fuwa fuwa
先週からぐっと落ち込んだ気温に、とうとう本格的な冬がやってきたのだなぁと虎徹は思う。尖ったような澄んだ空気は気持ち良くはあるのだけれども、肺の中まで凍てつかせる乾いた冷たさは余り歓迎したいものではない。エレベータから出て、車までの短い距離を駆けた。アポロンメディアの駐車場はきちりと整備されているものの、最下層にあたるブロンズだけは半屋外で雨風からは遮られるけれども、冷え込んだ空気までは遮断してくれないのだ。
エンジンを掛け、同時にエアコンのスイッチも入れる。まだ暖まらない空気に肩を竦めてスタートさせる。
忙しない一日を終えた今の時間は午後十時で、当然外は真っ暗だ。キラキラと眩い夜景の中を走り、自宅ではなくゴールドステージへと通じるハイウェイを選択する。
車を使わずにヒーロー事業部のあるフロアから直接抜ければ、こんな遠回りをする必要はなかった。けれど向かう先であるバーナビーのマンションはモノレールの駅が近くにある訳ではなく、タクシーを使うのも不経済だった。歩いて歩けない距離ではないのだけれども、不慣れなメディア仕事をこなした上に出動があり、その上どうしても明日までに仕上げなさいと厳命された書類をひとりで苦労して作り上げた後なのだ、体力ゲージはエンプティぎりぎり。その上明日も休みではないのだから、無理はしたくない。見捨ててさっさと帰ったバーナビーを薄情だとは思うものの、それでも「待ってますから」とメールを寄越した可愛らしさは嬉しいものだったので、だから明日も仕事だと言うのにこうやって向かっていた。
紆余曲折はあったものの念願叶って彼と付き合い始めたのは、まだ半月にも満たない過去のお話だ。ようやく機能しだしたバディとしての関係性に付け加わった新たな恋人というものに、予想外に初心だったバーナビーは未だ慣れた様子を見せない。
本来なら告げるつもりのなかった「好きだ」との告白は自分からしたものだったけれども、驚いた顔をしておずおずと「僕も、です」と小さな声で言った彼は、本当に可愛らしかった。思い出してようやく暖まりだした車内の空気と同じに、胸の奥までもほっこりと暖まる。
ぎこちなく距離を詰めて、ようやくキスをしたのが先週の休日。それから隙を見ては箍が外れたように何度も繰り返している。熱に浮かされたような顔をして、それでも真面目な彼は慌てて顔を取り繕いなんでもないと言った姿を保とうとしているのは間違いなくバーナビーが相手なのだとその度に思い知らされて幸せになった。
隣に並んで、触れ合って、キスをして。不慣れな彼が段々慣れて行って。
目下の虎徹の目標は、その先だ。同じベッドで抱き合って眠れるようになれればいいと思っている。セックスだって当然したい。男同士でどうやればいいのかなんて身近に同嗜好の仲間がいたと言うのに当然相談なんて出来ないから、こっそりと調べてはいた。しれっとした顔で女なんてもう飽きました、とでも言いそうだったバーナビーが、あれこれと自分だけに見せる気の緩んだ姿のおかげで、多くのシュテルンビルト市民と同じに自分も誤解していたのだと知ってしまった。彼は下手をすれば女性経験すらもないだろう。デリケートな話題だから触れないようにしているが、なのでそちら方面で彼の頑張りを期待するのは難しいと早々に諦めを付けて、脅えさせないようにとじっくり時間を掛けるつもりでもっと距離を詰めて行くつもりだった。
この歳になっての焦らされているかの恋愛は案外楽しくて、満たされている。
逆にがっついていないこの歳で良かったのかもしれないなぁと、笑った。
