dress code
相棒は、黒いドレスを着ている。首からぶら下がるように肩紐の降りた、所謂ホルターネックと呼ばれるもので、丈は長かった。長身の殆どを黒に覆われているが、威圧感を感じないのを不思議に思った。
虎徹に比べれば薄い上半身をしているが、首からのなだらかな曲線と言い、剥き出しにされた肩の盛り上がりといい、綺麗だけれどもきちんと男性のものだ。真っ平らな胸。シンプルに絞られたウエストへのラインは美しい。そこからしっかりと鍛えられた臀部と太腿へと続く。まとわりつくように布が隠しているから上半身以上に鍛えられた素肌は見えないが、しかし。
「……すっげえ。お前男だな」
「……今更なんですか」
「いや、案外似合うかもとか思ってたんだけど……うん」
深く切れ込んだ胸元はもちろん何の膨らみもなく、見える谷間は胸筋によるものだ。
「いやらしいですよ、その視線」
「それにお前、上半身も結構筋肉付いてんな」
「それよりその目。女性に向けたらセクハラです」
「向けねぇよ、バニーにしか」
予想外の返事だったのか、軽く言った言葉にバーナビーは戸惑うように口を噤んだ。視線がうろついていて、やけに可愛らしい。
「ま、男の体だなーってすげぇ思うし」
実際、そうだった。綺麗な顔をしているし、肌だって女性に負けず滑やかで綺麗な事は恋人であるからして、虎徹は良く知っている。だが、いかにも男な体については付き合い始める前から見ていた。まさかこれに欲情する日が来るなんて、とは思っていたのだから彼が男である事は良く分かっていたのだ。然程まだ評価していない頃だって、悔しいが理に適った実用的な筋肉の乗り方については素直に評価していた。
だから、この仕事が入った時にもしかして、なんて何故似合うと思ってしまったのだろうかと虎徹は首を傾げつつ、それでも少しがっかりした風なバーナビーを眺めた。
「……さすがに、これについてはあなたに賛同します」
「なにを?」
「こんなの、ヒーローがする仕事じゃない」
ははは、と声に出して笑った。
それでも需要があるのだから、この世界は良く分からない。
いくら自分に抱かれているとは言え、彼に女性的な面はない。当然女装趣味もなければ、そういった衣服に興味を示した事もなかった。
バーナビーが黒のドレスを着ているのは、もちろん仕事だからだ。
ロイズからの説明を受けた時、さすがにそれはどうかと虎徹は渋い顔をした。脱いだ事はないものの水着姿の撮影はとっくに経験しているし、虎徹の同行しなかったものの中には上半身裸でベッドに横たわっているものだってあった。パラパラとなんの気なしに献本された雑誌をめくっていた虎徹は、そのページで確実に五分は静止した。下半身がシーツに隠れていたので何も着ていないように見えたのだ。しかも少しけだるげな顔をしていて、完全に情事を連想させるそれに動揺した。自分や彼の家のベッドの上で見せる顔と錯覚してしまうのは仕方ないだろう。
さすがに不機嫌になって喧嘩をし、その後バーナビーもその手の仕事は断るようになっていた。だからこれも断ってくれるだろうと思ったのだ。
なのにバーナビーは素直に頷いた。
下降しそうになる機嫌を、どうやら彼は気付いていない。
付き合うようになって、既に半年。若くて人気者の恋人を持って、初めて虎徹は自分が嫉妬深い人間だったのだと知った。
かつての妻とは学生時代に出会い付き合い始めた。お互いにとっての初めての恋人だったから、嬉しくていつだって一緒にいた。
持ち合わせていたのかしれない独占欲や嫉妬心の出番はほぼないままに、そのまま結婚した。
付き合い始めて以降、一番に彼女の関心を奪ったのは娘の楓だろうし、そして関心だけでなく存在までもを奪い去った、病魔だったろう。
いずれとも、かわいらしい感情は生まれるはずもなく、だから虎徹も知らなかったのだ。
バーナビーは虎徹のことが好きだ。それはもう、疑うまでもないことで、浮気だの心変わりの心配は欠片もしていない。
けれど、シュテルンビルトの英雄である彼は、別だ。
誰もに求められ、そして彼は応えようとする。仕事なのだから当然だ。
それでも虎徹のささやかな嫉妬を知り、できる限りの配慮はしてくれているのだから、バーナビーはとても良くできた恋人なのだろう。
「なんでさっきの仕事、受けたの?」
「え? どうしてですか?」
「だって女装だろ? いいの?」
ここでようやく、彼は虎徹の不機嫌に気付いたようだ。女史を少し気にしながら、小さく笑う。
「きっと似合わないでしょうけど、それが欲しいと言ってくれるのなら……」
「でもさ」
「出来るだけ露出は避けてもらいます」
だから拗ねないで、と後半は言葉にされる事はなく、だけど向けられた視線がそう告げていた。
十歳以上年下の後輩に宥められるなんてどうなんだろう、とは思うものの、自分でどうこう出来るものなら最初から綺麗に隠している。これでも一応、恥ずかしい気持ちもあるのだ。だけどどうにも制御出来ない。
「あのブランド、僕好きなんです。声掛けてもらったのが嬉しくて」
クライアントは、所謂ハイブランドと言うヤツだ。もちろん虎徹だって名を知っているし、一度は着てみたいとも思っている。けれどお値段のハードルがちょっとどころでなく、高い。なるほどバーナビーならば普通に着ていてもおかしくない。彼は見ての通りにハイクオリティなセレブなのだから。
