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Its name says love その名は愛情


――ああ、この人はまた何も言ってくれない気だ。



 酒を飲みながら、陽気にどうでも良い事を喋る虎徹を見て、バーナビーは失望のような悲しいような感覚を抱いた。
 今日は出動を二件片付けた。いずれも簡単なものであったし、被害も差程でなかった上にポイントは通常通り稼げた。楽なお仕事だった、とは思ったものの当然のように出動すれば提出書類は発生するので、結局帰途に就けたのは随分遅い時間になってしまった。珍しく今日中に上げようとする虎徹に付き合っていたら、そんな時間になってしまったのだ。
 別に、残して帰った所でも構わなかった。
 だがこの寂しい職場にひとりきり残すのが、バーナビーはいやだったのだ。
 結果、いつでも提出出来そうな書類の整理をし、彼が終わるのを待って退社した。
 夕食を共にするのは、最近ではほぼ当たり前の事になってしまった。放っておくと携帯食で済ませてしまう自分を心配しての彼の行動でもあったが、一緒に時間を過ごす自分の楽しさもあった。
 酒が飲みたいと言い出した虎徹だったが、残念ながらお互いに今日は車だ。
 ならば、と近かった彼の家へ向かった。
 お互いの家を行き来する事も、近頃では珍しい事ではなくなった。
 オンとオフの境界が、時間を経るにつれどんどん曖昧になっていっている。
 それは、少なからず好意を抱いているバーナビーに取っては歓迎すべき事だった。
 彼への好意は、正直に言って、バーナビーは良く分からないものとして、心の中に居座っている。いままでずっと彼には惹かれて来た。彼の暑苦しいようにも感じるおせっかいで固く閉ざしていた自分の内側にまで踏み込まれた最初の頃は、辟易していたし迷惑この上ない存在だと思っていた。
 だが、それが次第と心地良くなり、いつの間にか彼が踏み込んで来てくれない事が寂しいと思うようになってしまっていたのだ。
 二十年も掛けて作り上げた堅牢な心の檻を、彼はいともあっさりと破り、踏み越えて来た。
 そしてその中でまだ泣いていた四歳の頃の自分ごと、抱き上げられた気がしてしまうのだ。
 だからこそ、ジェイクには勝利出来た。それだって重傷を負った彼のサポートがあってこそのものだった。
 この人がいないともうダメだな、――などと、あれから随分日は過ぎたのに想いは深まるばかりだ。
 だが、恋愛経験のない自分には、この感情をなんと呼んでいいのか分からない。
 同性の先輩に向ける感情としては、いささか不可解な気持ちが含まれてしまっているようだからだ。
 背中を預け、命を預け、出動する際の高揚感と満足感は何事にも代え難い。傍に虎徹がいると思うだけで安堵する気持ちも捨てがたい。そして、彼のプライベートを独占したいと思うのは――やはり、どこか変なのだと思う。
 彼が踏み込んできた心の一部は、完全に巣くわれて自分の一部になってしまった。
 その責任を取れ、と言いたくなる時もある。
 時折彼が、ブルーローズやアニエスなど、女性に対し親しげな調子で接しているのを見ると、なんとも言えない苛立ちが生まれる。
 それは、他のヒーロー仲間に対しても同じだ。
 女性陣に感じるのとは若干違うが、昔なじみだというロックバイソンや他のヒーロー達と仲良く接しているのを見ると、落ち着きのなさが心の中で暴れ回って手に負えない。
 それでも、彼は自分を一番に優先してくれているのを感じてしまい、幸福感に見舞われる。
 近頃の自分は、情緒不安定だと思う。
 ウロボロスを追っていた二十年という歳月はやはり決して短いものではなかったようで、だから自分の心を上手く把握する術を知らないのだ。
 決して無駄な時間だったとは思わない。両親の仇を討つという野望は幸福を奪われた自分の当然の権利だったと思えるし、成し遂げた後の多幸感と万能感は今でもありありと思い出せる程だ。
 だが、同時に肩の荷が降りたとも思わなかったか?
 そして、――今。
 そんな全てを与えてくれた彼の不自然さを感じている。
 自分の事でいっぱいいっぱいになっていたが、さすがに近頃の違和には気付いていた。
 だが、彼は何一つ自分には語ってくれないのだ。
 酒を飲みながら、他愛のない話をする。まるっきりいつもの調子だ。
 そのうち、そろそろ寝るからと言って彼はシャワーを浴びに行った。自分も後で使わせてもらうのは、いつもの事だ。そして自分はソファで眠る。



