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まったくなんて事だろう


 最近、ゾロが異常だ。
 ふたりきりの時に限って「おい、パンツみせろ」と言うのだ。しかも真顔で。そのたびにコリエを決めているが、正直不気味だった。
 偶然風呂で一緒になった時は身の危険を感じたが(どうして男が男相手に!)、中身には用はないようだった。あくまでヤツの狙いはパンツなのだ。
 その日、風呂から上がったら脱いだはずのパンツが行方不明になっていた。
 犯人は分かっている。
 だが、このような真似をしでかした変態を相手にすることが少しばかり怖かった。
 そのパンツをどう使うのか不明ではあるが、せめて日中にやりあいたいと思って、サンジは部屋へ戻った。要するに逃げたのだ。
 その翌日からもゾロの「パンツ見せろ」攻撃は続いた。一枚盗みやがったくせにそれだけでは足りないらしい。思いっきり回し蹴りを決めた後、同じ甲板でくつろいでいる女性陣に聞こえないように小さな声で「お前一枚盗んだろ」とすごんでみせる。
 すると、ゾロは全く悪びれた顔もせずに肯定した。
「でもあんなんじゃたりねェ」と、こっちより先に不機嫌な顔をされてしまった。
 やっぱ中身付きじゃねェとな、とつぶやかれて鳥肌が立った。コイツの頭は大丈夫なんだろうか。
 早くこれは誰かに相談した方がいいんじゃないだろうかと思った。
 だがどう相談すればいいのだろう? ゾロが変態です? まさか素直にパンツ見せろと言われるんだと訴える訳にはいかない。
 昔に比べて、年上の乗員も増えたし信頼して相談する事も出来る。だが、この件に関しては…
「どうした、あんちゃん。しけた面ァして」
 サニー号のキッチンで野菜を刻んでいると、外の陽光がすっかり逆光になって表情のわからないフランキーが立っていた。
「コーラか? ちょっと待ってろ」
 敢えて最初の言葉は聞かなかった事にして、冷蔵庫へ向かう。
「なんかあったのか? 冴えねェ顔してんなァ」
「なあ、フランキー」
 冷蔵庫に向き合って、コーラを探している風に装ってさりげなく聞いてみる。
「パンツ見せろって言われたら、どうする?」
「はァ? どうするもこうするも、こりゃあおれの一張羅だ! 見たいだけ見せてやらァ」
 ああ、相談相手が悪かった……。
 諦めて、コーラを手渡す。
 そう言えばこの男も変態だった。
「そこは見せてやれよ、男前に!」
「ああ、…考えとく」
 早速コーラをお腹の冷蔵庫に詰め込むフランキーをぼうっと見た。
「んじゃな、ありがとよ!」
 相談事にも乗り、兄貴らしいことをした上に燃料は満タン。満面の笑みで出て行ったフランキーの背中に蹴りでも食らわしてやろうかななどと物騒な事を思いながら、夕食の準備を再開させる。
 広くなったサニー号にはそれぞれの作業場所があるせいか、以前程ラウンジに人が集まると言うことがなくなった。少しばかり寂しいのはナイショのお話だ。食事時と、その前後のわいわいした雰囲気だけで満足せざるを得ない。ウソップ工房があればまた他愛もない話として繰り出せたのになァなんて、ちょっとだけ拗ねた気持ちになる。
 それにしてもゾロはどうしてしまったのだろう。
 ホモに走ったのなら、対象が自分でない限り文句を言うつもりはない。好き勝手にやってくれと言うのが本音だ。だが、あのパンツにこだわる姿はただの変態にしか見えない。
 しかもやけに緊張を強いられた風呂では何も仕掛けてこなかったのだから、中身には興味がないと来てる。変態としてもどんな種類の変態だ? 少なくともフランキーのそれとは別だろう。あれは分かりやすい変態であしらいやすい。
 考え事をしていたせいか、少々みじん切りにしすぎたたまねぎをフライパンに入れ、じっくりあめ色になるまで炒める。量は大量だ。今日はルフィのリクエストでハンバーグなのだ。手間は掛かるが固まり肉より消費が若干ではあるが少なくはあるので良い。それにハンバーガーの好きなフランキーもいるので、バンズも焼いておけば尚喜ばれることだろう。
「おい」
 戸が開いたことは分かっていた。気配から誰かかも。伊達に一年近く同じ船に乗っていないのだ、二年離れていようと大体のメンバーの気配は理解できる。
「おい、無視すんな。パンツ見せろ」
 無視。無視無視無視。今おれは忙しい。たまねぎを焦がせばハンバーグは台無しだ。
「おいっつってんだろ、クソコック」
「うるせぇ、今忙しい。焦がしたらどうする」
「お前ならぱぱっと出来んじゃねェの? まあどうでもいいから、パンツ見せろよ」
 なにが、「まあどうでもいから」だ! 怒鳴りたい気分を深呼吸3回でなんとか落ち着かせ、とにかく「忙しい」の一点で押し通した。
「それじゃあ、忙しくないときにな」
 と、戸を出て行くときにまるで確定事項であるかのように言い捨てて言ったが、否定のしようもなく扉はパタンと閉じてしまった。


 どうしよう、貞操の危機だ。
 いや、中身には興味ないんだからそういうわけじゃないのか?
