Bathing and happiness...and then
「ちょっと、大きくしないでください」
「だってさー」
この状況でそんな事を言う方が無茶だと虎徹は思う。びくりと肩を震わせたバーナビーは笑いの色を滲ませながらも、言葉の通りに視線に咎める色は忘れていなかった。
「目的間違えないでくださいね」
「……はぁい」
柔らかな色の照明の中で、自分の広げた足の間に居心地良く収まる体は、艶やかに淡くピンクに染まっている。それが欲情のためではなく、虎徹に取ってはやや温く感じられるお湯にあたためられたものだったとしても、視覚効果は半端ないものだった。
ここは、バーナビーの家の浴室だ。今日の午後降って沸いた突然の休暇に舞い上がり、ここぞとばかり休暇全日分を賄って余りある食料を買い込んでこの部屋へと飛び込んだ。虎徹の家でなかったのは、単にオフィスからバーナビーの部屋の方が近かったからに過ぎない。いつもより時間はゆっくり与えられていると言うのに、一秒だって無駄にしたくなかったのだ。
シャワーも浴びずにすぐさまベッドへ飛び込み、飢えた人のように貪りあって数時間。ようやく一段落して空腹を思い出し、買い込んで来たデリと酒でくちた腹に吐息を落とした。余裕のなさに笑い合ったのは、もちろんの事だ。
そこでバーナビーは、ひとつ我が儘を言った。
「精一杯甘やかしてくれますか?」と。
既に精一杯愛し合った後で、疲れに空腹が重なった所へアルコールを入れたせいか、そう強くない彼はもうほろ酔いのようだった。
はっきり言って、虎徹はこの完璧に見える美しく優秀な、それでいて愛される事にだけ不器用な恋人にメロメロだ。そんな彼が酔いと目の前の休暇で開放的になって告げたのがそれだとすれば、元から垂れた目尻は際限なく下がってしまうし、望む以上に甘やかしたくなるのは当然だった。元来、虎徹は人に求められるのが好きでもあるのだ。彼の甘えは、虎徹へのご褒美みたいなものだ。こんな関係になってもう随分になると言うのに、伸ばした手は撥ね除けられはしないながらも、どこか居心地悪そうにしか受け入れられない。なのに、こうやって自ら告げると言うことは、日々の甘やかしは彼も嬉しかったのだ。伸ばした手は無駄でなかった事を知って、既に虎徹はこの休暇は満ち足りた物になってしまった。
彼を甘やかす具体的な方法は、いくつも思い浮かんだ。終始満面の笑みを浮かべ、幸せだと言葉で言うより雄弁に伝えてくる恋人の姿は、虎徹の心の酷く甘やかにした。
とにかく腹が減っていたので胃に物を入れる事を優先したが、抱き合ったままの体は様々な体液が乾き始めて少しばかりかゆくもあった。大きなバスローブの下、隠されてはいるがバーナビーだってきっと同じ事だろう。受け入れる側の彼の方がむしろ被害は大きいに違いない。
緩慢な動作で食べたものの片付けを始めたバーナビーの事は、敢えて放置した。その代わり、何食わぬ顔をして既に扱い慣れてしまった浴室の準備をする。本当なら片付けだって全部やってやりたかったが、甘やかして欲しいと言ったにも関わらず彼は黙っては受け入れないだろう。それは甘えではない、と彼は断じる。
けれど、出来るなら虎徹はこのたった数日の休みの間くらいはバーナビーになにもさせたくなかった。今更ではあるが、彼は優秀で気が回る上に甘え下手だ。甘えたいと思ったところで長年の一人暮らしのせいか日常的な事は自分で簡単に済ませてしまう。そりゃあ虎徹に比べれば、生活力は低い。包丁を持たせれば余りに怖くて見てられないから、努力を買う事すら出来ず取り上げてしまうレベルだし、他は言わずもがな。それでも、一緒に過ごして不自由はない程度に自発的に動いてしまうのだ。
