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cute pretty lovely



 終業のチャイムを久しぶりに自分の席で聞いて、伸びをした。
「バニー、もう帰れる?」
「ええ、これ提出したら……提出しました、大丈夫ですよ」
 にこり、とバーナビーはこちらを向いて笑う。プリントアウトした気配もなかったのにもう終わったのかと感心しながら、虎徹も端末に開いていたウインドウを閉じた。今日は珍しく、きちんと書類の仕事をしていたのだ。
 二部所属になって、そろそろ季節がひとつ切り替わる。些細な案件だが頻繁な出動にも慣れて、復帰当初は真面目にこなしていたオフィスでの仕事も以前のように積み始めていたのでここらでどうにかしておかないと、またバーナビーに叱られる日々がやってくると思ったのだ。
 幸いにも二部での提出書類は一部の頃より簡素なものが多くて、虎徹でも今日の空き時間だけで八割方を片付ける事が出来た。然程物を壊す事もないので、一番に面倒な賠償金関連の書類が少ないおかげもある。それもこれも、追って復帰してくれた相棒のおかげだ。
 減退した能力でも十分に街を走り回る事は出来るが、彼のサポートはより的確になった。能力的に問題のない彼への一部復帰要望が立て込んでいるのは知っている。スポンサーに市民に、元仲間達。だけど本人と相棒である虎徹、そしてアポロンメディアの上層部はバディであることを選んでいるので、代わりにとメディア露出を多くしてバランスを取っている状態だ。
 今日もバーナビーは昼に打ち合わせで席を外していた。
「んじゃあ帰るか」
 雑然とした机の上を他には分からないながらも一応は片付け、元からすっきりとした机を維持しているバーナビーはそのままで、ふたり揃って席を立つ。
「おばちゃん、お先」
「お疲れ様です」
 ヒーローふたりが復帰してから、一時的に他部署へ移っていた経理の女史も同じ席に復帰している。どうやらふたりが引退した後も後片付けでしばらくヒーロー事業部は存続していたようで、そこがようやく落ち着いて新天地に慣れようとしていた所だったらしい。「あんたたちには振り回されてばっかりよ」との言葉は、けれど笑顔で告げられていた。
 お疲れ様との言葉を聞いて、オフィスを出る。
 ところで虎徹とバーナビーのふたりは、今更「今日メシ食いに行こうぜ」などと声を掛ける必要もないくらいに共にいるのが当たり前になっている。むしろ、なんらかの予定が入った場合にはそれぞれが報告する不文律が出来上がっている状態だ。
 エレベータに乗って、ふたりきりであれば目を見合わせてじんわりと甘い空気が滲むくらいには出来上がってしまっている。付き合っている、と言う訳ではない。明確な言葉もない。だけど、これは今更言う必要があるのかねと虎徹などは思ってしまっている。
「あれ、それなに?」
「……ああ、今日もらったので」
「差し入れ?」
「いえ、商品サンプルです」
 お互い、ポケットに入れた携帯と財布程度しか手荷物はない筈なのに、今日のバーナビーはらしくない野暮ったい紙袋を持っていた。
「へぇ……珍しいのな」
 差し入れならともかく、もうちょっと落ち着けと言いたくなるあちこちの企業からコラボされた商品は数が多すぎて、正直自分達ですら全て把握していない状態だ。良ければお持ち帰り下さいなんて言われる事もあるけれども、全部もらっていては家が倉庫になってしまう。最初はうれしがってもらっていた虎徹ですらも、今はもう断っていると言うのに、元より物を増やすのが嫌いなバーナビーが受け取ってくるのは珍しい。
「ところで、今日はどうします? 行きたいところがなければ虎徹さんちがいいんですが」
「ああ、別にいいよ。バニー、チャーハン作ってくれる?」
 エレベータが駐車場フロアに到着して、これまた当たり前のようにして虎徹の車へふたり並んで向かう。単に昨日はバーナビーの車だったから、今日はこちらなだけだ。
 助手席に乗り込んだバーナビーが「もっとマシなものを作りますよ」と言ったのでスーパーに寄ったが、チャーハンだってマシなものだとの主張は忘れずにしておいた。