ちょうど車はゴールドステージに入った。この半年ほどで見慣れた景色の中を走り抜けて、暖かな部屋で待っているだろう恋人の元へ向かう。
好きに入って良いですよ、と暗証番号と指紋登録を済ませてある彼の部屋であるが、もちろん在宅を知っているのだから律儀に虎徹はインターフォンを鳴らす。
『……虎徹さん?』
「おう、バニーの虎徹さんだぞ」
『来たんですか?』
ん? と首を傾げる。ご機嫌なこちらの声に比べて、彼の声はどこか冴えない。それに普段ならすぐさま付けられる画面だって今日は暗いままだった。
既に顔見知りになったコンシェルジュがこちらを伺って来たので、へらりと笑って頭を下げる。上品な微笑みを向けられてゆっくり腰を折り、彼はすぐに姿を消した。
「どうしたんだ、バニー?」
『いえ……今日、そちらに向かってはダメですか?』
ちらりと時計を見れば、会社を出た時間が時間だったのでもうじき十一時になろうとしている。今から移動すれば自宅に辿り着くのは日付が変わる時間になってしまうだろう。明日が休みならともかく、仕事なのだからそんな時間はもったいないだけだ。
「どうしたんだ? おかしいぞ、バニー」
『そうですか? まあいいです、どうぞ』
言ってはみたものの余り現実的でないのはバーナビーも分かっていたのだろう。カチリと音を立ててエントランスの鍵が外された。
先にオフィスを出た時の彼に変わった様子はなかった筈だ。ロイズから叱られる虎徹を呆れたように眺め、頑張ってくださいと笑いかけたバーナビーはからかうような表情すら浮かべていたように思う。怪訝な気持ちを抱えながらエレベータに乗り込んで、最上階の彼の部屋へ向かう。部屋の入り口は施錠されていなかった。迎えに出てもくれないのかとおかしいと思う気持ちは更に増しながら、足を踏み入れる。
「入るぞー」
返事はない。
なにがあったのだろうと不安になりながら、リビングの扉を開いた。
「……バニー?」
「虎徹さん」
「……お前……バニー? え、なにそれ」
いつも通りのがらんとした広い部屋。たったひとつあるチェアの上にピンクの塊が居た。ピンクのもこもことした……
「っつか、寒!」
年中快適な温度に保たれている筈なのに、室内はまるで窓でも開け放たれているかのように冷え込んでいた。一時間弱の車の中で暖まっていた体にひやりとまとわりつく。
「なんでこんな寒いの? あ、だからその格好?」
「ええ……以前、もらって来たのを思い出して」
さっきまで布団に入ってたんですが、と告げるバーナビーの声は小さい。眠いのかと思ったがどうやら違うらしい。寒くてカタカタ震えているのだ。
まるで女子高生が好みそうなピンクのもこもことしたフード付きトレーナーは、丁寧に兎の耳が着いているがまるでバーナビーの今の心情を表すようにくたりと垂れている。同じピンクのだぼっとしたパンツは丈が足りていなくてふくらはぎが見えて逆に寒そうだ。足先は白だったが、これも同じようなもこもこ素材だった。
「……っか」
近寄って、改めて見た姿に飛び出しそうになった「かわいい」の言葉は、慌てて飲み込んだ。
心の中では何回も何百回も繰り返しているのだが、彼に対して「可愛い」と告げる事は余りしない。なんなればバーナビーもちゃんと男性である以上、余りそう言われるのを好まないからだ。つい我慢を忘れたり、からかうように意図的に告げる事はあるが、どれも不機嫌そうな顔をされる。今は既に寒さのせいで相当機嫌は良くないようなのだから、間違っても言うべきではないだろう。
