「また飲み過ぎですよ」
「あー、そういうバニーちゃんも顔真っ赤だねー」
「あなたに付き合ってたからですよ! ほら、ちゃんと歩いて。鍵は?」
「ん? ここ」
ポケットを示されて、仕方ないなとバーナビーはそこから取り出す。虎徹の家の近所にある、彼の行きつけの飲み屋に連れて行かれるのは、何も初めての事ではない。彼と付き合い始めてからは確実に自分も常連のひとりになっている気がする。
近場なので気が緩むのか、それとも自分が一緒だからここまでなのか。あの店に行くとかなりの割合で虎徹は酔い潰れる。その面倒を見なければいけないのはいつも自分なのだが、それを楽しいものとして受け取っている自分がいる。酔っぱらうとこの人はぐでぐでだ。いつも自分がこうやって抱きかかえるようにして連れ帰っている。
鍵を開け、慣れた家の中に入る。
取りあえず虎徹をソファに下ろし、冷蔵庫を開くと
「ビール!」
と大きな声でリクエストが飛んできたが当然無視してミネラルウォーターを引き抜いた。
これ以上飲ませたら、間違いなく明日に引きずる。いくら明日が休みだとは言え、せっかくの休みでもあるのだ。ふたりで過ごせる休日を二日酔いで潰したくない。
「はい、どうぞ」
「えー、ビールじゃねぇの?」
「これ以上は禁止です」
「なんで? あ、使いもんにならなくなるから?」
「下世話な事言ってないで、さっさと飲んですっきりしてください」
「今ちょうど良く酔ってて気持ちいいとこなんだけど」
「僕の目から見ると酔いすぎです」
「そう?」
おかしいな、と小首を傾げてミネラルウォーターの封を空けて飲み始める。自分はと言えば、ビールのプルトップを開いた。
「あ、バニーずりぃ!」
「僕はあなたほど飲んでません」
「それでもずりぃ、俺は水なのに!」
と、手を伸ばされる。
自分は立ったままなので、当然届く筈がない。だが虎徹の顔は必死だ。
そこまでして飲みたいのかと思うと、笑いがこぼれ出た。
「しょうがないですね……」
いい大人のくせに、自分の飲み方を分かっていない人だ。
開けたばかりの缶を渡してやると、ぱっと表情が輝く。既にミネラルウォーターはテーブルの上に放置されたままだ。
笑いを浮かべたまま、自分の分の缶を取りに再び冷蔵庫へ向かった。そして、今度は彼の傍らに座る。定位置だ。
「かんぱーい」
「何にですか、今更」
今日は意味もなく、何度も乾杯をしている気がする。まあ、酔っぱらいの言動なんてそんなものだろう。まあなんとなくなどと言っている虎徹に付き合い、缶をかちんとぶつけ合い、ごくごくと喉に流し込んだ。元々は炭酸の入ったアルコールは得意ではなかったのだが、この人と付き合い始めてから、間違いなく味覚が変わった。ビールを旨いと思って飲めるようになったのは間違いなく虎徹のお陰だろうし、簡単な携帯食で十分だった食生活は彼と共に食事をする機会が増えて、ちゃんとしたものを食べる、と言う習慣もついてしまった。
もっとも、殆どの時間を虎徹と共に過ごしているので、彼の食生活に合わせているだけに過ぎないのだが。しかし、それにしても変われば変わるものだと自分の事ながら感心してしまう。
二十年も続いてきた習慣が、たったひとりの人間によって変えられてしまう。
心の動きもなにもかも変わった。
彼を中心にして世界が回っている。
その事実に、思わず苦笑が漏れる。
「何笑ってんだ?」
「いえ……あなたの事を考えていただけです」
「俺の事? なになに」
「内緒ですよ」
「えー。隠し事禁止」
「えー、じゃあありません。その歳でどうしてそんなに子供っぽいんですか、あなたは」
笑いが止まらない。
「しょうがねぇじゃん、こんな歳の取り方しかしてこなかったんだし。だからこそバニーちゃんも俺の事好きになったんだろ?」
「さあ、そこはどうか分かりません」
「あ、でも否定しない訳だな?」
