can't take any more
シャワーも浴びて、汗はもう引いている。
季節はもう夏の入り口にさしかかっているが、今日はまだ過ごしやすかった。枕元の窓を少し開けてあるので、降ろしたブラインドの隙間から入り込む風が気持ち良い。ついさっきまでべたべただったシーツも、バーナビーがシャワーに入っている間に替えてくれたようなので、さらさらして気持ち良かった。
休日を前に、虎徹の家へ来ていた。
実家から送られて来たと言う浴衣を着せてくれたのだ。
本番は来週の夏祭りだ。シュテルンビルトのそれは、虎徹が話してくれたようなものではない。けれども別に着ちゃいけないって訳でもないだろうと浮かれた彼は送り届けられたそのままの、段ボールの中から引っ張り出してバーナビーにも着せてくれたのだ。
結果、予想外の事になった。
夕食もほどほどに、テンションの上がった彼に好きにされてしまったのだ。
帯と呼ばれる紐で括っただけの浴衣は危惧していた通りに相当無防備で、虎徹の手の侵入を簡単に許してしまった。いつもとは違う格好で興奮していたのは、きっと自分もだったのだろう。
汚してはいけない、こんな得体の知れないものの洗濯なんか無理だ、とは思った。けれど流されるままに裾を割り、剥き出しになった足を彼に舐められてその気になってしまった。
結局リビングで一度、その後はだけたままベッドへ引っ張って行かれ、脱ぎたいという欲求は聞き入れられないままに二度、三度と交わりあってしまった。
もちろんノリの効いていた筈の浴衣は酷い有様になった。あちこちがお互いの体液で汚れ、とてもじゃないがフェスタはもちろん、この後二度も着れないのではないかと言う状態だった。
どうするつもりですか、と乗ってしまった自分も自分だったが切っ掛けは彼だったのでねめつけてやると、大丈夫だと虎徹は呵々と笑った。
「綿だから、普通に洗えるよ」
と言った彼はそのままランドリーへ突っ込んでしまった。本当に大丈夫なのかは分からないが、子供の頃からきっと馴染みがあるだろう彼の言うことだから、信じようと思って納得させた。
そしてそれとは別に、もう一枚、今度は少しくったりした生地の浴衣を引っ張り出して来た。
これはパジャマ、と言ってくれた白い浴衣は確かに手触りが良かったけれども、元々バーナビーは寝る時は下着一枚しか着用しない。しかもさっき彼が盛り上がったのは、この衣服のせいでもあったのだ。さすがにもう付き合いきれないと突っぱねたのに、虎徹は「かーちゃんの好意だから一度くらいは着てやってくれ」と、正にその好意をどろどろにしてしまったと言うのに言うのだから、仕方なく身に付けた。
着付けの仕方は、さっき教えてもらった。帯も寝間着なのだからそう強く結ぶ必要はないだろうと、なんとなくで結びつけて、シャワーから上がったバーナビーはベッドへ戻ったのだ。
虎徹の母は一体どこまで自分達の事を知っているのかは、知らない。
まだこの関係は誰にもカミングアウトしていない。
けれども、さっきのよそゆきも、寝間着も、共にお揃いと言って良いデザインのものだった。いや、かたちはどれも一緒なのだが、布や柄が綺麗に調和するように出来ていたのだ。
「お、似合ってんな」
「……お母さんに、今度お礼の電話させてくださいね」
先にベッドで横になっている彼も浴衣姿だった。白をベースにしたそれは、先程の茶系のものより若干似合っていない。
横に滑り込むと、やっぱりどうにも慣れないな、と裾がくしゃりとしてしまって気になった。
「こういうの、温泉みたいでいいよなー」
「オンセン?」
「あー、スパ? 俺らの実家の方だと、こんな浴衣着て過ごすの」
「へぇ……あ、ちょっと詰めてください」