まあ、実際可愛いのだけれど。可愛いのだけれども、滑稽だろうとも思う。惚れた欲目と、バーナビーが実の所シュテルンビルト中に見せるクールでスタイリッシュな姿だけでなく、育ちきらない子供のような幼さを同居させたアンバランスさを持ち合わせていると知っている虎徹だからこそそう思うのだろう。
冷静に見れば、身長百八十を超える鍛え切った体の持ち主が愛らしいもこもこに包まれているのは、恐らく滑稽だろうし不可思議な情景だろう。
「なんでこんな寒いの?」
「なんか、壊れたみたいで……」
もぞもぞと椅子の上で小さくなりながら、視線だけを向けて来る。相変わらず小さな声なのは、もしかしたら大きく口を開きたくないだけかもしれない。
「帰った時は大丈夫だったんですが、急に、冷え始めて。どうやら冷房に切り替わってたみたいなんですよ」
結局何をどうしても戻らないので、寒さに負けてベッドに引きこもったらしい。すっかり冬の気候になっても革のライダース姿を保っている彼ではあるが、あれも仕事の一環らしい。厚着はスタイリッシュなバーナビーに似合わないと意地を張っているだけで、本当の彼は相当の寒がりだ。いつもの彼なら早急に修理を手配しているだろうし、美意識に合わないピンクのもこもこに包まれる筈もないのだ。相当、思考力が低下しているらしい。
浮かぶ笑いを押し留めるのはなかなかに難しく、遂に我慢仕切れずに吹き出してしまった。
「お前らしくもない。だから、俺んちだったの? だったらさっさと行っとけば良かったのに」
「あなたが来るって分かってるのに?」
「メールすればいいだろうが」
ああ、そうかなどと感心している彼は、やはり日頃の姿が見る影もない。口から飛び出そうとする「かわいい」の言葉を再び飲み込んで、代わりに可愛いフードに包まれた頭をわしわしと撫でた。
「これ、あったかい?」
「寒いです」
「もこもこなのに?」
「もこもこなのに」
不機嫌そうに唇を尖らせた姿にたまらず、腰を屈めてキスをする。驚いた表情は摺り合わせた唇の温度に負けたのか、縮こまっていた腕が伸びて来て、首に絡められた。
「こてつさん、あったかい」
「ん、お前より体温高いしな」
「寒い……」
ぎゅうと抱き寄せられて、頬を寄せられる。日頃からひんやりしている彼は、寒い寒いと訴えるだけあって、今日は一際冷たく感じられた。首の後ろからシャツの中に突っ込もうとしている手にひっと背筋が伸びる。
「バニー、何してんの」
「虎徹さんあったかい」
「いや、だから」
きちんとネクタイが締められたままの襟首は、手が入る込む程の余裕がないと分かったのか、バーナビーの手はネクタイを引っ張り始めた。逆の手で背中を引き寄せられているから身動きは余り取れない。
「バニーちゃーん?」
「寒いんです、虎徹さん」
簡単にネクタイを解いて、ひとつめのボタンを外された。
状況が状況ではあるものの、まだまだ早いだろうと思っていたものを連想させられてさすがにいたたまれない。そわそわとした気持ちはそうじゃないと分かっているのに、もう少し味わいたくなった。
ひとつ、ふたつとボタンを外されて、滑り込んでくる外気は寒い。けれど体の真ん中が暑いような気がした。
「こてつさん……」
強請るように見上げられて、こくりと息を飲む。
勘違いするな、と言い聞かせながらゆっくりと顔を寄せ、唇を重ねる。自制して触れ合うだけに留め、白く冷たい指先が肌に触れるのを、息を詰めて迎え入れた。
感じた温もりにだろう、バーナビーがほっと息を吐くのが分かる。
安堵仕切っている姿は、嬉しい。こうやって甘えられるようになったのも最近の事で、それすらもまだぎこちなかったはずだ。素直に手を伸ばしてくるのは、単にこの寒さで思考が緩んでいるせいに過ぎない。