「何をですか」
「俺の事が好きだってこと」
「……っ、なに」
「ほらほら、顔真っ赤」
「酔ってるからです!」
さっき指摘してきたところではないか。それを妙な方向に取られてもらっては困る。
そう思ったのに、虎徹はそうと決めつけ頑として譲らなかった。
「もう、これで終了ですからね。禁止ですよ」
「えー」
「また『えー』、っていう」
「何度だって言うよ」
もうこの酔っぱらいどうしてやろうかと思ったが、どうしようもないことは経験上分かっている。
「空っぽ!」
「はいはい」
空になった缶を渡されて、仕方なく応じる。
結局自分はこの人に弱いのだ。明日、二日酔いになったならそれに付き合ってやっても良い。どうせ休みとは言っても、ふたりでどこかへデートにでも行ける訳ではない。家の中でのんびりと過ごすだけの話だ。ならば二日酔いでも問題ない。今この機嫌の良さそうな彼を見ているのも楽しいのだから、それも休暇の過ごし方のひとつだろう。
自分の分と虎徹の分、そして冷蔵庫の上にある焼酎のボトルも持ち出した。どうせ最終的にはこれを飲みたいと言い出すのは分かっているからだ。それに、自分もかなりこの酒は気に入っている。
自分はビールではなくこちらに切り替えようかなと思い、テーブルの上にひとまずそれらを置くと、キッチンへ向かってグラスと氷を持って来た。
「え、え、バニーちゃんそれ飲むの? だったら俺のも用意してよ」
「混ぜるな危険! って言ってたのは虎徹さんじゃなかったでしたっけ?」
「そんな昔の事は忘れた」
しれっと言うので、肩を竦める。分かってて言ってるのか、本当に忘れてるのかは微妙な所だ。
仕方ないので自分のグラスを渡して、新しいグラスを作りに行った。
さっきとまるっきり同じ構図にまた笑いが浮かぶ。
そう言えば笑ってばかりだ。自分も相当酔ってるのかもしれないとようやく気がついた。
結果として、出したビールは全部空いて、焼酎のボトルは空になった。半ば以上も残っていたと言うのに。
その末出来上がったのは、立派な酔っぱらいがふたりだ。もうぐだぐだを通り越していた。
いつもならシャワーを浴びてなければイヤなのに、そのままロフトのベッドに手を引かれ上がると服を服を脱がせてはぽいぽい投げ捨てられる。どうせ明日は休日だ、服がしわくちゃになっても構わないくらいの気持ちになっている。それよりも、目の前の欲情した男の視線から目を離せない。
「虎徹さん……そんなに、見ないでください」
「じゃあ、お前が見るなよ」
「無理、です」
じっと見ている自分の目にも欲情は浮かんでいるだろう。この獰猛な瞳から目をそらせば、いっきに食いつかれてしまう。それが分かっているのにどうして目を離す事が出来るだろうか。
いや、食い尽くされる事を望んでいる。だけど、その食らい尽くす瞬間を見逃したくない。
薄く、彼は笑みを浮かべた。挑発するかのような笑みだ。
応えるように自分もうっすら笑んだつもりだったが上手く行っただろうか? 彼の方がいつだってこういった場面では一枚上手だ。同じ男としてそれを悔しく思う事もあれば、好きにされる嗜虐心が刺激される事もある。
手が伸ばされ、ひったくるように自分は彼に抱き寄せられ唇を重ねられた。何もかもを奪われる様なキスだった。元から理性なんて酒で吹っ飛ばされている。だからそのキスに思うがままに身を委ねる。
唾液の音、そしてお互いの荒い息づかい。
劣情が刺激され、立っている事も困難になる。
それを察したか虎徹はとん、と胸を押してそのままベッドへとバーナビーを倒れ込ませた。そこへ彼が覆い被さってくる。
キスが再開される。だが、上半身脱ぎ捨てて素っ裸の自分の肌の上は虎徹の普段は無骨にしか動かない手が繊細に動いている。
「……っ、ん」
