top ◎  about   text
文字サイズ変更:


「I love losing 惚れた方が負け」


 夜の底のような空気のなか、ひとつだけぽつんと枕元の灯りが落ちている。
 いつもなら何も意識する間もなく、ただ中に突き落とされるような情交へもつれこむというのに、今日に限ってバーナビーはそれがひどく意識に引っかかっていた。何も違うところはない。大きな手のひらが肌の上をすべり、自分を徐々に追い詰め始める。息が上がり、少しばかりみっともないと意識してしまうのは――そう言えば、これもいつもと違う。
「……は、ぁ……っ、こてつ、さん……っ」
 胸の尖りが痛いほどに主張している。そこを押しつぶすようにして愛撫され、思わず名を呼んだ。
 ん? と気配だけが自分へ向けられる。同時に、強く尖りをつままれて、思わず視線を彼に向けた。
「……どうかした、バニーちゃん?」
 にやり、と笑う彼の視線が、猥雑に揺れている。
 そこでふと気付いた。自分は今、彼をしっかり見れている。いつもなら最初に外される眼鏡をまだかけたままだったのだ。クリアな視界に、だからかと妙に納得すると同時に、気恥ずかしさが押し寄せた。快感にしびれた指先をなんとか引っ張りあげて自分の目元へ持っていが、その手はそっと押さえ込まれた。
「ダーメ」
「え……でも」
「今日はちゃんと見ときな?」
「で、でも……」
 片手で眼鏡を外そうとしたバーナビーの手を押さえ、もう一方の手がぐり、と胸の尖りを再び甘やかすように押しつぶす。枕元の灯りだけでも十分に見えるそれを見てしまい、うろたえたバーナビーは困ったように虎徹を伺い見た。彼の瞳と、まっすぐにかち合う。その目にははっきりとした欲情と、そして困惑したバーナビーを楽しむ色が伺え、更にバーナビーは動揺した。
「こ、虎徹さん、これ……ヤ、だ……」
「どれ?」
「眼鏡……外させ……っふ、あっ」
「だから、ダメだって」
 声に笑いが滲んでいる。手のひらが滑って、そのまま脇へと回った。
 反射的に弾んだ体が、彼の動きを助けてしまう。
「や、あ……っ、ひゃ」
 くすぐったさの中に、快感の粒を見つけてしまってバーナビーは固く目を閉じる。眼鏡を外そうとした手は、つい邪魔した虎徹の手を強く握り締めてしまった。
 自分の意思ではない、ひくりひくりとした動きを抑えるように、虎徹の体が自分の上に乗っかる。
 腿に当たる、硬いもの。彼の勃起を感じ、ずくんと下腹に熱が降りてきた。
「も…もう……?」
「なに?」
「当たって、ます」
「うん、当ててるね……見る?」
「いい…です」
「そう言うなよ」
 くつくつと笑う虎徹は、今日は意地悪だ。そう言って、ぐいとバーナビーの体を引っ張りあげた。既にきざしはじめている自分のものにすり合わせるように、彼の屹立したものを見せ付けられる。
「虎徹さん…っ」
 その瞬間に、自分のものも膨れ上がるのがしっかりと見えた。
 見ていられなくて、思わず俯く。
「ダメだよ、バニーちゃん逃げたら」
 くい、と顎を引き上げられて、そのままキスになだれ込んだ。
 舌と舌がもつれ合い、唾液の音が耳に響く。いつもよりやたらと敏感になっている、なにもかもが。
 そんなことに気付き、たまらない気持ちになるのに虎徹はさっぱり許してくれない。舌を吸われ、同時に二人分一緒に屹立したものを握られて、息をするのも辛くなってきた。
「…は、ぁ……っ、ん」
 逃げるようにして息を継いだが、すぐに再び捕らえられる。体はベッドに再び逆戻り。押さえつけられるように逃げ場を奪われ、そのまま快感を体に叩き込まれる。
「んんっ、ん……っ」
 頭が茹つようだ。屹立を合わせたまま扱かれ、呼吸を奪うほどに口付けを続けられ、頭の中が徐々に白く塗りつぶされてゆく。目を開けば、至近の距離に虎徹がいる。近すぎて焦点を結べないおかげで普段と同じように感じるのだが、そうでない場所が何故かクリアに見えてしまって、更に熱を高められる。
