彼を抱くようになったのは、事件が全て収束し、物事が落ち着き、体も万全になってからだった。
それまでも彼が自分に対し好意めいたものを抱いていたのを知っていた。知っていた上で、それを受け入れるかのように見せかけて、だが決定的なものを与えない――与えられる資格がない、そんな時期じゃないと自制していたのだ。
それが、入院期間を経て職場復帰するまでに、バーナビーは全てを隠さなくなった。
自分への好意、そして愛情。
それはバディに向けるにはいささか過剰なものだと、彼は気付いているのかいないのか、それとも分かってやっているのか分からなかったけれども、ああ、時期が来たのかな、などと虎徹は思って手を伸ばした。
簡単に、その手は捕まえる事が出来た。
抱きしめて口付けてしまえば彼は急速に腕の中に落ちて来た。
最初、自分の名を迷った風に呼んでいたのが、甘い響きで呼ぶのにすっかり慣れてしまった。
自分は相変わらず「バニー」と呼ぶ。そのズルさにはきっと、気付いていない。
目の前に与えられた愛情というものに、彼は飛びついて来たのだ。
キスを繰り返し、それにも慣れた頃に彼をベッドへ導いた。お互いの家を行き来するのは既に当たり前になっていたから、部屋でそれなりに飲んだ後の事だった。
さすがに、彼も動揺していた。
――だが、彼は快楽に落ちるのも早かった。
「……ふ、ぅ…んっ」
今日は酒も飲んでいない。バーナビーは虎徹の部屋に入るなり、首にかじりついてキスを求めたのだ。あんなにストイックだった男を、こんな淫蕩な存在に変えたのは、間違いなく自分だ。
その事実に愉悦を感じる。
自らの口腔内に導いた舌に軽く歯を立て、その場所を舐める。
抱きしめたからだが、ぴくりと跳ねる。
最初は物慣れない様子だったのを考えると、多分彼は自分以外の経験はおそらくない――この目立つ容姿で女性に言い寄られなかった筈がないのに、それら全てをはねのけて来たのだろう事は、彼の過去を思えば簡単に想像出来た。
初めてが自分でいいのかね、と思いながらもその事に幸福感を抱いているのは確かだ。
ぴちゃり、と唾液の音をさせながら乱暴に口腔内の舌を絡めさせて、強く吸うと、首に回された腕に力がこもるのを感じた。
「……ぁは、あ……こてつ、さん」
薄く目を見開くと、既に彼の目は快楽に溶けている。
唇を離せばしがみつくようにされ、甘く名を呼ばれた。
まだ、玄関先だ。こんな場所でと思うが、彼は既に自分を求めている。
噛みつくようなキスを返し、手はライダースジャケットのジッパーを引き下ろしていた。そのままそれを脱がし、床に落とす。体にぴったりフィットするシャツ越しに彼のからだをなぞって行けば、口付けを交わしたままにも関わらず甘い鼻声を漏らし、一層自分にしがみつく力は強くなった。
背中しか触れられない、その事が少し惜しい。
肩胛骨、そして背骨を伝ってうなじにまではい上がる。既にその部分は欲情で赤く染まっている。
「……ぁあっ」
そのまま長い髪をかき分け、耳朶の輪郭を辿る。
バーナビーは、耳が弱い。まるで本物の兎のようだ。撫でられれば、気持ちよさそうに身を委ね、そのうちくたりと力が抜けてくる。
「虎徹さ、…」
首にかじりつくのが精一杯になっている。足がほぼ役に立たなくなっているのだろう。
そのまま、抱きかかえるようにしてソファまで連れて行く。ソファではこのガタイの二人では狭すぎるのだが、バーナビーはベッドまで持ちそうになかった。能力を使えば簡単に連れて上がる事が出来るが、そうすると五分間のブランクが空く。百倍になった力で愛撫なんて恐ろしくて出来やしない。いくらバーナビーが頑丈に出来ているとは言え、壊したくなどないのだ。
だから、狭いけれどもそこで我慢する事にした。
先に彼を座らせ、そのまま押し倒す。
「……んっ」
甘い疼きがもう始まっているのだろう。
本当に、こんな淫乱な体にしたのは誰だと言いたい。例えようもない色香を振りまき、自分を魅了して離さない。