「はいはい」
広く開けてくれたベッドの上で、寝る体勢を整える。
電気は既に消してある。枕元の灯りも落として、傍らの温度に擦り寄った。今日はさすがに疲れたので、もう寝たい。
「おやすみなさい」
「はい、おやすみ……また明日な」
目を閉じた。そのまま深い場所に引っ張られるようにして、眠りに落ちた。
目が覚めたのは、それからどれだけ過ぎた時間なのかは分からない。まだ真っ暗だったのでそれほど過ぎてしまった訳ではないのだろう。
何故目が覚めたのかは分からなかった。結構無茶をしたので疲れ切っている筈なのに、意識はどうにも冴えてしまっている。もぞもぞと寝返りを打てば、高い体温にすぐ触れた。
どうやら虎徹は熟睡しているようで、小さな寝息が聞こえてくる。
「……気持ち良さそうだな」
くすり、と笑いが漏れた。彼が無防備に寝ているのはいつものことだけれども、そう目にする機会はない。大体こうやって彼の傍で眠る時は疲れているから自分の方が先に寝落ちてしまうし、朝だって彼の方が目覚めがいい。すっきり目を覚まし、下手すれば朝食の準備まで済ませた後で起こされることが殆どだからだ。
眠っている体温は、いつもより少し高い。今日は浴衣を着ているから直接肌に感じられないのが不満だけれども、これは彼の母がわざわざ自分の為に、と作ってくれたものなのだと思えば心がじんわり温かくなった。
自分達はこれ以上もなく良い関係を築いてはいるが、男同士だ。
いつか知った時、彼の家族は受け入れてくれるだろうかとの心配が過ぎる。
今は良くしてくれているが、それはあくまでも仕事上の相棒、そして彼の後輩として見られているからだろう。ヒーローなどという危険を伴う仕事なのだから、命を預け合っている相手がいるなら、その家族だって気にするだろうし、良く思う筈だ。
一生、傍にいるつもりではいる。
本当にしょうがない人ではあるが、バーナビーは虎徹の事が好きで離れる未来なんて想像すらしたくない。
もぞもぞと動いて、暢気に眠っている姿を抱き締めた。
やっぱり、有り難いけれども浴衣が少し邪魔だ。体温を直接感じたい。ほんの少し、不安になってしまったのかもしれない。近くに彼を感じたくて仕方が無かった。
体に回した手に力を込める。息を吸い込めば、間近にある彼の匂いが胸いっぱいに満ちた。寝る前にシャワーを浴びたから、香水のない彼本来の香りだ。ぞくり、と体の芯に火が灯る。
もうお腹いっぱいだと言うくらいに今日は貪り合ったと言うのに、じわりと感じる布越しの体温に体の中の熱を煽られた。
「……んっ」
起こしたい訳ではない。けれども、何の反応もないのは寂しい。
どうしたいのか分からない気持ちのまま、抱き締めた腕の力を強くして、体を虎徹へと押しつけた。もぞもぞと動いたせいか、せっかくの浴衣はあちこち乱れてしまっている。裾は完全にはだけ素足になってしまったが、けれど虎徹は浴衣に慣れているのか、きちんと足下まで布に包まれていて直接の温度は感じられなかった。
「……虎徹さん」
ささやかな声で呼んでみる。当然返るものはなく、ぽかりと開いた口からは健康的な呼吸しか漏れ出していない。案外いびきはかかないんだなと感心した。もちろん今まで一度だって聞いた事はない。
上半身を軽く起こす。
しばらくの間寝顔を眺め、我慢仕切れなくなって開いたままの下唇へと吸い着いた。
「ん……」
髪が落ちて、彼の顔に掛かる。むずがゆかったのか、すぐに振り解かれてしまったので面白くない気分になった。
今度は髪を耳に掛けて、閉じてしまった唇へ自分のものを押し当てた。
虎徹の唇は乾いていて、自分のものだってそうだ。摺り合わせていると、じんわりと甘い感覚が体の内側へ落ちて行く。ただ体の一部が触れ合っているだけだと言うのに鼓動は跳ねるし、幸せな気持ちも胸に押し寄せる。……のだけれども。