乳首を軽く弾かれ、思わず声が漏れた。いつの間にか開発されてしまった場所だ。女性との経験も少なかった自分に取っては、どこが感じる場所なのかなんて事、知りもしなかった。それを虎徹は容赦なく暴いて行く。
丁寧に撫でられ、そして時折強くつままれては、好きにされる。その度に自分は抵抗する事も出来ずされるがままで、せいぜい出来る事はと言えば小さな声を漏らすばかりだ。もっともその声だって濃厚すぎるキスに飲み込まれて行ってしまう。
「こてつ、さん……っ」
キスの合間を縫って、訴えた。
ささやかすぎる愛撫はもどかしさを下腹へためるばかりだ。
だが分かってやっているのだろう。彼はにやりと悪い笑みを浮かべる。そして、今度は唇を胸元へと寄せた。
男の乳首などおまけ程度についているものだとしか思っていなかった。
それが、立派に主張し彼の舌で舐められるたびに息がどんどん荒くなってゆく。
「………っん、んぅ」
「声、出せよ」
「や、です……」
「可愛くねぇぞ」
「けっこう、で………ぅあっ」
カリ、と歯を立てられ、思わず声が上がってしまう。
じんとした痺れが全身に広がった。
思わず、シーツを掴む。
「そうそう、そんな感じ」
明らかに愉悦を含んだ虎徹の声に、煽られてしまう。
そのまましばらく乳首で遊んでいたかと思うと、唇はあちこちへとさまよいだす。脇を責められるのが一番に辛かった。脇腹はただでさえもくすぐったい。そこへ彼の肉厚の熱い温度の舌が触れるのだ。
「………んや、あ……っ、は」
シーツを握る手の力が強くなる。足の間に入り込んだ虎徹は、その両足の膝を立てさせ、それから少し考えたようにして、もういちど足を伸ばした。
そして、まだ下肢を覆っていた衣服を全て脱がせられる。細身のボトムは脱がせにくいだろうに、すっかり彼は手慣れたもののようだった。ベルトを外しボタンとジッパーをおろすと、するりと抜き落とす。それもベッドの下に放り投げられる。
それで満足したのか、両膝を立てられた。
一糸まとわぬ全裸だ。対して虎徹は、タイすらもまだ抜いていない。
悔しい気持ちになって手を伸ばすと、タイをひっこ抜く。そのまま勢いで、唇を重ねる。
「なんだ、キスして欲しかったの? バニーちゃん」
「違いますよ、あなたが服着てるから……」
「ああ。でも、お前弄るのには関係ないから」
「関係っ、あります!」
「なんで?」
「……恥ずかしい、です」
「んー、その顔がいいからおじさんは脱がない」
「なっ」
そして虎徹はゆるりと立ち上がり始めている勃起を手にする。
「顔真っ赤にしてさ、そんな風に言われるとすげーそそる」
「こてつさん!」
「しかもここ、固くなってきてるし」
「そりゃあ、あなたの……手、さわられ、たら」
さっきまでスムーズに紡げていた言葉が、とぎれとぎれになってゆく。呼吸が邪魔だ。変な声を上げそうになるのを必死で我慢しなければならない。
「俺の手、好き?」
「……っ、すき、です」
屈辱的だがそう答えるしかない。だって好きなのだ。虎徹が,虎徹の与えるものすべてが。既に負けている恋愛だって分かっている。自分ばかりがきっと好きなのだ。
いや、彼だって好きでいてくれている事は分かっている。でも比重は自分の方がずっと重い。
「……っん、あ」
すき、と告げた途端に手の動きが卑猥になった。
ぐちぐちと先走りの音をさせて、先端に塗り込めるようにしたり根元からを強くしごいたりを繰り返す。
「や……いく、いきます、から……っ」
「ん」
「ん、じゃなく、て……っ」
もう甘い吐息になってしまっている。彼の与える快楽はいつだって強烈だ。
荒い息に混じって甘ったるい、自分のものではないような喘ぎが混じるのはどうしようもない。
「……ぁ、ああっ、ん、く」
「そのまま、一度いっとけ」
「っや、です……っ」
「俺のがいい?」
やらしい言い方で問われ、素直に頷ける筈もない。
答えずにいれば、手の動きは尚執拗になって行く。
彼も酔っている。自分も酔っている。