「それに、虎徹さんも一緒じゃないですか」
「あー、うん」
来期発売の香水の、イメージモデルだそうだ。主役はもちろんバーナビーだが、女装した彼をエスコートする相手は自分がする。
それでもダメですか? と伺う恋人をこれ以上煩わせる訳にはいかないだろう。しょうがない、この仕事を彼はやりたがっている。
にこりと笑いかけてやった。機嫌を取ろうとする彼の姿だって、ひどく可愛らしいのだ。バーナビーに取って嬉しい筈の仕事に、これ以上ケチを付けるのは本望ではない。
「楽しみだな、お前の女装」
「……それは、どっちでもいいですが……見苦しくないようにしないと」
決まってしまったのなら、楽しんだ方がいい。
プライドの高いバーナビーは、きっと恋人が頼んでも女装なんてしてくれないだろう。だったら最初で最後かもしれない姿を堪能しよう。この綺麗な顔だ、きっとそういったものも似合うだろう。露出は減らしてくれるらしいので、そこは安心してちょっとくらい楽屋でいい目を見ても許されるかな、などと、きっとバーナビーが知れば冷たい目を向けるだろう事を考えて、気分を切り替えた。
用意されていたのは、黒のシンプルなホルターネックドレス。背中は大きく開いていて、ちょっとばかり虎徹の機嫌は下降した。バーナビーも要望と違うと渋い顔をしたが、さすがハイブランドの広報を務める担当女性は華やかだけれども押しも強く、変更は出来そうになかった。
「ま、しょうがねぇだろ?」
「……でも」
バーナビーが気にしているのはあくまでも虎徹の機嫌だ。
女装についてはあれから話をする機会があったが、やはり完全に乗り気という訳ではないながらも仕事は仕事と割り切っているようだ。その辺り、彼のプロ精神はいっそ尊敬出来る。もし自分に女装の仕事が来たら泣いて許してもらうだろう。
「いいからって。着て見せてくれよ、お前のドレス姿」
下がり掛けた機嫌を、虎徹は上向きに修正した。ここでごねた所できっとどうにもならないのは明白だ。ならばさっさと仕事は終えさせた方がいい。
それにぴらりとバーナビーが持ち上げたドレスは、背中が大きく開いてはいるものの丈は長いし、正面から見ればそう露出が激しい訳ではない。綺麗で滑らかで、それでもって虎徹の指先にだけ非常に敏感な背中は、上手く行けば今回の撮影スタッフだけが見るに留まるかもしれないのだ。
笑顔を向けてやれば、バーナビーも探るように虎徹を見たものの、納得したようだ。
ここまで着て来た、もはやトレードマークになりつつある赤いライダースを脱ぎ捨てて、着替えを始めた。
虎徹にも同じブランドのタキシードが用意されている。これも同じ黒。タイはクロスに真珠で押さえるタイプのもので、色彩らしき色彩はなかった。撮影もスタジオではなく、シュテルンビルトで一番歴史の古いホテルの一室を使う事になっていた。
そういうコンセプトだと説明されていた気がするが、虎徹ははっきりと覚えていない。けれどどうせバーナビーがきっちり覚えているから、構わないのだ。
予想外に似合わなかった女装姿のバーナビーは、その後鏡の前に座らされてヘアメイクをされていた。簡単な撮影では自分達で薄い化粧もするけれど、さすがに女性用メイクは自分で出来ない。ついでのように虎徹も髪と肌色を整えてもらったが、横で徐々に変わって行くバーナビーの姿に意識は釘付けだった。
正直な所、化粧って怖い……と思った。
綺麗ではあるが女性的とは言えないとついさっき認識し直した所だと言うのに、髪をアップにし、丁寧に施されて行くメイクはバーナビーを『女』にしていく。きちんと彼だとは分かるのに、まぶたや頬骨の上に乗せられる淡い色は白い肌に馴染み、柔らかな印象に変えて行く。
最終的に唇の上にテカテカと光るグロスを乗せられれば、顔だけを見れば美しい一人の女性になってしまった。
「すげ……」
「バーナビーさん、元から整ってらっしゃいますからね。正直手の入れ甲斐がなくて物足りないんですが」
「すいません」
「いえ、そういう訳じゃないんです」
くすくすと笑い合うふたりをよそに、虎徹は呆然と見た。もちろん今回の撮影で眼鏡は着用しない。だが、そのために入れている慣れないコンタクトが目を潤ませているから、余計にその容貌は美しく魅力的に見えた。
「じゃあ、移動しましょうか。タイガーさんも準備OKみたいですし」
「あ、うん。俺はとっくに大丈夫!」
「……じゃあ、エスコートお願い出来ますか、虎徹さん?」
立ち上がった虎徹へ向ける笑みは蠱惑的なもので、まったくこんな場所でおじさんをたぶらかしてどうするのかね、と溜息を吐きそうになった。けれど全く知らない、知られても困るスタッフがいるから動揺は見せる訳に行かない。
咳払いを一つして、手を差し伸べた。まだ座っているバーナビーへと視線だけで微笑む。
「どうぞ、バーナビー」
さっと化粧だけでなく頬が赤く染まったので、仕返しは上出来だったようだ。
こんな事でもなければ足を踏み入れる事など出来ないインペリアル・スイートは、虎徹の理解を超えていた。
「え、これホテル?」
「……しっ、落ち着いて下さいよ、格好悪い」
「いや、だってさぁ」
恥ずかしいからやめてください、と強い視線を向けられて、仕方なく黙る。
広々としたリビングとダイニング。アンティークなトーンで整えられたそこは、今回はどうやら撮影には使わないようで、あちこち機材を置かれているが、それでも虎徹の思い描くホテルというイメージからはかけ離れている。