 だがパンツ見てあいつは一体何をしたいんだ?
 変態だからか? もしかして他のヤツにもブルックよろしくパンツ見せろと言ってるのか???
 頭の中は疑問符だらけだ。だからナミが現れたことにも気がつかなかった。
「どうしたのー、サンジくーん?」
「なななななななみさァん!!!!!」
 美女に対する耐性はそこそこ出来てきた。だが、まだ不意打ちはダメだ。彼女らは2年の間に美しくなりすぎた。もとより好みど真ん中だった彼女はぼいーんのばいーんで、キュートだった表情は色気すらただよっている。
「入ってきたのに無反応だったから治ったかと思ったのに、まだ無理そうね」
 うーん、とナミは顎にこぶしを当てて考え込む。このままじゃあこまるのよねーと言いながら。
「まあいいや。なんかドリンクもらえる? 喉渇いちゃった」
「喜んで!」
「ところで何か考え事? 私にも気付かないくらい」
「いや、ナミさんの耳に入れるにはバカバカしすぎることだよ、気にしないで」
「そう? 食料危機とかじゃないわよね?」
「大丈夫、しっかりあるよ。後1ヶ月は余裕で持つね」
 手早くアイスオレンジティをいれ、ナミに手渡すと、珍しく彼女はその場を去らずにカウンターに座り、飲み始めた。
 今日の彼女の姿はキャミソールに膝丈のパンツだ。胸元がなんともなまめかしい。
「またゾロと喧嘩とか? 2年たってもさっぱり変わってないんだから」
「いや…喧嘩って訳じゃないんだけど」
「けど?」
 鋭くナミは気弱っぽくなったサンジの語尾を突いてきた。
「なんかあいつ、最近変なんだよ。変態っつーか、まあ前から鍛錬フェチで普通とは違うけ……」  ど。
 そう言おうと思ったら、扉がばたんと開いた。
「なんだ、てめェナミとは話す暇あるんじゃねェか」
「てめェとナミさんとを一緒にすんな!」
 扉元で仁王立ちしているのはゾロだ。逆光で見えないが、なんとも恐ろしい顔をしていることだろう。多分子供が見たら泣く。
「じゃあパンツ見せろ!」
「ちょっ、てめっ」
「ふざけ…はァァ?!」
 今日初めて聞いただろうナミが素っ頓狂な声を出す。自分に言われたのだと一瞬思ったらしく、席を立ったもののゾロの目がまっすぐサンジを見ている事に気付いて愕然とした。何を言ってるのだろう、この男は。
「ナミさんの前で何言ってんだてめェ! このアホ!」
「あァ? 関係ねェだろ別に。ナミには見せねェがな」
「見たくないわよ、そんなの!」
「ナ、ナミさん…」
「なんかややこしそうだから出てく。じゃあね、サンジくん。頑張ってー」
 いかにも気のなさそうな応援を口にして、ストローをくわえながら彼女は出て行ってしまった。
 これで、再び二人きりになってしまった。しかもたまねぎは既に炒め終えている。もちろん作業はまだまだ鬼のように残っているが、ひと段落ついたと言えばそうなる。
 じり、とカウンターがあるからそんなはずはないのに、今にも乗り越えてこちらへ彼が来てしまいそうで悔しくもサンジは後ずさりをした。
「その、おぱんつをだな、見せろってのは何なんだてめェ。新しいギャグか? 寒いからやめろ」
「ギャグじゃねェしその通りだが? てめェのパンツ見せろ」
「なんだ? 俺のはいてるパンツかっけーから真似したいのか?」
「そういうのはどうでもいい。てめェのパンツ姿が見たいだけだ」
 うわああああああああああああと叫びたいのを香辛料30種類唱えることで我慢した。
「なんで、おれ?」
「さあ…なんでだろうな」
「じゃあ忘れろ。な? 未来の大剣豪が男のケツ追っかけまわしてたなんてろくなうわさになんねェぞ」
「ケツじゃねえだろ、俺が見たいのはあくまでも…」
「あああ! もういい、分かった、皆まで言うな。俺のナイーブな心をこれ以上傷つけないでくれ」
「けっ、ナイーブどころか毛が生えてるだろうが」
「てめェと一緒にすんな! コックが繊細でなくてつとまるかっつの」
「ああ、もういい」
 そう言うと、ゾロはずかずかとカウンターの入り口まで歩き進めてきた。
