top ◎  about   text
文字サイズ変更:


sleeping sweet



 きっとそうなるだろうなぁとは思っていたが、まだ濡れた髪を拭いながらロフトに上がった虎徹は苦笑した。ベッドの上には、ケットすら引き上げず丸まったバーナビーの姿。もちろん綺麗な翠の目は閉じられて、静かな室内には耳を澄ませば健やかな寝息すらも聞こえた。
 だから帰れと言ったのに、とタオルで髪を拭いながら虎徹は苦笑のままわずかに嘆息した。


 シーズン終了を間近に開かれた、アポロンメディア主催のパーティはそれはもう盛大なものだった。KOHを目の前にしたバーナビーの存在があるので本番はむしろシーズン終了後の、きっと祝賀会になるのだろう。それでも今期初めてヒーローを擁したアポロンメディアは、支えてくれたスポンサーへ最大限の感謝を込めたパーティを開いたのだ。
 ただの会社員ではあるが、ヒーローと言う職業はやはり特殊だ。普通なら関わり合わないで済むだろうそんな場は、ギリギリ日常に組み込まれてしまっている。
 だけど人助けをするためにヒーローになった、それ以外の営業の一切を不要だとは思わないまでも必要とも思えない虎徹はひどく苦手だ。トップマグに所属していた頃は、企業自体が弱小だったために甘えも許されていたが、七大企業でもあるアポロンメディアではそうは行かない。
 なので虎徹は、毎回こっそりズルをしている。
 華やかな場所は、バーナビーの担当。だからと言って現場の仕事も彼が手を抜く事もないのだが、最初はつんけんしていた出来の良いニューヒーローは、今ではすっかり虎徹を甘やかすようになった。今年に入ってからは個人的な時間まで共に過ごすようになったので、尚更だ。
 きらびやかな空間に居並ぶ御歴々は、メインであるヒーローとの時間を過ごしたがる。そして今日のパーティは彼等をもてなす事が命題でもあったのだ。
 期待を向けられれば応えてしまうのがバーナビーであり、だから今日もきっちりと役割を果たした。勧められる酒はもちろん礼を失しないように、全て飲んでいたようだ。
 途中……と言うよりほぼパーティの前半から並べられた食事に舌鼓を打ち、後半は完全に目立たないよう壁際へ引っ込んでいた虎徹はその全てを見ていた訳ではないが、それでも招待客が皆満足そうに笑顔で帰って行ったのだから、彼はきちんと求められた役割を果たしたのだろう。虎徹の分までも。
 パーティが閉会し、手配されたハイヤーは、もちろんそれぞれの家へと送り届けるようにと伝えられていた。後部座席に座るバーナビーは持て成す相手が居なくなった事で、明らかに疲れを隠そうともしていなかったし、人前では決して見せない虎徹への甘えめいたものまでそのままなのだから、とっとと彼のマンションへ送り届けようと思ったのだ。
 けれど、彼は虎徹のアパートへ行くのだと駄々をこねた。
 そりゃあ週の半分近くは一緒に夜を過ごしてはいるけれど、ここまで疲れたバーナビーが来たところで速攻眠ってしまうだろうし、しかも気力で抑えていたのだろう酔いだって回っている。明日は出社しなくとも良いが、シーズン大詰めを迎えたヒーローとしては一度の出動さえも重要だろう、疲れはきっちり回復させておくべきだ。会場から近かった彼のマンションへ送り届けるのがこの場合はベストの選択に違いなかったのだ。
 なのに、「あなたの分まで頑張った僕の事を甘やかしてくれないんですか?」……などとくてんと小首を傾げて、しかも運転手に間違いなく聞こえるボリュームで言われては、黙らせる為に彼の言いなりになるしかなかった。