彼に手を出す以上は、自分もある程度の覚悟をしていた。過去もひっくるめて受け入れると言う彼は本音はどうだか分からないが指輪の存在も許していたし、部屋に飾られた写真もそのままだ。
だが、少しずつ気付かれない程度に数を減らして行っているのには気付いているだろうか。
情けない事に、この年になって一回り以上も違う青年に自分は夢中になっている。彼を傷つける要素は減らしたいと思っている。ひとりで、それでも亡くなった妻には適わないと思われていればと想像するだけで胸が痛む。
虎徹の中で、妻の存在とバーナビーと言う存在は、完全に切り分けられていた。
妻は既に自分という存在の一部になってしまっている。切り離す事ができない。思春期から亡くなるその時まで、自分の中心にいたものなのだ。多分抜き取ってしまえば、鏑木虎徹という男はひどくアンバランスな存在になってしまうだろう。
バーナビーは、違う。多分失われても自分は崩れない。だが、そんな事を想像するだけでもひどく憂鬱になってしまうのだから、既に相当奥深い場所にまで足を踏み入れられてしまっているのだろう。
ああ、こいつもいつか失われたら、自分は壊れてしまうのかな――などと思うと、怖い。分別のつく大人になってしまったからこそ、自重していると言うのにもう手遅れのような気がしてしまう。
唇を甘く噛み、そのままシャツを脱がせると肌に噛み跡を残しながら、その場所にキスを落として行く。そのたびに、鼻に掛かったような甘い声が上がる。
彼と抱き合うようになって、自分に噛み癖がある事に気がついた。彼限定にだろうが、アチコチに跡を残したくてたまらないのだ。お陰で彼はトレーニングセンターへ行ってもこそこそと着替えなければならない嵌めに陥っているが、やめさせようとはしない。
「…んっ」
臍の回りをたっぷりの唾液を含ませた舌で舐めれば、バーナビーの体が跳ねた。
「は……っ、あっ」
ソファの端を掴み、必死で快楽に耐えている。
視線を上に向ければ、辛いようにも見えるが、赤く染まった彼の顔が魅惑的過ぎて、ついその場所にも噛みついてしまった。
「…たぁ……虎徹、さん!」
「悪ぃ悪ぃ」
「悪い、なんて思ってないくせに」
「ああ…だってお前の体、すげぇおいしそうなんだもん」
「おいしそう…って……」
「甘い」
一言で言い切り、そして再び臍から脇へかけて、今度は歯を立てすぎないように気をつけながら食むようしてからは舐め、そしてかじるを繰り返して行った。
脇腹にまでたどり着くと、既に感じ入っているのか甘い声がひっきりなしに上がる。
ボトムの前だって苦しそうに隆起している。
だが、簡単に許してやらず、ひたすらに脇腹から脇、そして胸元を唇でばかり愛撫していった。
「……っ、もっ」
彼の息は短く切ない響きに満ちている。合間に漏れる声は、堪らなく自分を煽る。
彼の前も苦しそうだが、本当は自分の方が苦しいくらいだった。
この肌に溺れている。全てを委ねてくる彼という存在に、溺れ切っている。
「なあ、バニー?」
ちろり、と尖りを舐めながら、名を呼ぶ。
「あぁっ、あっ、ん」
「気持ちいいか?」
わかりきっている事を聞く。
「そんな……知ってる、くせに」
「ああ、知ってる」
少し笑うと、その呼気にさえ彼は敏感に反応した。
「ここ、もうこんなだもんな」
と、まだベルトさえ緩められていないボトムのその場所を直截に握り込んだ。
「あああっ」
「早く欲しいか?」
「虎徹さ…ずる、い」
「なんで?」
まだ尖りを嬲りながら、上目でバーナビーを見る。
既に快楽でうるんだ目が、自分をじっと見る。
「知ってる、くせに」
「ああ」
「それが、ずるい……僕にばかり、言わせて」
「だって聞きてぇんだもん」
そして、カリ、と歯を立てた。
反射的に彼の瞼が落ちる。そしてまた甘い声で鳴く。
ボトム越しにその場所を緩く撫でるのが堪らないようで、腰がもぞもぞと動いている。