 やはり、何も告げてくれない。
 そんなに自分は頼りのないバディなのだろうか? 自分が甘え過ぎたのだろうか?
 彼に対して甘え過ぎているかもしれないという危惧はいつだって抱いている。だが、それでも虎徹がいつでも両手を広げて待ちかまえてくれてしまっているものだから、自分はついその腕の中に飛び込んでしまう。
 甘やかされる、と言う事を知ってしまった。
 だけど、甘やかす、という事を自分は知らない。
 だからただ待つ事しか出来ない。問いただせばきっと彼が逃げるだろう事は、この短くもない付き合いの中で分かってしまっていた。
 彼は、自分より他人を優先する。自分を甘やかす事で満足を得ているような虎徹が、自分に心配を掛けるような事を告げてくれるだろうか?
 じりじりと、悔しいような思いがする。
 そりゃあ彼とは一回り以上も年齢が違うし、経験も少ない。
 彼のように結婚し、子供を産み、育てて来たと言うような事もなければヒーローとしてもMVPを得たと言ってもまだ一年目を過ぎたばかりのルーキーだ。
 はあ、とひとりになったからこそ、ため息が落ちる。
 自分はまだ、頼ってはもらえないのだろうか。
 戦闘の際は十分に信頼して、頼ってももらっている事が分かるだけに、こう、心の問題は無理なのだなと思うと悔しくてならなかった。



 シャワーを浴びる、と言って居間を出た虎徹だが、それから三十分過ぎても姿を現さなかった。
 彼はいつもカラスの行水だ。これはおかしいと思い、バーナビーはソファから立ち上がる。思ったより、彼は飲んでいたのだろうか? しかしテーブルの上に転がる空き缶は自分のものを含めても六本しかない。いつもと同じか、それより少ないくらいだ。
「虎徹さん、大丈夫ですか」
 シャワールームの扉ごしに声を掛ける。
 だが返答はない。
「虎徹さん」
 幾分声を張り上げるが、それでも返事はない。ぱしゃぱしゃと水の落ちる音は聞こえているのだが、それだけだ。
「入りますよっ」
 上半分だけが磨りガラスになっているシャワールームの扉の向こうに、彼のシルエットが見えない事に気付き、慌ててノブを回した。
 果たして虎徹は泡立てたソープを体のあちこちにつけたまま、壁にもたれかかって座り込み、目を閉じていた。
「虎徹さん!」
 焦った。酷く、焦った。
「虎徹さん、どうしたんですか! 虎徹さん!」
 大声で呼びかけると、虎徹はうっすら目を見開いて、「よぉ」と言う。
「よお、じゃあありませんよ。どうしたんですか?」
「すげぇ、眠ぃ」
「眠いだけですか? どこかしんどいんじゃないですか? 打ったりしてませんか?」
「しんどくねぇし、打ってもねぇ。ただ眠ぃなーと思ってしゃがんだら、そのまま寝てたみてぇ。すまん」
 常よりゆったりとしたペースで、寝ぼけたかのような言い方だった。
 本当に眠いだけかもしれない。
「――心配、掛けないでください」
 心からの本音だった。
 たった今まで考えていたことだからこそ、より深く思う。
「悪かった。すまん、立つの手伝って……あ、バニーちゃんの服濡れちまったな」
「構いません、そんな事」
 手を引き、彼を立ち上がらせる。一度たたらを踏んだが、それでも意識ははっきりしたようだった。
「じゃあ、泡落として出るから」
「外で待ってます」
「大丈夫だって」
「大丈夫じゃありませんよ。心配なので待ってます」
「――あー、うん。そんじゃあごめん」
 思いの外素直に彼は頷いた。
 今はしゃんと立っている、多分大丈夫だろうとは思うが、バーナビーはシャワールームから出て、扉の前に立った。
 今度は磨りガラスの向こうにシルエットが見える。
 心臓がばくばく音を立てていた。怖かったのだ。
 そして、大丈夫そうな事に安堵をし、泣きそうになっている。
 衣服はあちこちが濡れて、足下なんてずぶ濡れだけれども、濡れた素肌に触ってしまった手を意識すれば更に鼓動が早くなった気がした。
 心配が先に立った。だから出来た事だった。
 そうでなければ、彼がシャワーを浴びている最中に乱入するなど、到底出来ない事だ。
 思って、急に顔に血が昇るのを感じた。
 今度は思わず自分がしゃがみこんでしまう。
 何故だか叫びたい気持ちになってしまった。
 彼は本当に泡を流し落としただけだったようで、ほんのわずかな時間の後に、出てきた。
 だが、きっと赤いだろう自分の顔には気付かないままだ。
「悪ぃ、心配掛けちまったな。大人しく寝るわ」
 ふぁ、と欠伸をして、体をタオルで拭う。もう大丈夫だろうと思い、バーナビーは脱衣所を出る。
 これ以上彼の裸体を見ていてはいけない気がした。
 今度こそ本当に叫び出してしまいそうだった。