遠慮しない手のひらはシャツの下に着ているアンダーの下にまで入り込み、背中に回る。滑やかな手のひらが気持ち良い。ぞくりと体を震わせるのは、ずっとまだ期待してはいけないと押さえ込んでいるものだ。鼓動が煩いくらいに跳ね回っているのが分かる。けれどこれは自分ひとりが見舞われているものだと何度も頭の中で言い聞かせたのに、こちらの自制など知らないバーナビーは焦れたように触れただけの口付けを深めようとした。
「……っバニー、ダメ!」
慌てて、体を引き離した。もこもこに包まれた肩を掴んで押しやり、息を詰める。
突然引き離されて驚いた顔をしたバーナビーだったが、拒絶された事を理解するとじわじわと表情が落胆に染まって行った。中途半端な場所に留められていた手が、ぱたりと膝の上に落ちる。
「ごめん、なさい」
「あ、いや」
「すいません、甘え過ぎました。あの申し訳無いのですが今日は」
固くこわばった表情のまま視線を逸らし、早口で告げられる言葉に虎徹は慌てた。誤解させたと気付く。違うと遮ってやめさせたいのに、じゃあどうしてかを説明出来る筈もなくて、しょうがないから言葉を紡ぐ唇を無理に覆ってさっき彼が望んだ深いキスを与えた。
「……っ」
ああ、もうどうにでもなれ、だ。
強く抱き寄せて、舌をバーナビーの口内に突き入れる。寒い寒いと凍えている彼の内側は、熱いくらいに暖かくて頭がバカになってしまいそうだった。背中に回した腕で、フードに包まれたままの頭を逃がさないように押さえ込む。もこもことした感触は悪いものではなかってけれども柔らかな髪に触れたくて、引き下ろした。
「……ふ、ぅん……っ」
きっと、寒かったのだろう。腕の中の体はぶるりと震えた。
柔らかな髪、その下のうなじをくすぐるように撫でた自分に、さっきまでの自制はもうなかった。
「こ、てつ……さ、こてつ、さ……っ」
窮屈な椅子の上、前のファスナーを降ろせば剥き出しになった肌にむしゃぶりつく。
足を広げさせ、その間に入った体は押しのけられる事はなかった。さっきまで寒い寒いと訴えていたくせに、大きく開いた上着も引き寄せる事はしない。白くて綺麗な肌を舐めれば、ひくりと体が跳ね上がる。髪を撫でる手が時折びくりと強く引っ張り、伝えてくる痛みにぞくぞくと背が震えた。
「まだ、寒い?」
薄いピンク色をした慎ましやかな乳首に舌を這わせて、視線だけを上げて問う。眼鏡をしたままだからきっと彼にも見えているだろう。重なった視線が恥ずかしそうに外れて、ゆっくりと首を左右に振る。
「あ、つい……」
「ん」
言葉の通り、じわりと彼の体からは汗が滲んでいた。滑らせた手のひらが引っかかる感じがして、それだって頭を茹だらせそうだ。最初は寒さにだろう尖っていた乳首は、今は与えられる刺激のせいで反応している。唾液に濡れテラテラ光るのはガツンと来るくらいに視覚的にヤバかった。部屋に踏み入れた時、バーナビーと同じように寒いと思っていた筈なのに、虎徹だって既に熱い。充満する興奮が鼓動を早め、押し出された血液が巡って体温を引き上げている。先程バーナビーに緩められた襟元は、自分の手で更に広げてシャツは脱ぎ捨てた。床に落としてアンダーのシャツ一枚で自分とは違う白い体にのし掛かる。
同じ筋肉に包まれた、間違える事も出来ない男の体だ。今までだってそうと意識していなかった頃から何度だって見ている。なのに、これ以上もなく欲を煽っていた。
舐める肌は痺れるように甘い味がする。ひくんと返される反応だって甘い。
暖房が壊れた筈の室内は、ふたりの周囲だけ温度を上げてとろとろと濃度すら上がったような気がした。