それは、虎徹が過ごしやすくするためのものでもある。そんな気持ちが嬉しいから咎めたくはないが、それでも彼が自ら「甘やかして欲しい」と言ったのだ。ならば何もさせたくない。甘やかすのが好きだと言いながら、実は自分の発想は貧困なのかもしれないなとは思った。浴槽に、自分の好みでは熱すぎるから低めの温度の湯を張りながら、甘やかす=あれもこれも全部自分がやってやるという思考に陥っている事に、苦笑を漏らした。
キッチンから戻って来たバーナビーを、そのまま浴室へ引っ張って行った。羽織ったバスローブを脱がせ、下にも置かない丁重な扱いをすれば、バーナビーはさっき自分が言った言葉を思い出していたのだろう、気恥ずかしそうでありながらも嬉しそうに笑みを浮かべていた。どこかかしこまった口調で体も髪も洗うからな、と告げれば似合わないですよと憎らしい口調で、だけど表情はほころぶような可愛い笑みを向けられて、一度宥められた筈の欲が頭を擡げてしまいそうで、困った。それでも目的はそうじゃないと自分を説得し、あくまで紳士的に浴室へと導いた。
ざばん! とそのまま浴槽へと飛び込んだ。
腕に抱き込み、くったり体を預けて来るバーナビーは可愛い。抱きかかえた虎徹の腕を引っ張り手の指を折ったりくすぐったりと遊びながらも、虎徹に取っては温く感じられる湯を彼は幸せそうに享受している。
幸せそうな顔をしているバーナビーにこちらまで幸せにさせられたが、どうしても無防備に自らへ委ねる彼の姿へは、劣情を覚えてしまう。自制出来ない部分で反応したものを笑顔混じりで咎められ、バツが悪くなった。既に思う存分抱き合ってはいる。けれど、心の底まで満ち足りる事なんてない。彼が許せばきっと今すぐにでも、むしゃぶりついているだろう。
けれど、今はそうじゃない。優しい手触りで肌を撫で、いたわりといとおしさを伝える。性感にまで高められないそれを受け取り、バーナビーはうっとりとした表情を浮かべていた。
「虎徹さん?」
「ん?」
ぱしゃり、と水音をさせて、彼は湯の中から引き上げた腕を背後の自分へと回して来た。
促したが、その先の言葉はなかった。指先は虎徹の頬に触れ、そのまま輪郭を辿ると顎髭を指先で楽しんでいる。くすぐったい気持ちになりながら、虎徹は体に回した腕を性的なものにはならないように、きゅっと力を込めて抱きしめた。
「なあ、幸せだよ」
「……ええ」
「すげー幸せ」
目を閉じて、湿気に満ちた空気を吸い込む。入浴剤も何も入れていないのに、何故か甘い匂いがした。
「ヒーローとして、街を走り回ってるのも幸せだけどさ。けど、こうやって平和にお前を抱いてられる時間は夢みたい」
「夢じゃなくて、これは現実ですよ?」
「うん」
くすくすと笑うバーナビーは、こんなおじさんが何夢見がちなバカな事を言っているのだと半ば呆れているかもしれない。けれど、笑われようとこれは本気なのだからしょうがない。
濡れた肌を、ぎゅっと抱きしめる。良い匂いのする首筋に顔を寄せて、息を吸い込んだ。そして、ちゅっと音を立てて、そこへ吸い着く。
「……っん」
「感じた?」
「感じてません」
殊更固い声が答えたけれども、首筋はほんのりと色を増していた。
「それより、甘やかしてくれないんですか?」
「はいはい、仰せの通りに」
再び頭を擡げたよこしまな思いを押しやり、ざばりと立ち上がる。体と髪を洗うのに、浴槽の中は相応しくないかもしれない。けれど、力の抜け切った体をほんのわずかに冷えるタイルの上へは乗せたくなかった。
