夜道を一人歩いている。近頃は車かバイクが殆どだったので、こんな事は久しぶりだった。
シュテルンビルトの夜は明るい。特にゴールドステージともなると、暗い場所を探す方が困難なくらいだった。治安維持の意味もあるのだろうが、バーナビーに取っては無意味なものにしか見えない。
軽く、酒が回っている。
世界がふわふわとしていて気持ち良い。
今日は他のヒーロー達と親睦会と銘打ち飲み会だったのだ。昔なら絶対に参加しなかったが、虎徹の誘いもあって自分は二つ返事でOKしていた。
だからこそ、今日は歩きなのだ。
それなりに今日は楽しかった、と思う。
自分はああいう場所に馴染みがないので、イマイチどう振る舞えば良いのか分からなかったが、他のヒーロー達が騒ぎ始めた頃から自分も何がなんだか良く分からないままに騒ぎに巻き込まれてしまった。
つい、飲み勝負になって負けた自分が何故か虎徹とキスさせられたのには赤面したが、あれも余興と思えば仕方がない。
問題は、虎徹とのキスは既に日常化していて、ネタにならないと言う事くらいだ。
こちらはプライベートを晒すようで酷く狼狽えたが、虎徹自身はそんなノリにも慣れていたのだろう。あっさり気軽に、向こうから軽いキスをちょんとだけ寄こした。
それでその場は色めき立ったが、しかしそれで終了にもなった。
ネイサンがもっと深く! と騒いでいたが黙って酒を傾ける事で黙殺した。それ以上なんて、こちらの心臓が持たない。
本当なら帰りに虎徹の家に寄るか、自分の家に来て欲しい所だったが、全員その場で解散してしまえば、家が全く別方向の自分達が一緒に連れ立つのはおかしな話だったので、諦めた。
しかし物足りない気持ちなのは、変わらない。
酒が入っているから余計になのだろう。
携帯をポケットから取り出せば、その瞬間にコールが鳴りだしたので酷く驚いた。
名前を確認すれば、虎徹だ。
思わず笑ってしまう。なんてタイミングの良さだ。
「はい?」
思わず出た声は非常に柔らかな声になってしまった。
心情そのままの声になってしまった事に、少しだけ忸怩たる思いになる。
この人が好きだ。関係を持ってもうずいぶんになるのに、家族写真も片付けなければ指輪も外してくれないズルイ人だけれども、この人がいなくなれば自分はきっとダメになる。
『もう家についたか?』
「いいえ、まだ帰り道です」
彼もまた、モノレールに乗った筈だった。店はどちらかと言えば彼の家に近かったように思う。だからもう到着して良い筈なのに、電話の向こう側は雑然とした空気に満ちていた。
『そっか、今から行くから。多分そう遅くならない』
「は? 帰ったんじゃないですか?」
『あいつらの手前、帰る振りでもしなきゃしょうがねぇだろ? 一駅だけ乗って、折り返した』
思わず吹きだした。
そこまでしてくれた、虎徹に対して心の中にどうしようもない幸福感が沸き立つ。
『なんで笑うんだよー、おじさん頑張ってだまくらかしたんだから、褒めろよ』
「ええ、確かに。すごいですね」
『なんかすげぇバカにされた感じ』
拗ねたような声が可愛い。
「してませんよ、待ってます。僕はもう到着しそうです――酒くらいしかありまんよ?」
『お前んちの冷蔵庫くらい知ってるっつーの』
確かに。自分達はほぼ毎日のペースでお互いの家を行き来している。彼の家の冷蔵庫にマヨネーズとビールくらいしか入っていないのを知っているのと同じように、自分の家の冷蔵庫がほぼ空っぽな事も彼は覚えているだろう。
「何か買ってきてくださいよ。どうせ飲むんでしょう?」
『うーん……』
「なんですか?」
『飲むよりしたい』
あけすけに言われ、思わず足が止まった。
『あれ? バニーちゃん?』
「いえ……さっぱり言い過ぎですよ、虎徹さん」
歩みを再開させて、苦笑を殺して呆れた声を出す。
『ええー、俺の素直な願望なのに』
「………僕も、どちらかと言えばその気分です」
『なんだよ。お前もなんだったら笑うなよ』
向こうから笑いの気配がする。その吐息の音で、ぞくりと来てしまう。