まだまだ出番がないだろう、と思っていた欲だった。突然に機会を与えられて、戸惑ってすらいる。きっと怖がるだろうと思っていたバーナビーの方が従順に受け入れているように思えた。少しでも知識があって良かったと熱に茹だった頭が少しの冷静で思い、けれど吐き出す息と共にすぐさまどこかへ散ってしまう。
「……ぅ、んっ、ぁ」
脇をくすぐれば、溶けた声を上げながらバーナビーが悶える。くすぐったいだけでない反応にどんどんストップは効かなくなる。腹の下にあるバーナビーの下肢は押しつけるような固さを示していた。ちゃんと気持ち良いのだ、彼も興奮しているのだと思うと、一足飛びに彼を揺さぶりたい欲求に駆られてしまう。
「バニー」
「……ぁ、こてつ、さ……ん」
濃い翠が薄い涙の膜で濡れていた。ぞくぞくと背筋を快感が駆け上がり、思わず唇を寄せていた胸に噛み付く。
「ぅ、あぁっ」
もこもことしたピンクに覆われた場所は、感じる筈がないのに熱さを増したような気がした。いつものベルトとボトムではなく容易に取り去れるからこそ、焦らしたくなる気持ちにしたがって厚い生地越しに触れてみる。しっかりと反応したものが手に触れて、だけど不似合いな柔らかさが間にあるのでもどかしさに包まれた。
「ふ、ぁ、……ん」
「足、上げて……そう、乗せられるか?」
「……は、い」
滲んだ涙を目尻に乗せて、バーナビーは言われるままに折り畳んだ足の先を椅子の端に乗せた。右足を先に、追って左足も。狭い場所で大きく開かれた足は、滑稽な可愛らしい姿でもある。息を吐き出して興奮を逃し、可愛いなと過ぎった気持ちを胸の内で大事に抱き寄せた。
「バニー」
足を撫でて、乗り上げて唇を重ねる。触れた途端眼鏡の向こうのまぶたが落ちた。素直に委ねられる事が嬉しくて、もっともっと大事にしたくなる。
「してもいい?」
唇は触れ合わせたまま、自覚出来る程の甘ったるい声で尋ねる。
引き上げられたまぶたの間から、少しだけ覗く翠がぼんやりしていた。
「この先、してもいい?」
何を言われているのか、きっと彼は分かっていない。だからもう一度繰り返せば、ぱちりとまばたきをして翠は更に見えるようになる。
「セックスして、いい?」
「……いい、です。でも」
「ん?」
「ベッド、行きたい……です」
「うん、そうだな」
触れ合ったままの唇を舐めて、まるでこの先を示すように彼の中へと舌を沈める。
「ん……っ、む、ち、が……ぁ……っんっ」
いやいやとむずがるように首を振ったけれども、体に沿わせた手を蠢かしながら言葉を奪うキスを続けた。ピンクのもこもこを押し上げる場所を、自分の反応しているものでぐりぐりと押しつけて、じんと痺れた快感を受け取る。胸を撫でて脇へ滑らし、しっかりと付いた筋肉が作る凹凸を指先でなぞる。びくびくと快楽に震える体は体重で押し込めた。
こんな所で、とは思う。
バーナビーの言う通り、最初くらいはベッドでするべきだとも。
だけど、そんな理性が上手く働かない。寒さで手放したバーナビーの理性がもたらした現状が、虎徹の理性までも溶かしてしまった。
セックスの動きを模して、腰を動かす。押しつけてもどかしい快感を感じながら、確実に高められていく。奪い合うキスに苦しそうな声を上げるバーナビーが、耐えきれないとばかりに首を強く振って振り解いた。
「あ、ダメ、ぁ……っん、んん、で、る……っ」
ぐう、と背中に回された手が強くシャツを掴み、下敷きにした体が反り返った。むずがるように首を左右に振り、追いかける髪がばさばさと音を立てる。
「や、だめ、だ、め……ああああっ!」
びくん、と強く跳ねた体がカタカタと震えてバーナビーが達した事を知った。じわりと重なった場所に濡れた感触。同時に、目の前で固く閉じられたまぶたの間から涙がするりと落ちた。