今は物足りない。
だって虎徹は眠っているのだ。
唇を押し当てたまま、薄く開いて舌でなぞる。乾いた場所を濡らして、再び閉じた唇を摺り合わせる。じん、とした痺れが首の後ろから背筋を走った。
「……虎徹さん」
あれだけしたのに、と自分の事でありながら、呆れる。
けれど、すごく欲しい。
くしゃくしゃに乱れた浴衣はさっきは虎徹の手を簡単に許したけれども、自分の手だって阻まない。日頃は、虎徹よりもずっと自分の方が体温が低い。けれどいま手のひらが感じる温度は、知っているものよりもずっと暖かい。発情している。一方的に口付けながら吐き出す息は、荒く熱かった。
胸元から差し入れた手で、胸を弾く。こんな場所が感じるようになってしまったのは、しつこく弄りたがるこの男のせいだ。すっかり立ち上がった小さな乳首は、弄られる度にしっかり快感を植え付けていく。自分の手だと言うのにじくりと下腹部に熱が降りて行った。既に性器は緩く頭を持ち上げているのだろう、下着が窮屈に感じられる。
「……は、……ぅん」
もぞり、と足を摺り合わせる。もたつく浴衣がはざかまってもどかしい。くすぶるような熱は一向に引く気配はなく、引かせようともしていなかった。
さっきまでさらりと乾いていた肌が、しっとりと汗ばみ始めた。中途半端に体を起こしたままキスの姿勢を保つのは、少しばかり辛くなって、距離を取る。照明は全て落ちているが、ブラインドの隙間からの光りで虎徹の表情は見えた。てらてらとそこだけ光る唇が、卑猥だ。
なのに、彼はやはりまだ眠っているので何もしてくれない。
「起きて、虎徹さん」
明日は休みなのだから、いま起こしたって構わない。
唇に視線を奪われたまま体を起こし、ベッドの上に座り込んだ。浴衣は乱れて酷い有様だ。襟元は大きく開き、帯で止まっただけで裾ははだけてしまっている。合間から見える素足を立てて、軽く足を開いた。
中央で、下着は隆起してしまっている。左手を胸元に差し入れたまま、小さな尖りを指で押し捏ねた。
「……ふ、……ぅ、ん」
ひどい格好だ。自覚している。
けれど、やめる気になれない。
ベッドの上に投げ出したもう一方の手が、下着を押しのけて気持ちいい場所を触り出すのも時間の問題だろう。
こんな姿を見て、彼はどう思うだろうか。
すっかり発情している。見下ろした自分の姿は酷いものだ。きちんと眠っている虎徹とは正反対の乱れきった格好。欲に流されて自分の気持ちいい場所をただひたすらに弄っている。自分では確認出来ないが、表情だって見れたものではないだろう。
なのに、見て欲しい気持ちがある。
実際に目を覚まされてしまえば慌てるのは目に見えている。けれども、あのセックスの最中の発情した顔で、じっと見られたらと思うと高ぶりは増した。
我慢なんか出来ない。両足を立てて、袷を割る。合間に手を突っ込んで、既に湿気に満ちて濡れている場所へ触れた。
「……っん」
ひくり、と足が揺れた。
くちりと濡れた音と共に、直接の快感が腰を揺らす。滲み出した先走りを塗り込めながら、ゆっくりと手のひらを上下させ、薄く息を吐き出した。分かりやすい快感に、すっかり胸を弄っていた手はお留守だ。
「……こてつ、さん……っん、ぁ、あ」
施しているのは自分自身だけれども、頭の中で思い浮かべているのは、彼の手だ。節の高い、かさついた男臭い手。短い爪は決してバーナビーの事を傷つける事がない。
ぞくぞくと背中を駆け上がる快感が、体を震わせ手の動きを雑にさせる。下着はもう邪魔だ。だけど立ち上がって脱ぐのはめんどくさい。ずり降ろしてはみたものの、足は開いているからそれ以上どこにも行けない。