 虎徹の家がいいと言い張るから、ゴールドは素通りしてそのままブロンズへ向かってもらった。虎徹に寄りかかり、それどころか頬に擦り寄るのを慌てて引き離したり、キスしたそうなのを気付かないふりでやりすごしたりと、異様に気疲れした車中をなんとか乗り越えて自宅前で降ろしてもらった時に運転手が向けた意味深な笑みを、虎徹は気付かなかった事にしたかった。
 疲労から眠くなり、しかも酔っているバーナビーの姿は、もうKOHを目の前にしたスーパーヒーローの姿とは縁遠かっただろう。理性の箍が外れた彼は虎徹の目から見ても自分の欲求に素直過ぎて若干困った。これがふたりきりの時ならばもう大歓迎なのに、残念ながら今日の車は行きずりのタクシーではなく、乗せているのがバーナビー・ブルックスJr.とワイルドタイガーだと知っている人間だったのだから、目も当てられない。
 まあ、このような場面で呼ばれる車だ。ゴシップには目を瞑ってくれるだろうが、たった一時間にも満たない短い時間で虎徹はぐったりと疲れ果ててしまった。
 鍵を開けるのも待ちきれないと言う様子でしなだれかかるバーナビーは、扉が開いた瞬間に虎徹を押し込み、ぶつかる勢いでキスを繰り返した。
 パーティに出席した正装のままだ。日頃とは違う改まった姿は彼を十分に魅力的に見せていたし、疲れたけれども車中の彼の姿はやはり虎徹に取っては嬉しいものだった。
 だって、疲れたから甘やかして欲しいと求めるのは、この自分なのだ。
 誰もテリトリーに入れなかった、人一倍外側を取り繕う男が、理性を溶かして一番に手を差し伸べてくる。虎徹がいいと言う。
 そりゃあ去年の末、長年の復讐を遂げてからのバーナビーはじんわりと変化を見せていた。少しずつの変化は時間を経て積み重なり、今ではまるで生まれ変わったかのように生き方を変えた。
 好きだと言い、好きだと言われ、甘やかな時間はふたりの間に絶え間なく流れている。彼が意外と甘えたがりであることも、甘やかしたがりである事ももう知っていた。けれど、何故か改めてそんなものが押し寄せて来たのだ。
「虎徹さん、シャワー……お借りしてもいいですか?」
 キスの合間、手探りで灯りは付けていた。執拗に交わしたキスのせいで唇がぽってり赤く腫れ、唾液で濡れた姿は溜まらなく虎徹の欲を刺激する。
 疲れも酔いも去った訳ではないのだろう、けれど同じ欲を刺激されている彼の表情はとろりと溶けていて、何を思い浮かべているのかは一目瞭然だった。
「いいよ、そのまんまで」
「イヤです、会場暑かったですし……汗かいてますから」
「だから、そのままでいいんだって」
「………」
 ゆっくりとした瞬き。そのまま流されるだろうと思っていたのに、けれどバーナビーは襟元をくつろげ、そのまま腕の中から抜け出して行った。
「……待っててください」
 既にここで、わずかに嫌な予感はしていたのだ。いや、その前から分かってはいたのかもしれない。
 だけど、目元を淡く染め伺うように言われてはイヤだとは言えない。
「早く行っといで」
「あなたも入ってくださいよ?」
「じゃあ一緒に入る?」
 一応こうやってその予感は回避しようとした。
 くしゃりとバーナビーは顔中を笑みで崩し、「待っててください」と弾むように言ったかと思うと、すっかり既に慣れたこの家の浴室へと向かってしまったのだ。
「あー、まあ。いっか」
 ネクタイを緩め、向けられた表情のあまりのかわいさについこちらが流されてしまった。
 抜いたネクタイとジャケットをソファへ投げ、流石にアルコールは十分に摂取していたから冷蔵庫からはミネラルウォーターのボトルを取り出した。バスローブに身を包んで出てきた彼はすっきり汗を流すと同時に暖まったのだろう、上気した頬のまま虎徹をバスルームへ押し込み、
「今度は僕が待ってますからね!」とやっぱり弾んだ声で告げて、扉を閉めた。
