでいた。
「お前、すげぇな」
「え? 何がですか」
「その筋肉」
 ちら、と彼は自分の体を見下ろす。
「おじさんもなかなかですよ」
「そっか?」
「まあ、僕には負けますけど」
 憎らしいのは変わらない。だが、彼の筋肉は見事に尽きた。
 自分だってしっかり割れているが、腹筋は綺麗に割れているし、胸も厚い。肩から腕に掛けての盛り上がりも、相当なものだった。
 首筋が細いのが嘘のようだった。そこだけが妙にアンバランスだ。
「まあ、お互いからだが資本だからなぁ」
「まあそうですね」
 ふ、と珍しくバーナビーが笑う。
「おじさんは結構軽かったですよね」
「あ?」
「この間太ったと言ったのは、訂正しておきます。それだけ締まってれば十分です」
「あー」
 この間、彼に救出されたのだった。その時に「太りましたか」などと失礼な事を言われた。思い返せば、以前に抱きかかえられた時とスーツが違うのだから重みだって違って当たり前だっただろう。
 しかし、余り格好良い記憶ではない。どちらとも。
 後ろ頭をかしかし掻きながら、まあいいよなどと適当に返事し、空いているシャワーブースへと向かった。
 頭からシャワーを浴びながら、しかしあの体は見事だったよなと繰り返し思い返している事に気付く。自分と違い肌が白いから、余計に筋肉が目立つのだろうか? いや、アントニオは自分より肌色が濃いが、彼の筋肉だって相当だ。
 つまらない自分の劣等感か? などと思いながら、頭をシャンプーで洗っている時に自分が勃起している事に気がついて、慌てた。
 何故こんな事に? と思い慌ててシャワーを冷水に切り替える。
 疲れすぎたのだろうか? 今日の負荷は確かに若干重めに切り替えてあったが、それでも出動の時とは比べるまでもない心地良い疲労感しかない。



 思えばこれが、バーナビーに対する劣情を覚えたきっかけだった。
 あの白すぎる肌がきっといけない。自分に対し、柔らかく笑顔を向けるようになったのがいけない。以前と比べ、従順になったのがいけない。
 なんだか庇護者のような気分でいたのだが、それは大きな間違いだったと気付くのにそう時間は掛からなかった。
 だから、下心を持って彼を自宅に招いたのが二週間前。
 散々飲ませ、酔い潰れた所を自分は性的な行為を働いた。
 まだ突っ込む、突っ込まないまではいかなかった。ただ単純にその肌に触れたかったのだ。酔い潰れた彼は非常に従順に触れられるがままに反応した。
 最終的には手でさすり、彼をいかせた後、自分は自分で処理をした。
 翌日、彼には記憶が残っていなかった。――それが残念だったのか、幸運だったのかは分からない。
 それから度々彼は自宅を訪れるようになった。きっと門戸を開いた場所に馴染んでしまったのだろう。考えてみれば彼は昔からひとりぼっちの寂しい子供だった。幾度か行った事のあるバーナビーの生活空間も、およそ住む場所としては空虚過ぎて、寂しさを助長するだけだ。
 雑然としたこの家の事が気に入ったのかもしれない。
 そして、自分の事も気に入ってくれていたのかもしれない。
 さすがにその後酔い潰れるまで飲む事はなかったが、彼がどんどん懐いて来てくれている事は肌で感じられたし、そのことを嬉しく感じている自分にもまた気付いていた。
 ああ、持って行かれたなーと、思っていた。
 絆された、多分。
 同情のような感情はおそらく彼の過去を知った時から抱いていたのだろう。
 だがそれが、抱きしめたい、キスをしたい、それだけでも足りない……と、思うようになったのは、バーナビーが自宅を訪れるようになってから割と早い段階でやってきた。
「なあ、」
 と切り出したのは、自分だ。
――お前、おれの事をどう思ってる?
「相棒ですよ、大事な」
 そう答えが返って来た時、昔の関係を思えば大喜びすべきだったのだろう。あれだけ認めない邪魔だと繰り返していた彼の言葉とは思えないものだったからだ。
 だが、それでは足りないと感じている自分を知っていた。
――それだけじゃあ足りないと言えば?
 と言えば、彼は困惑したような顔をした。
 その顔がやけに可愛らしく見えてしまったのは、いわゆる惚れた欲目と言うヤツだったのだろう。
 斜め向かいのソファに座っていた彼の元へ、立ち上がり前に立つと、そのまま前屈みになりキスをした。
 驚いた顔をして見上げた彼の顔は、記憶に焼き付いた。
「ごめんな。おじさんそういう意味でお前の事好きみたい」
「――……おじ、さん?」
 動揺そのままの声で呼ばれ、「はい?」と返事したものの、当たり前のようにその先の言葉は存在しない。
 だから再び唇を奪った。
 それが、数時間前の話だった。



 そして今に至る。
 彼の返事は結局ないままにコトになだれ込んだ。ズルイ手を使っていると理解している。
 だが、彼も感じていてくれている事にほっとする。
「あ、ああ………あああああッ」
 びくん、と全身をつっぱねて、バーナビーが射精する。
 ベッドへそのまま吸い込まれるそれが勿体ないなと思う程に参っている。
「まだ、終わりじゃねぇぞ?」
「は……ぁあ、あ」
 まだ自分の固く張り詰めたものを、彼の鋭敏になっているだろう内側へ突き入れる。
「ああッ」
 びくん、と彼が跳ねた。
 ひどい事をしている、多分。
 何も知らない子供に、いきなり体へ教え込んだも同然だ。
 これで彼が自分に好意を持ったとしても、それは果たして自分への好意なのだろうか? それとも初めて与えられた快楽に対する好意なのだろうか? それが分かる自信がない。
 だけど、自分を止める事は出来なかった。
 ああ、情けないおじさんだなあと一回りも違う同性の、しかも相棒を犯しながら、快楽に染まりつつ頭の隅っこで思っていた。
 彼の事が好きなのに、多分手順を間違えた。
「あ、ああっ、あ…っ」
 きゅう、と握りしめてくる手の力が心に痛い。
 バーナビーは泣いていたけれども、急に虎徹まで泣きたい気分になっていた。
「なあ、バニー。好きだよ」
「…っ、ああっ、は…い」
 荒い呼吸の中で、彼は応える。
 でももうきっと言葉の意味なんて分かっていないだろう。
 後で、もう一度きちんと告げれば応えてくれるだろうか。
 彼は自分を愛してくれるだろうか?
 ああ、こんなに好きになってただなんて、知らなかった。
 達しようとする直前、彼の泣き顔が目に焼き付いた。
 強過ぎる快楽の中で、その表情は決して消えようとしてくれなかった。
2011.6.18.
↑gotop