やがて、ソファを掴んでいた手が自分の手に重ね合わされた。
自分より低い体温の彼が、自分以上に体温を上げている。まるで発熱しているみたいだ。
「はや、く……も…っ」
焦らしているのも限界のようだった。彼は虎徹の手を使って、その場所を更に強く刺激しようとする。その淫猥さにかっと血が昇った。
「お前…っ」
「早く、虎徹、さ…っ」
「早く?」
「………っ、早く、くださいっ」
ヤケになったように、大きな声でバーナビーは告げる。元から淡く染まっていた顔が、真っ赤に色が変わっていくのをしっかりとその目で見た。
たまらない、と思う。
こいつをこんなのにしたのは、自分だ。
とんでもない愉悦に浸りながら、ベルトをかちゃかちゃと外し、そのままボタンもジッパーも外すと下肢を全て晒す。
立ち上がったものは下着に染みを付け、そして固く締まって屹立していた。腹にまで反り返りそうな勢いだ。こくり、と虎徹は息を飲んでその場所に手を伸ばす。
軽く触れただけで、彼は大げさに体を震わせる。
「あ、ああ…っ、あっ」
とろとろと濡れた場所を撫でさするのには都合が良い。潤滑となって手がなめらかに動く。
その合間も唇は彼の上半身を味わっている。
二カ所に与えられる快楽に、バーナビーは再びソファの端に手を戻し、過ぎる快楽を逃そうと強く握りしめている。そんなものでどうこうなる筈がないのに、どうせ縋るなら俺自身にしろと思い、彼の手を引きはがすと自分の背に持ってこさせた。
まだ自分は着衣したままだ。いつものように汗で滑るような事もなく、持ちやすいだろうと思ったが、その手の力は思ったよりもずっと強くて、ああ、こいつもう限界かもしれないと知ってしまった。
手の動きを早くする。
「あぁああっ、あっ、は…虎徹さん…こて、つさ…んっ」
くぅっと、背がしなる。背に回された手の力が強くなり、衣服越しだと言うのに爪を立てられる痛みが走る。その感覚に、こちらが暴発してしまいそうだ。
先端をくるくる撫で、穿孔を爪でくじるようにすれば、派手に彼の体は跳ねた。
「あああっ、も…あっ、ああ、あぁああっ」
ぎりぎりと爪が立てられる。バーナビーの顔は苦悶の表情にも見えるほど歪み、快楽をダイレクトに虎徹に伝える。
そして、根本から絞り上げるように手を動かすと、彼は顎を上げて体を反らせた。
ぱたた、と白濁が飛ぶ。
「………っ、ん、ふ……っ、あ……」
そこをまだ刺激し続けると、急に背中に回っていた手が自分の顔を引っ張り寄せて、キスを求めて来た。求められるがままに応じる。舌がいやらしく自分の中をかき回す。技巧もなにもなく、ただ舌が暴れているだけだったけれども、これまでで十分瀬戸際にまで追いやられていた虎徹の頭を茹だらせるには十分の、稚拙だからこそ煽るキスだった。
手早くタイを抜き、上着のボタンを外す。それを脱ぎ、背後に落とせば床に落ちずにテーブルの上に乗った。
下肢も緩め、完全に勃起したものを自分の手で触れる。と、そこへバーナビーの手も添えられた。
「は……っぁ、あ」
固く勃起したそれの温度に、バーナビーの顔が愉悦に染まる。
「すご……」
「お前のがすげぇよ」
簡単に挿入出来ないのが、この関係の面倒な所だ。だが、その面倒さも気に入っている。そこまで手を掛けても幸せになれると言う自分に気付いているし、それで感じるバーナビーは堪らない。
テーブルの下に隠してあったローションを手に取り、バーナビーには足を大きく広げさせ――片足をソファの背もたれに引っかけさせると、人肌にまで温まったそれを後孔へと塗り込めて行った。
「はぅ……っん、んんっ」
「早く、慣れろな?」
突っ込みたくてたまらない。この崩れ切った顔を更に乱したくてたまらない。
指を挿入すると、迷う事なく知っているポイントを探り、そこを少々手荒に扱った。
「は、あぁあっ、あ――ッ!」
彼の体が硬直したかのように、反り返って動かなくなる。
「あぁあっ、ああっ」
背もたれに引っかけていた足が、跳ねた。