 じゃあバニーちゃんも好きにシャワー使って、と言い置いて先に彼はロフトの寝室へと向かった。階段を登る足は、しゃんとしている。本当に、瞬間的に眠くなっただけなのだろう。
 それとも、語ってくれない不調がもたらしたものだったのだろうか――? それは判然としない。
 到底眠る気になれなかったので、バーナビーは勝手に冷蔵庫を漁って新しいビールを取り出して、煽る。
 ダメだ、自分の「好き」を自覚してしまった。
 どんな種類の好きだったのか分からなかったくせに、多分今の自分は、彼に対して欲情している。
 そして、だからこそ全てを自分に委ねて欲しいと思っている。
 分かってしまうと、手に負えなかった。恋愛なんてしたことがない。こんな感情を自分は知らない。
 爆発的にふくれあがり心だけでは足りなくて体中を支配しそうな思いは、ビール一本では落ち着きそうにない。確かもっと強い酒があった筈だと思い、ダイニングへ向かうと虎徹が好んで飲む焼酎のボトルを見つけた。何度か飲んだ事があったけれども、癖はあるが舌触りの良いそれは嫌いではなかった。男ふたりで飲むと簡単に一瓶空いてしまうから滅多に出ては来ないけれども、空けてしまったら明日にでも同じものを買って渡そうと思う。まだボトルには半分以上も残っている。
 ああ、それを口実に訪れても良いかもしれないと思った。
 頭が茹だっている。こんな思いが恋だと言うのなら、知らない方が良かった。気付きたくなかった。
 彼の薬指には婚姻の印が今もある。この部屋にも幸せだった頃の欠片が数多く飾られている。美しい彼の妻だった人の事について、バーナビーは虎徹から聞いた事がない。娘の事についてはいやになる程喋るくせに、妻の話題はしない。
 それは、まだ彼の中で彼女の不在を認められていないからかもしれない。
 報われない想いだ。
 どうせ、自分は同性で彼とはバディなのだ。こんな感情を抱いたところで、どこへ向けても成長出来るスペースがない。
 早くに殺してしまわなければならない感情だった。
 酒を流し込み、ひとまずでいいから忘れてしまいたい。
 ひとりきりで飲むと、さっきまで虎徹の座っていた場所がやたらと意識に引っかかる。眠った彼を起こさないように、極力小さなボリュームでテレビを付けた。昔の映画をやっていたので、目だけはそれを追う。
 まだヒーローがいなかった頃の、クライムストーリーだと見ている内に知れた。悪者には悪者の美学があるようで、スマートに犯罪を続けて行く。今なら最初に見た銀行強盗の時点でヒーローが登場して簡単に終了してしまうな、と考え情緒がないと嘆息する。
 酒は順調に消費されていく。半分以上残っていたボトルの中身は、後グラス一杯でなくなってしまうだろう。
 だが、全く酔った気がしなかった。
 彼はなにを隠しているのだろう。
 彼は何を思っているのだろう。
 彼は何故自分に手を差し伸べたのだろう。
 彼はどうして自分を選んでくれているのだろう。
 そんなことばかりがぐるぐると頭を回る。映画はクライマックスに突入し、派手な逃走シーンとそれを追う警察との攻防になっている。きっとこれも今なら成立しない。警察などに任せずヒーローの出番となって、とっくに決着がついてしまっている。
 情緒のない世の中になってしまったのだろうか、今は?
 いや、そんな筈はないと思う。
 こうやって自分達がいるから、市民は安心して暮らす事が出来るのだ。それを疑ってしまえば、自分達の存在定義すらも崩れてしまう。
 復讐、という大きなものを失った自分の心の根幹は、ヒーローである事の誇りと、虎徹に対する想いで成り立っている。おそらく。
 最後のグラスを飲み干した。
 結局、酔えやしなかった。
 心は乱されたままだ。
 映画の最後のシーンを見ないで、そのままバーナビーはシャワールームへと向かい体を流す。
 熱めに設定された湯が気持ち良い。季節はまもなく冬のただ中に入る。
 ああ、もうすぐ一年過ぎようとしているのだな――と、感傷にも似た思いが過ぎった。結局ジェイクは倒したが両親の殺害理由は分からないままだ。
 もしかすると、両親の研究内容の何かが関わっていたのかもしれないとちらつく事はあるけれども、ウロボロスの幹部、ジェイクの恋人だと言っていたクリームがなにも供述しないので、進展はどこにもない。
 ただ、ジェイクを倒したことで心の中の段落はひとつ付いた。
 泡を流し落とすと、ふと思い立って先ほどの虎徹と同じように壁にもたれてその場所に座ってみる。
 だけど、彼が何を思っていたのかなんて、当然のように分かる筈がなかった。