「…っは、あ、あぁあっ、や、も……っ」
「まだ早いよ、バニーちゃん」
 少し距離を取った虎徹の目が、いやらしく眇められる。
 きゅ、と握られ解放をせき止められた場所から、切ない痺れが体中を駆け巡った。
「こてつ……さ……」
「自分でしてみる?」
 なんてことを言うのだろう。すがるように見つめた先の男は、そんなことを愉快気に告げる。訴えるように彼をにらみつけるが、きっと甘く溶けてしまった自分の視線など、伝えたいことの十分の一もきっと伝えられてはいない。いや、「逆効果」と短く言い切られた。
 彼は自分の手をうずく場所へと引っ張って行く。
「い、じわる、です……」
「んー、そうだね。今日はそんな気分。ほら、見てみな? もう真っ赤ではじけそう」
「イヤ、です」
「そう言うなよ、してやんねぇぞ?」
 そんなことを言う男は、無理に自分の手をその場所へ導いて行く。
「い、イヤです……だからっ」
「ダメ」
「ダメじゃなく、て……っ」
 触れた熱さに、手が怯えたように縮こまるのに大きな手のひらは無理にその場所を握りこませた。
「や、ぁ、ああっ」
 ぐ、と強い力が自分の手のひら越しに伝えられる。今まで与えられていた温度より低い自分の体温に包まれて頭が混乱を起こすのに、ギリギリの場所にまで追い詰められていた体は快楽を素直に受け入れてしまっている。
「虎徹さん、が、いい……」
 目を、少し見開く。そうすればそこにはじっと自分の表情を見ている虎徹の顔があった。
 視線が突き刺さるほどだ。いつも彼はこんな顔をして、自分と情を交わしているのだろうか。いつもは眼鏡を外されているので、彼の欲情した声や気配はこれ以上もなく知ってはいるが、こうやって表情を見るのは初めてのような気がした。
「可愛いこと言うなよ」
 くしゃり、と彼が笑う。
 その表情に、心臓がずきんと響いた。
「でも、自分でいこうな」
 無理に自分の手を動かしていた高い温度が離れていく。またギリギリの場所で放置された熱をどうすることも出来ず、バーナビーは先ほどまでの動きをそのまま繰り返していた。
「ふ…ぁ、ああぁっ、あ、ああぁあっ」
 大好きだ、と思った表情が真っ白な色に塗りつぶされた。快楽が弾けて、それは自分が固く目を閉じてしまったせいだと気付く。手にはべっとりと自分の吐き出したもの。息は短く荒く乱れて、生ぬるい温度が手にまとわりつくのすらも気持ち良くて、精を吐き出したくたりとした自分自身のものをゆっくりとさすっていた。
「バニーちゃん、やらし」
「……ぁ、あ、こて、つさ…ん」
「とんじゃった?」
 彼の声がどこか遠く聞こえる。吐精の後のけだるい気持ち良さが体中を覆っているが、そのことが少しさびしくて、再び目を見開く。
 すると視線が再び合わさったのに、急速に焦点がぼやけた。何故、と思う間もなく、唇に触れるだけの柔らかな感触が与えられた。
「今日のバニー、すげぇ敏感」
「誰、のせいだと……」
「俺? なにもしてねぇよ?」
「あなたくらいしか、僕を乱す人なんていません」
 くしゃり、と髪がかきみだされる。温かな温度が頭にも降りてきて、ひどく幸せな気分になった。
 短かった呼吸が、急に深いものになる。自分の精液で濡れているが、手をそのまま上に被さる男へとまわした。ぎゅっと力を込めると、ぴったりと体が重なり合う。欲情している自分はきっと常より体温が高くなっているだろうに、それよりも高い体温が気持ちよかった。
「なあ、これで終わりとか言うなよ?」
「……もちろん、です」
 本当はこれだけでいいくらいの幸福感を覚えていた。だけど、もっと深い幸せを自分は知っている。虎徹の言葉でそれを引っ張り起こされ、体の真ん中から再び熱がうずきだした。
 背に回した指先で、虎徹の背を引っかく。くすぐったそうに笑いながら、彼は自分から離れていく。それが惜しいと思わないでもない。だが、ぴったりくっついたままでは先に進めない。
