相手はヒーローだけど、まだ女子高生だからそんなに遅い時間まで付き合わせる事は出来ない。
ブラインドを降ろし、枕元の灯りすらも落とした真っ暗な室内で柔らかな体をまさぐり、甘い声を聞いている今は、まだ夕食を取るのに相応しい時間だろう。もちろんこの部屋の中では時間の確認も出来ない。気にしているらしい小さな胸はそれでも柔らかくて気持ち良い。小さく響く声を可愛らしいと思いながら、張り詰めている若い乳房を揉みしだき、首筋へ口付けを落とす。長い髪が口に飛び込んで来たので、指先で払った。ちらりと除いた茶色い瞳の色は嫌いじゃない。日頃強い意志を示す光が、とろりと覚えたばかりの快楽に流されているのは、むしろ好きだった。
ブルーローズこと、カリーナ・ライルとこのような関係になったのは、いくつかの偶然と成り行きだ。
こうやっていくつもの時間を共に過ごすし、素肌で抱き合い快楽を分け合ってはいるけれども、自分達は恋人と言う訳ではない。
青いきわどいスーツを身に着け、勝ち気でドSの女王様として売り出されている彼女だが、飾りを取り払った素の彼女は本来非常に真面目だ。過酷なヒーロー業と歌手になる夢、そして学生を全て取りこぼさずきちんとやり遂げている。そして、同じヒーローをしている年上の鈍感な男への恋だって大事にしていた。
同じ想いを抱きしめているからこそ、誰よりもその鈍感なヒーローの傍にいるバーナビーの事を、彼女は嫌った。つんけんとした態度で、あなたのその場所がズルいと隠そうともしない彼女は何かあるごとにバーナビーへ突っかかって来たし、想い人へ素直になれない自身の苛立ちを八つ当たりのようにぶつけても来た。
理不尽なそれを、だけどバーナビーは可愛らしく思った。
自分も確かに彼女と同じ想いを同じ相手に対して抱いている。だけど、本来が妻を持ち子供を成した男だ。虎徹は自分にとても良くしてくれるし、きっと間違いなく大事にしてくれているけれども、まさか自分の元に落ちて来るだろうとの錯覚は抱けなかった。
ただ思っているだけでいい。それは諦めと言うのかもしれない。
けれど今現在与えられているそれだけで、十分に満たされてもいたのだ。
こうやって、漠然と一生一番近い場所に居られれば良い。もしかしたら彼が望むようにいつか結婚して彼のように子を成すかもしれないけれども、一番大事な場所は鏑木虎徹という相棒へ明け渡したまま、生きて行こうと穏やかに思っていた。
同じもしかしたらで、彼も誰かを愛するかもしれない。まだ幼い子供の母を作ろうとするかもしれない。それが、このまだ幼くさえある少女である可能性は、ゼロとは言えなかった。
自分よりずっと高い確率を持っているくせに、気付けずやきもちを焼く可愛い女王様。
いずれ彼の隣を誰かが得るのならば、何も知らない他人よりも、幼くはあっても必死で恋している彼女の方が心穏やかで居られるだろうとも思った。
好きを共有してるのだから、きっとそれほど悪い相性ではないだろうとバーナビーは思っていた。それに彼女の当たりの強さは、一気にスターダムへのし上がった自分が日頃味わうマイナスの感情に比べればまだまだ甘い。簡単にいなしながら、少しずつ距離を縮めて行った。
好感を抱いている相手なのだから、仲良くなりたいと思うのは当然の心の動きでもあった。彼女が好きな虎徹の事を聞いてみたかったし、そしておおっぴらには出来ない自分の気持ちだってあからさまには出来ないだろうが、欠片だけでも誰かと共有したい。想いを向ける相手とは叶わないのなら、相手としてカリーナを選ぶのは然程間違っていないような気がした。
ヒーローとして活躍を始め、一年ちょい。
その頃には自分の背負っていた荷物も降ろし、バーナビーは今まで味わった事のない幸せな日々を過ごしていた。
カリーナとの距離も随分近くなり、思い通りにいかない恋路の八つ当たりではなく、相談や愚痴聞く間柄になった。
バーナビーはカリーナを可愛い妹のように思っていたし、カリーナもバーナビーの事は一番近しい男友達だと思っていただろう。熱を分かち合う情熱はないが、気を許せる関係。
それがこうやって抱き合うようになってしまったのは、ちょっとした事故のようなものだ。
だけど意外とお互いの腕の中は気持ちが良くて、ずるずると関係は続いている。彼女は未成年だからアルコールはなしで、軽く夕食を食べて、深夜にならない時間まで抱き合う。そして、きちんとカリーナの家へまで送り届けるまでが近頃過ごす彼女との時間のルーティンだった。
「ねえ……なに、考えてるの?」