変な意地の張り合いをしている事は良くわかっているけれども、やめる気になれない。
「………っ、あ、も、やぁ、ああっ、あっ」
ぐちぐちと言う音が、ぐちゃぐちゃと言う卑猥な音に変わってしまっている。自分の先走りの音が恥ずかしくて仕方がない。
精液も既に漏れてしまっているだろう。腹の奥から腰に響く快楽がたまらなく気持ち良い。そのまま全身に広がってパチパチと音を立てて弾けそうになっている。
シーツを掴んでいた手を伸ばし、虎徹の自分を弄る手へと添える。
「も……いきた」
「自分でするの?」
「違っ……もっと、くださ、い」
「んじゃあ、バニーの手も使おうな」
と、自分の手で自分の性器を握らされ、その上から彼の大きな手のひらが被さって来た。
有無を言わせぬ強さで、そこを上下させられる。
「や、いや、ですっ、これっ」
「いい、だろ?」
「や……っ、あ、ああぁあっ、あ、んぁっ、あ」
自分の少し低めの手の温度と、虎徹の高い体温。ふたつの温度に挟まれて、もう暴発寸前だった。
「こてつさんが、いい……っ」
告げれば、彼は頬にキスをひとつくれた。そしてバーナビーの手を解放してくれる。彼の手だけになり、そこを上下させられ、先端をくじられ、そして世界が真っ白に染め上げられるかのような瞬間が来る。
「……………っ、あああぁあっ」
とぷん、と彼の手を精液が汚した。
それだけで飽き足らず、腹にまでぬるい温度が飛び散る。
「は……はぁ……は」
「すげ、バニー」
「言わ、ないで、くださ……っ」
まだ息も整わないままで、虎徹に訴える。
だが彼は満足した獣のような笑みでその手に付いた精液を舐めとる。
「やめっ」
「んー、やめね。それにしても不味いよな」
「そう思うなら、やめてください!」
「やだよ、バニーのもんだし」
真っ赤な舌を突き出して、手を綺麗にしていく。もしかしてこの人は腹に飛び散ったものまで舐めとるんじゃないだろうかと急に焦って、ベッドサイドのティッシュを引き抜き、腹を拭った。
「あ、なにやってんだよバニー」
「もう、いいですから!」
「もう良かねぇよ」
「それより、……はやく、虎徹さんをください」
酒のせいか、調子が乱れる。
いつもならこんなバカげたやり取りなんてなしに行為になだれ込むのに、変な間が空いてしまった。彼を求める言葉を口にするのも気恥ずかしい。だが、抱かれる事になれた体は、手で追い立てられる事だけでは満足してくれない。
「ん。そうだよな」
そして、ベッドサイドに常備してあるローションを虎徹は手に取った。
ぬるりとしたそれは冷たいけれども、いつも虎徹が温めてから使ってくれる。今日も手のひらで人肌にまで温めたそれを、本来なら使う筈もない予定だった場所へと塗り込められて行く。
「……んっ」
気持ち良い、と言う訳ではない。
どちらかと言えば不快だ。
だが、その先にある快楽を知っているから、自然と頭の中はそれを快感だとシフトしてしまっている。
塗り込められたローションの力を借りて、指が一本中に入ってくる。
大きく息を吐いてそれを受け入れると、彼の指は無尽蔵に動き始めた。
壁をなぞり、入口まで引き抜いたかと思えば、再び奥まで突かれる。そして少しだけふっくらした場所へと指が触れれば、電気が走ったように自分の体のコントロールが効かなくなった。
「ぁああっ、あっ」
「ここ、好きだもんな」
「好き、じゃ、な………っあっ、んっ」
「じゃあ、どうしてそんなに喘ぐ訳?」
「や……っ、そこ、やめ」
ぐりぐりと指先を押し付けられ、その合間に増やされたもう一本の指で挟み込むようにしてそこばかりを刺激される。そのままいってしまいそうな刺激に、ゆるく頭を振って否定の意思を伝えるしか出来ない。
「いや、です……っんあ、は、ああっ」
「イヤなようには見えないから、おじさんは困る」
「困ってなんか、いないくせにっ」