足だけを浴槽に残し、シャンプーのボトルへ手を伸ばす。三回プッシュして出した中身を手のひらに広げ、元の場所に戻った。目の前の髪にそっと手を触れ、じっくりと手のひらの白濁を馴染ませる。細い、自分の物とは全く違う繊細な髪が絡まらないように、細心の注意を払う。地肌に触れ、マッサージするように動かした。ほぅ、と気持ち良さそうな吐息が上がる。彼の髪に触れるのは好きだけれども、こうやって洗うのは初めての事だ。どうやらお気に召してくれたらしい。されているバーナビーもだが、虎徹だって柔らかな髪の感触は気持ち良かった。
「ちょっと、なに遊んでるですか」
わしわしと手を動かす度に、泡は量産されていく。もこもこと質量を持ったそれが面白くて、……そして、どうしても沸き上がってしまう邪心を振り払うべく、それに夢中になった。
「ん、すっげー面白い!」
「……あの、虎徹さん?」
「ん、悪ぃ悪ぃ」
わしゃわしゃと量産した泡は、バーナビーの濡れると良く分かる長めの髪にしっかりとまとわりついている。つい面白がってまとめたり引っ張り上げたりと、おもしろ髪型を作っているとバーナビーからトーンの低い声が上がった。遊び過ぎたかと反省する。
「いえ、それはいいんですが」
楽しそうですし、と続ける彼の声はやはり低い。
「どうしたの?」
「このシャンプー、あなたのじゃないですか?」
「え?」
どうやら遊んでてもいいらしいと、髪はまるで女子高生のようなツインテールを模していた。手が止まる。
「匂いが違う気がするんですが」
「……あ」
そのまま動きだけでなく楽しんでいた心まで静止した。
マズイ。
「まさか、間違えてませんよね?」
低いトーンの声が、ざっと一気に虎徹の血の気を引かせた。マズイマズイマズイ。
バーナビーの髪は特別製だ。幼い頃の娘と同じくらいに繊細で、それ以上に我が儘でちょっとでも違う洗髪料を用いればすぐさまびっくりするくらいに絡まる。付き合い始めた当初、虎徹の家へ泊まった、当然彼専用のシャンプーなど用意していなかった時にいいだろと渋る彼を押し切って自宅の適当なものを使った際は、そりゃあ目も当てられない朝を迎える事になった。身だしなみも完璧に整えるのが信条の彼の自尊心も粉々で、機嫌も最悪だった。あのときは本当に酷い状態だったのだ。甘い夜を過ごしただけに、不機嫌どころでない酷さで当たられて、今でも虎徹はトラウマになっている。
「気のせいですか?」
地を這うような声に手がわきわきとした。もちろん、気まずさにだ。
つい手癖でついこの家にも常備されている虎徹の物をプッシュしていた。何十ドルとする、どこぞのサロンでしか手に入れられないバーナビーのものとは違い、どこのドラッグストアでも買える数ドルの品物だ。もちろん、彼の髪質に合う筈が無い。
「ご、ゴメンバニー!」
慌ててシャワーノズルを引っ張った。焦っているから捻った蛇口が導いたのはほぼ水で、更に酷い状態になる。
「虎徹さん!」
「ゴメン! ゴメンって!」
「もう、すぐに洗い直せば大丈夫ですから! だから落ち着いてください!」
「でも!」
「でもじゃありません、冷たい!」
散々に騒いで綺麗に洗い流した後に、本来の彼の物を用いて洗い直した。トリートメントだって、もちろんだ。自分はしないけれど。
「あなたに甘えるのは、疲れます」
「ばーにーいいいいいい」
浴室から出て、さて本来ならば色っぽい事に傾れ込む筈の時間だ。けれど、バーナビーはうんざりとした顔をしていた。縋る自分だって色気とはほど遠い。
バスローブ姿で、馴染んだ匂いを漂わせながら、バーナビーはリビングで虎徹を振り返る。