「ああ……もう」
吐息のように悪態を吐き、結局諦めて膝立ちになった。片足だけを抜き出し、シーツの上にぺたりと剥き出しになった尻を降ろす。自分の体温が染みた場所だから、温かった。立てた膝はゆるゆると開いていく。寝ているけれども虎徹をどうしても意識していたいから、彼が見えるように座っていた。だから、きっと目を覚ませば一番に目に入るのは、バーナビー自身だ。
ぞくり、とした。
目を覚まさないだろうか、と期待する。
小さな声で何度も名を呼ぶ。手の動きはそのまま止まる事はなく、繰り返す度に感覚は増していった。ひどく暑くて、汗が体を濡らしている。背に浴衣は張り付いているし、首筋だって髪がくっついていて気持ち悪い筈なのに、そこまで意識が回せない。
頭の中を占めるのは、気持ちいいと言う感覚だけだ。
なのに端では足りないと訴える。
腰から力が抜けて、姿勢が崩れていく。背中を丸めて、手の動きを速めた。
ギリギリまで虎徹の顔を眺めて、その瞬間は目を閉じてしまっていた。光りを閉ざした筈なのにまぶたの裏は真っ白になり、解放の悦楽を手にする。
「……は、はぁ……は、ぁ……」
手のひらに濡れた感覚。もちろんそこだけで受け止められる筈もなくて、せっかく替えたというのにシーツを汚してしまった。
「こてつさん……虎徹さん」
気持ち良い感覚は得た。達して区切りは付いた筈だ。
なのに、既にこれ以上の快楽を知っている自分は、これだけで満足出来ない。むしろ呼び水になってしまった。
「あなたのせいだ……」
体の奥がうずく。本来ならそんなもの、一生知らずにいれた筈なのに、バーナビーにとっては馴染み切ってそれこそが一番に気持ちいい事なのだと記憶されてしまっていた。
「起きて、虎徹さん……虎徹さん」
べたりと濡れたままの手のひらで、彼のからだを揺さぶる。熱に浮かされた頭は、そんな事をすれば汚れるという当たり前の事さえ考えなかった。
「虎徹さん、起きてください……虎徹さん」
力の入らない体では、彼を起こす程の動きは出来ていないようだ。
思い通りにならない事に、むずがるような気持ちになった。こんな事でと思うのに、泣きたい。
「虎徹さん……」
もういい、とばかりに虎徹の下半身を覆っていた布団を剥いだ。バーナビーの回りは暑い程だと言うのに、ひやりとした空気を感じたのだろう。虎徹はもぞりと寝返りを打とうとする。伸ばした手で阻止して、ベッドの上に膝立ちになり、揃えられた彼の足をまたいで腰を落とした。
落ち着いたけれども、それじゃあダメだと気が付いた。もういちど膝で立ち、虎徹の浴衣の裾を乱す。
「……起きてくれない、あなたが悪い」
袷を開いて、下着に包まれた場所を手のひらでなぞった。もちろんそこはおとなしく慎ましいままだ。それが妙に腹立たしくて、下着をずらす。くたりと反応をしていないそれは、かわいらしくすらもあった。
腹立たしい気持ちはもちろんあるのに口元が緩む。臨戦態勢のものばかりを見ているから、新鮮なのだ。仕方がない。
前屈みになって、虎徹の腰の横へ片手を突いた。体重を支えていない手で軽く彼の性器を弄り、反応しないままのものを寄せた唇で挟む。あっけなく口の中に入るコンパクトさに驚いた。咥えた事は何度もあるが、喉奥まで犯す大きくて熱いものに慣れていたからだ。
口の中で唾液を絡めて、力のないそれを刺激する。男臭い匂いがむわりと辺りに立ちこめ、ずくんと体が期待した。行き場所を失った手は、自分の後背へと向かわせる。落ちた浴衣の裾をまくり、合間へと指を這わせた。さすがに乾いてしまっているから、自分の指先は窄まった表面を撫でる事しか出来ない。
「……ん、ぅ、んん」