「うーん、実はそう」
からからと笑われ、悔しくなってシーツを握っていた手を離して彼を殴った。もっとも力なんて入る筈がなく、軽くぽかりと行っただけだったけれども。
いつの間にか三本に増やされていた指が、入口を広げ始めている。
その場所を刺激しながら、気も狂わんばかりの快楽を与えられながら、でもどこか酒のせいか冷静になった場所がそれを感知していて、早く虎徹が入ってくればいいのにともどかしく感じている。
「……っ、も、やだ、はや、くっ」
でなければ、二度目の吐精をしてしまう。
逃げるように体をくねらせれば、彼の動きが一瞬止まった。
「いいんだな?」
「ええ、はや、く……っ」
指を一気に抜かれる。十分にほぐれた場所に、高い温度が押し当てられる。
どくん、と鼓動が一つ鳴った。
それが早く欲しくてたまらない。
息が細かく早くなる。
「こてつさ……」
「ん」
ゆっくりと、熱が入ってくる。指とは段違いの太さのものだ。だが、それが中に入ってくる事によって、確実に自分の中身が作り替えられてしまう気がしてしまう。
「は………あ、ああっ」
張った場所が、弱い場所を掠める。体がびくりと跳ね、それをなだめるように虎徹はキスをひとつ落としてくる。
そのままシーツを掴んでいた手を彼の背に回し、強く抱きしめた。
「おい、動けねぇぞ」
「大丈夫、です」
飲んでいるせいか、彼はしきりに笑う。戯れのようにして、自分に触れる。
キスをたくさん顔中に落とし、その度に内へと徐々に熱が飲み込まれてゆく。
「ん………っ、あ、は、ぁあっ」
甘やかされているのか、責められているのか、分からない。頭が酩酊状態のままで混乱していく。
「ああっ、こてつ、さ……こてつさん……っ」
ぎゅう、とつよくしがみつくと、根元まで一気に付き入れられた。
「ぁああっ」
「今のは、バニーが悪ぃ」
「なん、で」
「そんな可愛い声で呼ぶから」
「虎徹さんの、せいじゃ、ないですか……っ」
じっくりとじわじわ責められるのもたまったもんじゃない。その上、顔中にキスの嵐だ。幸福感と快楽で頭がどうにかなってしまいそうだった。
「ま、たまにはこういうのもいいだろ?」
と、彼は若干馴染んだのを良い事に、動き始める。
深い場所から浅い場所へ移動し、弱い場所ばかりを突き始める。
「や、そこ……そこばっか、や…ぁあっ、あっ、あ」
「だってバニーがここが一番いいっつうから」
「ちが……っ、う、ん、っあ、は、ああっ」
頭がおかしくなりそうだった。実際に、おかしくなっている。
「やだ、いやだ、そこ……や、あぁっ」
背中に回した手を汗で滑るから爪を立て必死でしがみつき、死にそうな感覚をやりすごす。
「も…や、死んじゃ………死ぬかも、しれません」
「え、バニー死ぬの? それは……困る」
はっと我に返り告げると、思いのほか真顔で虎徹に返された。
そして、奥深い場所へと突き動く場所が変わる。それでも弱い場所は刺激されるし、気の狂いそうな快感は変わらないままだ。
「………っっっ」
「噛むなよ、跡残るぞ」
指先で唇をなぞられる。それにすら感じる。
体中がもう泡で出来たみたいにパチパチと弾ける快感の粒になってしまっている。
「んぁっ」
深くまで突き入れられては、入口の浅い場所まで抜かれる。それを早いテンポで繰り返されて、ぽろぽろと涙があふれてきた。
気持ちよすぎておかしくなってしまったのかもしれない。
涙腺が壊れたようにぼろぼろになっている。
「怖いんだよな、大丈夫大丈夫」
「だいじょうぶ、じゃ、な、い…で、す」
こんだけ深い快楽を得たのは初めてかもしれない。
酒のせいだろうか? 自制心が欠片も存在しない。プライドもなにもかもどこかに捨てて来てしまったようだ。いつだって虎徹と抱き合うときはおかしくなっている自覚はあるが、今日ほど酷い事はなかった。
「じゃ、いくか」