「まあ……まだ、初日です」
ぱさり、とタオルを床に落とした彼は、情けない顔をしていた虎徹の頬へとそっと触れた。そして極上の蠱惑的な笑みを浮かべる。
「甘やかしてくれるんでしょう?」
唇の端だけを上げた、魅力的な微笑み。もちろんそれはメディアで大衆向けにされるものではない。たったひとりを虜にしようとする、ものだ。
「……してくれないんです?」
こくりと息を飲み見入った虎徹へと、蕩けるような声で重ねる。
「……甘やかすよ、目いっぱいにな」
危うく声が上ずりそうになったのを、ギリギリに押し留めた。どうやら、自分が持ち合わせていた手札は通用しそうにない。ただとろとろに甘やかすだけでは彼には通用しない。
ひとまず分かったのは、このままベッドへと連れて行き、極上のもてなしをすることだろう。
それは、結局虎徹にとっても、これ以上もないご褒美である事には変わらなかった。さて、この休暇はきっとバーナビーが甘えるために努力するのだろうが、きっと虎徹も甘やかす事を考え直す良い機会になるに、違いないなさそうだった。経験則だけで楽をしようと思う方が、きっと間違っていたのだ。
指先から始まって、腕、肩、そして首筋と胸。
今回はこういう趣向なのだと気付いたのは、足の指までも一本一本舐められている最中だった。ただひたすらに虎徹に体中を舐めしゃぶられている。彼の触れていない所は、雫を垂らし苦しげに勃起した肝心の場所だけだろう。ただ、舐められているだけだ。けれど感覚は研ぎ澄まされて、感じ過ぎてもう辛い。
「こてつ……さ、もう、やめて」
体中くったり力が抜けて、どこも動かせる気がしない。なのに、内腿をぞろりと舐め上げられて、ひくりと背が反った。
甘やかして欲しい、とつい口にしてしまった事は後悔していない。自分が甘えると言うのが非常に下手だとの自覚はあった。虎徹がいつも自分を甘やかしたがっていることにも気付いていたし、だからせっかくのこの休暇で少し慣れてみようと思ったのだ。
ねだったりしなくとも、きっと虎徹はバーナビーを甘やかしただろう。それをわざわざ口にしたのは、自分が逃げないようにするための保険だった。そんな事思ってもいないくせに、気恥ずかしくなって鬱陶しいだのやめてくださいだのとつい可愛くない事を言ってしまう自らの口を封じた。
けれど、求めていたのはこういう事じゃない――と、内腿からきわどい場所へ走らされる舌の動きに悶えながら、必死で抵抗しようとした。
お互い、ベッドに上がった時からもう素っ裸だ。だから虎徹がどうなっているのかなんて良く分かる。喘がされすぎて酸素が薄くなり朦朧としても、視線をずらせばぎちぎちに張り詰めた股間が見えた。さっきしたばかりだから後ろをほぐす必要はきっとない。その性器が求めるものはすぐに手に入る。けれど自分の欲を放ったらかしにしてバーナビーにも直截のものは与えず、彼はこの体を舐め回す事に夢中だ。
「も……こてつ、さっ、あっ」
再び足先を口に含まれ、ぐちゅぐちゅと唾液の音を立てられた。親指の先を軽く噛まれて、腰が跳ねる。
「……ん? 良くない?」
そんな筈ないよな、とのニュアンスを込めて言われ、ぞくぞくと背筋が震えた。無駄に色気を込められては、こんな状態では持たない。
「ち、が……、いじわる、しないでください……」
「意地悪なんかしてねぇよ、甘やかしてんの」
にぃ、っと彼は笑う。
「バニーちゃんが甘やかしてって言ったからな」
「それ、ちが、うっ」
そうだろうとは思っていたが、案の定そうだったらしい。