 彼の気配が残り、湿気に満ちた浴室でシャワーを浴びる。
 ご機嫌なバーナビーはひどく可愛らしかったけれど、それでもそうのんびりとはしていられない。せめてリビングで待っていてくれないかなと微かな願いを抱いたのは、さっきからちらちら見え隠れしているイヤな予感のせいだ。
 まだずぶ濡れの髪をタオルで拭いながら部屋へ戻れば、テーブルの上に自分が飲んでいたミネラルウォーターのボトルだけが待っていた。
「……はぁ」
 ひとつ、ため息。
 自分へ期待が外れてもがっかりするなよと、念のために言い聞かせておいた。


 そして、この状況だ。
 幸せそうに眠っている彼は悪くない。
 虎徹が逃げ出した面倒なあれこれをこなしてくれたのだから、こうなっても仕方がないのだ。まだ湿気たままの髪をそのままに寝てしまっているのだから、彼だってそのつもりでなかったのは明白だ。押し寄せる疲労と眠気にあらがえなかったのだろう。
 バスローブは床に脱ぎ捨てられてある。アンダー一枚の真っ白な体を丸くして、すうすう寝息を立てる彼はほんのり笑みさえ浮かべている。
「でもなぁ。だから、帰れっつったのに」
 言い聞かせてはおいたし、そんな予感もしていた。だからと言ってそうすんなりそうですかと行かないのが男の生理だ。しかもさんざんに煽られている。可愛い姿を見せられ、その上キスを繰り返し、これ以上もなく自分を欲しがるバーナビーの姿を見せつけておいて……とは、やっぱり拗ねたように思ってしまう。
 バーナビーが頑張ってくれた事は分かっている。
 だから、ここで彼が不満に思おうとも起こしてしまう訳にはいかない。
 素直にこのまま、せめて抱き寄せて体温を感じながら寝るしかないのだろうがわずかにでも期待してしまった体にはなかなかの拷問だろう。
「まーしょうがないな。うん、諦めろ鏑木虎徹」
 年下の、しかも後輩が頑張ってくれたのだから。
 十歳以上も年上なんだから我慢しなさいと言い聞かせ、バーナビーを起こさないようにケットをまくり上げて彼に被せてあげた。一度階下へ降りて全ての灯りを消して、枕元の灯りだけを頼りに寄り添うように横になる。
「おやすみ、バニーちゃん」
 ちゅ、と額に口付ければもぞもぞと彼は虎徹の体温に気付いたのか、ぴたりとくっついた。
 可愛いなぁと思いながら目を閉じる。
 おやすみ、と再び心の中で繰り返して、少し冷えてしまったのだろう、ひんやりとするバーナビーの体を抱き込んだ。
 

 目を閉じた真っ暗な空間で、しばらく。
 特に大した事をしていない一日ではあったが、虎徹だって疲れていた。バーナビーには呆れられるだろうが、苦手と思う空間に居るだけで気疲れしてしまっていたのだ。だからさんざ煽られて、しかもその存在が腕の中にあろうともすぐに眠れるだろうと思っていた。
 規則正しい寝息は、眠気も誘ってくれるだろうとも思ったのに。
 けれど、さっぱりその気配は訪れない。むしろ時間が過ぎるごとに疲れた気分すらも遠ざかる。
「………」
 抱き寄せているから、てのひらはバーナビーの背中にぴたりと張り付いている。すっかり眠っているせいか自分の体温が移ったせいか、そこはじんわり暖かい。熱に浮かされている訳ではないからさらりとした手触りのそこはひどく気持ち良かった。つい、意識もせずに撫でるように動かしていた。
 なめらかな肌。背中の真ん中から肩胛骨のまるみを指先でやんわり確かめる。うっすらとまぶたを引き上げれば、枕に半分埋まった綺麗な横顔が見えた。今日一日、あちこちの企業重鎮達にもてはやされた虎徹の相棒は、今日もとんでもなくハンサムだ。けれどこうやって無防備に眠っている顔は、常よりわずかに幼く見える。眠っているのだから当然だけど、気の抜けた緩んだこの表情が、虎徹はとても好きだ。