部屋は他にもあるようで、なにやら扉の数はおかしい。
足下はこのフロアに入った時から、背中がむずむずしそうな程ふかふかだった。
バーナビーの足下はドレスに合わせた高いヒールだった。さすがに歩き辛いのか、先ほどエスコートしたままに彼の手は虎徹が握ったままだ。
人前で恋人みたいな真似を出来て少し嬉しい気持ちはバーナビーにも内緒だ。
やきもちも十分に恥ずかしいけれど、こちらを知られた方が何故か余計に恥ずかしい気がした。バーナビーは普通なだけに、尚更だ。
剥き出しの彼の肩と背中は、今はストールで覆い隠されている。さすがに控え室はこのフロアでは押さえていないので、移動中に万一誰かに見られた場合の配慮だった。
虎徹より更に五センチ高いバーナビーの身長は、男性としてもそこそこ高い。その上今日はヒールを履いているのだから、女性としては破格の高さになっているだろう。
けれど身に付けているドレスや雰囲気からして、モデルだと言って十分に通用する筈だ。
男らしさが隠せない肩や喉仏さえ見えず、短い時間なら今のバーナビーならば十分に女と錯覚出来そうだった。
スタッフとの打ち合わせを軽くして、コンセプトを説明される。
なかなかに難しい要求を出されて、ああそういうのだったなぁと思い出しながらもバーナビーはともかく自分に出来るのかと少し気が重くなった。
ここ最近ぐっと増えたこの手の仕事だが、求められているのがヒーローとしての明快さではない為、虎徹には若干荷が重い。鏑木虎徹としても経験した事のない物を引き出せと言われてしまうのだから、いやそれはないから無理だと言いたくなるのだ。
けれど、自分以上に幅広い経験は持ち合わせていないだろう年下の後輩が頑張っているから、虎徹もまた踏ん張る気になれる。
メインはバーナビー、そう言い聞かせて打ち合わせを終えて隣の寝室へ向かう。
「わぁお」
ベッドしかないただっぴろい部屋は、三方に窓がある。その全てを今はカーテンで閉じられているから、とにかくベッドしか目に入らない。
「俺、天蓋付きベッドなんて初めて見た……」
「口、開きっぱなしですよ」
「あー、うん」
天蓋付きのダブルベッド……いや、ダブルどころではない。バーナビーの部屋のベッドも大概広いとは思っていたが、それより一回りは大きい。
「タイガーさん」
「あ、はい」
スタッフに声を掛けられて、先ほどのコンセプト通りに衣装を少し乱された。
ジャケットのボタンくらいは自分で解く。きっちり整えられた髪は、指先でやり過ぎない程度に乱された。
その間にバーナビーはストールを取り、こちらは今一度かっちりと髪も化粧も整えられていた。
「タイ、どうします」
「緩めて」
メイクは指示を仰いで、それもピンを抜かれてだらしなく緩められる。
その間に、バーナビーはベッドに上がってドレスが綺麗に見えるようにしながら、横たわった。
コンセプトはパーティの後の密会。
二人が相棒ではなく恋人だという事実は、まさかバレてはいないだろうし、もしそうならバーナビーを女装ではなく普通の正装にしただろう。
だけど少しばかり焦らないでもない。この撮影自体をバーナビー任せにしたのは、あまり意識するとボロが出てしまいそうだったからだ。
小道具でありメインの香水のボトルがバーナビーに手渡される。こちらも準備は出来たようだ。
「じゃあ、よろしくお願いします!」
カメラマンと、プロデューサー。そしてスタッフが一同に頭を下げる。こちらもお願いしますと声を上げ、頭を下げた。
ベッドに横たわってこちらを見上げる姿は、自分達の間では馴染んだもの。
けれど、今バーナビーは見慣れない化粧を施して、女性的な仕草をしている。
こいつこんな事まで出来るのか、などと思いながら浮かびそうになる笑みを堪えればカメラマンが興奮したようにシャッターの音を響かせた。
もちろん素顔の撮影だから、虎徹はアイパッチを付けている。バーナビーのポーズはさっきから変わっていないのだから、先ほどの反応は虎徹に引き金を得たのだろう。僅かだろう表情の違いを見逃さないプロはすごい、と思うと同時にちょっとでもいつものプライベートが出てしまえば見破られると怖くなった。
「どうしたんです?」
「いや、なんでもねぇよ」
美しい顔が、咎めるようにこちらを見た。軽く首を振って肩を竦める。
「バーナビーさん、誘惑してみてくれませんか?」
「……はい」
男同士で誘惑もなにもないだろう、とは思うもののもちろん口には出さない。
この手の撮影ならば、ちゃんと女性モデルがした方がいいだろうに、あのバーナビーが女装してというインパクトがいいのだとプロデューサーが熱弁していた。香水の香り自体も今までのラインと違い、ユニセックスな香りなのだと言う。とは言えこの撮影だ。ユニセックスとは言え性的なニュアンスは強い。どんな香りなのか気になりはしたが、残念ながらここにあるのは空のボトルだった。
「お前、本気出すなよ」
緩く傾けた顔。せっかく綺麗に整えていた髪は緩くほぐれ、片手に香水のボトルを握り、もう片方は伸びて虎徹の頬に触れる。緩やかに弧を描く唇はいつも男にしては綺麗で柔らかいけれど、今日は人工的な艶に光っていた。
翠の瞳はとろけるようにして、虎徹だけを映す。
「……誘われてくれます?」
「困ります」