舌ではなく手のひらがくるぶしから太腿へと這い上がり、期待に淡い声が漏れる。けれど、やっぱりその手ははぐらかして腰へと辿り着き、直截の性感を煽らず遠回りして体に熱を押し込むのだ。
「……っ、虎徹さん!」
これは甘やかしているのではない、ただ焦らしているだけだ。
「甘やかして、って言ったのに」
「だから、甘やかしてるだろ?」
「ちが……」
「ご奉仕してるし」
抱え上げられた足。ふくらはぎをべろりと舐められて、言葉が詰まった。
「あのさ、バニー」
その場所に唇を這わせたまま、彼はしゃべり始める。腰に置かれた手はそのままだ。なにもされていないのにじわじわ浸食されているようで、息が乱れる。体中が彼の唾液に濡れそぼっているのだろうと今更ながらに気が付いて、体が揺れた。
「この休み、お前の事甘やかすけどさ。俺の事も甘やかして?」
「……っ、あっ」
低く甘い声が肌を這う。シーツを掴んでいた指先が、きゅっとしなった。
「あま、やかします……から、もう」
欲しい。
自分でもう限界まで張り詰めているものを慰めたって良かった。けれど、手はシーツを握ったまま動かない。体だって力が抜けてくたりと意地悪する虎徹へと委ねたままだ。言葉でねだり、視線で促す。息は上がったままだ。きっとみっともない顔をしているだろう自覚はあった。けれど、もう我慢なんて出来ない。
自分の手なんかではイヤなのだ。虎徹でなくてはだめだ。彼で無ければイヤだと理性だって手放した心の奥底の本音が欲しがる。体の解放よりも心の欲が優先される。
合った視線の色がどろりと濁って、暗く光った。彼自身の欲を煽る事には成功しているのかどうかは分からなかったが、腰に乗せられたままの手のひらの温度が高くなった気がした。媚びるように視線を合わせたまま淡く喘ぎを漏らし、重い体をその手に押しつける。
「こてつ、さ……っ」
名前は最後まで呼び切る事が出来なかった。ぐっと乗り出した体が唇を奪い、今までの空気をどこかへ放り投げて荒々しく口付けられる。咄嗟について行けない舌を乱暴に絡められ、息まで奪われた。必死に応え、ベッドから腕を引っ張り上げる。のし掛かる体へ抱きついて、彼の温度を体中へ染み渡らせた。ぞくぞくとする。飢えたように、キスを繰り返す。体の表を這い回っていた快感が、深い場所のものと混じり合い目眩がした。
「……っふ、んっん、あ」
急激に流れ込んでくる空気。欲しかった物が与えられて満ちた心が歓喜に満ちてその先へと傾れ込む。
「あっ、あ、あ」
ぐい、と腰を重なった体へ押しつけて、逐情した。
キスがほどけ、近すぎる場所で瞬間の顔を見られているが、それすらも感度の後押しをする。がくがくと震える腰、そしてぶれる意識がたまらなく気持ち良かった。
「……いっちゃった?」
ちゅ、と頬にキスを落としながら、甘ったるい声が尋ねる。こくりと頷き、その目を見上げた。
「はい」
自分の声がやけにつたない。まるで小さな子供みたいに思えて、戸惑った。
「ん? どうした?」
顔中にキスを落とされる。ああ、ひどく甘やかされていると今度こそ思う。
背中に張り付いたままだった腕を改めて意識して、抱きついた。少しだけ頭を持ち上げ、頬をすり寄せる。
「いえ、甘やかされてるなと思って」
「だって言ったろ? 甘やかしてるって」
「……それは、どうかと思いますが」
だが、そうかもしれない。虎徹とこうやって抱き合う時はいつだって理性なんて手放して無茶苦茶になってしまっている。けれど、焦らされて焦らされてようやく与えられたぬくもりに、既にその前に満たされてしまっていた心が更に満ちた。
していることは全く違うが、声だってなんだって小さな子供みたいにされてしまう。全てを彼へ委ねてしまう。甘やかされている。