荒い息を繰り返し胸を喘がせるバーナビーにたまらない気持ちになったが、バックルすらも緩めていない自分はこれ以上のものを受け取る訳にはいかない。
「よ、よごし……て、しまいました」
「ん、いいよ。後で洗おう」
それに、どうせ受け取るのならばバーナビーの中がいい。
ぐたりと弛緩した体を抱き起こして、椅子から降ろす。真っ赤に紅潮した顔は吐精したからこそ増した色気を振りまいて、彼がもう寒さを感じていないから、達したからと言って終わりにする事など出来なかった。
「ベッド、行こっか」
「……はい」
余程疲れた出動時でもありえない、全ての体重を虎徹に預けた姿勢のまま、こくんとバーナビーは頷く。彼もこれで終わりだとは思っていないようでじわりと嬉しくなった。
抱き合ったまま寝室に入り、ベッドに倒れ込む。さっきまでバーナビーが潜り込んでいたベッドはくしゃくしゃに乱れていたけれどもリネンはつめたく冷え切って、そこで始めてお互いの体温に気付いたようだった。
間接照明の明かりの中で、くすくすと笑い合う。余裕のなかった自分達を笑い、だけど合図もなしに重ね合った唇がまた再び余裕をはぎ取って行く。
吐きだしたもので濡れたバーナビーのボトムを脱がせて、着たままだった上着だってはぎ取った。自分も窮屈に締め付けていた下肢を緩めて、一枚だけ残ったシャツが妙に滑稽で笑って脱ぎ捨てる。
素肌同士で触れ合えば、それだけで達してしまいそうなくらいに気持ち良かった。
動けば触れる、体温の移っていないリネンに時折我に返らされつつ、もぞもぞと動く白い体を堪能する。確認もなく、抱くつもりでいた。バーナビーが察したようにベッドサイドから小さなボトルを取り出した事で、確認は必要なかったのだとも分かった。
「……どうしたの、これ」
「必要、らしいので。用意してました」
初心で、きっとこういった事はまだまだ無理だろうと思っていた自分も間違えていたらしい。
思えば、バーナビーがいくら自分よりずっと若くて世慣れない面を持っていたのだとしても、もう二十五になる立派な青年なのだ。情報収集能力は高く、実行力だって十分以上にあって、欲だってちゃんと持ち合わせている。一度覚えたキスはあんなにも余裕なくしょっちゅう交わされていたのに。
可愛い可愛い、と繰り返す虎徹をバーナビーは嫌がった。それもその筈だ、可愛いから腕の中に閉じ込めて過保護に大事にしたいと思った自分の気持ちをきっと彼は見透かしていたのだろう。ちゃんと自分は対等に向き合えるのだと、主張していたのだ。
「悪かった」
勝手にした反省の言葉は、もちろんバーナビーに伝わる筈もない。首を傾げた彼にキスをひとつ送り、用意してくれていた自分達には必要なものを手のひらに零す。
「こっちでいいのか?」
今更必要ではないだろうが確認の言葉を口にすると、真摯な瞳がまっすぐに虎徹を見詰めて、しっかりと頷いた。
「虎徹さんが、こっちがいいのなら考えますが……」
「んー、出来ればさせてもらいたいかな」
「なら、それで」
浮かべられた笑みが幸せそうで、胸がいっぱいになる。キスを無数に降らせてくすぐったさに更に笑みを深めさせてから、濡らした指をバーナビーの後ろへ添えた。立てた足、腰の下にはクッションを敷いて受け入れる場所は恥ずかしいだろうにちゃんと晒してくれる。
「痛かったら、ちゃんと言えよ?」
「……はい」
小さな声は寒さからではなく、恥ずかしさからかもしれない。くちりと濡れた音をさせ触れた場所を確認するように何度も撫でて、つぷりと中に押し込んだ。