 びくりとして、サンジは背後の食料庫を意識する。あそこなら鍵がかかる。貞操の危機は守れる。
 その前に、蹴り出してやりたいところだが、まだ真新しいこの船に人型の穴をあけるには若干の抵抗が生じる。
「てめェがぐちゃぐちゃ言い訳するから悪いんだからな」
「な、なにが…」
「さっさと素直に見せときゃよかったんだ」
「なんのためにだよ!」
 近寄ってきたゾロへ膝蹴りをかませると、簡単に防がれてしまった。この2年、自分も十分地獄で鍛えられてつもりだけれども、ゾロとて無為に過ごしていたはずがあるまい。どんな宴会の席になっても、自分とゾロだけは2年間のことについて口を割っていないのだ。
「おら」
 ぐい、っと襟首を捕まれる。ヤバイと本能的に思った。
 あったかい手のひらが首筋に触れると、ほんのわずかな時間で意識が遠のいていくのがわかって、必死で抵抗しようとしたが何もない暗闇を掻くようでまったく意味のない行動だった。





「手間ァかけさせやがって」
 頚動脈を圧迫し、意識を失わせたサンジはあっけなくゾロの腕の中に落ちてきた。
 そのことにちょっとばかりの動揺を覚えたけど、それはまあいい。取り合えずパンツだ。
 サンジが言っていたが、何故こいつのパンツを見たいのかがよく分からない。偶然風呂が一緒になったときに脱ぎ捨ててあったそれを持って帰ったが、結局それはただの布切れでなんの魅力もなかった。
「う……」
 床に座り、同時にサンジを横抱えにして、頑丈にしてあるベルトを面倒ながらもはずす。盗んだときに知ったが、こいつのパンツはぴったりフィットするタイプのものらしい。蹴りが武器だから邪魔にならないものを選んだのだろうか?
 そこでふと気付いたのだが、見たいのはパンツではなくこいつのケツかもしれないなと言うことだった。自分の半分もないような痩身のくせに、蹴りは破壊的だ。その仕組みを知りたいのかもしれない。と、ベルトをはずしジッパーをおろすと、ようやく見たかったものに出会えた。今日はグレイらしい。盗んだものは黒だった。
「ふぅん」
 鼓動がどきんと跳ねているのを自覚している。だが、あえてどうでもいいことだと思わせるために淡々とした声を出した。
 くんにゃり意識を失ったサンジの体は抵抗のかけらもない。全部脱がしても気付かないんじゃないかと頭をよぎる。
 いやいやと頭を振って、とりあえずパンツだとスラックスを脱がし始めた。
 ここはラウンジで、公共の場で、夕食準備の時間。すぐに見える場所ではないものの、さっきのナミのようにいつ誰が入ってくるか分からない場所だ。急がなければならない。
 スラックスをずらして全て脱がせると、筋肉のしっかりついたしなやかな足が出てきた。
「いい肉、ついてんな…」
 上がる息は感心の為とごまかした。
 パンツの上からケツをなでると、そこもしっかりと固い。あの蹴りの原動力と思えば納得もいく。
ーーこの中に突っ込んだら気持ちいいだろうなァ……
 いやいやいや。
 瞬間描いたそれをあわててかき消して、スラックスをはかそうとした。だが、脱がすのは簡単だったのに、力の抜けた体では履かせることは難しいのだ。
 その間に、どんどん欲が出てきた。
 パンツ越しじゃなく、そのケツを見てみたい。そんでもってこいつの前も見といてやりたい。
 これには自分突込みが入らなかった。
 ので、素直に行動に移すことにした。ただ、この格好もそれなりだが生ケツを女にでも見られたらかわいそうだなァとは少しばかり思ったので、そのままひょいと抱え上げると隣の食料庫に入って行った。そしてランプに火を灯すと内側から鍵をかける。これで、誰にも見つかることはない。
 満足のうちにサンジのパンツをずらした。仰向けに転がしていたので、まず目に入るのは柔らかな茂みと萎えた性器だ。それを見てまず、ゾロは衝撃を受けた。なぜなら、自分のものとは違いすぎたからだ。他の男のものなどじっくり見る機会はない。だがそれにしてもこんなに違うものなのだろうか?