「なに? 不満だった?」
「……いいえ、じゃあ今度は僕が甘やかしたらいいんですか?」
「この状況で言っちゃうの?」
しがみついて、まるっきりにこちらが甘えている状態だ。くすくすと笑う体が揺れて、まだ熱の引かないバーナビーの内側を響かせる。それに、ぴったり抱き合っているからイヤでも分かる虎徹のものだって未だに堅く熱いままだった。
「言いますよ? ねえ、いつまでそれ放っておくつもりですか?」
体の間で足を動かし、熱い温度に触れる。ぴくり、と触れていた背が揺れた。
「じゃあバニーちゃんに包んでもらおっかな」
「うわ……」
「なに?」
「親父臭い」
「だっ、その通りだろ?」
さっきまで満ちあふれていた色気が、あっという間に霧散した。思わず笑ってしまう。
一度達したおかげで、さっきまでの思考まで奪ってしまいそうな甘い熱は少し収まっていた。せっかく上手く挑発してみたつもりだったと言うのに、台無しにしてしまうこの人は本当に……と思ってしまうが、しかしだからこそ好きでもあるのかもしれない。
仕方ないなと情けない顔をしている虎徹の頭を、ぐいと引き寄せた。音を立ててキスをひとつ。そして彼の唇を差し出した舌で舐め上げた。
「……っ」
さっきまで彼がしていた事に比べれば些細なものだ。なのに、見るからに息を飲まれて喉の奥で笑う。すぅっと表情が変わるのが、分かりやすくて良かった。同じ挑発だと言うのにどこが違ったのだろうと思わないでもないが、再び空気が入れ替わったようなのでそれ以上考える事はやめた。
ぐいと足を持ち上げられ、そのまま大きく左右に開かされる。言葉一つなく、そして表情もこれと読める程のものを浮かべていないのが、彼の状況を何より雄弁に伝えて来たので、バーナビーも期待に震えた。
熱は、落ち着いただけだ。引いた訳ではない。少しでも切っ掛けを与えられればすぐ再燃するし、その切っ掛けは既に与えられている。
いつの間にか浅くなっていた呼吸に自分で気付き、まだ早すぎると宥めようとした。その瞬間に、ぐり、とぬめる手が後ろに突き入れられる。
すでにそこはほぐれている。仕事が終わって、家に辿り着いたその直後から既に自分達はセックスをしていたのだ。ぐずぐずに融けて焦らす余裕もなく、ただ絡み合った。奥まで突かれた感覚がよみがえりじんと腰が痺れる。ひくりと指を飲み込んだ場所が収縮した。
「バニー、締めるのまだ早い」
「……もう、大丈夫ですから……も、挿れ、て」
はくはくと浅い息は結局落ち着かせるチャンスを失って、合間からねだる。
余裕のないバーナビーの声は虎徹の元からなかった余裕をどうやら奪ったようで、ずるりとすぐに指は引き抜かれた。
「……ぅくっ」
ただ抜かれただけ。愛撫でもなんでもないのに、じりじりと腰の奥が熱くなる。
「はやく……包み込んで、あげますから」
合った視線のまま、告げた。落ちそうになるまぶたの間から、目を見開く虎徹が見えてふっと笑んだ。
「甘やかしてもらうな」
ぐいと押し入ってきた熱さは生身のものだった。笑みが浮かんだ顔が、締め付けられる快楽にすぐに崩れてしまう。その表情はたまらない。より、締め付けてしまう。生で感じる堅さと熱さにも、頭がすぐに茹だる。
それでも勢い任せにはせず、ゆっくり入り込んで来るものが背中を反らせ、溢れそうになる幸福感と気持ち良さで目を閉じてしまいそうになる。けれど、見逃したくはなかった。じっと見ていたい。いつまでも心の中にしまい込んでおきたい。
だって、大好きな顔だからだ。
自分に溺れ、自分で快楽を得ている虎徹の姿は、例えようもなくバーナビーを幸せにする。