少しの考え事を気取られたようで、少し拗ねた声が耳をくすぐる。
「ごめん、なんかこうやってるのも妙な気がしたんですよ」
「……確かに。おかしいわよね、私もあんたも、別の人の事が好きなのに」
くすくすと彼女は笑う。
「あなたの事も好きですよ?」
「そりゃあ私だって」
首筋に埋めた頭を持ち上げて、唇同士を軽く摺り合わせる。そして、つんと尖った乳首を指先で摘み捏ねれば、彼女が浮かべていた笑みはとろりと快楽に溶けた。
さすがにこれだけ近くなれば、バーナビーが抱いている想いも彼女にはバレた。完全に期待を捨てていたと言うのに、彼女はそれをバカバカしいと笑った。自分が抱えている想いが万が一の可能性で叶ってしまえば困るのはカリーナだと言うのに、諦めるなとけしかける。
若くみずみずしい肌に唇を滑らせながら、柔らかな体へ意識が落ちて行く。つまらない考えなど、目の前の快楽に溶かされた。
暗い室内は、シーツの立てる衣擦れの音とカリーナが漏らす甘やかな声で満たされて行く。とろとろと濡れた場所へ熱く屹立したものを突き立てると、高い嬌声が上がった。
好きあっていなくとも、セックスは出来る。今までバーナビーが持った関係は全てそんなものだ。だけど、カリーナとの関係は今までのそれともまた違う。得る快感は違ったものとは思えなかったが、消耗品のような今までの付き合いとは違って、心の充足はあった。
ぬかるんだ場所は体中に響く快感を与え、熱が上がっていく。次第に夢中になり、組み敷いた体も汗に濡れて既に得られるようになった気持ちよさに夢中になっていた。絶え間なく漏らされる、ヒーローとしての彼女が漏らすべくもないとろけた声。それにも煽られ、動きは速くなる。
「んっ、……あっ、あ、……ぁあんっ」
荒い息を落とし絞り込むような動きに耐えながら高みを目指していると、不意に異質な音が耳に割り込んで来た。
「……っ、な、に……?」
ベッドサイドに置いた携帯が鳴っている。
こんな状況だ、もちろん無視したって良かった。けれどディスプレイが示す発信者の名前を見た途端、バーナビーは手を伸ばしていた。
「はい、どうしました?」
「……ん、ぁ……やだ……」
少しの動きが、彼女にはイレギュラーな感覚をもたらしてしまったらしい。拗ねた顔をしていたくせに、カリーナの唇は甘い声を落とす。
「すいません。……ごめん、少し静かにしててもらっていい?」
音声だけで受信した相手へ断りを入れ、カリーナへしぃっとジェスチャーした。むっとして、わざとらしく彼女はベッドを叩く。
「お待たせしました。どうしたんですか、虎徹さん?」
まだバーナビーだって荒れた息は整っていなかった。何をしていたかなんて、彼へはバレバレだろう。
『いや、メシでも一緒にどうかなーって思ったんだけど』
「すいません、人が来てて」
『みたいだなぁ……いいねぇ、若いな!』
「何言ってるんですか。あなただってもてるでしょう?」
くすくすと笑う。さっきまで夢中になっていたセックスは、今は置き去りだ。この声に意識が全て持って行かれてしまう。
『もてねぇよ、腹立つな! じゃあ……』
笑い混じりに言われ、切られそうな通話へ慌てて割り込む。
「明日! 明日はどうですか?」
『ん……うん、いいけど』
「じゃあ、お願いします。楽しみにしてますね」
『ああ、じゃあな』
ぷつん、と切れてしまった。
「タイガーから?」
「ええ……あなた、相手が虎徹さんだと分かった時に、すごく締め付けてきましたよ?」
「っ、だって! しょうがないでしょ!」
ぷい、と恥ずかしそうに顔を背ける彼女は、可愛いなと思う。彼女の内へ収めたものは、突然の虎徹からの電話で萎えた訳ではない。むしろ、彼女と同じだ。屹立は増したかもしれない。
「……諦めるとか、良く言うわ」
「どうして?」
「何よりも優先するくせに。……ほんっとうに大好きなんだから!」
「さあ、どうでしょう?」
くすり、と笑いにごまかして、絡められた足をやんわり撫でた。そして、穿つ動きを再開する。
再び漏れ出した嬌声に紛れながら、「私だって大好きなんだから」と悔しそうに告げられた。
自分達は、お互いを愛していない。好きだけど、愛じゃない。
それは同じ、別のただひとりにしか向いていないのだ。
抱きながら、彼に抱かれたいと思ってる。
抱かれながら、彼を思っている。
でもそれは裏切りでも代替えでもなくて、それでもお互いだから欲に溺れられるのだ。
変な関係、と笑いたくなったけれども、結局それも熱に浮かされ、溶けて、見失った。