片方の足も床を蹴る。
この快楽には彼はまだ慣れない。何度も既に抱いているのに、突然すぎるそれが怖いのだと言う。
だが、甘く痺れる声が自分を煽って仕方ないのだから、当然やめてやる気などなかった。
そのまま強く締め付けながらも、ほころび始める場所に指を更に追加し、中を掻き乱す。
「やっ、ああぁあっ…っ、こてつさん…っあっこてつ、さ、んっ」
「すげぇ、やらしい」
「言わ、ないで」
媚を含んだ、男の掠れた、甘い声というのがこんなにくるものだとは知らなかった。
元々性癖はノーマルで、男を抱きたいなんて今まで一度も思った事はない。――この存在を除いて。
「言うよ、その方がお前の反応すげぇし」
「ちが…っ、や、あぁっ」
「すげえ、中熱ぃ。きっつきつなのに、でも俺の指に吸い付いてくる」
「やめっ」
「このままこれだけでいけそうなくらい、感じまくってんのがすげぇ分かる」
低めの声で、自分の方こそよくもまあこんな甘い声が出るもんだと思いながら、彼を追い詰める。指をさらに足す。三本の指の感覚は、彼の中でとろけそうな程甘く絞られ、直截虎徹の性器にまで響いた。
「は……俺も、もう限界」
「あ……あぁっ…あ」
中空を見てる彼の目は、既に焦点を失いかけている。
こうやった交わりを求めるくせに、まだ彼は慣れ切っていない。すぐに快楽に負けて意識が朦朧としだす。
「バーナビー」
「や……な、まえ…っ」
中が顕著に反応を示す。
ぼんやりしていた目にほんのわずか光が戻り、しかし縋るようにしてバーナビーは虎徹を見る。
目を細めて、その視線を受け止めた。
ああ、あの目も食べてしまいたい。とても甘そうだ。
「バーナビー」
くしゃり、と彼の顔が歪む。
「も…っ、それ…ずる、い」
「お前も散々呼んでるくせに」
「違います、あなたは…っ、いつも呼ばない、くせに、こんな時だけ…」
指を三本、一気に引き抜いた。ひっ、と彼は喉を鳴らす。
「こんな時に呼ばなくてどーすんの」
ああ、自分でも卑怯な声だなあと思いながら、熱を彼の入り口へくっつけた。
ローションを垂らし、そのぬるさにぞわりとしながら、そのまま彼の中へと入り込んで行く。
「や、あ、ああ、ぁああ……っ」
じっくりとしたはやさではあるが、途中で止める事なく根本までを挿入すると、彼の目からはほろりと涙が落ちた。
感極まったのだろう。もう、意識が朦朧どころではない筈だ。
根本まで到達すると、ほんの少しだけ慣らす為に動く。その細微な動きですらも、彼は感じるようで涙がまた二粒ばかり落ちる。
「動くぞ」
「……っん」
彼の返事を待たず、ゆっくりと小さく抜き差しを始める。
「んぁ、あぁああっ」
だがそれだけの刺激で彼は十分だったようだ。こぽり、と立ち上がった先端から精液が漏れ出す。
しかしそこで手を緩めるつもりなどなかった。むしろ逆に彼を追い詰めるように、動きは加速していく。自分の快楽を拾う為の動きになる。
締め付けられ、たまらなく気持ち良い。彼の良い場所を通り抜ければ、その瞬間に反射のように引き絞られる。そのたび、彼は声を上げながら精液を少しずつこぼして行くのだが、既に顔は泣き濡れてぐちゃぐちゃになっていた。
――たまらない。ぞくぞくする。
つい、動きが自分本位過ぎるものになっていた。
彼の体はがくがく揺さぶられ、どこにも力が入らないのかされるがままになっている。だが後孔だけは自分を締め付け、余すところなく自分に快感を与える。
「あ、…こてつさん…こてつさ、あっ、あ…こてつ、さん…っ」
壊れた人形のように、バーナビーは自分の名を繰り返し呼ぶ。
汗がひどかった。目元にまで流れて来て、視界が曇るのがもったいなくて汗を拭う。だが次から次へと汗は流れてくる。
バーナビーを夢中にさせるつもりだったのに、すっかりこちらが参っている。
「バーナビー」
とびきり甘い声で呼んでやれば、また彼は吐精した。
強い締め付けに、こちらもそろそろ限界だと思う。
