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Dear Peep 親愛なるのぞき見


 高校時代からの友人でもあり、同じヒーローという極めて希な職に就いた虎徹とは、なかなかに良い関係をずっと築いていた。彼が結婚した時も招待されたし、娘が生まれた時のでれでれとした幸せな顔は今も記憶に焼き付いている。
 彼が妻を失って、茫然自失としていた時に、傍で支えたのも結局は自分だ。
 既にヒーローとして活躍し出していた彼には実家で過ごせるような自由な時間などなく、出動要請が掛からない以外の殆どの時間を、泣く事も出来ずただ呆然と過ごしているようだった。
 あれから五年経つ。
 いつの間にか自分のペースを取り戻した親友は、そろそろベテランの域を超え落ち目とまで言われていたが、大手企業アポロンメディア社に移籍してからは目を見張るような活躍をみせるようになった。
 もっとも、それは最近の話。
 今までにないバディを組むヒーローとして動き始めた虎徹は、最初の頃、そのバディと酷く反りが合わないようだった。
 新人ヒーローでもあるバーナビーはヒーローだと言うのに素顔を晒し本名を明かし、それなのに有能で何事にもそつがなかった。
 ファイアーエンブレムがつけたあだ名通り「ハンサム」と言うしかない整った美形は金髪と翠の目が印象的でもあったし、しかし時折虎徹と飲みに行った際に愚痴られるような、嫌味で辛辣な面は最初感じられなかった。
 もっとも、同じヒーロー同士だ。
 素顔で接するトレーニングセンターでも鉢合わせた事も多い。
 その内に、誰にでも笑顔を振りまく理想的なヒーローというバーナビーが、確かに虎徹の言う通りはりぼてだと言う事が知れた。
 このシュテルンビルトを守るヒーローはほんの数名しかいない。ポイントランキング制であるのだから、お互いがライバルであるのは確かにそうなのだが、彼は欠片も馴れ合おうとはしなかった。
 自分達に向けられる事はないものの、聞こえてくる虎徹へ向ける言葉使いも、なかなかに痛烈だ。
 えらい相棒に当たったようだと同情めいたものを感じていた。
 実際、コンビとしても上手く機能していなかったように思う。



 だが、彼が顔を晒し本名を明かしていた理由を知った時、そしてそれがシュテルンビルト最悪の事件が起きた時、彼に対する印象は一変した。
 彼は必死に耐えて強がっている子供でしかなかったのだ。
 その頃には、バーナビーと虎徹の関係もそこそこ改善されていたし、虎徹は元々面倒見の良すぎる嫌いのある男だ。彼が傍にいて、バーナビーが緩んでいかない筈もなかった。
 当初に比べてぐっと言葉遣いは柔らかになっていたし、それでもキツイ言葉遣いはしているものの、はたから見ればすっかり懐いているようにしか見えなかった。
 そして、その最悪の事件が終わってから、数ヶ月。
 明らかにバーナビーは変わった。
 張り詰めていた緊張は取り払われ、遠回しだった虎徹への甘えめいたものも隠さなくなっていた。
 それを、虎徹も嬉しそうに受け止めている。
 彼等の関係は当初からは予想も出来ない程、改善されたようだったし、実際、出動の際の二人の連携には同じヒーローとして感心してしまうような、あこがれてしまうような動きが増えた。
 バディと言うのは羨ましいものだな、などとアントニオは思っていたのだ。
 時折だった飲みに行く回数が近頃激減してしまったのは、おそらくプライベートでも虎徹はバーナビーの相手をしているからだろう。とにかく一度懐に入れたらとことん離さない性格だ。
 甘えるという事を知らなかっただろうバーナビーが、ようやく見つけた甘えられる人間に対して心酔しているのは、こちらが見ていても恥ずかしい程に良く分かる。
 だが、ちょっと待てよ、と思ったのが先日の出動の際だ。
 逮捕劇が終了した時、自分は二人のかなり傍にいた。彼等は気付いていないようだったが、自分は少し高台にいたのだからそれも仕方がなかっただろう。
 マスクを上げて、顔を晒した二人は談笑をしていた。およそ先ほどまで緊迫した空気の中で最大限にまで能力を発揮し、犯人を追い詰めていたとは思えない空気だ。
 その、バーナビーが虎徹を見る表情。それを受け止める虎徹の表情。
 むずがゆいような、それでいて懐かしいようなものを感じてしまった。