指が感じる熱と固さに、興奮と心配がない交ぜになる。受け入れるバーナビーを確認して、大丈夫だと自分を奮い立たせた。中を拓き、馴れさせて行く動きの中で徐々に固さが取れ、バーナビーの緊張もほぐれて行く。漏らされる淡い声と指が感じる締め付けと溶けた柔らかさに頭の芯がぶれそうなくらいに興奮した。押し入って揺さぶりたいという乱暴な男の欲を、視線をスライドさせてバーナビーの姿を見る事で愛おしさへと引き戻し、一緒に気持ち良くなりたいと望む。
少しはあった知識のおかげで、バーナビーの良い場所だって見つける事が出来た。挿入で互いが達するのはなかなかに難しいとも知っていたけれども、出来れば得たいと思っていた。
前立腺を見つけ、ぐっと堪えたようだったバーナビーが耐えきれないとばかりに甘い喘ぎを漏らすのを耳に受けて、寒さなんてどこの世界の話だと笑い飛ばしたくなるような熱さで汗をしたたらせる。
「……も、もう、だい……じょうぶ、だと、思います……か、らっ」
足でシーツをひっかき、お願いとバーナビーが強請った。
白くて重い足は、彼の武器だ。それを持ち上げて、大事なものだとキスを落とす。共に戦ってくれるバーナビーをたまらなく愛おしく思いながら、緩んだ場所へと痛い程に勃ち上がったものを押しつけた。
「……ん、ぁ……は、いって……あ、あっ」
「す、ご……バニ、すげ……」
はぁはぁと息を荒げて繋がろうとする自分達は、滑稽なのかもしれない。
だけど溢れんばかりの幸せが満ちていた。
根元まで受け入れてもらって、体を折って抱き締める。すぐに回された腕も強い力で抱き締めてくれた。
「入ったぞ」
「……ええ、入ってます」
額を合わせて不似合いにくすくす笑い合い、嬉しくてキスを繰り返した。
気持ち良くてこれだけでも十分だった。けれどきゅんと締め付ける場所に唆されたように、腰が勝手に動き出す。
浸食する快感がどんどん領域を広げて、さっきまで感じていた幸福感を更に強くさせた。ああ、なんて幸せなんだろうと思いながらどんどん全ての幸福に働きかける感覚は強くなっていく。
「……っ、あ、こてつさ……こてつさん、きもちい……っ」
バーナビーが譫言のように喘ぐ。それに答えて、好きだと繰り返す。
じわじわと高まる熱を存分に味わい、爪先から髪の一本一本までも満たされて熱を吐きだした。満たされる感覚は、例えようもない充足を与えてくれた。
「こんなつもりじゃなかったんだけどなぁ」
ぐたりと脱力した後でバーナビーを抱き締めて、呟く。
「不本意ですか?」
「まさか」
近すぎる距離にある表情は微笑んでいて、言葉のように彼が危惧していた訳ではないのは誰にだって分かっただろう。もちろん虎徹にだって分かった。
「もっと時間掛けるつもりだった」
「……不本意です?」
「だから、まさか!」
ちゅ、と音を立ててキスをする。くすくすと笑うバーナビーがくすぐったそうに肩を竦めた後で、同じようにキスを返して、額をくっつけたままでほぅと息を吐いた。
「もう寒くない?」
「ええ。……あのもこもこより、虎徹さんがいい」
「暖かくなかったんだろ?」
「……実は、それなりに」
「え?」
「結構暖かかったですよ?」
ちろりと見上げる視線に、苦笑した。まんまとやられた訳だ。あのおぼつかないバーナビーの姿は、果たしてどこまで本当だったのだろう?
「どうせなら休み前にしてよ、バニーちゃん」
あーあと笑って大の字になれば、だって空調が壊れたのが今日なんですからとバーナビーはしれっと言い放った。
なるほど、可愛いバーナビーはどうやら虎徹の幻想だったようだ。
あのピンクは可愛かったから、また着てもらおうとは思うけれども。