シャッターの音がずっとBGMのように響いている。ささやかすぎる自分達の声はきっと内容を聞き取る事は出来ないだろうが、それでも自分達以外は喋らない静寂だから少しひやりとした。
プロデューサーもカメラマンも、何も言わない。だからこの方向性で間違えてはいないのだろう。ヤバければストップを掛けるだろうと思い、虎徹の方からも手を伸ばす。
髪に手を差し込んで、くしゃりと乱した。少しバーナビーは不満気な顔をする。
それに笑いを返して、ぐっと引き寄せたくなる気持ちは押し留めた。
レンズが遮る事のない翠の瞳をずっと見ているから、錯覚してしまいそうになる。けれどそのまぶたには薄い色が乗り、目の縁も黒いラインがあった。長いまつげもくるんとカールして何か塗られている。
今は仕事中なのだと、それでギリギリに自分を引き留める事が出来た。
「誘われてますよね?」
「……どうだろ」
「誘惑しろ、と言われてるんです。されてくださいよ」
「お前ね。これが別の相手でもそんな事すんの?」
「そんな仕事……」
すぅっと彼は、……いや、彼女だろうか。顔を寄せる。耳元で囁く声は甘い。
「あなたが、許してくれないでしょう?」
ぞくっとした。背筋を走るそれには覚えがある。ありすぎる。
「――はい、オッケーです!」
その瞬間響き渡った声に、ビクリとした。慌てて距離を取る。
目の前でバーナビーはしれっとした顔で笑うので、虎徹は歯を剥いて威嚇した。
「すごいですね、バーナビーさん。それにタイガーさんも!」
興奮の面持ちで、さっき衣服を乱したスタッフが駆け寄って来る。
「いや……えーと」
「男性だって分かってるのに、すごい色気で……それになにより、私も女ですから。タイガーさんの色気にドキドキしちゃいました」
「え、ホント?」
「ホントです! ……あ、そのまま」
「ああ、ごめんね」
髪を整え直してくれていたのだ。つい嬉しくなり彼女を向けば、咎められてしまった。
「男性同士だって分かってるのに、お二人の姿がセクシーで……やだ、またドキドキしちゃう。本当、プロですよね」
「……い、いや。俺、ヒーローだし」
苦し紛れに言い訳のように言ったが、余計首を絞める結果にしかならないだろう事に気が付いた。ヒーローなら、こういう事は出来ない筈だ。うっかり素だった事は間違ってもバレてはならない。
本気で誘惑を仕掛けた男をちらりと視線だけで見れば、さっきまでの色香をまだどこか引きずりながら、虎徹が乱した髪を整えられていた。担当の女性スタッフが頬を赤らめているのは、きっといつものハンサムオーラに当てられての事ではないだろう。
危なかった、と息を吐く。
あそこで声を掛けられなければ、ひっつかんで無茶苦茶にキスをしてしまっていただろう。
ベッドから降りて立った状態で、用意してあった椅子を用いて。
少しずつシチュエーションを変えての撮影は、丸一日掛けて終了した。
要するに、一日ずっと虎徹は誘惑されていたようなもので、何度危ないと思った事か。恐らくカメラマンにはバレている事だろう。際どくなればカットが入ったので、タイミングの良さに感心していたもののまさか偶然である筈もなく、気付いた時には背中をイヤな汗が流れた。
それでも流れは変えられず、求められるものも同じだった。
いっそどうにでもしてくれ、と開き直ったのは午後を過ぎた辺りだ。逆を返せばきちんと止めてくれるので、決定的な写真は撮られない。そうだ、と向こうが確信を持ったとしても、証拠はないのだ。イコールこれは、スキャンダルにはならない。
そもそもがハイブランドの新製品イメージモデルを務めるのだ。話題性を高める為にスキャンダルを利用するなど低俗な事をしては、商品のイメージを損ねる事にしかならないだろう。
「はい、終了です! お疲れ様でした!」
その声が掛けられたのは午後十時を過ぎていて、撮影だけでない緊張に疲れた神経は、肺の中が空っぽになる程の溜息を吐き出した。
「お疲れ様です」
「ホント疲れた……バニーもお疲れ」
これほど長時間に渡る撮影だったと言うのに、衣装は決め打ちだったようでずっと同じスタイルだった。休憩中はショールを掛けていたものの、薄手の衣装のみだったバーナビーの肩はきっと冷えているだろう。
食事だって結局打ち合わせしながら撮影に使ったスイートで採ったので、気疲れもしていた。
良い仕事が出来ました、と成功を確信する笑顔を浮かべたプロデューサーとカメラマン、そして広報担当の女性と握手し、ようやく控え室へ戻る事が出来た。
一階下のエグゼクティブ・ツインは先ほどまでいた部屋に比べればまったく狭いものだったが、それでもこれくらいの方が虎徹としては落ち着けた。大きな窓の外にはバルコニーがあるし、なによりふたりきりだ。
最初から撮影はこのくらいまで掛かる予定だった。この部屋は控え室ではあるけれど、このまま宿泊しても構わない事になっている。
メイクを落とすのも、衣装を脱ぐのも自分達で出来るし自分達のサイズに誂えられたそれらは他に使う事も出来ないから、女性物をどうしていいのか分からないながらも、そのまま着て帰って構わないと言われていた。だからここに、今日一日感じていた「誰か」の視線が介入する事は無い。
部屋に入るなり、抱き合う。広い窓はカーテンが引かれていないので、もしかしたらどこかから見ようと思えば見えるのかもしれない。けれど一日掛けて煽られた気持ちを抑えられる筈もなかった。
「……っ、は、ん……っん」