既に多分、あんな可愛らしい子供のキスでスイッチは入ってしまっている。衆人環視の中で行われた、恋人同士のキス。きっと他のみんなは気付いてすらいないだろう――いや、案外ネイサンやアントニオ辺りは聡かったり、虎徹に近すぎる人間だから気付いているのかもしれない。だけど、あの場は賑やかに流されておしまいとなった。
本当は深いキスがしたい。
彼に乱されてぐちゃぐちゃになる自分が欲しい。
自分に溺れて余裕がなくなる彼が見たい。
「期待してますから……ああ、着きました。到着したら、また電話してください」
『おっけ、分かったよ』
そこで通話が切れた。
携帯を握ったまま、少しばかり寂しい気持ちになったなんて嘘だ。どうせすぐに彼は来るのだから。
それに、ああは言ったものの少しくらいは飲む気だろう。酒の用意でもしておこうと思った。
それから十五分もしないうちに、再び携帯が鳴った。もう階下まで来ていると言う。
合い鍵は渡してあるのに、彼はこの家に入る時はこうやって呼び出すのが好きだ。
モニタにはにっこり笑った彼の顔がある。
じわり、と胸のあたりに幸福感が満ちるのだから不思議だ。こんなにお手軽な自分が信じられない。今までなら、知らなかったものだった。
彼と関係はあったものの、そこに心が伴っていたかどうかは今となっては分からないのだ。ただ、明確に感情を理解したのはジェイクの事件の片が付いた後だった。彼が無理を押して現場に駆けつけてくれた事、そのために入院が長引いた事。そこで始めて自分は彼に支えられていたと気付いた。その瞬間には恋に落ちていた。
もしかしたらずっと前から根付いていた心が、復讐という大きな塊が出て行った事によりすとんと落ちて来ただけかもしれない。
それでも、良かった。自分は彼の事が好きで、彼も自分が好きだ。
明確に言葉にされた訳ではない。自分も告げた事はない。
だが、そんなものは空気で分かる。
彼の甘やかに溶けた表情一つで、彼の心情も分かってしまう。
ロックを外し、部屋の鍵も開けておく。
しばらくすると、扉をノックされた。
「鍵、開いてますよ」
いつもの事なのに珍しい事をするなと思ったら、開けっ放しの扉の向こうに見える玄関ドアの隙間からちょいちょいと自分を呼ぶ手が見えた。
何のつもりだろう? とバーナビーは首を傾げながら呼ばれるままに扉へ向かう。
そして、たどり着いた途端に開かれた扉から入り込んだ虎徹に抱きしめられた。
「――もう、どういうつもりですか」
「え? 言っただろ? したいって」
「だからって」
正面から抱きしめられたまま、至近の距離で見つめ合う。確かに彼の瞳には既に欲が滲んでいる。じん、と自分の体にもしびれのようなものが走った。
その感覚を追い切る間もなく、唇が奪われる。
さっきまでのキスとは全く違う、恋人同士の性的なキスだ。
すぐに唇は割られ、深いキスになってしまう。
「……っふ」
絡め合う舌からしびれが絶え間なく体に送り込まれる。背中に回した手を、ぎゅっと強く彼を抱きしめる形にした。
その途端、舌を逆に虎徹側に向かえ入れられ、強く吸われる。甘噛みされて、そこを舐め、そして強く吸う。
「……ん、んんっ」
力が抜けて行く。足が役に立たなくなりそうだ。だがそれを腰に回された虎徹の腕が許さない。
立たせたまま、深いキスを続けられる。
腰に回された腕は一本だけになり、とっくにジャケットを脱いでいた自分はシャツ一枚の姿で、そのシャツすらたくしあげられて行った。
明確に性的と分かる手の動きで、背を撫でられる。特に骨の上の部分。びくり、と体がはねてしまうのは仕方がない。
足ががくがくしているのに、やはり彼はまだ離してくれない。早くベッドへ行きたかったが、その希望は叶えられそうにない。
肩胛骨を指一本で辿られ、耐えきれずキスを中断させて喘ぎを漏らした。
「お、敏感」
「や……です、虎徹さん、ベッドに……」
「んー、ちょっともったいねぇ」
「へ?」
「たまにはこんな場所でやっちゃうのも良くね?」
「こんなって……え?」
呆然としている間に、とっくに勃起している場所を掴まれた。