奥を穿つように、抉るように動き、ぽたぽたと汗を流しながら、いきっぱなしで泣きじゃくるバーナビーを眺め、その甘さを味わい尽くした。
最奥で弾けた熱と同時に、彼の体は精をこぼし、動きが止まったことによって糸が切れたようにがくんと体が緩む。
ソファから落ちないように気をつけながら、ひとまず虎徹は自分のものを抜いた。
もちろん、これだけで終われる筈がない。
ここまで力が抜けてしまえば、逆に楽だ。
バーナビーを抱きかかえて、ロフトのベッドへと向かった。
そして、もう助けてと泣きじゃくるまで、彼の体を貪った。
翌朝、倦怠にまみれたまま目を醒ます。
バーナビーはまだ良く眠っていた。まだ会社に向かう準備をするには、早い時間だ。しかし彼の体を清めず昨日は落ちるように眠ってしまったので、少しは早く起こさなければならない。
でもギリギリまで寝かせておいてやろう、と思い気を付けてベッドから降りる。
途端、彼の手が自分の体温を求めてさまよい始めた。
抱き合っていた訳じゃない。なのに、何故か分かるらしい。いつもの事で、微笑ましい気持ちと、熱が再燃しそうになる衝動を抑える努力とが一緒に沸き起こる。
その手に口付けをひとつ落として、自分はロフトを降りて風呂を沸かした。
今日は、そう言えばトレーニングセンターへ向かうと言っていた。なのに少し無理をしすぎたかもしれないと頭を過ぎる。
まあ、彼も自分の体調を考えて動くだろう。無理だと判断すれば、無茶はすまい。
風呂を沸かしている合間にミネラルウォーターで喉を潤していると、携帯が鳴った。
こんな朝早くになんだと思えば、旧友の名がそこに表示されていた。
「どうした?」
『よ、おはよう』
「ああ」
『バーナビーはそこにいるのか?』
「いや、まだ寝てる」
アントニオは自分とバーナビーの関係を知る、唯一の人間だ。飲みに行った時、ふとした拍子でバレた。
『そうか……お前、大丈夫か?』
「あ? なにが?」
朝から何の電話だろうか。不思議に思う。この手の話をするならば、飲みにでも行った方が早い――いや、しかし近頃の夜は殆ど全て、バーナビーに捧げられている。だからこそ、この時間の電話なのかと急に納得した。
『いや。お前、振り回されてんじゃねぇのか? 無茶苦茶お前に懐きすぎてんじゃねぇか。こないだ、俺は驚いたけどな』
たまたま仕事終わりの現場が重なった。バーナビーが甘い顔で自分に語り掛け、捕縛者を引き渡した後、今にも抱き合いそうな距離感でトランスポーターが来る時間までを過ごしていたのだ。そこを、目撃されていた。
「ああ……えーと、悪ぃ」
あんないちゃつきかたをしているのは、見せられる方もたまったもんじゃないだろう。
その不用意さに、つい謝る。
『いや、それは構わねぇんだけどさ。それより…』
「いいんだよ」
『あ?』
「あいつは今、空っぽだ。俺で埋めればいい」
ソファに座る。もうすぐ湯が溜まる頃だ。そう長話もしていられない。
「俺がそこに居座るんだよ」
『――どういう意味だ?』
「言葉のままだよ。俺がバーナビーの空白を埋める。俺でいっぱいにしちまえばいい」
言って、その酷さに苦笑した。
アントニオもわずかの時間、空白を置いた。そして。
『お前、ひどいヤツだな』
「ああ、分かってる。独占欲が思ったより強かったみてぇ」
『独占欲って、お前分かってるのか? 相手は……』
「あ、すまん。そろそろ起こさねぇと。話はまた、今度にな」
そして、通話を切った。
分かっている。アントニオが言いたい事など理解している。自分は彼の空白につけ込んだのだ。自分で満たされ、自分しか見ないバーナビーを作りあげた。
「ひどい男だったんだよ、俺は」
そして、ロフトを上がってバーナビーを起こした。ゆめうつつの彼が自分にまっすぐ手を伸ばして来る。そしてキスをせがむ。
こうさせたのは自分自身で、その結果にひどく満足していた。
彼はもう、自分がいなければ生きていけないだろう。