撮影中、何度も直前で止められたキスは許しを得た途端に深くなった。
壁に押しつけ、高いヒールを履いていつもより尚高い彼とこうやって口付けられるのは、間違いなく彼もその気になっているからだろう。
「ぅん……っん」
唾液の音を響かせながら、角度を変えて何度も貪る。
「……っ、あ、……てつ、さん」
「ん。なんか違う味する」
「口紅、じゃ、ない……ですか」
「あーそっか」
大きく出した舌で人工的な味のする唇を舐めてやろうと思ったのに、バーナビーの舌がそれを絡め取り彼の口腔へと引きずり込まれた。強く吸われて、じんとしびれが走る。仕返しのように口の中全体を舐り回して、もちろんバーナビーが弱い口蓋は執拗に舐めた。
「ぁ、ん……っ、ぁう」
縋り付くように、腕が回される。したいようにさせて、こちらも手のひらを薄いドレス越しに這わせた。滑らかな生地の下の温度は、じんわりと高い。興奮している。
「……っん」
ちゅ、と口の周りをべたべたに濡らして、ひとまず離れた。間近で潤む翠が流されたがっている。
もちろん自分だってこれだけで終われる筈もないのだから、手首を掴むとそのまま室内へと引っ張った。
「……お前、今日ホントひどかったな」
とん、と肩を押してベッドに座らせる。そのまま覆い被さるようして押し倒した。足の間にある布が邪魔で、バーナビーは上手く虎徹を迎える事が出来ていないようだ。
「ひどい、……って、なんですか」
「だって本気で仕掛けて来たろ? 我慢すんの、すげぇ大変だったんだからな」
言えば、ぐいと襟元を掴まれて顔を引き寄せられる。そのまま熱烈に口付けたかと思うと、唇を噛んで離れて行った。
「って」
「ふざけないでください、我慢したの、あなただけじゃないんですよ」
「……ん?」
「あなただって、本気でやってたくせに」
すっかりグロスのはげ落ちた唇が、つんと尖る。その先に軽くだけ口付け、逸らされた視線を無理に合わせた。
「へぇ、お前も我慢してたの?」
「……当たり前、でしょう」
「勃った?」
「なっ」
「俺は勃った」
素直に白状すれば、今更のように頬を赤らめてそっぽを向く。
「恥ずかしい人」
「なんだよ。お前がやらしいからだろ!」
「……バレてなければいいですね」
硬質な声を聞き流して、ベッドに突いていた手で、ドレス越しの場所を掴む。
「で、お前は?」
目許の赤が、じわじわと濃くなる。薄い生地だと思っていたのに、案外そうでもないらしい。
しっかり手の中のものは反応を示していると言うのに、こうやって触れなければ分からなかった。それでもう答えは得たようなものだが、意地悪く問う。
「……ん、いやだ……虎徹さん」
「言えよ」
「……い、や……だ」
しっかりと萌した場所を、ぐりぐりと揉み込んだ。声が甘ったるく蕩けている。ドレスの下で堅くなった性器がようやく布を押し上げた。
「言うまで、やめない」
「……っ、あ、こてつさん、手離して……ください」
「だから、だーめ」
上掛けすらも剥がしていないベッドの上で、バーナビーの体がようやく暴れ出す。言葉だけでなく抵抗を示したのは、本気で感じ始めているからだろう。
「じゃ、脱がして……服、これ」
「なんで脱がなきゃいけねぇの?」
「……っ、もう!」
重そうに手が引き上げられて、のし掛かる体を叩く。けれど快楽に負け始めている体の力なんて、些細なものだ。
「いってぇ!」
だけど、大げさに痛がってみせる。目を光らせて仕返しのようにむずがる体を押さえ付け、手の動きは荒くさせた。
「あ、だ、めです……って、聞いて、こてつさん、いや……あ、あっ」
押さえ込まれているから、バーナビーの体は上手く逃げられない。それだけでもと頭をベッドに押さえ付け、そこそこ綺麗に整えられていた髪が乱れていく。
逸らされた喉の白さがたまらなくて、唾液を飲み込み虎徹は目を細めた。
「ってた……勃って、ました、から!」
悲鳴のような声が、遂に負けて白状した。
スカートが邪魔で足を立てる事も出来ないから、バーナビーの体は上手く快楽を逃せないようだ。こわばって押し寄せるものに抵抗している。
「うん、だろうな」
「言う、言いました……僕、ちゃんと言った……ぁ」
手の動きは、それでも止めなかった。甘い声が泣きそうになりながら許しを請う。けれどそんな姿にもぞくぞくとさせられて、到底やめる気にはなれなかった。
真っ赤な顔が忙しなく左右に振られ、得ている感覚を虎徹にまで伝えてくる。
お互い服はそのままだ。
虎徹は撮影中はほぼ解かれたままだったクロスタイも、今はお行儀良く真珠のピンで止められている。もちろん触れているだけで、虎徹の体はどこにも触れられていないし、直接的な性感は刺激されていない。
なのに、今にも達してしまいそうな程の快感に頭が灼かれていた。
「あ、あ、ダメ、だめ……ぬがし、て……いや、出るから……っあ」
もうきっと先走りで濡れている。ドレスと下着を隔て手にまでは濡れないながらも、ぐちぐちと湿った音が聞こえるし、手の動きは先ほどまでよりもずっとスムーズだった。
訴える通りに、もう近いのだろう。堅い性器の形は、布越しでも分かる。
「あ、ああっ、いや……だ……っあああっ」
びくん、と押さえ込んだ体が反った。柔らかなベッドのスプリングに、頭と腰が押さえ付けられて沈む。反らされた胸に顔を寄せて、今更のように見えて居る谷間を舌でれろりと舐めた。
