ほんとはね
「サンジくーん、サンジくん!」
階下から呼ぶ声がして、慌ててサンジは飛び起きた。枕元の時計を見る、午前七時半、完全に寝坊だ。
「ごめん、ナミさん!」
取りあえず先に声だけを返して、惨憺たる有様の状態である自分をどうしようかと考えあぐねた。やっぱりシャワーだけでも入ってから眠るべきだったと思った。今からシャワーに入っている時間はない。
「なに? 今日も学校行かないの?」
「いや、気が向いたら行くよ」
しょうがないので少し大きめのジャージ姿で降りて、おはようの挨拶を交わすと彼女は呆れたようにため息をついた。
「いくら放任主義だからって、留年はしないでね」
「心配してくれてるの?」
「授業料のね」
「そんなナミさんも素敵だよ………」
現在、高校2年になったばかりのサンジはとにかく学校へ行かない。行くのを面倒臭がる。公立とは言え学費が発生してるのだから、無駄遣いを許さない一歳違いの妹は文句を言うが、それでもなかなか改まらない。彼女には非常に甘い兄なのに、何故だろう、まさかイジメでもあるまいしと首を傾げているが、真相は闇の中だった。
代わりにと言うか、家事一切を取り仕切ってくれているのでありがたくもあり、今もトーストにカフェオレ、サーモンサラダを出してくれている彼には感謝もしているのだけれど。
「おう……」
「おはよ、今日は朝練じゃなかったのね」
「先週で終わった、おい、メシ」
「分ァってる」
もう一人の兄が降りて来た。次兄のサンジよりよっぽど寝汚くて遅刻しそうなものなのに、皆勤賞を毎年受賞している長兄はナミのふたつ上だ。高校3年で、剣道部に所属している。いわゆるスポーツ特待にあたるので、おつむの出来はちょっとアレだが、大学の進学も今の時点で引く手あまたなのだから世の中分からない。
ナミなどは、サンジの方がよほど優秀な学校へ進学しそうなのに…と、思ってしまうのだけれど。
そのサンジはナミの分とは違って、白米に焼き魚、漬け物とみそ汁という純和風の朝食を手早くゾロの席へ並べていた。好みの違いをきちんと把握した上で、わざわざ違う物を作るのだ。こんな朝早くの時間から。偉いとしか言いようがない。
らしくなく寝坊したサンジは、対面式のキッチンの内側で忙しなく動いている。二人分のお弁当をきちんと作っているのだ。これはナミが中学にあがったときから欠かされた事がない。というか、ゾロが中学にあがった頃からだ。多分。
両親はきちんといる。だが、母は考古学者で国内に居る事の方が少ない上に、びっくりするような家事音痴な上、父も工学博士でもう10年近くアメリカへ赴任したままだった。この子供ばかりの家で、最も器用でまめだったのがサンジであり、家事に興味を示したのも彼だけだったのだ。
だから、彼はこの家のお母さんと呼んでも良い。
彼の作るご飯はそんじょそこらの高級店に引けを取らない程に美味しいので、彼ら兄妹は本当に幸せな思いをしているのだ。
「ごめん、今日当番だから先に出るね。サンジくんありがと!」
ほんの15分程度で作り上げてくれた弁当を小さなブランドロゴの入ったバッグに入れて別口で持つと、ナミはリビングから出て行った。同じ学校に通っている3人だ、出る時間もほぼ同じなのだが、先週はゾロが部の早朝練習であったし、サンジはそもそも学校へ行く事の方が少ない。
「お前、また行かねェ気か?」
「ああ。誰かさんがさんざぶちまけてくれた上に放ったらかしにしてぐうぐう寝てくださったからな」
思う所があったらしく、ゾロは黙り込んだ。
昨夜、サンジの部屋へ忍び込みベッドへ潜り込んだのは確かだ。
そして眠っているサンジの体を好き勝手に蹂躙した。もちろん途中で彼は起きたが、眠気といきなり最中の快楽で逆らう事も出来なかったようで、それはもう思う存分堪能させてもらった。あまりに奔放にサンジも感じていたので、妹の部屋が階下で良かったとすら思ったくらいだ。
「食ったらシンク入れとけよ、おれは風呂入ってくる」
「ああ」
「おじゃましたら綺麗にしとくのが礼儀だろ………ったく……だる………」
ついさっき、ナミが居た時とは態度が豹変した。そりゃああれだけヤったらだるくもあるだろう。珍しく寝坊したらしい事はナミの呼び声がゾロにも聞こえていたので知っていたので、ちょっとやりすぎたかなと思ったが、反省はしない。そういう男なのだ、ゾロは。
しばらくすると、浴室からざあざあとシャワーの音が聞こえて来た。