 気のせいだ、とその時は思うようにした。

 まるで学生時代、彼が後の妻になるクラスメイトの女子と一緒に誘われたからどうしようと困り果てたような電話を寄こされ、そんな事知るかと思いながらも、結局同行させられた。
 あの時間が心を過ぎってしまったのだ。
 だが、さすがにバディ同士でどうこうと言うのはあり得ない。すぐ傍に道を踏み外している仲間がいると言うのに、アントニオは異性愛者であり、同性愛者というのを理解出来ないでいる。
 それに、鏑木虎徹と言う男も結婚して子まで為した立派な異性愛者なのだ。
 だから、あり得ないと浮かんだ情景をかき消した。
 
 しかしそれからも、そんな情景が浮かぶ事が増えた。
 例えばトレーニングセンターでの二人のやりとりから伺える空気感。そして出動の際の息の合い方とたまに垣間見る素顔でのやりとり。
 どこかむずがゆい気持ちにさせられ、覚えていると思ってもいなかった過去の記憶が引っ張り出されるのだ。
 結論。
 彼等は、どこかおかしい。
 あれだけ「おじさん」「おじさん」とどこか蔑んでいたように呼んでいたバーナビーが、柔らかな声で「虎徹さん」と呼ぶのも不意打ちだと動揺させられてしまうし、そんなバーナビーを精一杯甘やかす顔で見る親友の姿にも慣れない。
 久しぶりに飲みに行った時、それとなく探りを入れてみた事もあった。
――近頃、バーナビーとはどうなんだ? と。
 虎徹は気付けない程の間を入れて、「普通だぜ?」と答え焼酎のグラスを傾けた。
 その時、少し動揺した気配に気付けない程、彼との付き合いは短くないつもりだ。
 しかしこれ以上つついても何も出て来ないだろうとその場は諦めたのだ。
 だから不自然さを目一杯に感じつつも、結局は彼等の様子を見るだけに留められていた。
 


 それが、だ。
 今日のトレーニングセンターでの出来事だった。
 相変わらずあのコンビは一緒のブースで片側は真面目にランニングマシンを、片側は怠惰に寝そべって過ごしている。時々聞こえる言葉の欠片は、至って普通だった。
 だから気が緩んでいた。
 一通り汗を流し終えてシャワールームへ向かえば、少し前に切り上げた虎徹が脱衣所で衣服を着替えている。その背中に残された、いくつかの爪の後。
 そして、シャワーブースから出てきたバーナビーの肩口についた、くっきりとした歯形。
 思わず回れ右をした。
 今、多分自分は見てはいけないものを見てしまった。
 それらがイコールで結ばれるものとは限らないかもしれない。しかし、あの二人の間に流れる空気を思うと、そうでないと思う方が難しいのだ。
「あら、どうしたの?」
 シャワールームに向かったばかりのアントニオが飛び出して来たので、ファイアーエンブレムが不審そうに声を掛けてきた。
「い、いや……」
 多分、今自分は汗をかいている。背中を汗が伝っていくのを感じる。
 先ほどまでのトレーニングで流していた気持ちの良い汗ではない、冷たい汗だ。
「なに? 私が恋しくなっちゃった? 仕方ないわね、一緒に入って……」
「待て。待て、トレーニングに付き合ってもらえないか? ああ、そうだ。シミレーションがやりたいんだが、ひとりだと味気なくてな」
「今から?」
 時刻はまもなく夕刻を過ぎる。
「まあ、時間はあるから構わないけれども」
 彼は一応、こう見えて一つの会社の代表だ。時間があると言うのは本当かどうかは知らなかったが、彼もトレーニングを切り上げるのだとすれば、中に入れるのは危険だと思った。
 幸いにも、室内から他の面々は姿を消している。
 もっとも今日は、他にドラゴンキッドとブルーローズという女性陣がいただけだった。
 ここで自分達がシミレーションルームに入れば、さすがに二人ともさっさと帰るだろう。
 今のは見なかった、そう自分に言い聞かせていつもなら避けるファイアーエンブレムと肩を組むようにしてシミレーションルームへと向かった。