 キスをしたい気分だったけど、横顔はくったり枕に埋まってしまっているからちょっと無理がある。だから諦めててのひらの感触を満喫しようとした。 肩胛骨に触れていた指先は、そのままうなじへ。ぽこりと盛り上がった背骨を辿って次のふくらみに移動しているうちに、虎徹はどうにもたまらない気持ちになってきた。
 素直に言えば欲情した。
 いや、正しくは押さえ込んでいたそれが押さえ込めなくなった。
 いつの間にか背骨をたどる指先は意図を持ったものになっている。表面だけを滑らせるのではなく、じわりと内側の熱を煽るような、それだ。気付きはしたものの、意識的にしてるんじゃないんだからと言い訳してそのまま続けた。
 室内は真っ暗だけど、ベッドサイドのブラインドは完全に下ろしてはいない。少しだけ辿り着いた街の灯りが目の前で安心しきって眠る姿をほんのり浮かび上がらせている。
 彼は、良く寝ている。こんないやらしい手に触れられているなんて微塵も思わずに。
 キスがしたいなと再び思ったけど、起こしたい訳ではない。なのでぐっと我慢した。代わりに自分の動きでケットを少しずらし、覗いた白い肩へ唇を寄せる。
 指先が感じたのと同じに、そこもさらりとしていた。
 眠っている人の体温が心地良い。
 背中のてのひらはその場所で一時停止。指先だけをくすぐるように動かしながら、食むように触れた唇に夢中になった。ちろりとだけ舌を出し、唾液でぬめらせる。滑やかな感触が気持ち良くて結局少しでは済まず舌を大きく出して、肩口をくるくる舐めしゃぶる。無味無臭、ではない。ほんのりとバーナビーの味がする。シャワーで流してしまったのがもったいないなとちょっとだけ思った。
 ちゅ、ちゅ、と音をさせながらその場所へキスを落とし、しばらく忘れられていた腕の動きを再開させる。腰へまで辿り着くと、そこには残念ながら素っ裸ではないので、アンダーに邪魔される。少し迷ったが、その先はまあ後で、と手を引っ込めた。するりとまた相手は寝てるんだぞと言う思いが滑り込んで来たからだ。
 単に触ってるだけ。そういう意図じゃありませんよと誰ともなしに言い訳する。そのくせ「後で」なんて思ってるけれど。まあそれは間違いかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
 バーナビーの普段のボトムは、腰が浅い。そのせいでアンダーの形は虎徹のものと同じだけど、遮られる場所は低い場所だった。ウエストゴムの場所に沿って手を動かすと、腰骨はむき出しになっていた。彼はこういった骨の浮いた場所に触れられると、ひどく感じる。だもんだから、虎徹もついそんな場所ばかりに触れる癖がついていた。
 羽が触れるみたいに最初は優しく。
 さっきからじわじわ蓄積されていたものが、ついに溢れたのだろうか? ぴくりと彼の肩が動いた。わずかながらも反応があった事が嬉しくなり、そのまま同じ場所へ触れ続ける。綺麗についた筋肉の少し薄い、骨の場所。きっと触れられているバーナビーも気持ちいいのだろうが、触れている自分だって気持ち良い。
 頭を再びぽすりと枕に戻し、今度こそ勘違いでなく眉根が少し寄ったバーナビーの顔を眺める。骨の形をなぞり時折脇腹へ滑らせ、そしてまた戻る動きを繰り返していると、もどかしそうに肩が何度も揺れ、いつの間にか閉じていた目の前の唇が薄く開いていた。息が少し荒い。
 感じているのだ、と分かり楽しくなる。
 腰や脇を味わっているのとは逆の手を、小さく開いた唇へ寄せた。きちんと手入れされた唇はつるつると気持ち良く、指先で撫で、そして時折摘んでいる間にたまらなくなってつい指を口の中へつっこんだ。