「バニーももうこんなだし。汚れてもシーツよか掃除は簡単だし」
「ちょ、本気で言ってるんですか?!」
「俺はいつだって本気」
にっと笑う。その笑顔に邪気がないように見えるのだからタチが悪い。
呆然としている合間にシャツを完全に脱がされてしまい、そのまま彼は首筋から胸元へ唇を移動させていく。
「や……虎徹、さん……ここ……っ」
「うん、すぐ廊下だな。あんま大きな声出すなよ?」
「ちが……っ、防音だから聞こえませんけど! でも…っ」
「おじさん我慢出来ないってば」
と、下肢までくつろげられ、勃起したものを取り出される。
「ぁあ…っ、あ」
玄関先なんて背徳感でいっぱいなのに、絶えず送り込まれる快感に、体はストップが効かない。手で性感を追い上げられ、彼にしがみつくので精一杯になる。
「いい反応」
「おじさん、くさいっ、ですよ…っ」
「おじさんだってば、だから」
そして、そのまま彼はずるりとその場所に座り込み、自分のものを咥えた。
「や…っあ、ああっ、あ」
じゅぷり、と唾液の音。ぬるりとした暖かい粘液につつまれて、遂に足が役に立たなくなる。
そのまま座り込みそうになるのを、またしても虎徹の腕に邪魔された。
「バニーは立ったまま。扉に手ぇついて」
「は…い……っん、ぁあっ、あっ」
言われるがままに扉に手をつき、体を支える。だが足ががくがく言うのはどうしようもない。
そのままボトムを下着ごとずらされ、唾液に濡れた指先が後孔へ伸ばされて行く。
日を空けずして毎日行為になだれ込んでいるせいか、随分指を受け入れることにも慣れて来た。それでもひきつれるような痛みはあるけれども、それすらもその後の快感を思えば感じてしまう。
「……っ、ん、く……っふ」
「痛いか?」
ゆるゆると首をふって答える。
咥えたまま、その姿を見て彼は満足そうに笑った。淫蕩な笑みだ。
このおじさんにこんな顔があるなんて事、他のヒーローたちは知る筈がないだろう。
一本の指が後孔を暴く。そしてぐるりと広く空間を作りながら回すと、二本目が挿入された。
わざと感じる場所は外して指が犯して来る。
「く……っ、ん」
前への刺激で喘ぎを漏らしまくりたくなるのを必死で我慢し、後孔の感覚に意識を向ける。
指が体内を探っているのが良く分かる。そんな場所じゃないのに、この体は虎徹にすっかり作り換えられてしまった。
「ぇあっ、あああっ、あっ!」
「考え事禁止」
急に、指先が酷く感じる場所を抉ったかと思うと、前への刺激が激しくなった。
じゅぶじゅぷと唾液の音をさせながら、追い立てる動きに変わる。
「ちが…考え事、なんて…っ」
「してたろ?」
「あなたっの、あ、あああっ」
「俺の?」
言葉が上手く紡げない。前と後ろからの刺激でそのままおかしくなってしまいそうだ。
「あなたの、指……っ、感じて、た、らっ」
「俺の?」
はい、と答えたら更に容赦ない動きが前後に与えられた。
「嬉しい事言うなよ」
と、合間に告げられる。
そんなつもりじゃないとは言うだけ無理だろう。
実際に、彼の指の動きばかりを追っていた。それは彼を喜ばせる結果にしかならない。
事実、殆どの時間自分の頭は彼の事ばかりなのだ。それを告げてやる気はないけれども。
「んぁっ、あっ、ああっ、も……っ、や、いや、だ…っ」
もう堪える事が出来ない。なのに、訴えは彼に届かない。
そのまま動きが激しくされ、いつの間にか三本に増やされていた後ろの指がまるで性器のように出入りしながら前立腺を刺激し、そして前はぬるりとした粘液で包まれ強く吐精を促している。
「も……だ、め……っ」
びくんっ、と体がはねた。彼の口に吐き出す事になってしまったが、最後まで訴えを聞いてくれなかった彼のせいだ、仕方ない。
扉に突いた手の指先が、扉を必死で掻く。そうでもしなければ引っかかりのない場所では自分を支える事が出来ない。
「ん……良く出たな」
「言わないでください!」
飲み干したらしい虎徹が、満足そうに告げる。その瞬間に羞恥が襲いかかり、顔に血が昇る。もっとも、その前からの行為で顔なんて紅潮していただろうから今更だっただろうけど。