「……ぁ、あぁっ」
とん、と根元まで埋められ奥を突かれて、瞬間目を閉じた。慌ててまぶたを引き上げる。
「どうした?」
「きもち、いい、ですか?」
「ああ」
「僕も、すごく……いい……あなたの顔、すき」
視界に映るのは、それだけだ。僅かに距離があるのだから見飽きてすらいるだろう自分の部屋だって背景に映り込んでいる筈なのに、おかしなくらいに意識出来ない。快楽に微かに歪む虎徹の顔しか見えない。
「俺も、すげーすきだよ、お前のやらしい顔」
ふふ、とバーナビーは笑った。自分がどんな表情を浮かべているのかなんて、分からない。それに、見たくはない。けれどこの人に「やらしい」なんて言われるのは心外だと思った。その言葉に相応しいのは、彼だけだ。
言ってやろうと開いた口はしかし意味のある言葉を紡ぐ事は出来ず、喘ぎにまみれた。
奥から入り口までを容赦なく抜かれ、そして押し込まれる。繰り返される動きは単調な筈なのに頭がバカになる程気持ち良い。頭を振り乱し、とても受け取りきれない感覚をどうにかやりすごそうとするのに、いつだってそんな事出来やしないのだ。
「……っあっ、ああ、あ……っ、んあっ」
溢れ出したそれが、軽く気を狂わせる。正気を手放す。
「きもち、い……こてつ、さん……きもちいい」
「ん、俺も」
上ずった声で訴えれば、苦しそうに虎徹だって応えてくれた。
「んっ、あ、ああ、あ……あああっ」
こてつさんこてつさん、とそれしか言えずに、達した。包み込んでいる虎徹の性器はそれでもまだ快感を手放さず、そして与え続ける。極まってしまった後のそれは、既に快感と呼べるのかどうか分からない程に鮮烈で、バーナビーの感覚器を全て狂わせた。
「バニー、バーナビーっ」
「や、ああ、あああっ、こてつ、さ……っん」
逃げたいけれども、逃げたくない。甘やかされている振りでいじめられている。甘やかし与えてるつもりで、奪う。様々な矛盾だらけで、だけどただただ、きっと気持ち良くて幸せなまま、熱を分かち合った。
汗と精液で濡れた肌の上に、虎徹の手が触れる。やけどしそうな狂った触感を受け取りながら、奥を締め付けた。
「……っ」
彼が上で、息を飲んだ。
ぽたぽたと落ちて来る汗が、彼の限界を伝えて来る。
「バニー」
絞り出す声と共に、内側が濡れて彼が達した事が分かった。釣られるように、再びバーナビーの萎えていなかった性器から白濁が漏れる。
「……こてつ、さ、ん」
全ての動きが止まって、力が抜けた。ぱたんとベッドに落ちた腕が酷く重く感じられた。
キスがしたいと思ったが、伝える為には口はおろか視線すら動かすのも億劫だった。なのに、まだ内に完全に力は失っていないものを埋めたまま、虎徹が前屈みになって唇を合わせてくれる。触れるだけのそれがたまらなく気持ち良くて、そして幸せだった。
ああ、甘やかされている、と思った。
じわりと性感ではない気持ち良さが胸の奥からじわりと広がった。
まだ休みは始まったばかりだ。
ベッドの上で抱き合うばかりで過ごすのも良いかもしれないが、けれどそれでは甘える事も、甘やかす事も足りないだろう。
まだ抜かれていないそれは、おそらくもう一度今の時間を繰り返す。
だから、それはその後だ。
少しだけ眠って、そして与えられる甘さを照れずに受け取り、自分も彼を甘やかしてやろうと思った。
「虎徹さん、だいすきです」
いつだって言っているけれども、この言葉だって、その一環だ。
受け取って微笑んだ彼の顔は酷く甘くて、なによりも幸せで、そしてバーナビーの胸の奥を柔らかく幸福に痺れさせた。