 料理なんてしたこともなかったくせに、いつの間にかバーナビーはあれこれとレパートリーを増やし、いまだにチャーハンしか作れない虎徹を小馬鹿にする。そのくせ「虎徹さんのチャーハン大好きです」なんてとんでもなく可愛らしい笑顔を向けてくるのだから、どうしたいのだと言いたくなる。
 これ覚えてください、と言ってバーナビーが作ったのはロールキャベツだった。綺麗に器用に作られたそれがバーナビーの好物だと思い出したのは食べている最中の事で、それを覚えろと言うのはどういう事なんだよと思ったら器官にスープが飛び込んで、盛大にむせた。確かに、自分の為にチャーハンを練習してくれたと言うのは、すごく嬉しかった。要するにそういう事なのだろう。
 明確な言葉を交わしてはいないのだけれども、もうこれってそうだよな、と食べ終わった後、食器を洗いながら頭の中がぐるぐるする。誓ってバディ以上の事はしていない。こうやってどちらかの家で食事をした後はのんびりと飲んで、その後泊まって行くのが当たり前であっても、虎徹の家でならベッドは広くないのでソファとベッド、それぞれ別だがバーナビーの家ではゆっくり眠れる場所がない上にベッドがバカ広いから一緒に寝ていたとしても、キスもそれ以上もした事はない。
 もういい加減いいかなぁと思いながら、食器を洗い終える。もう飲む準備をしているバーナビーは、ソファに座って虎徹の心中など知らない顔でHERO TVの再放送を見入っている。向けられた背中がこちらを欠片も意識していないように見えるのは気のせいか、それともその通りなのかは分からない。
 クールでスマート、スタイリッシュ。そんな言葉を売り文句にしている割に子供っぽくてあけすけだったバーナビーは、一年の間に相応の成長を遂げたらしく、随分とわかりにくくはなったと思う。虎徹がそうと気付くのはきっと彼がそうだと気付いて欲しくて意識的に漏らしているものばかりなのだ。
「あ、なんか凹む」
 寂しいと不意に思い、ソファに座った途端に呟いていた。
「……? どうしました?」
「いや……」
 さて、どうしようか。もういっそ言ってしまえばいいのだろうか。それともバーナビーがそうだろうと決めつけて、手を出してしまってもいいのだろうか。そろそろ我慢は限界に達しそうになっている。
 並んで座る、十五センチほどの間が妙に気になる。ロックで作ってくれた焼酎のグラスを受け取り、触れた手をそのまま掴みそうになるけれども、半ば以上テレビに意識を奪われているバーナビーとの間ではさっぱりそんな空気になりそうもない。
 嘆息して、グラスの中身を一気に呷った。もういい、飲んでしまおう。
「あまり飲み過ぎないでくださいよ」
「そう思うなら、次々作るなよ」
「だって僕ひとり飲むのは、寂しいじゃないですか」
「バニーちゃんはテレビ見てるんだから、別にいいだろ」
「……なんですか、それ」
 くすり、と笑われる。
「拗ねてるんですか?」
「そんな訳ないだろ!」
「ふぅん」
 かろん、と氷の音をさせて、いつの間にか彼も好むようになった焼酎のグラスを傾ける。クリアなグラスに触れた唇の形が変わって、妙に触れたい気分になる。
 ああ、だから限界なんだよと少しばかり回った酩酊のまま、手を伸ばそうとした。
「虎徹さん、お風呂お借りしますね」
「え、もう? まだ早くないか?」
「……ちょっと、寒くて」
 まだ季節は春の入り口だ。だけど部屋の中は暖房がガンガン効いているし、暖かな食事をとった上にアルコールまで入っている。
「風邪?」
「まさか」
 ヒーローは自己管理が大事ですよ、とどこかすました顔で立ち上がったバーナビーは、何故か手に今日持ち帰った紙袋を持っていた。すっかり存在を忘れていた。
「それ、どうするの?」
 あまりにもさりげない動きだったから見逃してしまいそうだったけれども、勢い任せの踏ん切りを空振りさせられて、いつも以上に虎徹の意識はバーナビーに向いている。ち、っと小さく響いたのは聞き間違いでなく舌打ちだ。らしくないお行儀の悪さは、実は虎徹とふたりきりの時には割と顔を覗かせる。
 子供っぽい姿はなかなか見られなくなったものの、こんな時ばかりは育ちの良い子が悪ぶっているようで、やけに可愛らしい。
「どうだっていいじゃないですか」
 しかめっ面で言うと、それ以上の追求を逃れるようにして浴室へとバーナビーは去ってしまった。
「なんなの、あれ……」