 時間にして、およそ一時間。
 スーツなしだったので簡単な事しか出来なかったが、元々スーツはスポンサーの広告塔でしかない。能力を増加させたりだの、耐ショック性がある訳でもない。ただ、索敵は近頃ではついつい内蔵されたシステムを使用しているから、昔のように勘で動くのは久しぶりで、それが心地良くもあった。ファイアーエンブレムはなんだかんだと良いながら、面倒見の良い性格だ。それは戦闘の際にも出る。フォローに回る事もあれば、上手くこちらを立たせる動きをする事も多かった。
 心地良く体を動かした充足感のまま、汗みどろになった体を流すべく、シャワールームへと向かう。ちらりと先ほどの情景が頭を過ぎったが、さすがに時間も過ぎた。ふたりがどういう関係であろうとも、帰っているだろうし、いちゃつくのならばどちらかの家でやっているだろう。



「あら、まだ誰かいるのねぇ」
 だが、先に足を踏み入れたファイアーエンブレムの一言で、アントニオの血はざっと下がった。
「折紙でも来てたのかしら。今日は顔見てないし」
「あ……、そうか。スカイハイも見てないし、誰か軽く体を動かしに来たのかもしれないな」
 一足飛びに先の情景に結びつけてしまった事を後悔する。そう、もう一時間も過ぎた。彼等ではあり得ない。
 一番奥のシャワールームの扉が閉じられ、水音が絶え間なく響いていた。
 足下だけが見える作りになっている。
 そして、それを確認したことをアントニオは心の底から後悔した。
 足は二組。
 浅黒い肌と、そして真っ白な肌。
 どうやってここから逃げようか、と言う考えが真っ先に浮かぶが、ファイアーエンブレムは既にシャワーを浴びる準備をしていた。
「な、なあ。会社に戻ってシャワー浴びるとか、しないのか」
 ことさら声を張って言った。
 聞こえれば良いと思ったのだ。そうすれば、きっとふたりきりでひとつのシャワーブースにこもるなどという状況下にいる二人だって目が覚める筈。
「どうして? 汗だくよ、私。さっさとすっきりしたい……わ?」
 会話中に、音が混じった。
 その事で、ファイアーエンブレムはアントニオの顔を見る。
「なに?」
 近くへ寄ってきて、小さな声で問いかけてくる。しかしまさか親友を売るような真似は出来ない。だけれども、そんな事は不可能に近かった。
 彼もしっかりと二組の足を確認して、にやりと自分へと向けて笑いかけたのだ。
「へぇ……もしかしてとは思ってたけど、やっぱりねぇ」
「も、しかして?!」
「あら、気付かなかったの? あんたって案外鈍感ねぇ」
 気付いていた。気付いていたからこそ極力目を反らしていた。
 だがそれを説明する義務はない。
 水が激しく壁を叩く音の中で、甘い声が紛れる。
『……ん、こて、つさ…っ』
『バニー』
 親友の甘ったるい声に、頭を抱えて逃げ出したくなった。だが、がっちりと肩はファイアーエンブレムに掴まれたままでそれもままならない。
『ぁ……っ、ん、んあっ』
 きっと水の音と行為に夢中になっているせいで、自分達の存在には気付いていない。
 到底、あの生意気だったルーキーが出すとは思えないようなとろけるような声は聞いていられない。代わりに、ファイアーエンブレムの目がきらきらと輝いているのを確かに見た。
「手、離してくれ」
「いやよ、逃げちゃうでしょ、あんた」
「当たり前だろう」
「せっかくのチャンスなのに!」
「せっかくってなんだ」
 その瞬間、ガタンと二人の入っているシャワーブースの扉が鳴った。
 びくりと跳ね上がる。
『しっかり立てよ』
『無理…だ、って、分かってるくせに…ん、ぁあっ』
『分かったよ、じゃあしがみついとけ』
 見てはいけないと思うのに、シャワーブースの下の隙間を見てしまう。
 白い足は一本しかなくなっていた。
 じゃあ、もう一本は?
 そんなのわかりきった事だ、立ったまま事に及ぼうとすれば、それも向かい合ってしようとすれば、どうしても両足で立った状態では不可能だ。
 脳裏に浮かんだその情景を消したいと思うのに、虎徹の首にかじりつき、片足を引き上げられたバーナビーの姿が消えてくれない。
「情熱的ねぇ」
「……そうだな」
 もう、投げやりに言うしかなかった。ファイアーエンブレムは逃げるのを許さないように、がっちり肩を掴んでいる。さっきよりも強い力だ。シミレーションの時より本気出してないか? と疑ってしまう。