 眠ってはいるけれど、口内はとろとろと濡れていた。気持ち良い。
「バニー」
 小さく名前を呼ぶ。もちろん相手は寝ているから返事はない。ただ突っ込んだだけの指は動かす前にたどたどしく舐められてしまい、ぞくぞくとしたものが背中を駆け上がった。
 キスの時と同じに指を動かし、舌に絡める。眠っているせいで反応は緩慢だ。けれどそれが尚更虎徹が言い訳のように見ないふりしている劣情を煽った。
「……バニー」
 もう一度、呼ぶ。ほんの少ししか間を置いていないのに、声は自分でもドキリとする程低くてさっきとは違った。明らかに欲情を隠さない声だ。
 いつの間にかバーナビーの腰がもどかしそうに動いている。ふと気付いて撫でていた脇腹から、まだ下着に包まれた場所に触れる。じっとりとした湿り気と他より一段高い温度、そして緩やかに勃ったものに触れて、無意識に口角が上がっていた。
 感じている、のは分かっていた。触れた瞬間、指をねぶる舌の動きが止まったが、それ以上なにもしない手に腰を押しつけたかと思うと、さっきより明確な動きを舌も示し始めた。
 ゆるゆるともどかしそうに腰が動く。添えるだけのてのひらに押しつけ、捏ねるように。
 いつもなら、どれだけ焦らしてもバーナビーはこんなあからさまなことはしない。欲しいと言うし触ってともねだるけど、はしたなくさえある事はさすがにまだ躊躇する。散々焦らしてとろとろの快楽に溶かしても絶対にしない事をされると、虎徹だってたまらない気分になった。
 指を引き抜いて、そのまま乱暴に唇を重ねる。既に指を突っ込まれバーナビーの口の周りはべたべただ。摺り合わせた唇はぬるりと滑り、そして当たり前のように受け入れられた。
 頭だけを苦しそうに仰向けにし、けれどやっぱりいつもよりたどたどしく舌に応えてくる。ぐちゅぐちゅ水音を立て、キスに耽溺する。髪を掻き上げ、そのまま耳に触れると重ねた唇の合間に苦しそうに彼は息を継ぐ。押しつけられる腰の動きに頭がじわりと熱に冒された。すっかり育ち上がったものを下着をずらし引っ張り出すと、熱い温度のそれに触れる。少しだけ考えて虎徹は指を絡めたまま、動かないでおいた。
 すると、バーナビーは腰を前後に動かし出す。虎徹の手を使って自慰しているかのような動きになり、興奮して強く絡めていた舌をしごき上げた。
「……っ、んっ」
 ぐい、とキスが振り解かれる。漏れるくぐもった鼻に掛かった声。
 はぁはぁと荒く呼吸を繰り返しながら、バーナビーが必死に快感へしがみついている。
「……て、つさんっ」
 ほとんど呼気に紛れるささやかなものだった。だけど、確かに彼は虎徹の名を呼んだ。
「お前、もうほんっとに」
 目は閉じられたままだ。彼はやっぱり寝ている。
 けれど、もたらされるそれが誰によるものかは分かっているのだ。
 ぐっと指先に力を込めて意図を持って動く。腰の動きに反するように扱き上げ、気持ちいいと感じるままに漏らす、けれど日頃とは違う鼻に掛かったわずかなだけの音を聞きながらギリギリだろう場所まで追い詰めた。
 けれど、最後まではいかせない。うっかりそのまま追い立ててしまいそうだった指先を解き、顔を覗き込む。
 いい加減、起きないだろうか。
 無意識に名前を呼ばれるのは、たまらない。
 こんなに無防備になった状態で尚も求めるのが自分だと思えば、とっくに失った自制だけれども、無茶苦茶にしたくなる。それでもまだ彼は許すだろうと思ってしまう自分の傲慢さに目眩がしそうなのに、胸を満たすのは幸福感だから手に負えない。
 突如失った刺激に彼はもぞもぞと体をうごめかしている。
 小さくむずがる声を上げて、日頃のハンサムが台無しな欲に満ちた顔を素直にさらしていた。