けれど、奥から甘い痺れのようなものが絶え間なく響き始めた。
ぴくり、と口の中で反応を示したものはゆっくりではあるが、育ち始めている。早くこれを埋め込みたいと焦る気持ちを宥め、丁寧に愛撫した。
「……ん」
視線だけを上げて、施されている虎徹の顔を見る。軽く枕に頭を乗せているから辛うじて表情が見えた。こんな事をされているとは思ってもいない、さっきまでと変わらない平穏そうな眠りの顔しかそこにはなくて、やっぱりバーナビーは腹立たしくなった。
やんわりと歯を立ててみる。もちろん、痛くはない程度に、だ。腹立ち紛れとは言え、さすがに性器を噛むなんて事は怖くて出来ない。少し強い感覚に、口の中でむくりとそれは大きさを増した。
「……は、ぁ」
吐き出しても、もう自立する程に芯を持っていた。まだ柔らかいけれども、このまま続ければいつものような堅さに育ってうずく場所を埋めてくれるだろう。
それには、受け入れる準備をしなければならない。つい数時間前まで受け入れていた場所ではあるが、既に閉じてしまっていた。いつもほど手は掛からないだろうけど、やはりローションでのほぐしは必要だ。
ベッドサイドに置かれたままなのは分かってる。半ばほども減ったそれは、もちろんその用途にしか使われた事はない。けれども、それをするのはもっぱら虎徹であって、バーナビーは自分自身で準備をした事がなかった。
ここまでやっておきながら、怯んでしまう。
虎徹を見下ろすが彼は眠っていた。口撫を中断されても気付かないし、このまま行けば押し込んでも目を覚まさないのではないだろうかと思った。それならそれでも、構わない。今のバーナビーはただひたすらに熱に飢えているだけなのだから。
相手がこの人であるのなら、構わない。後で怒られるかもしれないが、今は考えたくなかった。
そう、欲しい。欲しくてたまらない。
再び屹立した自身のものは、手を掛けて育てた虎徹のものより角度が付いている。先走りこそ漏れていないものの、達したい気持ちが頭の中を埋め始めた。けれど、さっきのように手で追い詰めても物足りなさを感じるだけだとも分かっている。
「……虎徹さんのせいだ」
こんな体にしたのは、彼だ。
それなのに眠っているのだから、しょうがない。
そう言い訳をして、ローションのチューブに手を伸ばした。手のひらにとろみのある液体を受け取り、容器はベッドの上に落とす。前屈みに体を折って、べたべたと後孔の回りに塗った。
「……ぁ」
ぐ、と力を入れればぬめりを帯びた指は簡単に体内に飲み込まれる。熱い温度に一気に顔へ血が昇った。
こればかりを意識してしまうと、何も出来ない。気付いて体を倒し、再び虎徹のものを口に含む。少し放置してしまったせいで力を失いかけていたから、必死で舌を絡めた。
ぐちぐちという濡れた音は前と後ろ、両方から響く。
ぬめりを塗り込みながら辿る内臓は、自分のものだというのに酷くいやらしく感じた。頬に昇った血のせいで、顔が熱い。はふはふと息を継ぎながら、虎徹のものを育てる為に舐めしゃぶる。
絡めた舌を根元から先端まで扱き上げて、その間に指は内側を押して広げた。
自覚無しに感じてしまう場所を自分で触れてしまい、息を詰めた。体を支えている腕ががくがくと震える。堅く閉じたまぶたの縁には、涙がじわりと溢れた。
「……こてつ、さん」
足りない。
気持ちいいのに、準備をしているのが自分自身だと言うことに酷く焦れた。もっと太い指で、内側をぐちゃぐちゃに掻き回して欲しい。そうされた直近の記憶が蘇って、足の付け根から震えが走る。
「は……も、う……いや、だ」