『ぁ……あ、あぁああっ』
『バニー、声』
『む、り……です…っ、中に…っ』
『ああ、俺がいるもんな』
 やけに楽しそうに言わないで欲しい。
 そのうち、小さくだががたがたと奥のシャワーブースから音が聞こえ始めた。
 本格的に致してますというのが丸わかりだった。バーナビーの声も、短く、そして切なさが混じるように響き始める。
『こんな、とこで……っ』
『だってお前が』
『誘って、なん……か、あっ、ああ、あぁあっ』
『誘われたんだよな、そうだよな、俺が勝手に』
 笑いを滲ませながら色のある声で、虎徹が言う。
「あら、あんた顔真っ赤よ」
「当たり前だろう」
 指摘されなくても分かっている。
 親友の情事をのぞき見するような真似をして、冷静で居られる方がおかしい。
『ずるい、です…っ、そうやって、こて、つさんは…』
 切迫した声が虎徹をなじる。
『ああ、俺がずるい』
『そういう、とこが……ずるい』
『余裕、あるじゃねぇか』
『そんな筈、ないでしょうっ』
 シャワーの水音がしていてくれて良かったと心から思う。
 息づかいまで聞こえて来たら、発狂出来る自信がある。
『じゃあ、そんな風にしてみろよ?』
 ああ、息づかいだけじゃなくても無理だ。
 虎徹のあんな、低い甘い声など聞いた事がない。
 反応したらしいバーナビーは、短いがとても聞いていられない甘い喘ぎを上げる。
「ハンサム……いい声だわね。それにタイガーもあんないい男だったとは……ミスったわ」
「お前冷静だな」
「そう?」
 八つ当たりでもしたい気分だった。
 やがて、バーナビーの喘ぎ声しか聞こえなくなってくる。
 安普請でもないのに、シャワーブースががたがたと音を立てる。
『あぁあ…あ、あっ、や、そこ……っ、も……ッ』
『もうちょい待てよ』
『や…っ』
 悲鳴のような声が響いた。
 水音では到底ごまかされない音だ。
『やぁ…ああっ、あ、あ…ああっ』
『バニー』
 甘ったるい親友の声。なだめるように掛けられるそれは、むずがゆく聞いていられないのに、急にアントニオは息をついた。
 ああ、こいつは見つけたんだ、と不意に思ったのだ。
 あの五年前を知っている。全てが空っぽになり、ヒーローと言う仕事だけで埋め合わせていた空しい日々がようやく埋められたのだと知る。
『あぁ、あっ、あ……ダメ、です、も、虎徹、さ…んっ』
『ん、そうだな』
 軽くキスでもしていそうな間の後、今までで一番甘い声でバーナビーは鳴いて、そのまま崩れ落ちた。下の隙間から彼の下半身が見えている。萎えた性器が白濁したもので濡れているのも、なにもかも。
「あら、目の毒」
「見てやんな」
『おい、大丈夫かバニー』
『へいき、です……』
 ぐい、と引き上げられるようにして、彼の体が上がってゆく。
 きっとシャワーの温度だけでなくピンクに染まっていた肌は、確かに目の毒だった。
『虎徹さん好きです』
『ああ』
 甘ったるい告白の言葉を耳にし、ここらで切り上げなければ本当にマズい、とアントニオは思う。
「おい、行くぞ」
「え? これからが良いところなのに?」
「ばーか、そこまで悪趣味じゃねぇよ」
「出てきたらびっくり! ってのがまたいいのに」
 そう言いながらも、ファイアーエンブレムは素直に着いて来る。
「あー、ステキだった。あの二人、出来てるとは思ってたけどほんっとうにラブラブなのね」
「場所は選んで欲しいけどな」
「まあ、ハンサムは若いんだもん。しょうがない時だってあるわよ」
 そんなもんかよと思いながらも、すっかりシミレーションの汗は引き、それとは別の汗で濡れ、それも更に乾いた状態で帰路に就く事とする。
「なあ」
「ねえ」
 お互い同時に口を開いた。ファイアーエンブレムがにっこり笑って、自分に言葉を譲ってくれる。
「あー、なんだ。メシでも食いに行くか?」
「いいわね、私も今そう言おうと思ってた所なの」
 セクハラばかりをされる相手と二人きりで食事と言うのは、なかなかにない機会だ。
 だが、彼は面倒見が良い。
 きっと自分の良い話し相手になってくれるだろう。



 ショックは受けたし衝撃も受けた。
 だが、今は虎徹が再び愛せる人と出会えた事で、胸がいっぱいになっている。
 そんな自分は、お人好しだろうか?
2011.7.16.
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