 ここ俺んちなんですけどー、と言ってやろうと思ったけれども、別にこれ関係ないなと気が付いたので、黙ってグラスを呷った。一口も残っていなかったので妙に落ち着けない気分のまま、ボトルから注ぎ足す。ふたりで飲めば焼酎の小さなボトルはあっという間に空になってしまったので、どうやら今夜はこれで打ち止めのようだ。
 ちびちびと大事に飲みながら遠くにシャワーの音を聞いて落ち着けない。そわそわとした気持ちは近頃いつも感じるものだったけれども、あの唇を強烈に意識した直後だったので、いつも以上な気がしてしまった。
 バディでいる事が当たり前になって、プライベートの時間も共に過ごすのが当たり前になった。親しい友人であっても――例えばアントニオ。腐れ縁のあいつであったとしても有り得ない。ほぼ二十四時間べったりで疲れる事もなければ飽きもしない相手なんて、自分の記憶をひっくり返しても出てくるのは初恋だった妻しかいない。あとは、家族だ。
 家族に対する親密さではないと言うことは、自分は知っている。触れたいし抱き締めたいしキスしたい。同じ事をバーナビーが思っているだろうとは最早疑ってはいないのだ。手を伸ばしたら受け入れられるだろうし、遅かったですねとすら言われそうな気がする。
 ならばなぜ出来ないのかと言えば、偏にバーナビーからのアクションがなさすぎるからだ。
「いや……いや、そんな事ないか。お互い様かよ……もういいからさ、バニー動けよー」
 アクションがないのは自分も一緒だ。情けない事を呟いている間にHERO TVは終わってしまったし、シャワーの音も途切れてしまった。
「虎徹さん虎徹さん!」
「……ん?」
 こちらの心情なんてやっぱりさっぱり気付きもしないで、浴室からははしゃいだバーナビーの声が聞こえる。
「どうした、ばに……ぃ?」
 じゃーん、と飛び出してきた姿に呆然とした。
「『来たぞ、ワイルドタイガーだ!』……なんて」
 いつもなら理性を後一歩で崩してしまいそうになる濡れた金髪が青いフードに隠されている。いや、なんていうか……フード付きのタオル、だろうか。そしてそれは、どう見ても虎徹がかつて着ていた、懐かしいトップマグ時代のスーツと同じデザインを模されている。
「……ちょっと、なんか反応してくださいよ、恥ずかしいでしょう!」
 風呂上がりなので、タオルはまあいい。濡れた髪が隠れているのもちょっと理性を保てそうだからそれも構わない。けれども、白い肌は剥き出しだし、下着一枚だから綺麗な足はそのまま目に飛び込んでくる。ああもうと思ったのに、それらしいポーズを作ったまま引き返せなくなったバーナビーの顔がじわじわと赤くなっていくのが、可愛らしくてならなかった。
「……虎徹さん!」
 顔を真っ赤にしたバーナビーは、ばさりとタオルをかき寄せた。
「……ぷ、ははははっはは! なにやってんだよ、バニー!」
 バカだと思った。ああ、もう本当にバカだ。
 ソファから立ち上がって、バーナビーの傍に立つ。
「もう、バカにして!」
「なに? もしかして今日もらったのってこれだったの? しかもそれ使いたかったから俺んちだったの? あ、風呂入るの早かったのもそのせい?」
「……っ」
「あーもう。ほんっとに」
 でかい図体で、顔だけでなくタオルの合間から見える胸元までも赤い。スタイリッシュなバーナビーが一体何をやっているのかと思うと笑いは止まらないのに、ふつふつと暖かいものに胸が満たされる。
「ほんっとうに、お前可愛いなぁ」
 思い切りもなにも必要なかった。伸ばした手をタオルに包まれた背中に回して、抱き寄せる。少しばかりバーナビーの方が背が高い筈なのに、恥ずかしがっているせいかちっちゃくなった体はすっかり包み込めた。
「へ……あ、え? こてつさん?」
「かわいい。ホントお前可愛いよ、好き」
「……へ?!」
 がばっと上がった頭の瞳はまんまるに見開かれていて、もちろん顔は真っ赤で、やたら可愛い。ちゅ、とキスを送ったけれども頭にはまだ旧スーツの顔がついていて、吹き出してしまった。
 せっかくだからクロゼットにしまい込んである本物のスーツを引っ張りだして、着せてやろうかなと思った。
2012.12.28.
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