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At 12:00 AM



 はふ、と傍らから欠伸の気配がしたので分かりやすく溜息を吐いてやった。
 時刻は日付が変わる寸前、火災現場の出動を終えた自分達はとっくに終業時間を終えていたにもかかわらず、オフィスへと逆戻りしていた。明日朝イチ提出しなければならない書類を、隣の席の相棒がさっぱり手を付けていない事が発覚したからだ。提出先部署の事務員さんが我慢も限界だと社内でも非公開になっている筈の内線で怒鳴り込んできたのは十五時前だった。
 一ヶ月以上前に自分は提出したそれが非常に面倒な内容だった事は覚えている。ただでさえ書類仕事が不得手な彼に取っては大変な重荷になってはいただろう。枚数も多ければありがちな定型フォーマットでもなくて、自分も割と手こずらされた記憶はある。簡単な提出書類でもあれこれ尋ねなければ仕上げられない虎徹からはきっと質問の嵐になるんだろうなぁとも思っていたのに、考えてみれば忙殺された日々の中でそれについての話題が上がることはなかった。
 バーナビーに虎徹を管理する義務はないながらも、相棒なのだからある程度はフォローしたい。他部署にまで迷惑を掛けてしまったとなれば危惧していたにも係わらずすこんと忘れていた自分の失態のようにも思えて、付き合う事にしたのだ。
 彼も故意に無視していた訳ではないようだ。多忙な日々の中で、つい面倒そうだからと後回しにしてそのまま忘れてしまったのだろう。いかにもすぎて、溜息が出る。
「少しは進みましたか?」
「……んー」
 それなりに大きな出動だったので疲れはある。ただ待っているだけではまぶたが落ちてしまいそうだからと自分も後回しにしていた書類や、そんな暇がなくてチェックしていなかった取材を受けた雑誌などを見ていたけれども、静かすぎてやっぱり眠い。
「寝てません?」
「寝てないよー」
 間延びした返事の声には、そうは言うもののしっかり眠さの成分が含まれてた。まるで並んで眠るベッドの中と同じだ。
 それでもカチカチと彼のいつものペースでのタイピング音がしているから、それなりに危機感はあるのだろう。受話器から飛び出したあの事務員さんの怒鳴り声はなかなかに迫力があった。
 既に自分の提出したものを彼には手渡しているので、いちいち尋ねられる事はない。本来なら褒められた事ではないのだけれど、あの分量を虎徹が自力で朝までに仕上げるのは間違いなく無理だろうし、いちいち尋ねながらするのも時間の無駄に思えたからだ。だったら付き合う必要はないようなものだろうけれども、この状況ではまずサボらないとは思うものの監視は必要だろう。それに、まあ、あれだ。これでも付き合っているのだから、光量の落ちたオフィスでひとりにさせるのは可哀相だなだとか、もっと言ってしまえば少しでも一緒に居たいと思ってしまうのは仕方がない事だろう。もちろん甘やかすつもりはないし、こんな事を知られればつけあがるに決まっているので言いはしないけれど。ただでさえ付き合い始めてからの自分は舞い上がっている自覚がある。それを微笑ましく彼に見られているのも知っていて、恥ずかしいのだ。だから冷静な相棒な顔をして、ちゃんと仕上げるまで見張っていますからねと言う顔を作っている。
「朝までに間に合いそうですか?」
「うーん、今六割くらい」
 大丈夫そうだな、と心の中でだけ安堵の息を吐いた。この書類が面倒なのは半ばまでであって、後半はほぼ自分のデータをコピーするだけで大丈夫だと思えたからだ。
 アポロンメディアは二十四時間どこかが動いている企業ではあるものの、ヒーロー事業部は二十四時間対応のフロアではないので照明は半分落とされてしまっている。警備員にお願いして電源を一部入れてもらっていた。
 眠気を助長させる灯りの中、それでも頑張っている虎徹を邪魔しないように静かに立ち上がって廊下へと出た。休憩室に設置されているベンダーで缶コーヒーを二つ買い、戻る。
「どうぞ」
「お、ありがとうな」
 頭を上げてにこりと笑った顔は、どんな現場ででも見せようとしない疲れがしっかり滲み出ていて、本当にこの人は書類仕事に向いていないんだなぁと今更のように納得した。らしくなく無駄口も叩かず、殆ど黙ったままで既に三時間は経過している。
 傍らに立ってモニタを覗くと、さっき思った通りに面倒な場所は終えているようだった。
「お疲れ様です、この後は楽ですよ」
「そう?」
「一応あなたなりの言葉にはして欲しいですが、僕のと同じ内容で問題ない筈です」
 肩越しに手を伸ばしてマウスを操作する。スクロールさせた前半部分は集中の成果を見せてそこそこの内容に仕上がっているようだった。やれば出来るのだ。ただ、やりたがらないだけで。
 ほっと息を吐いて、安堵は表に出てしまっただろう。
「バニー」
「え?」
 その表情がふたりきりの時にしか見せない笑顔であった事や、その笑顔を虎徹がひときわ好きでいる事なんて、もちろんバーナビーは知らない。ただ、背後から覆い被さるような姿勢だったバーナビーの体がくるりと反転して、何故か彼の机の上で天井を見ていた。
「……え?」
 視界に虎徹の顔が入る。
「虎徹さ……」
 これはどういう事だ? と頭に浮かんだ疑問符と共に問いかけようと思った言葉は、最後を彼に飲み込まれてしまった。