「あ……は、はぁ……っ、あ……きもち、悪い……いや」
視線だけを上げると、バーナビーは宙を見たまま涙を流していた。完全な着衣のままでいかされた事が恥ずかしいのだろう。精液に濡れた下着だって気持ち悪い筈だ。
一日掛けて追い込まれた情欲はしかし、この程度では治まってくれない。もっと乱したいし、さっきまでよりもずっとすごいものが見たい。
バーナビーを押さえ込んでいた手を、ベッドに移動させる。力を込めて体を浮かせ、真上から涙と涎で化粧の溶けた顔を見る。
「……やめて、って言ったのに」
「ごめん。でも、よかったろ?」
返事の代わりに上目遣いの視線が向けられる。咎めたいのかもしれないが、全くの逆効果でしかなかった。
バーナビーは不本意だったかもしれないが、一度達して少しは楽になっただろう。だがこちらは全く余裕がなかった。恐らく好色に目を光らせて、まだ治まる筈が無い彼の性感を煽る。
目を見据えたまま体を起こした。
足の上に座り、さすがに濡れてしまったドレスの上に指を一本だけ乗せ、ゆっくりと辿る。
強い視線で見返していたバーナビーだけれども、薄くまぶたが落ちた。それでもその合間からの視線は虎徹から外れない。
「どうして欲しい?」
「……脱がせて、ください」
「そんで?」
「……無茶苦茶に、して」
「了解」
まだまるで撮影中であるかのように、他の誰にも聞こえない小さな声が求めてくる。
口の端だけを引き上げて満足した。
足から降りてスカートをめくり上げるが、なかなかに倒錯的だと思った。中から出て来る足は、紛れもなく男のものだ。撮影中だって見えていた肩も喉も男のもので、似合っていないと思ってたのだ。なのに、たまらなくそそられる。
「よく、この格好でその気になれましたね」
少し落ち着いた声が嘲るように言う。
「この格好だからだろ」
「似合ってないって、言ったじゃないですか」
「ああ、似合ってない。こんなドレス着ても、全然男の体だし」
もぞり、とドレスに包まれたままの体が動く。視線から逃れようとしたのだろう。
「バカ、違ぇよ」
「なにが。みっともないって思ってるんでしょう」
「なんで? すげぇいいけど?」
顔を見れば、さっきまでの突き刺さるような視線は不自然なくらいにベッドに向けられていた。
「こんなかっこしてもやっぱ男だから、興奮した」
視線がうろつく。それを宥めてやるために、見るかどうかは分からないが笑みを浮かべた。
「男だからお前がいいんだって、改めて思ったわ」
「……っ、変態」
ぼそりと告げた声が震えている。可愛い、と思った。たまらなく可愛い。
きっと彼は心配した。男である事を再認識されて、虎徹が離れていくのではないかと。
バカだなぁと思う。そんな相手に知らない人間が大勢居る中で、どうして欲情すると言うのだ。人の目が無くなった途端、余裕なく抱き締めてキスしたりなんかしない。
「はいはい、変態ですよ。バニーちゃん、足上げて」
ぐっしょり濡れた下着はさすがに男物のままだ。肌にはりついてさぞかし気持ち悪い事だろう。それを脱がせてやり、ぺしゃりと濡れた音をさせて床に投げる。
上等な絨毯は染みになってしまうかもしれないが、ここはホテルだ。こんな目に遭ったのはきっと初めてではあるまい。
剥き出しにされた肌は、落としていない明かりを弾いて眩しい。
脱がせるために取った足をそのまま引き寄せて、ふくらはぎにキスをした。シャワーを浴びていないし、今日は一日撮影だった。キスだけでなく舐めれば、少ししょっぱい。
「……ぅ」
敏感に感じ、ひくりと足が揺れる。そのままれろりと唾液で濡らし、膝から太腿までに光るラインを一本引いた。
「ん……っ、あ」
つん、と青臭い匂いのする場所にまで辿り着き、はたとセックスの為の準備がなにもない事に気付いた。それは、そうだ。仕事の為に訪れた場所なのだ。撮影の終わりは遅い時間だと分かってはいたが、当然家へ帰るつもりだった。まさかこんなに余裕なく追い詰められる予想など、出来る筈もない。
まあいいか、とそのままスカートをまくりあげながら足を開く。こちらも追い詰められているので、早く繋がりたかった。一日中見せつけられた肩や鎖骨、胸元だって魅力的だ。だからそれは後で味わう事にする。
ぐいと晒した場所は、先ほど吐き出した精液でぬるぬるだった。これは好都合とばかりに手を伸ばし、塗り込める。
「ぁ……ん、も、う?」
「余裕ねぇんだよ」
どうやら心配は払拭出来たのだろう。いつもの調子を取り戻した声は、溶けて掠れている。抵抗はなく、されるがままだ。つぷりと飲み込まれた指は、熱い温度に包まれる。
日頃体温の低いバーナビーが、セックスの時に発熱したように熱くなるのは、いつもたまらない気持ちにさせられた。
体内が熱く蕩けて虎徹を包み込むことも頭の芯を痺れさせてそれだけで息が乱れてしまう。本来受け入れるべき性ではないと言うのに、既にこの体は虎徹の為に拓いているのだ。興奮しない筈がない。
専用の潤滑はないから、いくら濡れていても常のようには行かない。丹念に内側へ指を這わせて、負担が少しでも少ないようにと広げて行く。
「……ぁ、あ、ん……んんっ」
敏感な場所には触れていない。急ぐ事の出来ない行為だから、まだ追い詰めては可愛そうだ。そう思っているのに、ひっきりなしに漏れる喘ぎが気持ちを逸らせるから、二本目の指を突き入れた直後に大きく深呼吸をした。
「お前、声」