唾液に濡れそぼった虎徹の性器は、強く屹立している。まだ完全な状態とまでは行かないだろうが、きっと自分の奥を押し広げてくれる。受け入れるのに後ろはちゃんとほぐれたのかどうかは分からなかったけれど、もう我慢が出来なかった。欲しい、の気持ちもだけれども、彼が動いてくれない現状が切なくなってきたのだ。
「虎徹さん……起きて、起きてください」
ベッドに腕をついて、体の位置を調整する。見下ろした先で目を閉じる人を恨めしく思いながら、腰を高く上げた。手は、まだ浴衣の帯が締まったままで乱れていない虎徹の腹に置く。
「起きて下さい、虎徹さん。ねえ、起きて」
腹に乗せた手で、体を揺さぶった。けれど身じろぎひとつしてくれない。
「もう……いやだ、こんなの」
勝手に欲情してしまった自分が悪いのだとは分かっている。けれど、いくら体がその気になっていても虎徹の意志はここにはないのだ。そのことが寂しい。か細い泣きそうな自分の声だって、いやだ。情けなくて聞きたくない。
だけど体は欲しがっている。もう一瞬も待てないくらいに、受け入れて奥まで感じたい。
後ろ手に、虎徹の屹立を支えた。場所を確認して、ゆっくりと腰を落とす。
「……ん、ぁ、あ、ぁあ……っ」
ローションのぬるみを纏って肉を割るそれは、やはりいつもより力がないように感じた。けれどさっきまでの自分の指なんかより、ずっといい。熱くて頭が茹だる。寂しい気持ちはまだあるけれども、夢中になった。
もう頭のどこにも見当たらないけれど、一瞬頭を過ぎったほぐしたりないのではないかと言う懸念はまるで当たらず、ずるずるとバーナビーの体は屹立を飲み込む。気持ち良さが上手く体を支えてくれくなるから、常よりもずっと性急に根元まで突き入れてしまった。
「……っは、あ……あぁ、あ」
喘ぐ息を繰り返し、ぺたりと虎徹の体に尻を突いて動きを止める。
何もしていないのに、内側から甘い痺れが体中を震えさせた。しゃくり上げるように息を繰り返して、感覚を宥める。自分で動かなければ、いまはこれ以上の快感は与えてもらえないのだ。
強い感覚に吹き飛ばされていた寂しさがふと舞い戻ってくる。
これじゃあ、自慰と変わらない。
「……ごめんなさ、い、こてつ、さん……ごめんなさい」
目を覚まさない彼が悪い、こんな体にしたこの人が悪い。そうは思っているけれども、こんな風に意志を無視して道具のように扱っている事に対して、罪悪感はある。
腹についた手に力を込めて、軽く体を浮かせた。ずず、と抜けて行く感覚に背中が粟立つほどの気持ち良さを感じる。
「……ぅ、は……あ、ああ、こてつ、さん……っ」
そして、また体を落として、奥へ。
うわごとの様に名を呼びながら、良い場所へ押し当てるように体を上下させる。
落ちそうになるまぶたを引き上げながらずっと虎徹の顔を見ているのに、やはり大好きなアンバーの瞳は見えないままで悲しくなってきた。快楽のせいだけでなく、涙が伝い始める。
「虎徹さん……こてつさん、こてつさん……いやだ、虎徹さん」
体は高められているのに、さっぱり満たされない。虚しいと思ってしまえば、もうそこでダメだった。動きが徐々に鈍くなり、やがてぺたりと飲み込んだままで座り込んでしまう。落ちる涙も拭わず、起きてくれない相手をただじっと見詰めた。
まだ性器は萎えていないし、体の中には快感が残っている。
だけどこれを解放したいと言う欲が消えてしまった。熱はくすぶっているが、このまま虎徹に抱きついて眠った方が余程幸せな気分になれそうだった。明日は幸いにも休日なのだ。朝から甘えても構わない。
「……っ、あ?!」
そう、自分の中で落ち着きが出た時だった。
根元まで飲み込んだものがより深くを急に抉り、息を飲んだ。
「え、……あ、ぁ、え、なん……あっ」
「……もうおしまいなの?」