 十年間培って来たヒーローとしての体術を、まさかこんな事に使われただなんて気付いたのは全て終わった後であって、いきなり立ち位置が変わった事や知ったばかりの快感を一方的に送り込まれバーナビーはパニックに陥っていた。要するに、抵抗らしい抵抗もせず虎徹の自由を許した。
「もう眠すぎてさ……コーヒーじゃちょっと無理みたい」
 耳朶を舐められながら囁かれた声が甘く低い、ベッドの中でしか聞けないもので、ぞわぞわと反射的に背筋に快感が駆け上る。もぞもぞとふたりの合間の手がいつも通り着込んだライダースをはだけさせて、薄いインナーの下へ手のひらが這入り込んで撫で回していた。馴染んだ感覚だ。そしてそれに、バーナビーはひどく弱い。
「こ、こて、こてつ、さん!」
 まだ反応を示していない胸に触れられて、ようやく何をされているのか状況に頭が追いついた。慌てて手を突っぱねて、強い声を出す。ここはオフィスで彼は朝までに書類を上げなくてはいけなくて、そしてここはオフィスだ。そう、オフィスだ!
「こてつさ……っん!」
 くり、と強く摘まれて、声が跳ね上がった。自分ででも咎める筈の声に甘さが含まれているのに気が付いて、一気に頬が熱くなる。
 ここはオフィスなのだ。こんな事をしていい場所ではない。虎徹の抱えている書類は後一時間も集中すれば十分に終わる事は出来るだろうが、それでもこんな事のために自分達は深夜のオフィスに居る訳ではない。
「や…やめ、てください、やめてこてつさん」
 ぐりぐりと痛いくらいの刺激を与えられるのは自分の好きなやり方だ。耳元にあった虎徹の頭は首筋に埋まって、甘ったるい感覚を与えながら吸い着いてくる。
 それまで一切の性経験がなかったバーナビーの体は、虎徹によって拓かれてしまった。与えられる感覚には疑問も持たず従順に従うようになっている。今ではもう、最初あれほど抵抗を覚えた後ろですら快感を拾ってそれだけで達する事が出来る程なのだ。
 そもそもが抱き合うのに疑問を持つ場面なんてなかった。伸ばされた手を撥ね除ける事なんて欠片も考える必要はなかったのだ。慣らされた体はいつもと同じと錯覚してあっという間に引き上げられようとしていて、そうじゃないと頭がストップを掛けようとしてもなかなか上手く行かない。抵抗の手はやり方を知らないかのように不格好で的を射ない動きばかりだ。
「バニー」
 卑怯な甘い声で名を呼んだ彼は、辛うじて床に着いていた足へ反応しきったものをぐりぐりと押しつける。
「……ぅ、あ」
 じわりと体の内側に快感が広がる。衣服越しであるというのに熱を感じた気がして、羞恥のせいでなく頬が更に熱くなった。体感温度も一気に上がる。
 胸を、脇を、弱い場所ばかりを的確に攻めてくる彼はこちらから抵抗の意志を奪おうとしているのは明確で、さっさと押し流してしまおうとしている。遊びのないいつもより雑な動きに、それでも彼の望み通り着実に押し上げられてしまっていた。
「ちゃんと、後でするから。な?」
 伸び上がった彼が耳元で卑怯な声を吹き込む。
 イヤだ、もダメだ、も言わせないようにと唇を重ねられて、これもまた欠片も焦らさない動きで息を奪って行った。どんどん快感を送り込まれて頭がぼやける。朦朧として熱に押しやられた思考はここが職場であるとか、頭上にはさっきまで彼が真剣に取り組んでいた書類の最後にカーソルが点滅している事なんかもどんどん押し流してしまう。
 背に触れるのがいつもの柔らかなスプリングではなくて平らな板だと言うことが頭の端に引っかかり、それさえもやがて忘れた。