ずず、と深い場所まで突き入れられていたものが、彼本意の動きに変わって行く。
振り回されるかのような動きに、もう付いて行く事すらできない。
「あああっ、あぁっ、あっ、あ、んっ、くぅ……っん、あっ」
声帯が壊れたように喘ぎしか漏らさない。涙腺は壊れっぱなしでただでさえも眼鏡を外した状態で世界は朦朧としているのに、更になにも見えない。
「や、も……っ、い、いくっ、いくか、らっ」
「ああ、俺もだ」
「あ、虎徹さん、こてつさ…っ」
ぎゅう、と強くしがみついた。
中だけでいくと、快楽の波がなかなか去ってくれない。
なのに、中だけで行ってしまった。
吐き出される精液は、とろりとゆるい勢いしかなかった。内側には彼の熱さが強く感じられるのに、自分はその温度にさえ感じ、まだもっとと思っている。
もちろん、それを察知しない虎徹ではなかった。
体力にだけは自信がある、と言うのは伊達ではないようだった。
それから三度繰り返し波の引かない快楽のただ中で狂ったように喘ぎを漏らし、彼を受け入れた。三度目のゆるい吐精の直後、意識が軽く飛んだ。
さすがに、やりすぎたらしい。酒の気配は既に遠くまで飛んで行ってしまっている。酔っぱらい独特の世界が回る感覚がしない。
「大丈夫か?」
傍らにいなかった虎徹は、ミネラルウォーターを持って、ロフトの階段を上がって来た。酷く冷たそうなそれはおいしそうに見えた。
「ほら」
「はい」
一口飲んだそれを受け取って、こくこくと喉に流し込む。記憶が所々曖昧だが、盛大に喘いでしまったのは確かだったようで、喉が少しいがらっぽかった。
「大丈夫か? 今日のお前すごかったぞ」
「……言わないでください」
ある程度自覚はある。酒の勢いとは言え、感じ過ぎたし彼を求め過ぎた。
それに、それを言うなら虎徹だってやけに意地悪だったし、しかも執拗だったように思う。
余り酒を飲み過ぎた上でのセックスは今後やめにしておこう、と思った。
そうでなくては身が持たない。
ミネラルウォーターのボトルのキャップを閉じ、虎徹に渡す。それはそのままベッドサイドに置かれた。
「んじゃま、寝るか」
「はい」
彼の腕が、枕のように頭の下に潜り込んでくる。正直ごつごつして固いし、彼だって腕が痺れてしまうだろうに、だけどそれを自分たちは気に入っていた。高い温度が首の後ろにある事が気持ちいい。
そして、そのまま眠りについた。
――多分自分は今、すごく幸せだと思った。
「ちょっと、お酒臭い」
甲高い女の子の声が聞こえて、目が覚めた。虎徹はまだ眠ったままだ。だが声は響いているのだろう、彼はごろりと寝返りを打って、こちらに顔を向ける。
確かに酒臭いなと思ったが、きっと自分もそうだろう。
腕枕はまだされたままだった。この腕はもう痺れてしまっているだろうと思うとくすくす笑いがこみ上げてくる。まだ酒の酩酊と昨夜の記憶が体に刻まれたままの自分は、夢とうつつの間をさまよっている。目を閉じればすぐにでも眠れる。
何故目を覚ましたのか分からないままに、再び瞼がゆるゆる落ちてゆく。彼の体温を感じて幸せなままに。
すり、と自分の頭を彼にすり寄せて、酒臭いと思いながらも幸福感に満たされて再び夢に落ちて行く。
「え、バーナビー?!」
名を呼ばれて、その夢の入り口から引き戻された。
「え?」
声には背を向けて眠っていた。
「お……楓ぇ」
ねぼけた虎徹がぼそぼそとそんな事を口にする。
じゃあ、背後にいるのは?
まさか?
おそるおそる、振り返った。自分は何も着ていないままだ。ああ、そう言えば服は全部ベッド付近に脱ぎ散らかされている筈だ。何も着ていないことなど、丸わかりだ。
「かえで……ちゃ、ん?」
「なんでバーナビーがお父さんと? え?!」
ざぁっと血の気が引く音がした。
さっきまでの幸福感など吹っ飛んだ。
この状況を、果たしてどう説明すればいいのだろう。
虎徹は、まだ寝ている。