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Sense of urgency 切迫感


 衣服を脱ぐのもほどほどに、虎徹の手が伸びて来る。
 中途半端に脱いだボトムが足にもつれて、転げそうになりそうだけれどもそのままベッドに引っ張られたので問題はなかった。
「がっつきすぎですよ」
「何日我慢してたと思ってんだ」
 ベッドの上に引き上げられ、そのまま彼の手でボトムを脱がされる。床に落とされ、皺になると思ったがそんな余裕は与えてくれない。
 確かに、近頃の自分は多忙だった。彼との個人的な時間が取れないくらいには。
 付き合うようになって、これだけ離れた時間を過ごすのは初めての事だった。それまではほぼ毎晩に近くお互いの家を行き来して、熱を分け合っていたのだから。
 だから、虎徹ががっつく気持ちも分かる。自分だって熱が蓄積されている。早く触れたいし、触れられたくてたまらないが、しかしシャワーも浴びずに事になだれ込む事になるとは思っていなかった。
「まだ、シャワーも浴びてない…のに……」
「構わねぇよ」
「だって今日も僕は、一日あちこち行ってて……汗臭い、ですよ」
「だから、構わねぇ」
 下肢だけを素っ裸にされて、早速膝を立て、広げさせられる。
 羞恥を誘う格好だが、その感覚すらも快楽へと繋がる。
 虎徹がそこへ、手ではなく、直截頭を埋めて来た。
「だ、だから! シャワー……」
「しつこいよ、お前?」
 ちらり、と視線だけを合わされて告げられた。そこには欲情した男の顔しか見えない。
 心臓の音が重く響いた。切迫した欲を見せつけられ、抵抗の意志が失せる。
 肘で上半身を支え、体を起こしていたけれどもそのまま彼の動きをただ見守るしか出来なかった。
 シャワーも浴びていないし、綺麗にしている訳ではない。そこを、虎徹は何を気にするでもなく口腔に含むと、まだ勃起していないものを舌で刺激される。
「ん………っ」
 久しくご無沙汰していた感覚だ。だが体は忘れていない。じわり、と体の中心にさっそく根付く熱に薄く目を閉じ、そして薄い声で感覚をやり過ごそうとする。
 かれこれ一週間だろうか、出動や自分一人の撮影、接待などが重なって彼との時間を持つ事が出来なかった。ひとりで抜く事なんて彼と関係を持ってから、一度だってしていない。欲は自分にも蓄積されている。
 いきなりこんな直截的な事をされてしまえば、あっと言う間に上り詰めてしまいそうで怖かった。
 シーツをぎゅっと握って感覚を散らそうと努力する。余りに早すぎるのはやはり、男としての沽券に関わる。
 ざり、と彼の伸びた髭が腿に当たる感覚すらも快楽に直結する。
「だって……綺麗、じゃ、な……い、です」
「構わないって」
「や……っ、咥えた、まま、喋らないで……」
 ひくり、と体が跳ねた。ぞわぞわと背筋を粟立てる感覚がなんとも言えず気持ちいい。
 強くすわぶられ、下腹部に力を込めて感覚をやり過ごそうとする。
 息は自分でも分かるくらいにみっともなく短く乱れていた。だが、それは虎徹とて同じだ。
 咥えてすわぶり、舌を絡めながらも短い息がそこに降りかかる。
 お互い同じくらいに高まっている事が分かって、その事にも興奮してしまう。
 なめらかな舌が根本から追い立てるように先端までを滑る。先端をくるくると舐められ、そして尖らせたそれで穿孔をくじられる。
「んぁっ、…あ……っ」
 ぎゅう、とシーツを掴む力が強くなった。
 上体を起こしている事が苦しくなってくる。脱力してベッドに横たわってしまいたい。だが、この欲情しきった相手の姿を見逃したくない気持ちの方が強かった。
 ちらり、ちらりと彼の目は自分を見上げて来る。アンバーの瞳はわずかな光を反射して、光っているようにも見える。
 ――いやらしい、顔だ。