「ん……って、むり……です」
引き攣れた呼吸を繰り返しながら、合間にそんな事を言う。
「あー、もう。すぐ突っ込めねぇんだぞ」
「……わ、かって、……ひ、ぁ、ああっ」
「あ、悪ぃ」
ぐり、と抉った場所は彼の弱い場所だ。跳ね上がった声と共に、体が突っぱねる。きっと曖昧だっただろう快感がはっきりしてしまったせいか、また見上げた顔は涙に濡れ始めた。
「感じ過ぎだろ、お前」
「だ、って、ああっ、そこ……もっと」
ずっと煽られていたのだ。そのせいだろう、自分だって分かる。
片手で襟元は緩めたものの、まだ虎徹だってなんら直接的な刺激は受けていないままだ。だけどきちんと留められたバックルの下、衣服の中で性器は痛いくらいに勃起している。指が感じる熱さを脳内では勝手に変換してしまい、勝手に腰が動いてしまう始末だ。
完全に乾いていたから、少しの快感が恐ろしい程に染み渡る。
「ダメ、我慢」
「いや……あ、ほし、っ」
腰を揺すり、強請られる。けれどまだ指は二本が強く締め付けられたままだ。
こちらだって堪えているのだと噛み付きたい気持ちを抑え、それでもすぐに突っ込めるだろう女であればいいとは思わない。
女物のドレスを着ていても、どこまでも男だ。綺麗な化粧をしていても、相手がバーナビーだから虎徹は反応する。煽られる。
ぐちぐちと音をさせて、少し乱暴に指を動かした。掠れた喘ぎがひっきりなしに上がり、合間に欲しい欲しいと強請られる。大きな息を繰り返して、自分を宥めた。
ようやく埋め込んだ三本目で情交の動きを模せば、応えるようにバーナビーの動きは明確になった。苦しそうな呼吸と共に上がるあられのない声は強請る言葉を吐き続け、遂には完全な泣き声になった。
「も……いい、いいから、早く挿れて、もぅいや、だぁ」
酷い乱れ様だった。体を重ねるようになってもう随分になるが、ここまで臆面もなく欲しがったのはきっと初めてだ。
くしゃくしゃに縺れた髪がいやだとむずがる頭に合わせてぱさぱさと揺れる。
きっと簡単に買い与えることなんで出来やしないだろうドレスだってもうぐしゃぐしゃだった。
まくったスカートは腹でわだかまり、とろとろと溢れ続ける先走りで酷い事になっている。
まあ、きっと二度と出番のない衣服だろうが、それでも何かの機会で着てくれる事もあったかもしれない。もったいなかったかなと思ったけれども、倒錯的な視界はなかなかに捨てがたかった。
「こてつ、さん……欲しい、はやく、ほしい」
喘ぐ息と共に無数に唆されて、ようやく虎徹も我慢をやめた。指を抜き出し、膝立ちになる。バックルを解く手はぬるぬると滑ってなかなか上手く行かなかった。きっと焦ったせいもあるのだろう。
せっかくの上等なスーツを汚すのはもったいなかったが、さすがにそこまで気が回せない。バーナビーの精液をべたべたあちこちに塗りつけながら、下着と一緒にスラックスを脱ぐ。シャツはボタンを半ばまで解いた所であきらめた。
バーナビーだって着たままだ、脱がなくとも問題はないと言い訳して、身を乗り出す。
ぐい、と足を掴んで掲げた。両足を引っ張り上げれば腹の上にもたついていたスカートが一部、ベッドに落ちる。
期待に満ちた目を向けられ、そして受け入れる場所は充血した色を見せながらひくひくと誘い込んでいた。
「……ぁ、あ、はや、く……こてつさん、はやく」
「いつもこれくらいサービスしてくれていいんだよ、バニーちゃん」
ぼんやりとした目は揺さぶられる快楽だけをきっと求めている。虎徹が言った言葉は半分も理解していないだろう。
少しだけ、嗜虐的な気持ちを掻き立てられた。
このバーナビーは、いつもと違う。
くちり、と誘い込んでいる場所に先端を押しつけた。期待の通りに蠢く場所へぐりぐり押しつけ、だけど中へは挿れてやらない。
「……っあ、あ……こて、つさ……」
そのまま挿ってくるのだと信じて疑わない声が蕩けていた。薄く開かれた目は、茫洋とした視線をこちらへ投げたまま、時折涙を落とす。
こちらとしてもすぐさま暖かい内臓に包まれたかったが、それよりも嗜虐の誘惑の方が強かった。
その場所を撫でるばかりで、先には進まない。時折ほんの先端だけを含ませて、すぐに出る。
「こ……てつ、さ……ん?」
「ん?」
「なに、やって」
「ん? バニーちゃんで遊んでる」
「……え? ……あ、あっ」
くぷり、とまた先だけを飲み込ませて、外へ。
「や、なんで……っ、挿れ、て」
「ん−」
そのまま根元まで突っ込みたい衝動を堪えてそんな動きを続けて行けば、くしゃりとバーナビーの表情が崩れた。時折だった涙が、堰を切ったようにぼろぼろと零れる。泣きじゃくる、と言っていい顔で酷いいやだ早くと言葉を矢継ぎ早に繰り返し、少し虎徹が挿れようとする動きをする度に期待はするが、すぐ裏切られて酷くなる。
「もう、奥……そこいや……だ、お願い、こてつさんおねがいいれて」
本気で泣くバーナビーの顔に、ぞくぞくした。化粧なんてもう完全に取れてしまっただろう。綺麗に整えた髪もくしゃくしゃだ。あれだけ色気を溢れさせてこちらの理性を揺さぶった、撮影時の姿はほど遠い。けれど自覚ない今の方が、虎徹の理性だけでなく何もかもを砕いて来る。
「欲しいか?」
問うた声は、醜い程の欲にまみれて低かった。
「ほし、欲しい……です、こてつさん、ほしい」
「奥まで?」
「おく、まで……そこは、いや、奥までください」