「じゃ、バニーちゃんそのままでね」
「え?」
少しだけ、腕を突く場所を変えられる。
これじゃあ尻だけを突き出した酷く卑猥なポーズだ。
「まさか、ここで……最後まで?」
「だから我慢出来ないって言ってるだろ?」
「これくらいの我慢も出来ないんですか」
「ああ」
と、自分の目一杯に成長した性器を取り出し、ゴムをつけている男は頷く。
「防音なんだろ? じゃあ大丈夫じゃね?」
「そういう問題じゃなくて…」
「でもゴメンね、バニーのあんな顔とか見てたら我慢なんて無理無理」
と、そのまま腰を抱かれて、ゆっくり挿入された。
「あ、あ、あ……っ」
指とは断然に違う質量と熱。薄い皮膜越しとは言え、感じるそれは自分が結局は求めていたものだ。抱かれる事に慣らされた体は、最終的にこれがなければ満足しない。
「あぁあっ、や、そこ…っ」
挿入の途中、まだ浅い場所で性器で内を掻き乱すようにする。そこはちょうど前立腺のある場所だ。
「すげ……締まる」
「やっ、ああああっ、あっ、やぁああっ」
がくがくと足が力を失う。
「っと、倒れるなよ?」
ならマシな場所に変えてくれと思うのだが、言葉にならない。
「ぁああぁあっ、んぁっ、は、……ああ」
開きっぱなしの口から涎が垂れて行く。それも気にならない程、狂気にも似た快楽が脳を支配する。
「や――あぁああっ」
そして、勢いよく奥までを虎徹の性器が貫く。
そこで軽く絶頂に達した。
白濁が床へぱたぱたと落ちる。
「お、ところてん」
「下世話な……言葉…使わない、で」
「だってそうじゃね?」
笑いの気配を背後に感じながらも、それ以上の反抗が出来ない。彼がゆっくりとではあるが動き始めたからだ。
「は……っ、は、ぁ、は…っ」
「すげ、締まる」
「あ……っ、あぅ、んっ」
急に切迫したような虎徹の声に、反応してしまう。
「すげえいい…」
掠れた甘い声は、こんな時にしか聞けない。だからバーナビーはとても好きだ。
それだけで、いってしまいそうな程。
ゆっくりと抜き挿しされていたものが、若干虎徹のペースへと切り替えられて行く。彼も我慢が効かなくなってきたのだろう。
「すまん、俺も無理」
「ん……っあ、ああぁあっ、あっ」
早い動きに切り替えられる。自分が達しようとする動きだ。
もうどこが感じているかなんて分からないほどにバーナビーは感じて、狂いそうな程に喘ぎを漏らし、快楽をどこかへ逃がしたくて頭をふるっていた。扉についた手はかりかりと何度も引っ掻くので、もしこれが柔な素材ならひっかき傷だらけになっていただろう。――ああ、そうだ。だから虎徹の背中はいつも人に見せられない背中になっているのだ。
「や……いく、も、いくっ、あ、あああぁっ、いや、だっ」
「ああ、俺ももう限界」
そして、弱い場所を幾度か突いた後、彼は長いストロークを早い勢いで行き来する。
「や――あ、あああっ」
ぱたたたっ、と床に再び白濁が落ちる。
それとほぼ同時に内側にも熱を感じた。
その瞬間、自分を支えていた虎徹の腕の力も抜けたようで、ずるずるとその場所にバーナビーは崩れ落ちる。
「お、おい」
ずるりと自動的に抜けた性器もそのままに、動揺したように慌てて虎徹はバーナビーを抱きかかえる。
そのまま床に突っ伏してしまいそうな勢いだったからだ。
「こんなの……もう、二度と、ダメ、です…っ」
「ああ、分かった。すまん」
「持ちません……僕、あなただけで精一杯なのに……こんな場所とか、立ったままとか」
「そうだよなー。いっつもベッドですげぇ気持ちよさそうにしてるもんな」
「そういう事じゃなくて! 刺激が強すぎるって言ってるんです!」
「へぇ」
にぃ、と彼が笑ったのを、バーナビーは見逃さなかった。
「ま、取りあえず風呂入るか。体、どうにかしなきゃな」
「……ひとりで入ります」
「そんな足腰立たないくせに?」
「う………」
「まあ、遠慮するな。体くらいは洗ってやる」
「それだけで済ませてくださいよ」
強く言ったが、彼は返事しなかった。
当然、浴室で何があったかなど、告げるだけ野暮だろう。