 片足をぐい、と引っ張りあげられ、その場所を晒された。視界に入るそれに、思わずびくりとする。こうされることはなにも初めてではない、むしろ毎回のことだ。なのに、とんでもない羞恥を覚える。
「こ、んな……格好」
「今更だろ?」
「でも……やっぱり、これ」
「ダメ」
 再び眼鏡に伸ばしかけた手を、短い言葉だけで押し留められた。今までぼんやりとした世界で行われていた事が急にクリアになってしまうのは、戸惑いが大きすぎる。
 そのまま、ぬるりとした感触と共に、後孔へ指先が触れた。
「……っ」
「こら、緊張しないの」
「だ、って…」
「いつもは平気だろ」
「だって、いつもとは違います!」
 伸びていく手が見える、猥雑な色を含んでいるくせに愛しそうに自分を見る視線が見える。そんなものが見えてしまうと、途端今まで普通に行ってきてしまった様々な事が、さっぱり普通とは思えなくなる。
「いつもと、一緒だよ」
 急に欲情に掠れた、低い声が耳元に落とされた。
 さっきまでの、自分の反応を楽しむ声ではない。ぞくり、と背中が粟立つ。
「……ふ、ぅ」
「そう、力抜いて」
「は…い……」
 ゆっくりと指が中へ入り込んでくる。ぞくぞくする。
 いつもと一緒――そうなのだろうか。なにかいつもと違う感覚がする。どうしたらいいのか分からない、逃げ出したいような気持ちだ。
「締めすぎだって」
 低い声が耳をくすぐる。そのことで、さらに後ろを締めてしまう。
 いつもどうしてたのかなんて、全く思い出せない。
「バニーちゃん?」
「や……もう、言わないで」
 ぐっと目を固く閉じた。その途端に、深い場所にまで指が入り込んできた。
「締めるな」
「む、り……ぃ」
 ひくり、と体が跳ねた。もうこれだけでいってしまいそうな自分が信じられない。なにも敏感な場所を触られている訳ではない。この声の持ち主が、あの瞳の持ち主が、自分の中にいる。それだけで達してしまいそうなのだ。
「は……っ、ぁ、ああっ」
「もういっちゃうの、バニーちゃん」
 切迫した呼吸に気付いたのだろう。
「や、め……」
「ヤダ、やめない」
 耳元に降り積もる声が、熱を煽る。今日は意地悪だと宣言した通りに彼は何もバーナビーの思う通りにはなってくれない。ずくずくと体の中に熱が溜まって、もう辛かった。
「も、や、いや、だ……っ」
 く、と内側で指を曲げられる。体が反射のように跳ねた。とっさに見開いてしまった目が、やはり自分をじっと見る視線とぶつかってしまい、瞬間的に熱が急騰した。
「本当に……今日は敏感なんだから、バニーちゃん」
「も……こてつさ……っ」
 熱を吐き出したと言うのに、こもった温度は下がらない。彼の指が中をまさぐること度に、体が跳ねる。落とされる声が、更に温度を上げる。
 じっと見ているだろう視線が、どうしようもなく自分を揺さぶる。
「はや、く、もう……」
「まだダメ」
「イヤです、もう、も……ダメ」
「ダメなのはこっちだって」
 ほんとに、煽ってくれちゃって……などと、低い甘い声が耳に流し込まれ、体をぐいと引っ張り起こされた。
「な……っ」
「ほら、見える?」
「……っ!」
 彼の指が、自分の体の中へと埋め込まれている様が、しっかりと網膜に焼きついた。
「こ、てつ、さ……」
「ほら、俺の指飲み込んでる」
 もう一本、埋め込まれて行く。朱み掛かった灯りのなかで、てらてらとしたローションにまみれた自分の肌と、それよりも濃い肌色の虎徹の手が卑猥すぎて目が離せない。
「すげぇ、締め付け」
「…………っ」
 二本の指が内側を広げるようにして動き、ようやく正気に戻った。
 顔を背けようとしたが、その動きを読まれたように、虎徹が耳元で囁く。
「ダメ。抜くよ?」
「ダメ、ばかりあなたは……」
「俺は?」
「ひどい」
「ははっ」
 指をぐりぐりと埋め込まれ、広げたまま抜き出される。そして、これ以上もなく屹立した彼のものが同じ場所へ宛がわれた。