くちり、とまた入り口だけに入れる。浅ましくバーナビーはもっと奥まで飲み込もうと腰を揺らめかし締め付けた。けれど、また引く。
「あ……、あ、ひど、い」
期待を裏切られて泣く顔は、全く持って酷い。けれどたまらなく虎徹を煽ってこれだけでも達してしまいそうだった。
失望に崩れたタイミングに、ぐ、っと一気に奥まで押し込んでやる。
「あー…………っ、あああああっ」
予想していないタイミングだったせいだろう。驚いたようにバーナビーは目を見開いて、体をがくがく震わせ弓なりに撓らせる。潤いが常より少なく、また強い引き絞りで増す快感を耐えていた目前で、バーナビーの屹立からは勢いよく熱が弾け出した。
「……ははっ、挿れただけでいっちまったな」
「あ……あぁ、あ……」
中空をぼんやりと見ている目は、完全にとんでしまったものだ。まだ達した余韻に体をかたかた震わせている。
それを休ませる事もせずに、虎徹は動き出した。
散々に煽りまくられて、自分の意志でとは言え、挿入の前は焦らされたのだ。これ以上も無い嬌態も目の当たりに我慢なんて欠片も出来ない。
「ぅあ、あっ、あ、ん……ぅうっ、あっ、や……ああっ」
「や、じゃねぇだろ。欲しかったんだろ」
もちろん、いったばかりの体に容赦ない動きがきついのは分かっている。けれど熱を貪る体と同様に、嗜虐の言葉を止める事も出来なかった。
「だ、め……、むり、あ、っむり、いまダメ……いやだ、ああっ」
敏感になりすぎた体に叩き込まれる快感に、バーナビーが泣きわめく。ぞくぞくと腰の奥が貪るもの以上に満たされた。奥歯を噛んで今すぐにでも手に取りたい解放を、それでももったいないと堪える。
乱れきったバーナビーの姿に頭の芯までもぐずぐずに溶けてしまいそうだった。
「逃がさねぇよ、諦めろ」
がつん、と際奥を抉ってごりごりと捏ねる。きつく締め付けられた上に先端が刺激されて、思わずいってしまいそうになった。けれど、まだだ。
「あ……ああ、いや……きもち、い……いや」
「どっちだよ」
「きもちいい……あ、も、ああ、もっと、こてつさん……もっと」
抵抗の動きが止んだ。揺さぶられるままに、がくんがくんと黒いドレスに包まれた体が揺れる。
「もっと、ほしい、もっと……こてつさんむちゃくちゃにして」
急にあどけない物言いになられて、堪えられなかった。頭のてっぺんから爪先まで強すぎる電流が流れて、腰を震わせる。もちろん外に出すなんて配慮は出来る筈がなかった。
「あ、ん、ああ……っん、あっ」
中に熱を受けて、さっきと同じようにバーナビーの体が震える。強い締め付けに達したのだと分かったが、彼の性器はくたりと萎えてしまっていた。
「く……っぁ」
気持ち良すぎて、声が漏れる。流されそうになる意識を食い止めて、腰を掴んでいた手を伸ばした。萎えた性器はくたりとしたままで、ああ空イキしたのかと分かった。今までにもそう何度も見たことのないいきかただった。
見開いた目が天井のような場所を見たまま、涙を溢れさせている。
完全にとんでいる。おかしくなる、と訴えさせる余裕もなかったようだ。
「バニー、バニー?」
さすがに、やりすぎた。自分の中にあるとは思ってもいなかった、あの無茶苦茶にしたい嗜虐心はなんだったのだろうと、吐き出した事で少し冷めた頭が自嘲した。
「バニーちゃん?」
まだ体内に性器は埋めたまま、体を傾ける。伸ばした手で、頬をぺちぺちと叩いた。
「……きもち、よかった」
「そう?」
「はい……まだ、体が変で……」
ふるり、と震えて背筋が伸び上がる。
「虎徹さん、すごかった……」
そしてようやく、視線が合った。
「ん……お前もすごかった」
浮かぶ笑みが、あどけないてかわいらしい。けれど、欲がまた刺激されてしまう。一日掛けて育て上げられたものが、いくら激しすぎるものをしてしまったとは言え一度で落ち着く筈もないのだ。
「なあ、今度はいちゃいちゃしながらしようぜ」
「……はい。ちょっと、ゆっくりがいいです」
白い腕が伸び上がって、虎徹を抱き締めた。
「ああ、そうだな」
頬に、そして唇に軽いキスを落としてしばらく甘ったるいだけの時間を過ごした。
二度目は言葉の通りにゆっくりと抱き合い、お互いの服だって脱ぎ捨ててベッドの下へ落とされた。
「なあ、俺あのポスター見るの、ちょっと辛いんだけど」
「……奇遇ですね、同感です」
あの撮影の仕上がりは、どうやら相当な話題になっているらしい。
雑誌の広告は元より、街を歩いていれば巨大な看板に出くわすし、ポスターだって遠慮がない。改めての収録はなかったものの、静止画を上手く繋いだCMにだってなっていた。
全ては契約時に聞いていたものだったけれども、それにしてもいたたまれない。
誘惑しあう正装を乱したワイルドタイガーと女装したバーナビーは、確かにそれが自分達かと、こう言った仕事に慣れすぎている感のあるバーナビーですら驚いていた。
綺麗、だとは思う。いい写真だとも。
けれど結局ダメになってしまった黒いドレスは、そうなった理由も共に記憶から引っ張り出してくるからどうにも逃げ出したい気持ちになってしまうのだ。
お互い、なんだかすごかった。
たまにはああいうのもいいかもしれないが、しかし当分はいらない。
昼食の為に、街を歩いていた。ポスターからわざとらしく目を逸らして、並ぶ。
見えた横顔は僅かに赤かったけれども、きっと自分も同じだろうから、指摘はしないでおいた。