 淡い髪より濃いぽわぽわした下毛と、萎えた性器は先端だけピンクで全体は白い。そしてちっちゃい。ノースの男は膨張率がすごいと聞いていたが、それにしてもこんなちんこじゃしょんべんするとき面倒じゃないんだろうかと子供のようなそれに関心する。
 おもわず自分のと比べたくなって、自分のものをフロントをくつろげるだけでぽろりと出した。全体的に赤黒く、萎えているのは同じだが5倍くらいの大きさがある。ちんこにもいろいろあるもんだと感心し、サンジのパンツに戻った。肝心のケツを見ていない。
 裏返すと、「うう、う……ん」と弱弱しい声がした。
 ずるっと剥いたパンツの下はやっぱりしっかり隆起した筋肉に覆われている、感心できるくらい美しい筋肉だ。色が白いので、筋がしっかり良く見えるのだ。
「ん……ん?? あ? なんでここ…食料庫?」
 不味いことに、サンジが目を覚ました。まあ、目的は達成したからいいようなものだが。
「あっ、てめェっ! つか、なに出してんだよ、おったててんだよ!!!」
「は? あ、なんでだ?」
 自覚する間もなく、ゾロの性器は立派に勃起していた。
「な、なにが……中身興味ないんだよおれ…風前のともし火じゃん、おれの貞操!」
 自分の格好に気付いたのだろう。ゾロが適当に脱がせて放りなげた下着を探している。ちなみにスラックスはそう言えばカウンター裏に置いたままだった。
「貞操、か。そうか、おれはてめェをヤりたかったんだな」
「はァ? わかってなくてあんな変態行為起こしてやがったのか?!」
「ああ」
 堂々と言い切る姿に、サンジは眩暈がしそうになった。パンツだけにこだわってくれてれば良かった、とも思えるが今はもう遅い。
「ちょうどいい、ヤんぞ」
「バカかてめェ、なにがちょうどいいんだ、おれにはちょうどもなんも良くねェ!」
「じゃあてめェのズボンは返さねェ」
「……くそ、なんだその人質。つか、ねェし」
 周囲を見回して、ようやくゾロの言う意味を間に受けるしかないことに気がついた。
「無理だ、おれ、女専門だし。男とどうこうとかそういう……うおおおぅ」
 ぐるん、と真面目にお断りを入れているところへ、体を見事に反転させられた。
「ケツ使うんだよな、男同士のセックス」
「ちょっと待て、なあ。待てって!」
「さすがに濡れねェか。……傷薬持ってたな」
 ごそごそと動く気配がする。
 抵抗すればいいのだが、なぜかサンジの体はじたばたと末端が動くだけで、逃げれないのだ。
「関節押さえてるから、逃げれねェぞ」
「ちょっ、かんべんしてくれ…ホモになんかなりたくねェ!」
 尻に冷たい感触と、ゾロの指の熱さを感じる。ぞくりと全身に寒気のような震えが走った。
「ホモじゃねェよ、おれとお前がするだけだ。ホモっつーのは男なら誰でもいいんだろ?」
「そりゃ偏見だろ。女の子ちゃんだって男なら誰でもいいって…っっ」
 ぐるり、と粘着質ななにかを尻の穴の周りに塗られる。
「訳じゃ、ね……やめ、ほんとに……」
 そしてそのまま、ぐりっと指が内部へと入ってきた。潤滑剤を用いられているとはいえ、違和感が激しい。素直に言えば気持ち悪い。
「やめてくれ、た、たのむ」
「お前がな」
 指をぐりぐり動かされて、思わず涙が出そうになったときにゾロが言う。
「そういう殊勝な態度に出れば出るほど、その気になっちまう。良く覚えとけ」
「…!!!」
 それでは、抵抗の余地がないではないか。
 どうすればいいんだとぐるぐる頭の中をさまざまなことが駆け回るが、どうしようもない。
 二本目の指が入れられる。圧迫感と違和感は更に増す。
 そして、三本目。
 サンジはうめき声を上げ、ぽろぽろと涙を落としていた。悲しいわけではない。気持ち悪くて涙が止まらないのだ。
「もういいかな」
 掠れた声でゾロが言うと、三本まとめて指が抜かれ、熱いものが押し当てられた。
「ゾロッ!!!」
「遅ェよ、もう引き返せねェ」
 ずぶ、と入ってきたものにぼろぼろと涙が出た。

 何かを裏切られたような気がした。





「なにー、また喧嘩してるの?」
 昨晩は、ハンバーグをしっかり作った。いつもより若干時間は遅れたがそうとは気付かれない程度の遅れだったはずだ。フランキーのバンズのおかげだったと言えるかもしれない。焼きあがるのに時間が掛かったのだ。
 そして、今朝だ。