 それでも目は閉じられている。眠っている。
 だからさすがにマズいからやめとけ、起こせと自分の内側は声を荒げるのに、虎徹は荒い息を吐き出しながらベッドサイドへと手を伸ばした。つるりと滑る、馴染んだチューブ。中身はローション。
 片手でそれをつかみ、キャップ部分を口で押さえてねじ開ける。逆の手はすっかり汗が浮かび、滑やかさを失いしっとりとした肌へ触れさせた。
「……バニーちゃん、そろそろ起きて。そうじゃなきゃ好きにやっちゃうよ」
 すっかり愛撫の手で脇を撫で、そのまま腰へ。中途半端にわだかまるアンダーを更にずらして目的の場所を晒してから、チューブの中身をてのひらへこぼした。
 体はまだ横を向いていて、都合が良かった。
 荒い呼吸を繰り返すバーナビーが、冷たいローションの感覚にびくりと震えた。一瞬止まった呼吸が浅く再開される。
 すっかり汗に濡れた場所をローションまみれの手で撫で回し、窄まった場所へ触れさせた。躊躇無くつぷりとまずは一本の指を突き入れる。十分にぬめりらせた指だから、すんなり飲み込まれて行った。
「…ぅ、ん、ん、…っん」
 強く眉根を寄せ、上半身がぐらりと揺れる。そのまま両肩がベッドへついてしまった。腰だけを捻る不自然な格好は負担を掛けてしまうかもしれないが、仰向けにさせて腰を浮かせるのは今更面倒臭い。
 反らされた胸は、今日一度も触れていない場所だ。飲み込まれた指をぐねぐね動かし内側を広げながら、吸い寄せられるように胸元へ口付けた。なにもしていないのに感じているせいか尖った先っぽをべろりと舐め、つつくようにして弄る。反応はそのまま指が感じた。異物である筈の指の飲み込んだ場所がゆるゆるとほぐれる。
 もちろん隙を逃さずもう一本指を追加し、内側を蹂躙する。感じる場所だってそうじゃない場所だって容赦なく捏ね上げると、頭上から上がる声はより増した。
 普段の喘ぎとは違う声だった。荒い呼吸の中に紛れる鼻に引っかかったような甘い音。
 あちこちが感じるもので、まだ下着に包まれたままの虎徹のものは痛い程張り詰めた。もう相手が寝てるなんてどうだって良かった。早く指が感じている狭い場所へ突っ込んで思う存分に揺さぶりたくて仕方がない。
「バニー」
 胸を嬲る合間に名を何度も呼ぶ。
 なあ、まだ起きてねぇの? とちらちら視線を投げる。
 ひっきりなしに首を左右へ振り、髪を乱しているバーナビーの目はそれでも硬く閉じられたままだったが、こうやって感じている時も彼は同じように殆ど目を閉じているので、起きているのかどうかは分からなかった。
「バニー、目ぇ開けて? 起きてねぇの?」
 ローションを追加して、内側を濡らして行く。ぐちゃぐちゃと酷い音をさせながら虎徹を迎え入れさせる準備を整える。
「なあ、挿れんぞ?」
 これでも起きないってこいつ大丈夫なの――? 過ぎったけれども、今はそれ以上深く考えるのが面倒だった。
 指を引き抜いて、ようやく下着を脱ぐ。解放された性器がふるりと震えて先端はすっかり濡れてしまっていた。感じている興奮を目で見てしまったようで思わず苦笑する。
「バニーちゃん、ごめんな」
 やっぱり目を閉じている。体はくたりと力が抜けたままで、足を広げても何をしても虎徹のされるがままだった。そこにバーナビーの意志はないから、ひどく重い。弛緩している。
 ああもう本当に! ここまでして起きないのは疲れと酒のせいだと分かっている。けれどもそこに、相手が自分だからという理由は含まれているのだろう。自分勝手な解釈かもしれない。
 けれど、完全に意識を手放しているくせにここまでいやらしく乱れるのは、相手が自分だからだ。安堵して身を任せきっているのはいつもだってそうだとも言える。けど、今とそれはきっと違う。