 スリープした黒い画面を目の前に見ながら、背後から突かれる動きで机が揺れる。いつかに自分がプレゼントしてあげたハンドクリームを潤滑に使って這入り込んだ彼の熱はいつもよりも酷く余裕がない。最初はバーナビーの抵抗を奪うための性急さは今は彼の欲のためだろう。
 もうイヤだと訴えても日頃はしつこくほぐされる後ろだって、いつもよりずっとおざなりにまだ窮屈さを感じるくらいで押し入って来た。痛みですら快感にシフトされてしまう自分の頭はもう手遅れだ。上半身を机の上に乗せて腰を持たれ、背後から職場で穿たれるなんて後で間違いなく後悔するに決まっている。だけど汚さないように、と自分にまでゴムを被せられた場所は痛い程に勃ちあがって体の内側で弾け回る快感のままに震えている。
「……ぅ、ん、ぁ、んんっ」
 ここがどこなのか最早頭の端につくねられてはっきりしないくらい熱に浮かされていると言うのに、それでも声は上げてはいけないとの自制はあった。理性は殆ど蹴飛ばしてしまっているだろうになかなか優秀だ。
 固くて熱いものが体の中を行き来して、気が狂いそうに気持ちいい。
 耐えていた声だって本当はもう苦しいから、いつの間にか上着を脱ぎ捨てていたおかげで剥き出しになっていた腕に噛み付いてふうふうと息だけで我慢する。自分の声で普段は聞こえない肉を打つ音が響くのが生々しくて、感覚は更に研ぎ澄まされていくようだった。
 動きが変わり、奥を捏ね上げられて声もなく背を反らせる。空調は整っているはずなのにすっかり汗だくで脱ぐ事が出来なかったシャツは張り付いてしまっているだろう。同時に強く締め付けてしまったのか背後から息を詰めた気配がして、直後意趣返しのように荒く動かれた。
「ん、ぅ、ぁ、……あ、あ、あっ、ああ、あ!」
 もう無理だと思った。押し出されるように声が溢れるけれども知覚は出来ない。耳についていた肌と肌がぶつかる音も、溶け出したハンドクリームの濡れた音も聞こえない。強すぎる快感にあらがうように動かした腕が何かに触れたような気もしたけれども、良く分からなかった。
 ぱ、っと目の前が明るくなる。
 頭の中が白くなったのと殆ど同じタイミングの事で、一際強い達する快感に巻き込まれてのけぞった後は意識が一瞬ブラックアウトした。
 そのまま崩れそうになった体を押さえてくれたのは、力強い手。褐色の肌だろうそれが触れる温度は大好きで、ふと表情が緩んだ。
「……えっろ」
 弛緩した感覚の中で聞こえた声が意味を理解して、ゆっくりと目を開ける。
 目の前はスリープが解かれたモニタが薄暗いくらいの室内で白々と輝いていた。


 有り得ない、信じられないと散々悪態を吐いたもののこれ以上もなく感じてしまった事実は取り消せない。背後からの行為だったから快感に染まった表情を見られなかった事だけは良かった。
 虎徹の机の上は元からあれこれと雑多なものが置かれている。それが自分のいた場所だけぽっかり空いていて、やけに恥ずかしい気持ちにさせられた。
 そこにあった筈のものは、おそらく自分の動きのせいだろう。全て床に落ちてしまっている。中身の残っていた缶コーヒーが無事だった事には安堵したものの、拾う作業は全て虎徹にさせて、衣服を整えて自分の席についた。
 案の定、後悔していた。羞恥に顔の火照りは取れない。しつこいぐらいに彼がほぐしていたのは焦らすためでなくちゃんと理由があったようで、性急に進めてしまったせいで受け入れた場所はジンジンとした痛みまで感じていた。
「あー目が覚めた! よし、頑張るな」
「……勝手にやってください」
 散々文句を言っているし、態度だって冷たい筈だ。なのにさっぱり虎徹は堪えた様子がない。
 キーボードの音が追って聞こえて来たので、もうこちらを見られる事はないだろうとちらりと盗み見た。なのにまるでこちらにも目があるかのようにしっかり気取られてばちりと視線があう。にへら、と崩れた表情に何故か頬が一際熱くなって、慌てて目を逸らした。
 光量が落ちてはいるし、人の気配もさっぱりない。いつものオフィスとは若干違う気配を感じてはいるけれども、やはりここは自分の職場だった。


 提出書類が出来たのは、午前二時。
 仮眠室ではひとまず近寄らせないようにしたのに、すとんと落ちた眠りから覚めればしっかり抱き込まれていて、いつの間にか虎徹はベッドを移動していたようだ。
 何故か勝てない気持ちになったので、しょうがないからもうしばらくそのままで眠る事にした。
 おやすみなさい。
2013.3.20.
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