繰り返し穿たれて、熱が急速に引き上げられる。腹の上についていた手に力が入らなくて、揺さぶられる動きに体が崩れそうになった。
そして、聞こえる筈のない声。必死になって頭を引き上げ、揺れる視界の中でその源を見る。
「あっ……んで、な、んで、こてつ、さ……っあ、ダメッ」
浅い場所まで抜かれ、弱い場所を抉りながら押し込められた。電流のような強い快感が頭のてっぺんまでを突き抜ける。
さっきまであれだけ欲しかった茶色の瞳と、彼からの体温。それを得たというのに、頭は混乱のまま考える事も出来ない快楽に乱された。強い力で腰を持たれ、中を行き来するものは熱くて堅い。さっきまで自分で得たものとは比べるまでもない悦びに、あっという間に理性を手放した。
「ば、にーが……どこまで、やんのか、って思ったんだけど」
「あっ、あ……あ、ん、んぁあっ、あぁっ」
「やっぱちょっと、もどかしかった、かな?」
奔放に漏らされる喘ぎの合間に虎徹が何か言っているけれども、意味のあるものとして捉えられない。意図しないタイミングの突き上げと熱い温度で、体が溶けてしまいそうな気がした。確かにこれが欲しかった。けれど、一度諦めただけに気持ちがイマイチ上手く追いつけない。
「く……っ、ばに、おまえ、いってんの?」
強く締め付けてしまっているのだろう。さっきまでより、より明確に虎徹のかたちが分かった。苦しそうな声を上げた男はそれでも動きは止めない。
「ごめん、ごめんな……ほら、泣くなって」
崩れそうになる体はまだなんとか維持し、背中を伸ばしていた。だから遠い場所にある顔へ伸ばした虎徹の手はすぐに届かない。穿ったまま腹筋で上半身を起こした彼は、うつろな目を覗き込むようにして笑顔を向けた。
「こ、てつ……さん、虎徹さん、虎徹さん虎徹さん」
涙を拭われて、そのままバーナビーは抱きついた。とっくに極まって吐き出しているにもかかわらず、引き上げられた感覚は今も突き上げられて高みをさまよったまま。怖くすらなるそれに助けを求めるように、そしてさっきまでの寂しさを埋めるようにとしがみついた。
「動けねぇよ、バニー」
耳に吹き込まれた声に、ぞくんと背中が震える。
「だ、って……虎徹、さん、起きてくれなかった……し、寂しい……です」
「ん、ちょっと意地悪した。ゴメンな」
「ぁ、あ……は、い」
「バニーちゃんやらしくて、たまらなかった」
「見て、たんです、か」
「バレないように、な」
ずるいと思ったけれども、言葉にはしなかった。こうやっていま欲しいものを与えてくれているから、構わない。
抱き合った状態だから、大きな動きは出来ないようだった。ぬちぬちと小刻みの動きはだけども今の敏感になりすぎたバーナビーの体には丁度いい。
「もう、も……だ、め……あ、あぁああっ」
ひく、と体が震えて再び吐精する。ずるりと力が抜けた。
虎徹が支えてくれるから体勢はそのままだけれども、意識まで曖昧になっていく。
「バニー? もうちょっと……だけ、な?」
とさり、と彼はバーナビーを抱きかかえたまま前屈みになった。相手を横たえて、足を大きく押し広げる。浴衣の裾が、ばさりと広がった。
「あ……ぁあ、あ……も、ああ、もうこてつ、さ……」
そして思うままに動くと、内側へと熱を叩き付けた。
意識を手放していたのは、ほんの僅かな間だけだったらしい。
まだ汗を流している虎徹が自分を見下ろしていた。指先まで痺れるような快感は、まだ余韻を残している。
「……あ、虎徹、さん」
キスして欲しい、と手を伸ばせば簡単に欲しいものを与えられた。
「いつから、起きてたんですか?」
「……んー」
すぐには答えてくれず、そのままバーナビーの横へ彼も倒れ込む。