「ぅ、ぁんっ!」
 ぐ、と力を掛けて性器を彼の体へ飲み込ませて行く。
 そこまで無防備にしてくれている相手へこの仕打ちは酷いのかもしれない。
「けど、お前が悪いんだからな」
 煽ったのもその気にさせたのも、バーナビーだ。
 その後ちょっとばかり悪戯はしたけど、取り返しが付かなくなるような反応を示したのだってバーナビー。
 俺は悪くない、と弛緩しているくせにしっかり締め付ける場所を堪能しながら根本まで飲み込ませた。
 いつもより怒張してしまっているかもしれないが、それでもしっかり飲み込みやわやわ包み込む内蔵があまりにも気持ち良くて、我慢出来ずにすぐさま虎徹は動き出した。
「あー、すげ、いい」
 相変わらずローションの音を立てながら、常なら反応を探り気遣う事も今日はせずに好き勝手に動く。最初から激しく奥まで犯し、ギリギリまで引き抜き、そして勢い良くまた根本まで押し込む。
 がくがくと揺さぶられながら、バーナビーはむずがるように声を上げていた。いつもの悲鳴めいたものとは違う。感じてはいるが、けれど意識がなければもしかしてちょっとは違う感じ方をしているのだろうか?
「ぅ、ぁあ、ん、んぅ、んっ」
 ぼろぼろと落ちる声を気持ち良く聞き、バーナビーの苦しそうにも見える顔を見て、目を閉じた。暗い中で快楽を貪った。
「ん――ぅ、あ……っえ、あ? あっ、ん」
 もぞり、と押さえていた腰が変な具合に動いた。
「ん?」
「あ、ああっ、んっな…ん、……でっ、あぁっ」
 声が鮮やかになっている。目を開けば、押し寄せる快感はそのままなのに少しばかりの違和を感じた。
「あ、バニ、起きた、の?」
 暗い中、ぶれた視界の中でも見える翠の光。
 とろとろと溶けた快楽に流されてはいるが、戸惑った表情もそこには紛れていた。
「でも、ちょっと待って」
 ずん、と容赦なく奥を突いた。耳に馴染んだ悲鳴のような嬌声が上がる。
「こて、つ、さ……ぁ、待って、や……っ」
 気が付けば快楽のど真ん中で、さぞかし驚いているのだろう。けれどここまで来て虎徹も動きを止める事は出来ない。頭が茹だるような熱に犯され、たまらなく気持ち良くて後一歩でそこへたどり着ける、と言う状態なのだ。
「ぃや、だ……っあ、ん、んんっ、あ、や、いや!」
 バーナビーの手が持ち上がり、止めるように虎徹へと伸ばされた。けれども十分に快楽に支配されたそれは繰り返される穿つ動きに結局力を失いベッドへ戻って行く。耐えるように強くシーツを掴んだ指先は反り返る程だった。
「はっ、きもちいんだろ、バニーも」
 だからいいだろう、とスパートを掛ける。
 抵抗の動きも全て失い、上げる声だって意味を失った。
「――っ、だ、め、あ、ああぁっ!」
 びくびくと押さえた腰が震えた。強い絞り込みに、虎徹も思わず息を詰める。辿り着いて奥で留まり、体中を灼く快感に一瞬視界が奪われた後は、放出の気持ちよさが後に残った。
 ひくりひくりと痙攣を起こした体がベッドに沈み込んでいる。引き締まった綺麗な腹筋の上には、彼自身が吐き出した白濁。腰から手を離してそれを塗り広げると、固く目を閉じていたバーナビーのまぶたがゆっくり引き上げられた。
 まだ快楽は去っていないのだろう、濡れた色をしている。
 けれど、その中にはわずかだが虎徹を咎める色があった。
「抜いて、ください」
 荒い呼吸の合間を縫い、告げた言葉は冷たい。
「あ……、うん」
 たった今まで感じていた快感があっという間に去った。ヤバいと焦りながら一度吐き出し萎えた性器を暖かな場所から引き抜く。くしゃりと見下ろしていた顔は崩れたが、声は耐えたようだった。