 たまらなくいやらしい。その顔だけでいってしまいそうになる。
 くしゃり、と多分表情が歪みその顔に見入ってしまう。表情の変化に気付いたのだろう、時折自分をまっすぐに見ていた目は弧を描き、笑みの形になる。
「もう、いきそう?」
「だから、しゃべらな……っい、で、くださ、いっ」
 くぅっと、せり上がって来そうになる快楽を押しとどめるのは苦難の技だ。
 まだ咥えられてからいくらも経っていない。だからいくのはまだダメだ。
「我慢しなくてもいいんだぜ?」
「……っ、ぁあ、や、め……っ」
 何度言っても、咥えながら喋るのをやめてくれない。言葉は不明瞭だけれども、かろうじて聞き取れる。そして不意をつく動きに翻弄される。
 ただでさえも必死で耐えているのに、その先の読めない動きは本当に、困る。
 多分シャワーすら浴びていない自分は一日あちこちを走り回ったせいで匂いがこもってしまっているだろう。そんな場所を咥えられて喜んでいる自分は多分どこかおかしい。こうやって咥えて楽しそうにしている彼はもっとおかしい。
 だがそれが多分互いの熱を高めあっている。
 ひくり、と体が反応するのを止める事が出来ない。
 せり上がってくるような感覚はどんどん感覚を狭めて自分を追い詰める。
「も……こてつさん……も……っ」
「ん」
 このままだと我慢の甲斐もなく、果ててしまう。一週間分の濃いものだ。それを彼の口の中に出すのはしのびない。だが、この調子では口を離してくれる気はなさそうだ。
「こてつ、さん……はなして……も、いく、いくから……っ」
「んー」
「こてつ、さんっ」
 引き離すために手を伸ばせば、体が崩れてしまう。言葉だけで離れて欲しかったけれどもとてもじゃないがそれは無理らしい。だが、この力の入らない体では手を伸ばした所で彼の頭を遠ざける事は出来ないだろう。
 諦念が生まれ始める。こうなったら飲んでしまうのは、一度や二度ではない交わりで知ってしまっている。
 恥ずかしさは当然にあるけれども今更とも思ってしまう。
 既に脳裏はいきたいとの感覚で塗りつぶされてしまいかけている、上がる息の中にみっともない喘ぎは散々に混じっていた。
「も………っ、あ、ぁあ、あっ」
「いけよ」
「ん――っ」
 背中を押すような低い囁きのような声に唆され、びくんっと体が跳ねる。彼の口の中に全てを出してしまう。シーツはこれ以上皺のつきようがない程に掴まれているだろう。
「や……はな、はなし、て」
 残ったものまで吸い出そうとする動きが鋭い感覚過ぎて辛い。
 ようやく体を崩して手を伸ばし、必死になって彼の頭を引っ張った。だが吐精した直後だから、さっきよりもずっと力は入らない。
「ふ、……ぁあ、あっ」
 全て吸い出され、ようやく感覚に一段落がつく。だけど、気怠さとさっきまでの快楽は体を蝕んだままだった。
 身を起こした虎徹は、口元を乱暴に手の甲で拭う。その男臭い動きにひくりと体が再び反応を示す。
 抱かれ慣れてしまった体は、これで終わらないのだと知っているし先も求めてしまっている。貪欲に。
「濃いな……抜いてなかったのか?」
「あなたがいるのに……どうして、そんな」
 一拍の間を置いて、くしゃりと虎徹の顔が崩れた。
「お前な、そう可愛い事言うんじゃねぇよ。手加減してやれねぇぞ」
「既に、してないくせに……っ」
「ああ、うん。まあごめん。ちょっとがっついた」
 言いながらも、彼はベッドサイドからローションを取り出し、先の準備を始めている。
 くちゃくちゃ言う音に気持ちが煽られ、落ち着く間もなく息は荒立つ。
「久しぶりだし? お前忙しそうだから俺も遠慮してたけど……明日休みだって言うからさ」
「ええ……久しぶりに、一日オフですよ」
 くちゅ、と音をさせて後孔へ指が伸ばされる。ローションを塗り込められるようにされ、小さな喘ぎが漏れるのを我慢することが出来ない。