大きく息を吐いた虎徹も疲れているようだった。そりゃあ、そうだ。その前に散々何度もセックスしている。バーナビーが簡単に意識を手放してしまったのだって、そのせいに違いなかった。
「虎徹さん?」
咎めるつもりはなかった。あんな痴態を見られていたのかと思えば恥ずかしくてたまらないが、それでも幻滅した訳ではなさそうだったからだ。それどころかとんでもなくやる気になってくれさえした。
やっぱりこの人のせいだ、と再び同じ事を、どこか満ち足りた気持ちで思う。
「あー、バニーが、上に乗っかったくらい?」
「嘘でしょう」
「ぐ」
確信もなく言ったのに、どうやら当たったらしい。虎徹は言葉を詰まらせた。
「……もう、いいですけど」
はぁ、と嘆息して寝返りを打った。傍らの人へ寄り添える場所で落ち着く。するとすぐさま相手は手を伸ばして抱き込んでくれた。
「泣かせてごめんな」
「だから、もういいですって」
「でも……なんつか、すごかった」
にやりと間近の顔がいやらしく笑う。抱き込んだ手が背をやんわり撫でながら、頬にキスを与えてくれた。
「バニーちゃん、ホントやらしくなったよね」
「あなたのせいですよ」
この人とこういった関係になるまでに、誰とも寝た事がない、とは言わない。
普通に女性との性交渉は行っていた。
けれど、熱を持ったものではなかったと思う。あくまでマナーの一環。女性をエスコートした以上、夜のお付き合いもスマートに行うべきだろうとの考えで抱いただけだった。欲しくてたまらないような衝動なんてなかった。きっと過去の自分は性的に淡泊だったのだろう。いや、違う。ここまでの熱を伴う感情を知らなかっただけなのだろう。彼によって体を巻き添えにして、心を押し拓かれてしまった。
「そう?」
「ええ」
責めるニュアンスはなかったせいもあるだろうが、けれど言われた虎徹はどこか嬉しそうだった。
その気持ちは分からないでもない。だからこちらまでくすぐったくなる。
「……それは、そうと。せっかくあなたのお母さんに作ってもらったのに」
浴衣は二着とも、ひどく汚れてしまった。
「洗えばいいだろ?」
「そうですけど」
ふと過ぎった考えが舞い戻ってくる。この人の家族に、自分は受け入れられるかどうか。
だけど、もうそれだってどうだって良かった。
だってこの人は両手を広げて、どんな自分だって抱き込んでくれるのだ。なにも問題は無い。
「……好きです」
「急にどうしたの?」
「言いたかっただけです」
ふぅん、と腑に落ちない顔をしていたが、虎徹はそれ以上問いを重ねはしなかった。
ブラインドの向こうから、薄く青みを帯びた色が覗いている。どうやら日が昇っているらしい。
大きな欠伸をした。
釣られたように、虎徹も欠伸する。
「今度は寝れそうですか、バーナビーさん?」
「はい……寝ます」
抱き締められた体温を感じて、目を閉じる。
せっかく綺麗にしたシーツだって体だってべたべたで酷いものだったが、夜半の冴えた意識はようやくもう一度眠ってくれそうだった。おだやかに力が抜けていく。
「……良い夢見ろよ」
はい、とは急速に眠りに落ちて行く意識のせいで、声にならなかった。
このぬくもりに包まれていれば心配することはなにもない。
幸せな夢しか、見ない。
どうせ乱れてしまうからと敢えて着付け直しはしなかった。
帯しか残っていない酷い格好で目覚めたバーナビーがさすがにげんなりし、そしてきちんと着たままの虎徹が笑うのは、昼の日が差し込み始めた頃のお話だ。
夜の寂しさを引きずっていたのか、バーナビーは虎徹に甘えたし、虎徹は嬉しそうにバーナビーを甘やかす。
汚れてしまった浴衣を洗い、すっかり型崩れして虎徹の母へ助けの電話を掛けるまでは、ふたりで幸せな休日を満喫した。