 一晩たって内臓がひっくりかえるかのような痛みに襲われていた。昨日は衝撃の余り気付かなかっただけなのだろう。
 気鬱な表情でキッチンに立ち、これは別にいつもどおりとも言えるがゾロと一言も話をしていなかったのだが、付き合いの長いナミには彼らの不和は良く分かる。
「んー、ちょっとね。昨日やりあっちゃって」
「空気悪くなるから、早めに仲直りしちゃってよ」
「はぁい、ナミさん」
 とは言っても、これは無理だろうとサンジは諦念を抱いていた。あれは仲間として絶対的に許されないことだった。サンジはゾロを許せそうにない。最低限、サンジはこの船のコックだ。食事は提供する。ルフィの選んだ仲間を飢え死にさせるようなことはさせない。だが、それ以上は無理だった。
 ゾロとサンジの不和は別として賑やかに朝食は終わり、片付けの時間がやってきた。全員が部屋を出て気が抜けた。サンジは、その場で座り込んでしまった。
「おい」
 かちゃり、と音がする。
 それは幾度も幾度も。
「大丈夫か」
 今、一番聞きたくない声だ。
「チョッパーを呼んだほうがいいか?」
「どう説明するつもりだよ! てめェに強姦されたから調子悪いとでも言うつもりか!」
 がばっと顔だけを上げると、音で想像はついていたがらしくもなくゾロが朝食の後片付けをしていた。
「昨日は……悪かった。止まらなかった」
「けッ、そう言っときゃあ次が出来るもんな」
「いや、そういうつもりはない。本当に悪かったと思ってる。酔ってるみたいだった」
「今でもおれのパンツが見たいか」
「見たい」
「……お前、死ね」
 重ねられた食器をシンク前のカウンターに置き、困ったような顔でゾロはサンジを見る。凶悪さは変わらないので、それが困った顔だと理解するのはなかなかに難しいのだけれど、長くなった付き合いでそれくらい分かるようになってしまった。
 分かるくらいに、長く一緒にいてしまった。
 それなのに、裏切られた。
「おれは、船に一番についた」
 とつとつと、彼は勝手に話し出す。サンジは動けないので聞くしかない。
「誰もいねェのは珍しい、特にお前がいないのが意外だと思った。真っ先に帰ってくると思ってたからな」
「一人の船は、広かった。そのうち、ひとりふたりと帰ってきたけど、船はやけに広いままだった」
 なんか居心地が悪くて、ゾロはつりに行く事にした。
 間違えて乗った海賊船を斬って、その目の前にいた存在を見たときに、気付いたのだ。
 ああ、そうか。こいつがいなかったせいか、と。
「お前は、この船にいねェとダメだ。おれはお前にひでェことした。自覚してなかったけど、けど、多分そのうちきっと同じことをしてただろうな」
 昨日の夜、ボンクがやたらゆれて、ゾロもまた眠れてないのだろうなということは分かっていた。珍しいこともあることだと思っていたが、ざまあみろとも思っていた。
 そんなことを、彼は昨晩考えていたのだ。
「てめェのケツが気になってしょうがなかったんだ。パンツがどうなってるか知りたかっただけだと思ってたんだけどな。だからーー許してもらおうとは思わない。お前が許さないなら、おれは船を下りてもいい」
「アホ、ルフィにはどういうつもりだ」
「どうとでも」
「おれはてめェを許すつもりはねェよ」
「ああ、分かってる」
「だが、理由があれば別だ。てめェ、おれに惚れてるんだな」
「………さあ」
「さあ、じゃねェだろ。てめェの話聞いてたらそうとしか思えねェ。それ、はっきりさせてこい。そんで、チョッパー呼んできてくれ。多分熱がある。解熱剤だけでも飲んでおく」
「わ、分かった」
 はぁ、とため息を落としてから瞑目した。
 なんてこったと思った。ゾロに惚れられるなんて想像の埒外だ。しかも抱かれるなんてありえない。自分は女の子が好きで、だけど、誰かに惚れてるヤツのことをないがしろには出来ないときている。
 心優しいコックさんだねェと自嘲しながら、煙草を抜き出して一本吸った。吸い終わらないうちにチョッパーが飛んできた。
 ひずめで額に触れ、それから本格的に体温計を預けられた。
 予想通り熱があったようで、昼ごはんは休むことを強要され、チョッパーの診察室で煎じ薬を飲んだ。
 
 ああ、まったくなんてことだろう。
2011.03.10.
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