 勢いでやってしまったので、生だった。抜き出した場所から虎徹の吐き出したものがとろりと溢れている。
 ヤバいヤバいと冷水を浴びせかけられたように高揚は去った。
「怒ってる……よね?」
「当たり前です」
 おずおず尋ねれば、ぴしゃりと切り捨てるような答え。
「あの、ごめん」
 小さくなりながら謝ったが、当然謝った程度で許してくれそうな気配はなかった。激しくしてしまったせいで、彼はどうやら今は動けない。本来ならベッドから去りたいのだろうが、顔を背けてこちらを見ない以外の動きはなかった。
 気まずい沈黙が横たわり、バーナビーの足の間に収まったまま、虎徹も動けない。
「……あり得ない、本当に」
 ぼそり、と呟かれる言葉は尤もだった。
 悪戯をしている時も挿入した時も、ずっとバーナビーのせいだと虎徹は言い訳していたのに、ここまで不機嫌になってしまった当人を前にまさか同じ事は言えない。
 調子に乗りすぎたと熱が去った頭では、虎徹にも良く分かった。
 疲れて、気を許して休んでいたと言うのに、体を好きに扱われればさぞかし腹が立つだろう。これからはこうやって無防備に安堵してくれないかもしれないとの恐れも過ぎる。
 大きくバーナビーがため息を落とす。枕に横顔を押し込み、何かを告げた。
「え?」
 言葉が聞き取れない訳ではなかった。
 口の中で言うようなはっきりしない声だったが、それでも聞き取れた。
 ただ、それが理解しがたかっただけだ。
「あの、バニーちゃん? 途中からしかって?」
 途中からしか覚えてない――そう、言ったのだ。
「その通りですよ、途中からしか覚えてない」
「え、どういう事?」
「僕、すごくしたかったのに」
「……え?」
「なのに途中からしか覚えてない!」
「え、そっちなの?」
「どっちですか……あなたがどんどん僕に欲情していやらしくなっていくの、見たかったのに。気が付いたらもういってしまいそうだったし。あなたの顔なんかとても見えなかったし」
「……バニー?」
 何を言っているのだ、この可愛いうさぎちゃんは?
 暗いからはっきりしないが、顔を赤らめる訳でもなく、口調は拗ねたものだ。怒っているのとは違う。
「ひどいですよ、虎徹さん」
 ちらり、と視線が投げられた。
「やり直しを要求します」
 バーナビーはまだ半ば以上枕に顔を埋めたままだ。見えるのは片目だけ。
 翠のそれが、虎徹から逸らされない。見詰めたままで彼は当然の権利のように、強く言う。
 余りに突拍子のないバーナビーの言葉に、しばし虎徹は置いて行かれた。
「聞いてるんですか?」
「き、聞いてる!」
「で、どうしてくれるんです?」
 ようやく仰向けになり、ふたつの翠が虎徹を見据えた。
 怒っているのでもなく、拗ねたものでもない。そこにあるのは、挑発だ。
「――喜んで」
 萎縮が溶けた。身をかがめ、要求を告げた唇の端にキスを落とす。
 途端、首に腕が絡まりそのまま深い口付けに飲み込まれた。

 ――なあバニーちゃん、あんま俺に許しすぎると、マズくない?
   どこまでも付け上がっちゃうよ?

 誘われるままにキスを繰り返し再び溶け始めた体にのめり込みながら、虎徹はさてそれをいつ言おうか、それとも言わずに付け込み続けようかと頭の端っこで考え始めた。
「ちゃんと見せてください、あなたのいやらしい顔」
 なのに誘い込むようにして、バーナビーはそんな事を言うのだ。
「何笑ってるんですか! もう……」
「ごめんね、バニーちゃん」
 まあそれは、今のところどうでもいい。
 ひとまずはこの目の前にある、意識があろうとなかろうとたぶらかしに掛かってくる甘やかな存在に夢中になろうと、虎徹は音を立てて唇にキスをひとつ落とした。
2012.6.16..
↑gotop