「だから、結構無茶やっても大丈夫かな、と思って」
「……ひー、ろー……です、よ、ぼくたち。招集が掛かったら……」
「ああ、うん。その時は俺が頑張るから」
 だから安心してお前は足腰立たなくなるまで感じてろ、なんて事を言われ、赤面する。
「あなたに、任せたら……ぁあっ、むちゃくちゃに、なる…っ」
 指が、一本忍び込んできた。
「ひでぇな。これでも最近はそれなりに動きもマトモなんだぜ?」
「知って、ま……す、誰が、傍で見てると、思って……」
「ああ、そうだよな」
「んぁあっ」
 指が、敏感な場所を擦る。
 分かっていてやっている。彼は自分以上に自分の体の事を知っているのだ。
「や…っ、ああ、あっ、ぁあっ」
「すっげ……」
 背を反らし、びくびくと体が跳ねるのを止める事が出来ない。それでも指先は執拗にその場所を擦り続けて、逃がしてくれない。
 感じ入ったような声で自分の反応を言われてしまうが、それに非難の声を上げる事も出来ない。
「や……そこ、ばっか……り、んんぁっ」
「ああ、そうだな。もういっちまいそうだし」
 すっかり屹立していた勃起を、片手で握られる。
「んぁっ」
 そしてそのまま、筒状にした手で上下させられる。
「や、やめ、も…ほんと、い、く……っ、いくからっ」
 まだ挿入もされていないのに二度もいってしまえば、その後が辛くなる。だが虎徹の動きは容赦ない。前も後ろも同じように強く刺激され、再びどんどん熱が高まって行く。
「ん」
「ん、じゃ…なくて……もう、こてつさん、くださ……いっ」
「いや、まだ指一本だし。無理だろ?」
「だったら、そっちを早く…」
「いや、やらしいバニーちゃんをもっと見てたいんだよなぁ」
「そんな」
 その瞬間に、後背を強く押される。びくんっと体が跳ねて淡く吐精した。
「……ん、は……っ、あ……っ」
「あ、いっちゃった?」
「あぁ………は、は……は……っ」
 声を出す事が出来ない。軽い調子の虎徹の声には反発したいのに、まだ前は刺激されたままだし、後孔も弄られたままだ。快楽が引く筈がない。
 まだ勃起したままのそれを、追い打ちを掛けるように先ほど吐精したものを絞り出すように強く扱かれる。
「や……だ……もぉ……っ」
 自分でも、ぐずるような声だと思いイヤになった。だがもう快楽が過ぎて辛い。
 しかも、これだけで終わる訳ではないのだ。
 まだ虎徹は指を一本しか入れていない。その後にはもっと滅茶苦茶になるような快楽が待ちかまえている。それを思えばぶるりと体が震える。
「はや、くっ」
「しょうがねぇな」
 しょうがねぇ、じゃない。言いたいのに二本目の指が差し込まれ、口は再び喘ぎしか漏らさなくなってしまった。
 二本の指で奥まで突かれ、そんなものじゃ足りないと体が訴える。
 目だけで訴えれば気付いたのか、虎徹の目は細められて指をもう一本追加され、広げるようにしながら突き動かすような動きになった。
「あっ、…は、ああっ、あぁああっ」
「すげえ、締め付け」
「はや、く……っ、こてつさ、ん……はやく…」
 最早うわごとのようにして繰り返すしか出来ない。
 ようやく指が抜き去られ、熱がその場所に押し当てられた。彼も十分に煽られているのだろう。珍しく生身だ。
「ごめん、バニー。俺もいっぱいいっぱい」
「だから、はやく……っ」
「ああ」
 ぬるりとしたローションの滑りを借りて、ずぷずぷと熱塊が内へ入って来る。
「あ、あああぁあっ、あ、ああっ、あっ」
 先ほどまでとは比べものにならない質量と熱。それを受け入れることを体が歓喜している。
「締めるな、バニー」
「あ、無理……ぃ、あっ、ああっ」
「くっそ」
 ぐ、と奥にまで突き入れられた。
「ああっ」
 その衝撃に、高く鋭い声が上がる。
 両足を、虎徹の肩に掛けられた。より深くまで熱が入り込む。