 ソファで眠ろうとした。
 それが常の事で、ケットがどこに仕舞われているのかも自分は良く知っている。
 だが、足はまっすぐにロフトへと向かっていた。
 虎徹は完全に眠ってしまっている。その寝顔を見て、胸が引き絞られるような感覚を覚える。
 この感情は殺した方がいい。
 分かっている。彼と並び続けるためには、余計なものだ。
 だけど――と、溢れ出し体まで支配しようとする感情が邪魔をする。
「虎徹さん、何を隠しているんですか」
 小さな声の問いかけに、もちろん返事はない。
「虎徹さん……好きです」
 声に出してしまえば、心が固定されてしまった。
 逃げ場なく、その感情がざわめくことなく、落ち着いてしまった。
「好きです」
 ソファに向かう事など出来ない。
 そのまま、彼のベッドにもぐりこんだ。
 起きればいいと思った。起きて、こんな不意打ちのような事をするのを咎めて欲しかった。
 だが虎徹は起きない。深い眠りの底で見ているのは何の夢だろうか。
 ちらり、と視線をずらすとそこには彼が妻と過ごして来た日々の流れを追うように写真が飾られている。彼女の夢を見ているのだろうか。
 それを悔しいと思うと同時に、それでも構わないとも思ってしまう。
 ひとりを深く愛した事のある人だからこそ、自分は多分好きになってしまった。
 暑苦しいような正義感もお節介も、全てこの女性と共に育てられて来たものなのだろう。だとすれば感謝すらする。
 シングルのベッドは狭い。だから彼の体に触れないようにするのは至難の業だった。
 しかしここで彼に触れてしまっては、もうストップが効かないような気がする。ベッドから落ちそうになるギリギリの場所でバーナビーは目を閉じる。
 ああ、何をしているのだろうと思う。
 こんな事をしても心の充足は得られない。だが、ソファで遠くの虎徹の思って眠る事など、到底出来やしないだろう。
 閉じた目の裏に無数の今までの彼が現れては消える。
 鼻の奥がつんとする。涙が溢れてくる。
 この人の事が好きだ。
 好きで好きで、たまらなかったのだ。
 自分のそこそこ出来の良い頭の中には、いつの間にか彼のための記憶容量が作られてしまっていたようで、そこから次から次へと彼の姿が再生されて行く。
 涙が止まらない。
 そしてそのまま、眠りに落ちた。