昨晩十分堪能したのに、少しばかり反応してしまいそうになる体を叱咤して、ゾロは食べ終わった食器をシンクへ持って行った。
長兄は、次兄に惚れているのだ。それはもう、身も世もないくらいに。
それが異常な事くらい、さすがのゾロも知っている。
だが、理性でどうこう出来ない事もあれば、どうこうしようともしなかったのが彼だった。
最初に自覚したのは、いつだったのか良く覚えていない。というより、自覚という感覚もないに等しかった。
ゾロがサンジに恋情というむずがゆい物を抱いているのはいつのまにか植え付けられていて、取り消し不可能な事態になっていたのだから。
いわゆる思春期と言われる頃、最初におかずになったのがサンジだったのだからもうこれは救われない。部活メンバーから回って来たエロ本やAVを見てもさっぱりその魅力が分からず、もしかしてこれはヤバいのではないかと思い焦った時期もある。もしかして男にしか反応しないのではないか? との疑いも抱いた。だが部活で他の仲間が着替えていてもなんの興味も抱けないし、こっそり居間に置いてあるパソコンでホモのページを見た事もあったが嫌悪感しか抱けなかった。
なのに、風呂上がりのサンジや、寝起きのかったるそうな顔をしているサンジにはやたら反応してしまうのだ。
要するにこいつ限定なのだと思えば、なんとなく納得してあきらめもついた。常識は一応知っているが、遵守するいわれもないと思っているのがゾロだ。だから、ある日、寝込みのサンジを襲った。順番を間違えたとは今では思っているが、これもまた後悔していない。なぜなら、今の所想いは違えられていないからだった。
「も……お前、ヤだ………」
カーテンを半分開き、月明かりが入るようにしておいた。色白の肌が発光するように見える。そこが淡くピンクに色づいて行く様を見るのが、ゾロは好きだ。
「昨日もだっただろ……だから俺は、ガッコ行けねェんだよ!」
「しょうがねェだろ、抱きてェんだから」
「お兄ちゃん、やめて!」
「ブッ、アホか!」
今日も今日とて、深夜を過ぎてからサンジの部屋へ忍び込む。毎晩ではないが頻繁にある事だ。連日ではないので今日は気を緩めてたのだろう、しっかり眠り込んでいた。昨日が昨日だったので、よほど眠かったのかもしれない。自分と違って彼は時間があっても昼寝をするタチではない。
「じゃあ寝かせてくれよ、さすがにねむィよ」
「寝てて構わねェぞ」
「寝れるか」
するり、とめくった毛布の下、現れたパジャマ姿の弟に手を伸ばす。なんの膨らみもない胸元に手をはわすと、ぐずるようにサンジは首を振った。
「頼む、から」
「無理」
ぐり、と親指で小さな乳首を押しつぶす。馴らされてしまった体は、小さく尖った場所への刺激を敏感に捕らえ、感じた。
「……っふ」
そのまま、パジャマに手を差し込んだままベッドに横たわる。のしかかるようにしてしまえば、サンジは既に諦めたように力を抜いていた。
口づけて、舌を絡めて、その合間にパジャマのボタンを解いていく。まだ肌寒い時期だ。せっかくの肌が染まる瞬間を見れないのは残念だけれども、サンジの手が毛布をたぐり寄せるのを妨げることはできなかった。
口づけをその合間に落として行く。首筋へ、鎖骨へ、胸元へ。さらされた場所のあちこちへ。
「ぁ……っ、っ、ぁっ」
その度に、ひくりひくりと反応されるのが嬉しい。小さな喘ぎも聞こえる。
眠る前に寝る事もある。生意気な事をいいながら喘ぎに変わって行く姿も捨てがたいが、眠っている最中に襲うと、最初から素直に喘ぎだす。それも捨てがたい。いずれにせよ良いのだ、ゾロに取っては。
素直に反応しだした中心を手に取り、そして……………
「やべェ、今日も寝過ごすとこじゃねェか」
しかも今日は、横におまけつきだ。自分の部屋に帰る事すらしなかったらしいゾロがしっかり自分を抱き込んで眠っている。
「おい、起きろ。朝だ」
「………あァ」
寝ぼけた声が返ってくる。まあ、まだ朝の7時前。ゾロに取っては早い時間だ。放っておいて、抱きしめてくる腕から抜け出した。
昨日と変わらず自分の体は惨憺たる有様だ。
「まったく。バカな兄を持つと苦労するねェ」
……などと、言いながら。
サンジは口元に笑みを浮かべていた。まんざらでもない顔どころか、満足気だと見る人がいれば言うだろう、笑みだった。
ナミが起きてくるまでまだ若干の時間がある。さっさとシャワーを浴びてしまおうと思った。