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ぴこんぴこん


 なにやらうちの兄ふたりがなんらかの関係であることに、ナミは気付いていた。
 昼休み、サンジの作った弁当はいつも通りおいしく見目も鮮やかで、周囲の羨望を浴びているのはちょっとばかり心地良い。その、サンジ君が、だ。
 近頃寝坊が多いのだ。
 それに伴って、ゾロがいきいきしている。我が家ではそれぞれを兄妹と呼びはしないので、ゾロなんて呼び捨てだ。
 ちょっと前までのゾロと言えば、なんか悶々としていてうっとうしい空気を垂れ流し、家の空気を悪くしていたと言うのに、ここ2、3ヶ月前くらいからあれは嘘だったんじゃないかと思う程に元気なのだ。
 打ち込みすぎていつもの帰宅時間を過ぎた後、子供の頃に通っていた道場通いもやめたらしい。サンジ君が夕食の手間が掛からなくなって楽になったと言っていたが、そのサンジ君もどこか充足した猫みたいな顔をする事が多くなった。
 敏感であると自負している自分の事だ、異変に気付いたのは割とすぐだった。
 顔を合わせればののしり合いや喧嘩をしていた兄ふたりがそれなりに仲良くやってくれているのだから、それはそれでいいのだけど………
「からあげ、一個もーらい!」
「ああっ、ビビ!」
「考えごとしてる方が悪いんですよ。うーん、おいしい。さすがサンジさんのご飯!」
 同級であるビビは一番の親友だ、何度も家に招いた事がある。だからサンジの腕も知っているのだけれど、今日の唐揚げはアーモンドをまぶした特製だったのだ。おいしすぎて、最後の一個は後にしようと思っていたのだ。
「ひどい、取っておいたのに……!」
「じゃあ、負けるかもしれないけど私のお弁当から一個とって?」
 彼女はいわゆる良家の子女と言うやつで、お弁当も使用人がそれ専用の使用人が作っているらしい。もちろん味はお墨付きだ。
「しょうがないわね、それじゃあもらってあげる」
 迷いに迷って、ハンバーグの切り分けたものを一個取った。デミグラスソースがしっかり効いていて、おいしい。サンジ君のお弁当とためを張れるかもしれない。尤も、プロなんだからそうじゃないと立つ瀬がない訳だが。
「何悩んでたの?」
 お茶を一口飲んで、少しだけ首を傾げてビビは尋ねる。
 もちろん本当の事は言えない。
「うちのバカ兄貴どもについて。どうして喧嘩ばっかなんだろうと思って」
 その喧嘩がなくなった――訳ではないが、少なくなったことが問題なのだが。
「ゾロさんと、サンジさんね? どうしてでしょうね? あんなに良く似てるのに」
「え、どこが?」
 思わず真顔で尋ねてしまった。あれらのどこが似ているのだろう。
「えーとね、性格? なんか一本筋が通ってて、それを曲げないところ」
「ああ、そう言うことか……それなら、確かにそうね」
「サンジさんが学校に来ないのだって、なにか理由があるんだわ、きっと」
「あれはただのサボリとおさんどんよ」
「家事してるの、偉いじゃない!」
「まあね。おかげで助かっちゃってるけど」
 合間、合間にお弁当を食べていると、あっという間になくなってしまった。サンジ君のお弁当はおいしすぎていけない。きちんと適正量なのに、もっと食べたくなってしまうのだ。でも、ダイエットもしなきゃいけない年頃だから、我慢なのだ。
「ねえ、また遊びに行っていい? サンジさんのご飯が食べたくなっちゃった」
「いつでもいいわよ。サンジ君ならビビのこと、大歓迎だし」
 女の子が大好きなサンジはビビがくると大興奮して腕を振るいまくる。その姿を思い出して、お互いくすくすと笑い出した。大仰な褒め言葉もセットになっているからだ。
「いいなあ、ナミさんは家族がいっぱいいて」
「そう? ビビのところもなんだかんだとにぎやかじゃない」
「だってうちのは使用人なんだもの。遊んでくれないわ」
「うちだって遊んでなんかくれないわよ。特にゾロなんて邪魔なだけね、でくの坊」
 ひどい! と言いながらもビビは笑った。
 なので、悩んでいた件はそこで一旦忘れ去られた。


「ただいまー」
「ナミさん、おかえり〜!!!」
「なに? またサンジ君学校行かなかったのね」
 自分より学年が上のサンジが、自分より先に帰る事は滅多にない。特に高校2年の半ばともなれば受験も現実味を帯び始め、特別クラスを放課後に設置したりさえしているのだ。まあ、この兄がそんな所通うとは思えなかったが。
「うん。今日スーパーでたまごが特売だったんだ。行かなきゃだろ?」
「………サンジ君、主婦業板に着き過ぎ」
 がっくりと肩を落として、お弁当のバッグを渡す。
「ごちそうさま、今日のすごくおいしかった。あのアーモンドのやつ、また作ってね」
「ナミさんが言うなら、いつだって!」
「それと、近いうちにビビが遊びに来たいだって」
「ほんとに?! ぃやっったー!!」
 びょんびょん飛び跳ねて喜ぶのが、自分の兄だとは思いたくない。が、これが現実だ。病的なまでに女性好き。
 それなのに、何故ゾロとの関係が気になるのだろう。
「ねえ、サンジ君」
「なんだい?」
「最近あんまりゾロと喧嘩しなくなったわね」
 軽く聞いた言葉に、サンジはぴくりと反応し、そして薄笑いを浮かべた。
「最近あいつも突っかかってくる事なくなったしな。それでじゃねェの? そんな事はさておき、ビビちゃんはいつ来るって?」
 あ、話そらした。あからさますぎて笑いすら浮かびそうになる。
「まだ分からない。そのうちって。そしたら、ゾロが一時期すっっっっっごい機嫌悪そうだったのになおったのって理由分かる?」
 また、サンジはぴくりとした。今度の方が動揺は大きいようだ。
「さ、さあ。剣道で行き詰まってたんじゃねェの?」
「確かあの頃ってインハイ出場決まった頃だったわよね。それはないんじゃない?」
「そ、そうだっけ?」
「うん。サンジ君がごちそう作ってお祝いしたじゃない。あ、そうだ。その後から不機嫌直ったんだった」
「そ、そう………」
 狼狽えたサンジの姿を見て、ナミの頭にピコンと来たものがある。
 昔からゾロはサンジにたいしては執着していた。ぴかぴかの頭が大好きだと素直だった子供時代に言っていた事もナミは覚えてる。
 あのとき、ごちそうだけでなくサンジ君まで頭っから食べられたんじゃないかしら――?
 兄弟というタブーはこの際無視しよう。そんなものが通用しないのが、我が家の長兄だ。マイルールに従って、好きなように生きている生物だ。そして食べられちゃったサンジ君もこの分じゃあ、まんざらでもなかったようで……。

 あくまで推論に過ぎない。
 でも案外的を射ているんじゃないかなあと思いながら、ナミは今晩のご飯のメニューを尋ねた。
2011.03.20.
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