 目を、覚ます。
 自分がひどく暖かいものに包まれているのに気がついた。
 きっと目覚めたらベッドから突き落とされているか、酷く動揺した虎徹の顔と鉢合わせするだろうと思っていたのに、これはなんて悪い冗談だろう。
 妻と勘違いしているのだろうか。感覚的に、まだ朝と呼ぶには早い時間だという事が分かる。
 好きです、と言いたくなったが唇を閉ざした。
 意識が覚醒すると、昨晩の感情は綺麗に引き継がれたままだった。
 そこで、耳が音を拾う。
 一瞬、我が耳を疑った。
 間違いなく、自分の名を――彼だけが呼ぶ、自分の名を聞いた。
 反射的に「こてつさん」と呼び返してしまう。
 すると間もなくして、彼のもう一方の腕が自分の体の下を通り、強く抱きしめられた。
 心臓が破裂するかと思った。
 何故こんな事をするのだろう? どうしてこんな風にするのだろう?
 彼は自分を妻と間違っていない。
 動揺のままにしばらくされるがままになっていたが、意を決して目を開く。
 ケットの中で、彼の胸に頭を押し当てていて、何も見えない。
 抱きしめられている幸福感は例えようもなかったけれども、それより理由が知りたい欲求が勝った。もしかしたら、そんな事をすればこの手は永遠に失われてしまうかもしれない。
 それでも、期待が自分の背中を押す。
 もぞり、と彼の腕の中で身じろいだ。
 抱きしめられる力が少しだけ弱くなって、それを残念に思うが、それでもそうじゃないものを自分は欲したのだと思い、納得させる。
「こてつさん」
 呼びかけてみたが、まだそれは寝ぼけた声だった。
 だが、抱きしめていた腕が硬直したのを感じる。
「虎徹さん」
 今度は、はっきりとした声で呼ぶ。
 再び、強い力で抱きしめられた。
 この幸福感は現実のものとして受けとって良いのだろうか?
 伸び上がって、彼の顔を見た。
 眼鏡がないから、はっきりとその表情を見極める事が出来ないが、なんとも情けないような顔をしているように思える。
「起きてるのか」
 低い、掠れた声だった。
 心臓が跳ねる。
「はい」
「なんで、こんな事に?」
「……あなたが、先に寝たから」
「俺が?」
「ええ。あなた、かなり酔ってたようですから先に寝たんです。すいません、焼酎のボトルは空になりました、今日買って渡します」
「そんなものはどうでもいい。でも、なんでお前がここにいるんだ?」
 言葉に詰まった。
 抱きしめたままで、だけど彼の口調は決して柔らかなものではない。
「――僕が、勝手に入りました」
「どうして」
 考える間を与えない程、すぐに問いは返される。
「あなたが――」

――好きだからです。

 その言葉を発する前に、唇はふさがれた。
 想いの溢れた声をきっと自分は出していた。
 告げずとも、バレただろう。
 でも、だからと言ってどうしてこうなるのだろうか。
 この多幸感は、夢ではないのだろうか?
 想いは、通じたのだろうか。
――好きです、好きです、好きです。
 心の中で繰り返す。
 唇を重ね合わせるだけのキスの合間に、この想いが流れ込めばいいとばかりに何度も繰り返す。
――好きです好きです好きです。あなたの全てをください。

 やがて、口付けが解かれる。
「なあ――俺は、お前が好きなのか?」
 問われた言葉に、こちらが唖然とした。
 キスを仕掛けておいて、何を言っているのだろう。
「多分、そうですね。――いえ、そうだと、僕が嬉しいです」
 すると再び、強く抱きしめられた。
 涙が出そうになるのを、必死で堪えた。
 彼からは幸福の匂いがする。胸がいっぱいになって、どうしようもなかった。
2011.7.14.
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