「目、離したらやめるからな?」
「もう、やめていいです」
「可愛くないこと言うなよ、俺はバニーちゃんに入りたい」
「……っ、本当に、ひどい」
「なんか褒め言葉に聞こえてきた」
「そんなはずな……っ、ん、あ……」
 視覚の暴力だ。いや、いつも彼はこの様子を見ているのだろうか。
 自分の肌がピンクに染まっている。恥ずかしさのせいもあるのだろが、それだけではないことは自分のことだから一番良く知っている。そこへ、埋め込まれて行く赤黒い屹立。視線を上げ、虎徹を見れば目を細め快楽に耐えるようにして自分を甘く見ていた。
「あ……ぁ、あ、ああっ」
 張った場所が飲み込まれた圧を感じた直後、ずるりとすべてが飲み込まれてゆく。
 それだけで再びバーナビーは達した。
 くたりと力の抜けた体を、向かい合わせのまま屹立を中へ飲み込ませ、虎徹が支える。今日はベッドと仲良くはさせてくれないのだろうか。このまま繋がる場所を見せ付けたまま、交わるのだろうと思えば目眩がする。
「ひど、い……も、や、だ……」
「そんなこと言うなよ」
 ゆっくりとした動きで、抽挿が始められる。内側をゆるゆると刺激されることで気が狂いそうになる。目を開いたままの視界の中では、その場所が動きのまま、いつもなら意識でしか感じることがないそれを見せ付けられる。
「いきっぱなしだな」
「ぅ……く、は……っ」
「目、離すなよ?」
 そして、手を緩められた。そのままベッドへ倒れこむと、腰を高い場所へ持ち上げられる。やはりその場所は見せ付けたまま、急に早い動きに切り替えられた。
「や、ああっ、あ、はっ、くぅっ」
「は……すげ」
「や、あぁあっ、あ――っ」
「マジで今日のバニーちゃん、感度良すぎ」
「いや、だ、また……いく、も、いく……っ」
「これから、ずっと眼鏡したまんまにしよっかな」
「ひど、い……こてつさ、ひど、い…っ」
「褒めてる?」
 ひどいことを言う男は、それでも自分の内側を穿つことに夢中だ。自分の快楽を追いかけながら、更にこれ以上もないほど追い詰められているバーナビーを更に追い詰める。
 いきっぱなし、と言われたその通りに、バーナビーは抑揚のない吐精を続けている。体中が快楽に犯され、これ以上の快楽などないと思うのに、その更に奥にまで引きずりこまれる。
 最奥で、熱が弾けた。
 そう言えば、今日は生のままだったことをそれで知る。
「く……っ」
「は……ぁ、ああ、あ……っ」
 ずるり、と抜かれる感覚にすら感じる。くったりと力の抜けた自分に、虎徹がやんわりと手を差し伸べてきた。それは、さっきまでの激しさを感じさせるものではない。
 優しい、いつも丁寧に抱く彼の優しい手だった。
「こてつ、さん……」
 今日の無体はきっとまだ終わらないだろうに、その優しい手に頬を摺り寄せてしまう。
 この人のことが、結局どうしようもなく好きなんだと思った。
「ん」
 眼鏡をしていて、良かったと初めて思う。ひどく優しい顔で、彼は自分を見ていた。
 ああ、こんな顔をして、この人はいつも自分を抱いているのだとも思う。欲情だけではない、愛しさがそこには滲んでいた。
「また……眼鏡、かけたままでもいいですよ」
「いいの?」
「こんな意地悪さえ、しなければ」
「はは、りょーかい」
 ぽん、ぽん、と頭を撫でられる。その手の優しさに、結局負けてしまうのだ。
 両手を伸ばすと、そのままぎゅっと抱きしめてくれる。強い力に、胸がいっぱいになる。
 そのまま、眼鏡を外された。優しい手つきで、灯されたままの枕元灯の傍らに置かれる。急に悪くなった視界で、ぼんやりとしか見えない彼へ、いいのかと問う。
 優しい手が、まぶたをそっと覆ってくれた。


 惚れた方が負け、だなんて本当に良く出来た言葉だが、自分達の場合はどちらに当てはまるのだろうか。
2011.12.28..
↑gotop