 そのまま、馴染ませるのもほどほどに彼は動き始めた。
 深い場所まで突き入れられ、弱い場所もそうじゃない場所も何もかもをひっくり返される勢いで突き動かされる。がくがくと体が揺さぶられ、視界が歪む。
 ああ、涙が溢れてる。
 涙腺がまた壊れた。
「ああっ、あ、あああっ、あぁ、あぁああっ」
「バニー、泣いてる」
「あっ、だっ、て……すご……っ」
 指先で目元をなぞられ、その指先を舐める仕草にぞくりと来る。
 快楽とは別に胸の奥の深い場所が痛いくらいにその存在を主張する。
 ああ、この人が好きだ。
 この人じゃないとダメだ。
 一週間は長すぎた、仕事ばかりしていてはダメになる。
 そんな事、今まで考えた事もなかったのに思ってしまう。
 毎日抱き合ってずっと抱き合って一時すらも離れたくない。
 この体位では、抱き合う事が出来ない。それをもどかしく思いながら手を伸ばせば、彼の手がその手を取ってくれた。ぎゅう、と指を絡め合い掴むと、もう片方の手も同じように手を繋ぐ。
 中に浮いたそれが不自由で、ベッドに落とすと痛い程に握られた。
 動きは早く、激しいものになっている。彼が果てるのも間もなくだろう。
 自分だってもう限界だ。
 二度の吐精で余裕が出来たと思っていたのに、そんな筈がなかった。
「も……いく、いき、ます……っ」
「ああ、バニー」
「こてつさん……いく、い、く……っ」
 握られた手を強く握り返して、言葉だけでなく訴える。
 彼の動きは弱い場所を狙うものに変わり、急速な絶頂感が襲いかかって来る。
「ああああああぁあっ、ああ、あああぁっ」
「く……っ」
 どくん、と熱が弾けた。
 同時に内側へ熱が広がる。
 ゴムをせずにセックスをしたのは久しぶりで、この感触を味わうのも久しぶりの事だった。
 だが、まだ足りない。
 くたりと力は抜けているのに、精一杯に腰をゆらめかせる。
 締め付ける動きをしながら、彼を再びその気にさせる。
 虎徹の吐き出したものが新たな潤滑になり、じゅぷじゅぷといやらしい音を立てた。
「まだ……か?」
「足りません、全然」
「奇遇だな、俺もだ」
 ぐ、と奥へと突き入れられる。彼の熱は全く萎えていなかった。
「この、格好……」
「いやか?」
「抱き合えません」
「ああ……そっか、悪い」
 そして、足を降ろされる。繋がりは若干浅くなったが、それでもぎゅうと抱きしめられる事の方が嬉しくてたまらない。
 腰だけをゆらめかせ、お互いの熱を再び高めあう事に必死になった。
 幾度も口付けを交わす。
 そう、キスすらも今日はしていなかったのだ。何もかもが性急に進み過ぎていた。
「あ、ふ……っ、ん」
「は……きもちいい」
「は、い……」
 掠れた声で虎徹がきもちいいと言う。その声がぞわぞわとまた性感を高める。
 今日は何度抱き合えば、気が済むだろう?
 きっと朝が来ても足りないだろうという予感がした。



 目が覚めれば、昼をとおに過ぎていた。
 せっかくの休日を眠って過ごしてしまうところだ。傍らでは満足しきった獣のように虎徹はまだ寝ている。
 無精髭が目立ち始めた頬に、少しの笑みが浮かぶ。
 すりん、とそこへ頬をよせてざりざりした感触を楽しんだ。
 ああ、忙しい毎日だった。
 その分、怠惰な一日を過ごしたところでバチは当たるまい。
 まだ虎徹は起きそうな気配がない。
 彼にすり寄れば、自然と抱きしめられる。その事に充足して、バーナビーは再び目を閉じた。
 熱すぎる交わりはやはり朝まで続いた。バーナビーもまだ眠かったのだ。
 彼の体温や匂いでいっぱいになり、幸せな気分になると、そのまま夢の世界へ落ちてしまうのはあっと言う間の事だった。
2011.9.12.
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